○夜・吉備津家の庭
松の木に囲まれた広い庭に、袴姿の桃果、長男、次男が集まり、それぞれの家来と向き合っている。脇には的や巻藁など、修行道具が陳列されている。
桃果「『業』?」
雉間「そうです。鬼を倒すのに、剣術だけでは厳しい戦いになります。鬼退治稼業を継ぐというのに、『業』が使えないようでは実践に連れていけません。今夜から、『業』を使いこなす修行をします」
長男「『業』を出すだめの御呪いならお爺様に教えてもらったことがあるが、唱えたところで、なにも起こらなかったぞ」
銀牙「鍛錬と、うまれもったセンスが必要です」
次男「『業』がなんなのか聞いてんだよ」
猿楽「百聞は一見に如かず。見てな、坊ちゃんども。『芒に月 水砲を打て』」
猿楽が御呪いを唱えると、手の平から水が噴き出し、離れたところにあった木の丸太が水圧で倒れた。勢いが良すぎて水が跳ね返り、その場にいた者はずぶ濡れになった。雉間は濡れた髪を持ち上げ、「猿、あんた……いいかげん制球を学びなさいよ」とにっこり笑ってなじった。
雉間「私達も十年近く伽の国で修行をしてきましたから。焦らずに力をつけていきましょう。吉備津家の皆様ならすぐに……」
どーん
説明をする雉間の背中を水柱が走り、別の丸太をなぎ倒す。
次男「ふーん。意外と簡単だな」
次男が自分の手の平を眺めて言った。
長男「あまり俺たちをあまりみくびるな。一日でも早く父上の代わりが務まるよう修行をつけろ。……まぁせいぜい、桃果には手厚く稽古をつけてやれ。こいつは父上の愛人の子で、出来損ないだ」
威厳を主張するように、長男は言った。桃果は唇を噛んだ。
銀牙「桃果さん、こちらへ。桃果さんは桜時のうまれだ。桜の枕言葉が身体に馴染むでしょう」
銀牙は長男と桃果を隔てるように間に入って、文字の並ぶ巻物を見せた。桃果はそれを読みながら、丸太に手をかざす。
桃果「『桜に幕 水砲を打て』」
手の平からは特に、何もでてこなかった。銀牙が不可解そうに眉を寄せた。
しばらく修行に励んでいたが、この日桃果が『業』を繰り出すことはなかった。ふたりの兄は少し離れたところで、別の御呪いを唱え、手の平から火を繰り出している。四つん這いになって、みつめる桃果。
桃果「……私はやっぱり、出来損ない…」
銀牙「そんなはずはありません。明日はもう少し早く修行を始めましょう」
桃果「うん……あ、明日は三崎くんと買い物の約束があって」
銀牙「は?」
○放課後・商店街
制服姿の桃果と三崎、並んで歩く。
桃果「三崎くん、ごめんね。なんか、私が寝ている間に文化祭のこと決めてくれたって」
三崎「いいんだよ。疲れているんでしょう。眠り姫なんて、劇中もほとんど寝ているだけだから、僕に任せてくれたらいいよ。それに、こうして吉備津さんと買い物にもいけることになったし、僕は嬉しいよ」
桃果「えっと、衣装を買いにいくんだよね」
桃果は肩に回された三崎の手を見た。
三崎「うん。デートみたいで楽しいね……後ろのボディガードがいなければ」
二人のすぐ後ろを、毛を逆立てた銀牙がついてきている。
◯デパート・雑貨量販店
三崎「これなんか似合うよ。吉備津さん色白いから」
三崎、仮装用の赤いパーティドレスを桃果にあてがう。
桃果「そうかな…」
桃果は控えめに笑って、ひらひらのドレスをつまんだ。他にもアクセサリーや小物を持ってきて、劇中の姫らしい恰好をふたりで模索する。
銀牙「……」
銀牙は商品棚の隙間から二人を覗いて睨みつける。
◯夕方・キッチンカーの並ぶ公園
三崎「少し休憩しよう。ここのサンドイッチが美味しいんだ。どれにする?」
桃果「えぇっと、そうだな」
