○週末・都内地下鉄駅前
通り沿いの駅前で私服の銀牙が待っている。
桃果が少し遅れてやってくる。お互いに着飾っているのが恥ずかしく、距離をとったまま。
桃果「銀牙、そういう格好も意外と似合うね」
銀牙「第一声は、『待った?』じゃなくていいんですか? そのために先に家を出てきたのに」
桃果「それ、なにで勉強したの?」
銀牙「雉間に借りた少女漫画です。桃果さん、今日は一段と可愛いです」
銀牙は突然声を落として言った。喜ばせるためだとわかっていても、口が緩む。桃果は、うん、と小さく呟いて切符売り場に向かった。
銀牙「切符はもう買いました」
桃果の手のひらに切符を握らせて、銀牙は改札を抜けた。
銀牙「どうしたんですか」
足を止める桃果に、銀牙は首を傾げた。
桃果「な、なんでもないっ」
電車を乗り継ぎ、江ノ島の駅で降りた。小さな雑貨店や落書きで汚れた壁の前で時々写真を撮りながら、ぶらぶら歩く。
土産物屋や売店が並ぶ坂道の途中で、桃果は何度も立ち止まる。
桃果「たこ焼き煎餅、美味しい!」
銀牙「たこが好きなんですか?」
桃果「好き!」
口の周りを食べかすでいっぱいにする桃果をみて、銀牙は可笑しそうに笑った。
銀牙「子供を預かっている気分です」
桃果「ばかにして」
江の島神社でお参りをしたあとは、お揃いの赤いお守りを買った。
ぱっとしない末吉と中吉のおみくじを笹の葉に括り付け、売店の椅子でサイダーをのんだ。
桃果「うちの裏の神社よりも大きいね」
桃果は江の島神社の拝殿を見上げた。暖かい海風が、桃果の長い髪をなびかせた。
首筋の汗を拭うしぐさが、知らない人みたいに見えた。
銀牙「子供だなんて、嘘ですよ」
桃果「なぁに銀牙」
銀牙「なんでもないです。日か暮れる前に降りましょう」
○江ノ電の駅
夕陽を見ながら、駅のベンチで江ノ電を待つ。
銀牙「た、楽しかったですか?」
珍しく自身なさげに、銀牙が問う。夕陽で、耳が赤く染まっている。
桃果「うん。またどこか行きたい」
桃果の笑顔を見て、ふ、と安心したように息をついた。
銀牙「絶対あいつより楽しませますから。こういうの、俺とだけにしてください」
銀牙は、桃果のあごを少しだけ持ちあげた。桃果の目に夕空が映った。
桃果「なに?」
銀牙「……指南書では、ここでキスをしていました」
桃果は合点がいったように笑った。
桃果「キスはいいよ。好きな人とするものでしょ?」
可笑しそうにするので、銀牙は手を離した。
銀牙「帰りましょうか」
ちょうど、電車が駅に滑り込んできたところだった。
○吉備津家・2階の廊下
桃果「じゃあ、おやすみ」
桃果の部屋の前で、桃果は楽し気に、ひそひそと言った。お土産に買った、お揃いのお守りを掲げる。
銀牙「はい、おやすみなさい」
銀牙はなにか言いかけて口を開いたが、桃果は気づかずに引き戸を閉めた。銀牙はそのまま部屋の前にいたが、しばらくして頭の後ろをかきながら廊下を歩いていった。
桃果は部屋のなかで戸にもたれて、唇を触っていた。
桃果(茶化さなければよかったな)
○翌日・1‐Aの教室
机を教室の後ろに寄せ、文化祭の準備をしている。道具係は床に座って、背景に使う道具を作っている。劇の係は台本を片手に、体操着で演技の練習をしている。
銀牙と女子ふたりは、桃果と三崎が台本を覗き込んで話すのを少し離れてみている。
銀牙「それで、眠り姫ってのはなんだ」
女子A「簡単に言うと、永遠の眠りについたお姫様を王子様がキスで目覚めさせるっていう御伽話よ」
銀牙「眠っている相手に、許可なくか?」
女子B「真面目だなぁ」
銀牙「許されないだろう。キスは好きな人とするものだと昨日教わった」
女子A「三崎くんが吉備津さんにキスするのが嫌なんだ?」
銀牙「……」
