✻ ✻ ✻
「不登校ね……昔はそういう時、不良になるとか学校やめて働くとかしてた……のかな……私も神社からながめてただけで、よく知らないけど」
帰ってきたぽんぽこ神社の社務所。説明され考え込む麻実子の言葉に亜奈は真剣な顔で茶々を入れた。
「不良! 昭和のマンガだ! そういうのリアルでいたの?」
「いたってば! ていうか昭和のことばっかり古く言わないで。亜奈ちゃんの生まれた平成にもいたんじゃないの?」
「えー、あたしポップな女児だったからわかんなーい。令和では何て言うんだろ? 半グレ?」
世代の断絶を感じる言い合いから、たぬきは一歩引いた。巻き込まれたくない。黙り込む岩崎の方に向き直った。
「学校に行かず部屋から出ないですか……」
「別に、征一のことなぞどうでもいい」
岩崎は言い張った。ふん、と横を向き不愉快そうにする。
「跡取りだと思うから気にしていたが、学校に行けんようでは社会に出ることもできんだろう。岩崎の家は優美が婿を取ればなんとかなる」
「今どき跡取りとか婿取りとか、必要?」
振り返った亜奈がツッコんだ。規模は違うがちょっと身につまされる話題――亜奈も酒屋の跡取り娘だったから。だが岩崎は頑としてゆずらない。
「うちは不動産事業をやっとる。会社組織にはしたが、息子が継いでくれた。なら次は孫が受け継ぐべきじゃないか」
「優美ちゃんはやりたいって言ってるの?」
「知らん。有能な男と結婚してそいつに任せればよかろう」
「うっそ、キモッ!」
亜奈は普通に叫んだ。ドン引きだった。結婚なんて、好きな男とでなければしたくない。
優美と同世代の女子高生に否定されて岩崎はひそかに傷つく。だが虚勢を張った。
「キモいとはなんだ、失礼な!」
「いやキモいよ……有能なオトコって……」
「時代錯誤もいいところよね」
麻実子もわざと大げさに肩をすくめ喧嘩を売った。
岩崎の言い分の中では征一や優美自身の気持ちがないがしろにされている。そんなのおかしいじゃないか。だが岩崎は引き下がらなかった。
「時代錯誤ではないぞ。先祖からのものを失くしたくないというのは正当な未練だと思うが?」
「はいはい、そうでしょうね」
「『はい』は一回と言ったろう!」
「人の話をちゃんと聞かないおじいちゃんには『はいはい』で十分!」
ビシッと言い返した麻実子の勢いに、岩崎は口をつぐんだ。
「近ごろは征一くんと話したこともろくにないんじゃないの? なのに社会に出られないだろう? 孫のことずいぶん馬鹿にしてると思う」
「だ、だが……中学校にすら行けないんだぞ。まったく情けない」
「それはその学校がなじまないだけかもじゃん」
亜奈が割り込んだ。現役中高生として黙っていられない。
「他のとこなら行けるパターンあるし。中学が無理でも高校とか専門学校とか、先はいろいろ選べるよ」
「どんな場所でもやっていけなくてどうする! 甘ったれるな!」
岩崎は憤然と立ち上がり、社務所を出た。
ひとりで参道の途中まで行き、習慣的に胸ポケットをさぐる。しかし煙草は入っていなかった。
「生意気なことを言いおって。高校生の小娘が……」
ぶつくさ文句をたれたが、言われてみれば岩崎は最近征一と話していない。部屋から出てこないので会ってもいなかった。
いちばん新しい記憶は中学校の入学式の朝。ぶかぶかの制服を着て心もとなさそうにしている顔だ。
「……征一」
思い出は、どんどん巻き戻る。
岩崎を腰のあたりから見上げてニッコリする幼いまなざしが脳裏をよぎり、岩崎の顔はくしゃりとゆがんだ。
✻
「麻実子さんも亜奈さんも厳しいのですー」
出て行った岩崎を追うことはせず、たぬきはのんびりのたまった。麻実子は首を振る。