桃果は食べやすそうなハムサンドを選んだ。
桃果と三崎はテラス席に座って、向かい合って食べる。姿勢を正してサンドイッチを頬張る桃果を、三崎は眩しそうにみつめる。
三崎「吉備津さんって、瞳も綺麗だね。髪もつやつやだし、肌もしっとりしていて、本当に…」
桃果、三崎の言葉に目を瞬かせる。
三崎「…本当に、クラスでモテそうだよね」
同じクラスなのに、三崎は人ごとみたいに言った。
桃果「そうかなぁ。あんまり自覚はないけど」
三崎「そういうところも、いいよね」
三崎はアイスコーヒーのストローを回して、カラコロと音を立てた。陽はもうすぐ沈む。
銀牙「くそ、買い物が終わったのに何してるんだ…」
2人の席が見える位置で、メニューの影から銀牙は2人を観察していた。
その時公園の噴水広場で女性の悲鳴があがる。逃げる人々。視線の先には噴水の水面から顔を出す鬼。ぎょろりと大きな目。
桃果と銀牙は同時に立ち上がった。
銀牙「桃果さん!」
桃果「三崎くん、今日はありがとう。なるべく遠くへ逃げて。また明日!」
銀牙、桃果、三崎を置いて去る。三崎は含み笑顔で見送って、上唇を舐めた。
三崎「……何も知らないなんて、味わい深いなぁ」
桃果と銀牙が駆けつけると、鬼は噴水から出てきて、逃げ遅れた子供に飛びかかるところだった。
銀牙「『桜に幕 空砲を打て』」
銀牙の手の平から、風圧がうまれ、鬼を吹き飛ばす。
桃果「銀牙も『業』を使えるんだ…」
銀牙「桃果さん、よく聞いてください」
銀牙はうなだれる桃果の肩にを優しく掴んだ。
銀牙「貴方は、たしかに兄上たちとは本当の兄妹ではありません」
桃果「…うん。愛人との子供でしょ。知ってるよ」
銀牙「いいえ。桃成殿の娘ではありません」
桃果は打ちひしがれた。
桃果「え?…じゃあ、私は、誰なの?」
銀牙「桃果さんは桃成殿の姉、弓果殿の娘です」
桃果は驚いて、何も言えなかった。
銀牙「弓果殿は戦いから逃れて平和に暮らすために出家されました。しかし鬼の一族に見つかり、もう逃げられないと察し、うまれたばかりの貴方をタライにいれ、川に流した。タライはどんぶらこと川下まで流れ、吉備津家まで舞い戻った。あなたはまぎれもなく、吉備津家の血を正当に継ぐ者です」
桃果が口を開きかけたとき、鬼が起き上がり低い唸り声をあげた。
銀牙は桃果を胸に抱き寄せ、鬼に手をかざした。
桃果「ねぇ銀牙、私が川から流れてきた日って、いつ?」
自分が吉備津家の正当な血筋の者だと知って、桃果は少し、自信を取り戻していた。
銀牙「いつって、まだ川の水の冷たい、春の始めです。そのまま貴方の誕生日のはずです」
桃果「じゃあ、私がうまれたのは、3月4日じゃないかもしれない?」
銀牙「その日ではないかもしれません…前日か…そうか、桃の節句か。桃の節句うまれに馴染む、特別な枕詞がある」
桃果は両手のひらを鬼に向けた。桃果の背中を支えるように、銀牙が後ろに立った。銀牙が耳元で囁く言葉に重ねて、御呪いを唱える。
桃果「『桃に雪洞 空砲を打て』」
桃果の手の平からは強力な風がうまれ、鬼に当たり、白い光をともなって破裂した。2人は反動で後ろに倒れた。
銀牙「これは思った以上に強烈だ。『業』を使うのは俺がいるときにしてください」
倒れた桃果の下敷きになって、銀牙は呻いた。桃果は自分の両手をみて、信じられないといった顔をした。
桃果「やった、私…」
銀牙「当然です。あなたは俺の」
桃果「三崎くん、大丈夫だったかな」
桃果、立ち上がって三崎と別れたテラスの方を見る。今は誰もいない。
銀牙「……俺とではダメですか。デート」
