桃ノ姫の過保護な家臣〈わんこ〉

○桃源郷高校の裏山・桃の果樹園

桃果は両手首を縛られ桃の木に吊るされている。目を覚ました桃果はあたりを見渡し、暗く禍々しい雰囲気に恐怖を覚える。

桃果「どこ、ここ……」

三崎「学校の裏山だよ。果樹園になっているんだ。まぁ、学校よりも山の方が先にあったけどね」

大木の後ろから、三崎が姿を現す。

桃果「三崎くん…?」

三崎「僕の名前は温羅冠者。千年前から吉備津家の宿敵であり忌むべき相手だ」

三崎がおもむろに桃果の腕に爪を突き立てた。赤い鮮血が白い腕を伝う。

桃果「痛っ……」

桃果は声をあげた。

三崎「やれやれ、こんなに貧弱な女が吉備津家の者とは信じられないよ。けど『(わざ)』を放つのをこの目で見た。三人の兄弟のようだけど、1番若い血が新鮮でいいだろう。桃太郎の血肉を食えば寿命が百年伸びる」

桃果「な…」

三崎は爪に絡め取った血を、長い舌で舐めとった。桃果の顎を掴んで持ち上げる。

三崎「怨まないで。これはあなたたちの先祖が始めた物語。絶滅を免れた僕たちは、憎き桃太郎の子供をさらって食って、その生き血が寿命に効くと気づいた。以来こうして桃太郎の子孫を襲い恨みを晴らしてから血肉をいただくことにしているんだ」

話しながら、三崎の表情は変わっていく。口は裂け、牙は伸び、頭からは角が伸びた。
桃果は恐怖に震え、目尻に涙を溜めた。三崎は長い舌を伸ばし涙を舐めとった。

三崎「美味そうだ」

三崎は桃果の腕、脇、腹を指でなぞり恍惚とした表情で舌鼓を打った。桃果はおぞましさにぎゅっと目を瞑った。

銀牙「桃果さんから離れろ!」

三崎の背後から、劣化のごとく怒った銀牙が、刀を振り下ろした。三崎はひらりとかわして距離をとった。

桃果「銀牙っ…」

桃果は顔を綻ばせた。銀牙は刀で縄を切り、桃果を引き寄せた。

銀牙「こいつが温羅冠者…桃成殿から気をつけるように言われていたのに…不覚です」

起き上がる三崎に銀牙は刀を向けた。

三崎「誰かと思えば家来の犬か。人間の暮らしはどうだい。ハハ。いいだろう高校生というのは。まぁ僕も完璧に同化するのに千年かかった」

三崎は禍々しい鬼の姿になっていた。

桃果「三崎くんをどこにやったの?」

三崎「高校生の三崎くんはどこにもいないよ。いや、ずっと昔からいると言ってもいいね。あの姿は気に入っているんだ」

三崎は長い舌をなまめかしく動かした。

桃果「あなたが、父上のことも…」

三崎「あなたの父上殿も、僕が美味しくいただいた」

桃果が拳に力を入れると三崎は怪しく笑った。

三崎「『牡丹(ぼたん)に蝶 火砲を打て』」

揃えた人差し指と中指の間から、細い火柱が噴き出す。火炎はとぐろを巻いて、桃果と銀牙に向かって進んだ。
銀牙は桃果の手を引いて果樹園のなかを走った。

桃果「おい…しく…」

桃果は父親の最期を想像して、気が漫然としていた。

銀牙「桃果さん、気を確かに」

桃果「じゃあ、お母さんもあいつに…」

銀牙「弓果殿の最期は、誰にもわかりません」

銀牙は少し考えて、自分の身体で覆うようにして、桃果を大きな木の幹に押し付けた。

銀牙「貴方は優しくて、穏やかで、戦い向きじゃない。引き戻すべきじゃなかった。普通の少女として学校にいき、友達をつくり、恋愛をして、幸せに暮らせたはずだった」

銀牙は絞り出すように言った。

桃果「銀牙…?」

銀牙「桃果さんが川上から流れてきた日、拾い上げて桃成殿に差し出したのは、幼かった俺です。貴方が弓果殿の娘だということは、匂いですぐにわかりました。わかっていながら、俺は貴方をまた戦いの世界に引き戻した。俺だけの主が欲しかったんです。お許しください」