女子B「なんで?」
女子たちはにやにやと銀牙をみあげる。銀牙は険しい表情で、見つめ合う桃果と三崎をみる。
○夜・吉備津家の庭
三兄弟と家臣が庭に集まって、修行をしている。皆、袴姿。
雉間「『業』が使えるようになったのは結構ですけど、制球ができないようでは吉備津家の名が廃るわ。なにか詰まっているんじゃない? 悩みでもあるの? 恋? 恋の悩み?」
雉間は桃果の手の平を揉みほぐした。銀牙はそれを見ながら腕を組んで考え込んでいた。
銀牙(あの日の桃果さんの矢は『業』をまとったものだった…きっと母上の弓果殿も戦いで使っていた戦闘方法だ。弓矢であれば、戦場にいても安全に…)
桃果「恋に悩むと、『業』に影響するの?」
銀牙「え?」
雉間・桃果「え?」
桃果「なに、銀牙」
銀牙「いえ、なんでも……桃果さん、弓矢の練習をしませんか。実践で必要になるかもしれません」
桃果「わかった。この間みたいに指導してくれる?」
銀牙「はい」
銀牙の力を借りて、弓を引く桃果。真剣な眼差し。
銀牙「あまり、焦らなくても大丈夫ですよ。幸い兄上たちの修行は順調ですし、俺は、何年でもお供いたしますから」
桃果「どうして急にそんなことを言うの? 気持ち悪いなぁ」
銀牙を振り返って怪訝そうにする桃果。
銀牙「桃果さんが幸せであることが、一番大切です」
桃果「熱でもあるの?」
桃果は手の甲を銀牙の頬にあてがったり、額を触ったりした。銀牙はされるがままじっとしていた。
○学校・教室・文化祭当日
桃源郷高校は普段と一転、華やかに飾り付けられ、出店が並び賑やか。
劇の衣装を着せられ、身支度を整えてもらっている桃果に銀牙が声をかける。
銀牙「文化祭を楽しまなくて良いのですか。俺がお供いたしますよ」
桃果「本当? ちょっと待って」
桃果、三崎のところへ行く。
銀牙(やっぱり桃果さん…俺がついて回るのも…迷惑なのか)
桃果戻ってくる。
銀牙「桃果さん、俺があなたを守るのは義務なので、迷惑かもしれませんが…」
桃果「銀牙、こないだ食べたたこ焼き煎餅と同じのを出店してるところがあるんだよ。そこに行かない?」
笑顔を見せられて驚く銀牙。一緒に文化祭をまわり、桃果が無邪気に楽しむ姿に、だんだんと複雑な気持ちが芽生えてくる。
模擬喫茶で、桃果は2人分の飲み物を買いに行くために席を外す。留守番をしている銀牙のもとに現れたのは、吉備津家の家来・雉間。
雉間「なるほど。桃果さんの恋煩いの相手はきみだったかぁ」
銀牙「雉間、なんでいるんだよ」
雉間「あのね、桃果さんにしか興味ないのでしょうけど、私もこの学校に通っているのよ」
雉間は丸眼鏡を押し上げた。目線の先を見ると、なんちゃって執事の姿の次男が仕事をさぼって女子と話している。
銀牙「桃果さんの想い人は俺じゃない」
雉間「へぇ? 三角関係ということ?」
雉間は面白がって首を傾げた。
銀牙「…家臣が主に妙な気を起こすのは許されん」
雉間「許されたら、妙な気を起こすんだ?」
銀牙「……」
雉間「難儀だねぇ」
銀牙「うるせぇ」
桃果、スムージーを二人分購入し戻ろうとすると、席に雉間がいるのに気が付く。桃果といるときよりも自然な銀牙の表情を見て、動きがとまる。立ちすくむ桃果の肩に、誰かの手が伸びる。
銀牙、暫く待っても桃果が戻ってこないことを不審がる。立ち上がって見渡すがどこにもいない。教室、廊下を探し回り、1‐Aまで走って戻る。近くにいた女子Aの肩を掴んでゆする。
銀牙「桃果さんはどこだ」
女子A「え? どこって、直前練習が始まって、三崎くんが連れて来て、棺のなかに…」
桃果が寝ているはずの棺は空。
女子A「あれ…?」
銀牙「桃果さん…!」
銀牙は教室を飛び出す。廊下を走っていると、学校の裏山に怪しい気が漂っているのに気づく。