銀牙がむくれて言うので、桃果はきょとんとする。
桃果「銀牙、デートしたことあるの?」
銀牙「……勉強します」
目を背けて、ばつが悪そうにする。
松の木に囲まれた広い庭に、袴姿の桃果、長男、次男が集まり、それぞれの家来と向き合っている。脇には的や巻藁など、修行道具が陳列されている。
桃果「『業』?」
雉間「そうです。鬼を倒すのに、剣術だけでは厳しい戦いになります。鬼退治稼業を継ぐというのに、『業』が使えないようでは実践に連れていけません。今夜から、『業』を使いこなす修行をします」
長男「『業』を出すだめの御呪いならお爺様に教えてもらったことがあるが、唱えたところで、なにも起こらなかったぞ」
銀牙「鍛錬と、うまれもったセンスが必要です」
次男「『業』がなんなのか聞いてんだよ」
猿楽「百聞は一見に如かず。見てな、坊ちゃんども。『芒に月 水砲を打て』」
猿楽が御呪いを唱えると、手の平から水が噴き出し、離れたところにあった木の丸太が水圧で倒れた。勢いが良すぎて水が跳ね返り、その場にいた者はずぶ濡れになった。雉間は濡れた髪を持ち上げ、「猿、あんた……いいかげん制球を学びなさいよ」とにっこり笑ってなじった。
雉間「私達も十年近く伽の国で修行をしてきましたから。焦らずに力をつけていきましょう。吉備津家の皆様ならすぐに……」
どーん
説明をする雉間の背中を水柱が走り、別の丸太をなぎ倒す。
次男「ふーん。意外と簡単だな」
次男が自分の手の平を眺めて言った。
長男「あまり俺たちをあまりみくびるな。一日でも早く父上の代わりが務まるよう修行をつけろ。……まぁせいぜい、桃果には手厚く稽古をつけてやれ。こいつは父上の愛人の子で、出来損ないだ」
威厳を主張するように、長男は言った。桃果は唇を噛んだ。
銀牙「桃果さん、こちらへ。桃果さんは桜時のうまれだ。桜の枕言葉が身体に馴染むでしょう」
銀牙は長男と桃果を隔てるように間に入って、文字の並ぶ巻物を見せた。桃果はそれを読みながら、丸太に手をかざす。
桃果「『桜に幕 水砲を打て』」
手の平からは特に、何もでてこなかった。銀牙が不可解そうに眉を寄せた。
しばらく修行に励んでいたが、この日桃果が『業』を繰り出すことはなかった。ふたりの兄は少し離れたところで、別の御呪いを唱え、手の平から火を繰り出している。四つん這いになって、みつめる桃果。
桃果「……私はやっぱり、出来損ない…」
銀牙「そんなはずはありません。明日はもう少し早く修行を始めましょう」
桃果「うん……あ、明日は三崎くんと買い物の約束があって」
銀牙「は?」
○放課後・商店街
制服姿の桃果と三崎、並んで歩く。
桃果「三崎くん、ごめんね。なんか、私が寝ている間に文化祭のこと決めてくれたって」
三崎「いいんだよ。疲れているんでしょう。眠り姫なんて、劇中もほとんど寝ているだけだから、僕に任せてくれたらいいよ。それに、こうして吉備津さんと買い物にもいけることになったし、僕は嬉しいよ」
桃果「えっと、衣装を買いにいくんだよね」
桃果は肩に回された三崎の手を見た。
三崎「うん。デートみたいで楽しいね……後ろのボディガードがいなければ」
二人のすぐ後ろを、毛を逆立てた銀牙がついてきている。
◯デパート・雑貨量販店
三崎「これなんか似合うよ。吉備津さん色白いから」
三崎、仮装用の赤いパーティドレスを桃果にあてがう。
桃果「そうかな…」
桃果は控えめに笑って、ひらひらのドレスをつまんだ。他にもアクセサリーや小物を持ってきて、劇中の姫らしい恰好をふたりで模索する。
銀牙「……」
銀牙は商品棚の隙間から二人を覗いて睨みつける。
◯夕方・キッチンカーの並ぶ公園