「そんなことない。ああいう人にはズバズバ言わないとね、自分がいちばん話を聞いてないんだから。私より後の生まれのはずなのに融通きかないったらないわ。人生の正しさなんてドンドン変わっていくのに。ほんとお祖父ちゃんみたい」
「麻実子さんのお祖父さんは、ああいう感じだったです?」
「……まあね」
「お店でお亡くなりでしたですー」
首をかしげ、麻実子は微笑む。
それは空襲の話だ。実家の蕎麦屋はその日に一度消えた。
小さな町。なんてことない店々。
でも隣の市に海軍の兵器工廠があり、そこを狙ったのかB29が飛来した。ついでのように受けた爆撃で町は燃え落ちたのだ。
「私、空襲の時のお店のことはわからないから」
「お祖父さんは神社には現れませんでしたですー。きっと人生をやりきって亡くなられたのですー」
「……だといいな」
「え、ちょっと待って。リアル戦争体験の話? 生きた教科書がここに!」
「亜奈ちゃん、ちょこちょこ失礼なんだけど!?」
「あーでもあたし、もう勉強しなくていいんだった。やったね!」
麻実子に詰め寄られてもケロリと寝転がる亜奈は悪びれなかった。
亜奈も麻実子も岩崎も、何かの想いがあってこの神社で迷っているのは同じだ。
麻実子がもう会えない人。祖父は厳しく頑固だったが、本当は家族にどんな気持ちを抱いていたのか。会って話を聞くことはできない。
同じように、岩崎の未練だって生きている人に直接伝える術などなかった。
だが、ぽんぽこ神社にはたぬきと麻美子がいる。今はおまけに亜奈もいた。
手を貸したいと思う。そのためにも岩崎から本心を聞き出すことができればいいのだが――。
死者が抱える未練は、心底からの望みであるはずだった。
表向きで仕事や金のことを申告する者も多いが、気持ちを引き出していけば必ず、想いをかける人や一生の後悔があふれ出てくるもの。岩崎のそれはいったいなんなのだろう。
「不登校ね……昔はそういう時、不良になるとか学校やめて働くとかしてた……のかな……私も神社からながめてただけで、よく知らないけど」
帰ってきたぽんぽこ神社の社務所。説明され考え込む麻実子の言葉に亜奈は真剣な顔で茶々を入れた。
「不良! 昭和のマンガだ! そういうのリアルでいたの?」
「いたってば! ていうか昭和のことばっかり古く言わないで。亜奈ちゃんの生まれた平成にもいたんじゃないの?」
「えー、あたしポップな女児だったからわかんなーい。令和では何て言うんだろ? 半グレ?」
世代の断絶を感じる言い合いから、たぬきは一歩引いた。巻き込まれたくない。黙り込む岩崎の方に向き直った。
「学校に行かず部屋から出ないですか……」
「別に、征一のことなぞどうでもいい」
岩崎は言い張った。ふん、と横を向き不愉快そうにする。
「跡取りだと思うから気にしていたが、学校に行けんようでは社会に出ることもできんだろう。岩崎の家は優美が婿を取ればなんとかなる」
「今どき跡取りとか婿取りとか、必要?」
振り返った亜奈がツッコんだ。規模は違うがちょっと身につまされる話題――亜奈も酒屋の跡取り娘だったから。だが岩崎は頑としてゆずらない。
「うちは不動産事業をやっとる。会社組織にはしたが、息子が継いでくれた。なら次は孫が受け継ぐべきじゃないか」
「優美ちゃんはやりたいって言ってるの?」
「知らん。有能な男と結婚してそいつに任せればよかろう」
「うっそ、キモッ!」
亜奈は普通に叫んだ。ドン引きだった。結婚なんて、好きな男とでなければしたくない。
優美と同世代の女子高生に否定されて岩崎はひそかに傷つく。だが虚勢を張った。
「キモいとはなんだ、失礼な!」
「いやキモいよ……有能なオトコって……」
「時代錯誤もいいところよね」
麻実子もわざと大げさに肩をすくめ喧嘩を売った。