通り沿いの駅前で私服の銀牙が待っている。
桃果が少し遅れてやってくる。お互いに着飾っているのが恥ずかしく、距離をとったまま。
桃果「銀牙、そういう格好も意外と似合うね」
銀牙「第一声は、『待った?』じゃなくていいんですか? そのために先に家を出てきたのに」
桃果「それ、なにで勉強したの?」
銀牙「雉間に借りた少女漫画です。桃果さん、今日は一段と可愛いです」
銀牙は突然声を落として言った。喜ばせるためだとわかっていても、口が緩む。桃果は、うん、と小さく呟いて切符売り場に向かった。
銀牙「切符はもう買いました」
桃果の手のひらに切符を握らせて、銀牙は改札を抜けた。
銀牙「どうしたんですか」
足を止める桃果に、銀牙は首を傾げた。
桃果「な、なんでもないっ」
電車を乗り継ぎ、江ノ島の駅で降りた。小さな雑貨店や落書きで汚れた壁の前で時々写真を撮りながら、ぶらぶら歩く。
土産物屋や売店が並ぶ坂道の途中で、桃果は何度も立ち止まる。
桃果「たこ焼き煎餅、美味しい!」
銀牙「たこが好きなんですか?」
桃果「好き!」
口の周りを食べかすでいっぱいにする桃果をみて、銀牙は可笑しそうに笑った。
銀牙「子供を預かっている気分です」
桃果「ばかにして」
江の島神社でお参りをしたあとは、お揃いの赤いお守りを買った。
ぱっとしない末吉と中吉のおみくじを笹の葉に括り付け、売店の椅子でサイダーをのんだ。
桃果「うちの裏の神社よりも大きいね」
桃果は江の島神社の拝殿を見上げた。暖かい海風が、桃果の長い髪をなびかせた。
首筋の汗を拭うしぐさが、知らない人みたいに見えた。
銀牙「子供だなんて、嘘ですよ」
桃果「なぁに銀牙」
銀牙「なんでもないです。日か暮れる前に降りましょう」
○江ノ電の駅
夕陽を見ながら、駅のベンチで江ノ電を待つ。
銀牙「た、楽しかったですか?」
珍しく自身なさげに、銀牙が問う。夕陽で、耳が赤く染まっている。
桃果「うん。またどこか行きたい」
桃果の笑顔を見て、ふ、と安心したように息をついた。
銀牙「絶対あいつより楽しませますから。こういうの、俺とだけにしてください」
銀牙は、桃果のあごを少しだけ持ちあげた。桃果の目に夕空が映った。
桃果「なに?」
銀牙「……指南書では、ここでキスをしていました」
桃果は合点がいったように笑った。
桃果「キスはいいよ。好きな人とするものでしょ?」
可笑しそうにするので、銀牙は手を離した。
銀牙「帰りましょうか」
ちょうど、電車が駅に滑り込んできたところだった。
○吉備津家・2階の廊下
桃果「じゃあ、おやすみ」
桃果の部屋の前で、桃果は楽し気に、ひそひそと言った。お土産に買った、お揃いのお守りを掲げる。
銀牙「はい、おやすみなさい」
銀牙はなにか言いかけて口を開いたが、桃果は気づかずに引き戸を閉めた。銀牙はそのまま部屋の前にいたが、しばらくして頭の後ろをかきながら廊下を歩いていった。
桃果は部屋のなかで戸にもたれて、唇を触っていた。
桃果(茶化さなければよかったな)
○翌日・1‐Aの教室
机を教室の後ろに寄せ、文化祭の準備をしている。道具係は床に座って、背景に使う道具を作っている。劇の係は台本を片手に、体操着で演技の練習をしている。
銀牙と女子ふたりは、桃果と三崎が台本を覗き込んで話すのを少し離れてみている。
銀牙「それで、眠り姫ってのはなんだ」
女子A「簡単に言うと、永遠の眠りについたお姫様を王子様がキスで目覚めさせるっていう御伽話よ」
銀牙「眠っている相手に、許可なくか?」
女子B「真面目だなぁ」
銀牙「許されないだろう。キスは好きな人とするものだと昨日教わった」
女子A「三崎くんが吉備津さんにキスするのが嫌なんだ?」
銀牙「……」
女子B「なんで?」
