ぽんぽこ神社のたぬきと巫女と

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 とはいえ、「死んだ」と言われたことは岩崎にとってかなりの恐怖だった。
 社務所でひとりになり悶々と考えるが、眠くならないし腹もへらない。本当に自分は幽霊なのかと身ぶるいした。

(家に帰ったら……家内は私を感じ取るだろうか。にしても悲鳴を上げるに違いないぞ、あいつは怖がりだから)

 それは非常に腹立たしい。こちとら死んだ自覚もないのに。

 夜が明けて、岩崎は社務所から表へ出た。しかし境内でウロウロしてしまう。家族の反応を考えると出かけられなくなった。まさか自宅の敷居が高くなるとは。

 昼間なのに神社は静かだった。訪れる人もない。
 それだけでなく、通りを走る車の騒音も、鳥のさえずりすらも聞こえなかった。
 世の中から切り離された静寂――ここはすでに彼岸なのか。

「いっわさっきさーん!」

 社殿からひょっこり出てきたのは亜奈だ。
 新しく来たのが男性ということで、今日は社務所から退避し麻実子とグダグダしている。でもやはり同じ幽霊仲間、岩崎に勝手に親近感が湧いた。

「えへへ、びっくりだよね。死んじゃうなんてさ」
「いや……私はまあ、いい年齢(トシ)だからな。覚悟はしていた」

 岩崎はとりあえず見栄を張った。
 七十八歳ともなればいつお迎えが来るか考えるべきかもしれない。だが今は人生百年の時代。そこまではまだ二十二年もあるじゃないか。終活はなんとなく程度でしていたが、そんなに真剣ではなかった。
 しかし亜奈は、岩崎の見栄に尊敬でこたえた。

「やっぱそういうものなの? カッコよ! ちゃんと覚悟ガン決まりで生きてるんだー」
「……君はここで何をしているんだ。あの巫女のように働いているわけでもなさそうだが。学校はどうした」
「あ、あたしも死んでるの」

 ケロリと告白されて岩崎は一歩よろめく。こんな若い子が、死者だと?

「あたし岩崎さんちの地元の商店街に住んでたんだけど……知ってる? このあいだ蕎麦屋でアレルギー起こして死んだらしくって」

 岩崎は難しい顔をした。その件は聞いている。この子がそうなのか。
 だが亜奈が自分の死についてどう感じているのかわからなかった。痛々しい事件の被害者にどう接すればいいのだろう。

「……うちのやつが言っとったな。孫たちのことが心配だからアレルギー検査を受けさせた方がいいかと」
「あー奥さん神経質なカンジ? でも検査もいいんじゃないかな。あたしみたいにザックリ生きてると、うっかり死ぬから」

 ザックリうっかり韻を踏みつつ笑う亜奈は元気そうだ。孫のような少女が落ち着いて死に向き合っているというのに、岩崎は我が身の不覚悟を恥じる。

(情けない)

 身震いした岩崎は自分の頬を両手で叩き、気合をいれた。誰だっていつかは死ぬものだ。怖がってどうする。

(よし、家へ帰るぞ!)

 心の中では必死に自分を叱咤激励しているのだが、岩崎の表情には出ていない。ムッスリしたまま亜奈を見やった。

「――君の未練というのは、なかなか消えないものなのかね。こんなに若いのだからまあ、やり残したことも多かろうが」

 何日も前に死んでいるはずの亜奈なのに、まだ神社にいるのが気になって訊いてみた。このぐらいの年頃の子が何を考えているのか――それはすごく気になる。岩崎にも中高生の孫がいるのだ。

「えへへ、あたしの未練ねえ……なんなのかわかんなくて。探してるとこ」
「わからない……そうか、そういうこともあるんだな」
「しょーがないよ。人の心なんて難しいものでしょ!」

 あっけらかんと空を見上げる亜奈の強さを、少しまぶしく感じる岩崎だった。