岩崎の言い分の中では征一や優美自身の気持ちがないがしろにされている。そんなのおかしいじゃないか。だが岩崎は引き下がらなかった。
「時代錯誤ではないぞ。先祖からのものを失くしたくないというのは正当な未練だと思うが?」
「はいはい、そうでしょうね」
「『はい』は一回と言ったろう!」
「人の話をちゃんと聞かないおじいちゃんには『はいはい』で十分!」
ビシッと言い返した麻実子の勢いに、岩崎は口をつぐんだ。
「近ごろは征一くんと話したこともろくにないんじゃないの? なのに社会に出られないだろう? 孫のことずいぶん馬鹿にしてると思う」
「だ、だが……中学校にすら行けないんだぞ。まったく情けない」
「それはその学校がなじまないだけかもじゃん」
亜奈が割り込んだ。現役中高生として黙っていられない。
「他のとこなら行けるパターンあるし。中学が無理でも高校とか専門学校とか、先はいろいろ選べるよ」
「どんな場所でもやっていけなくてどうする! 甘ったれるな!」
岩崎は憤然と立ち上がり、社務所を出た。
ひとりで参道の途中まで行き、習慣的に胸ポケットをさぐる。しかし煙草は入っていなかった。
「生意気なことを言いおって。高校生の小娘が……」
ぶつくさ文句をたれたが、言われてみれば岩崎は最近征一と話していない。部屋から出てこないので会ってもいなかった。
いちばん新しい記憶は中学校の入学式の朝。ぶかぶかの制服を着て心もとなさそうにしている顔だ。
「……征一」
思い出は、どんどん巻き戻る。
岩崎を腰のあたりから見上げてニッコリする幼いまなざしが脳裏をよぎり、岩崎の顔はくしゃりとゆがんだ。
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「麻実子さんも亜奈さんも厳しいのですー」
出て行った岩崎を追うことはせず、たぬきはのんびりのたまった。麻実子は首を振る。
「そんなことない。ああいう人にはズバズバ言わないとね、自分がいちばん話を聞いてないんだから。私より後の生まれのはずなのに融通きかないったらないわ。人生の正しさなんてドンドン変わっていくのに。ほんとお祖父ちゃんみたい」
「麻実子さんのお祖父さんは、ああいう感じだったです?」
「……まあね」
「お店でお亡くなりでしたですー」
首をかしげ、麻実子は微笑む。
それは空襲の話だ。実家の蕎麦屋はその日に一度消えた。
小さな町。なんてことない店々。
でも隣の市に海軍の兵器工廠があり、そこを狙ったのかB29が飛来した。ついでのように受けた爆撃で町は燃え落ちたのだ。
「私、空襲の時のお店のことはわからないから」
「お祖父さんは神社には現れませんでしたですー。きっと人生をやりきって亡くなられたのですー」
「……だといいな」
「え、ちょっと待って。リアル戦争体験の話? 生きた教科書がここに!」
「亜奈ちゃん、ちょこちょこ失礼なんだけど!?」
「あーでもあたし、もう勉強しなくていいんだった。やったね!」
麻実子に詰め寄られてもケロリと寝転がる亜奈は悪びれなかった。
亜奈も麻実子も岩崎も、何かの想いがあってこの神社で迷っているのは同じだ。
麻実子がもう会えない人。祖父は厳しく頑固だったが、本当は家族にどんな気持ちを抱いていたのか。会って話を聞くことはできない。
同じように、岩崎の未練だって生きている人に直接伝える術などなかった。
だが、ぽんぽこ神社にはたぬきと麻美子がいる。今はおまけに亜奈もいた。
手を貸したいと思う。そのためにも岩崎から本心を聞き出すことができればいいのだが――。
死者が抱える未練は、心底からの望みであるはずだった。
表向きで仕事や金のことを申告する者も多いが、気持ちを引き出していけば必ず、想いをかける人や一生の後悔があふれ出てくるもの。岩崎のそれはいったいなんなのだろう。