女子たちはにやにやと銀牙をみあげる。銀牙は険しい表情で、見つめ合う桃果と三崎をみる。
○夜・吉備津家の庭
三兄弟と家臣が庭に集まって、修行をしている。皆、袴姿。
雉間「『業』が使えるようになったのは結構ですけど、制球ができないようでは吉備津家の名が廃るわ。なにか詰まっているんじゃない? 悩みでもあるの? 恋? 恋の悩み?」
雉間は桃果の手の平を揉みほぐした。銀牙はそれを見ながら腕を組んで考え込んでいた。
銀牙(あの日の桃果さんの矢は『業』をまとったものだった…きっと母上の弓果殿も戦いで使っていた戦闘方法だ。弓矢であれば、戦場にいても安全に…)
桃果「恋に悩むと、『業』に影響するの?」
銀牙「え?」
雉間・桃果「え?」
桃果「なに、銀牙」
銀牙「いえ、なんでも……桃果さん、弓矢の練習をしませんか。実践で必要になるかもしれません」
桃果「わかった。この間みたいに指導してくれる?」
銀牙「はい」
銀牙の力を借りて、弓を引く桃果。真剣な眼差し。
銀牙「あまり、焦らなくても大丈夫ですよ。幸い兄上たちの修行は順調ですし、俺は、何年でもお供いたしますから」
桃果「どうして急にそんなことを言うの? 気持ち悪いなぁ」
銀牙を振り返って怪訝そうにする桃果。
銀牙「桃果さんが幸せであることが、一番大切です」
桃果「熱でもあるの?」
桃果は手の甲を銀牙の頬にあてがったり、額を触ったりした。銀牙はされるがままじっとしていた。
○学校・教室・文化祭当日
桃源郷高校は普段と一転、華やかに飾り付けられ、出店が並び賑やか。
劇の衣装を着せられ、身支度を整えてもらっている桃果に銀牙が声をかける。
銀牙「文化祭を楽しまなくて良いのですか。俺がお供いたしますよ」
桃果「本当? ちょっと待って」
桃果、三崎のところへ行く。
銀牙(やっぱり桃果さん…俺がついて回るのも…迷惑なのか)
桃果戻ってくる。
銀牙「桃果さん、俺があなたを守るのは義務なので、迷惑かもしれませんが…」
桃果「銀牙、こないだ食べたたこ焼き煎餅と同じのを出店してるところがあるんだよ。そこに行かない?」
笑顔を見せられて驚く銀牙。一緒に文化祭をまわり、桃果が無邪気に楽しむ姿に、だんだんと複雑な気持ちが芽生えてくる。
模擬喫茶で、桃果は2人分の飲み物を買いに行くために席を外す。留守番をしている銀牙のもとに現れたのは、吉備津家の家来・雉間。
雉間「なるほど。桃果さんの恋煩いの相手はきみだったかぁ」
銀牙「雉間、なんでいるんだよ」
雉間「あのね、桃果さんにしか興味ないのでしょうけど、私もこの学校に通っているのよ」
雉間は丸眼鏡を押し上げた。目線の先を見ると、なんちゃって執事の姿の次男が仕事をさぼって女子と話している。
銀牙「桃果さんの想い人は俺じゃない」
雉間「へぇ? 三角関係ということ?」
雉間は面白がって首を傾げた。
銀牙「…家臣が主に妙な気を起こすのは許されん」
雉間「許されたら、妙な気を起こすんだ?」
銀牙「……」
雉間「難儀だねぇ」
銀牙「うるせぇ」
桃果、スムージーを二人分購入し戻ろうとすると、席に雉間がいるのに気が付く。桃果といるときよりも自然な銀牙の表情を見て、動きがとまる。立ちすくむ桃果の肩に、誰かの手が伸びる。
銀牙、暫く待っても桃果が戻ってこないことを不審がる。立ち上がって見渡すがどこにもいない。教室、廊下を探し回り、1‐Aまで走って戻る。近くにいた女子Aの肩を掴んでゆする。
銀牙「桃果さんはどこだ」
女子A「え? どこって、直前練習が始まって、三崎くんが連れて来て、棺のなかに…」
桃果が寝ているはずの棺は空。
女子A「あれ…?」
銀牙「桃果さん…!」
銀牙は教室を飛び出す。廊下を走っていると、学校の裏山に怪しい気が漂っているのに気づく。