銀牙は桃果を離して、目を合わせた。

銀牙「すぐに兄上たちに報せましょう。彼らなら、三崎を成敗してくれる」

銀牙の肩の奥に学校が見えた。文化祭で賑わっている。廊下には、たくさんの名前も知らない学友が平和な暮らしを送っている。

桃果「鬼は、これからも人を襲うの?」

銀牙「ええ、生きるために。昔からずっとそうです」

桃果「私は吉備津のうまれで、守らなきゃならない人もたくさんいる」

銀牙「危険な目に合って欲しくない」

銀牙は懇願するように言った。

銀牙「私に能力がないのは、吉備津家に相応しくないからだと思ってた。でも、そうじゃないって銀牙が教えてくれた」

銀牙は桃果の決意に観念して、ため息をついた。

銀牙「…せめて、もう俺の側から離れないと約束してください」

幹の影から、追ってくる三崎を伺う。

銀牙「奴は力のある鬼ですから、倒すのは難しい。この山に封印しましょう。弓矢は?」

桃果「持ってるわけ…あ…」

校舎の手前に弓道場が見えた。

○学校の裏庭弓道場の前

ゆっくりと追いかけてきた三崎に、桃果と銀牙は立ちはだかった。桃果は、矢を三崎に向けた。銀牙はその後ろに立つ。

三崎「おや、もう逃げるのはお終いですか」

桃果「人に与え、人を助ける。それが吉備津の正義だから」

銀牙「行きますよ。吉備津家に伝わる、封印の御呪いです」

銀牙は桃果に耳打ちした。

桃果・銀牙「『病は居ぬ、災いは来じ、悪は去る。
大いなる神の命を賜り、天下無敵の桃太郎、不埒な鬼を成敗致す』」

桃果の放った矢は空を切り進むが三崎はいとも簡単に避けた。ひらりと地面に着地したときに、もう一本の矢が胸を貫いた。三崎はそのまま、後ろの桃の木に打ち付けられた。

三崎「な……」

桃果「やった…?」

2人は木に磔になった三崎に駆け寄り、見上げた。

銀牙「二本同時に打つとは、さすがの機転です」

三崎「不覚…」

三崎は苦悩の表情を浮かべていたが、すっと目を閉じて眠りについた。

桃果「…なんか、綺麗なひとだね」

銀牙「その時代の美を纏うのが、強い鬼の策略です。何人もの人間が騙されてきました」

桃果「わ、私が、まるで三崎くんのことを好きだったみたいに言わないでよ」

銀牙「違うのですか?」

桃果「ちがっ、私は」

桃果、銀牙の琥珀色の瞳をみて息を詰まらせる。

桃果「その目、禁止!」

銀牙「どういうことですか?」

桃果「わ、わかんないよっ。こんなの初めてだもん」

銀牙「わからないって、なにがですか」

桃果「ちょっと……待って欲しい。だって、時間、あるでしょ。もう傍を離れないって」

銀牙「はい。一生仕える覚悟です」

桃果「それじゃ、プロポーズみたい」

銀牙は桃果の頬に手をあてがって、優しく唇を重ねた。

銀牙「すみません、今だと思ったんですが。違いましたか」

桃果は顔を真っ赤にして困ったように銀牙を見上げた。

桃果「さぁ、わかんない」

銀牙「…時々してもいいですか」

桃果「だめ!」

桃果は銀牙を置いて山を降りていった。

銀牙「なぜ…」

銀牙は駆け足で、桃果の背中を追いかけた。

おわり