三崎「少し休憩しよう。ここのサンドイッチが美味しいんだ。どれにする?」
桃果「えぇっと、そうだな」
桃果は食べやすそうなハムサンドを選んだ。
桃果と三崎はテラス席に座って、向かい合って食べる。姿勢を正してサンドイッチを頬張る桃果を、三崎は眩しそうにみつめる。
三崎「吉備津さんって、瞳も綺麗だね。髪もつやつやだし、肌もしっとりしていて、本当に…」
桃果、三崎の言葉に目を瞬かせる。
三崎「…本当に、クラスでモテそうだよね」
同じクラスなのに、三崎は人ごとみたいに言った。
桃果「そうかなぁ。あんまり自覚はないけど」
三崎「そういうところも、いいよね」
三崎はアイスコーヒーのストローを回して、カラコロと音を立てた。陽はもうすぐ沈む。
銀牙「くそ、買い物が終わったのに何してるんだ…」
2人の席が見える位置で、メニューの影から銀牙は2人を観察していた。
その時公園の噴水広場で女性の悲鳴があがる。逃げる人々。視線の先には噴水の水面から顔を出す鬼。ぎょろりと大きな目。
桃果と銀牙は同時に立ち上がった。
銀牙「桃果さん!」
桃果「三崎くん、今日はありがとう。なるべく遠くへ逃げて。また明日!」
銀牙、桃果、三崎を置いて去る。三崎は含み笑顔で見送って、上唇を舐めた。
三崎「……何も知らないなんて、味わい深いなぁ」
桃果と銀牙が駆けつけると、鬼は噴水から出てきて、逃げ遅れた子供に飛びかかるところだった。
銀牙「『桜に幕 空砲を打て』」
銀牙の手の平から、風圧がうまれ、鬼を吹き飛ばす。
桃果「銀牙も『業』を使えるんだ…」
銀牙「桃果さん、よく聞いてください」
銀牙はうなだれる桃果の肩にを優しく掴んだ。
銀牙「貴方は、たしかに兄上たちとは本当の兄妹ではありません」
桃果「…うん。愛人との子供でしょ。知ってるよ」
銀牙「いいえ。桃成殿の娘ではありません」
桃果は打ちひしがれた。
桃果「え?…じゃあ、私は、誰なの?」
銀牙「桃果さんは桃成殿の姉、弓果殿の娘です」
桃果は驚いて、何も言えなかった。
銀牙「弓果殿は戦いから逃れて平和に暮らすために出家されました。しかし鬼の一族に見つかり、もう逃げられないと察し、うまれたばかりの貴方をタライにいれ、川に流した。タライはどんぶらこと川下まで流れ、吉備津家まで舞い戻った。あなたはまぎれもなく、吉備津家の血を正当に継ぐ者です」
桃果が口を開きかけたとき、鬼が起き上がり低い唸り声をあげた。
銀牙は桃果を胸に抱き寄せ、鬼に手をかざした。
桃果「ねぇ銀牙、私が川から流れてきた日って、いつ?」
自分が吉備津家の正当な血筋の者だと知って、桃果は少し、自信を取り戻していた。
銀牙「いつって、まだ川の水の冷たい、春の始めです。そのまま貴方の誕生日のはずです」
桃果「じゃあ、私がうまれたのは、3月4日じゃないかもしれない?」
銀牙「その日ではないかもしれません…前日か…そうか、桃の節句か。桃の節句うまれに馴染む、特別な枕詞がある」
桃果は両手のひらを鬼に向けた。桃果の背中を支えるように、銀牙が後ろに立った。銀牙が耳元で囁く言葉に重ねて、御呪いを唱える。
桃果「『桃に雪洞 空砲を打て』」
桃果の手の平からは強力な風がうまれ、鬼に当たり、白い光をともなって破裂した。2人は反動で後ろに倒れた。
銀牙「これは思った以上に強烈だ。『業』を使うのは俺がいるときにしてください」
倒れた桃果の下敷きになって、銀牙は呻いた。桃果は自分の両手をみて、信じられないといった顔をした。
桃果「やった、私…」
銀牙「当然です。あなたは俺の」
桃果「三崎くん、大丈夫だったかな」
桃果、立ち上がって三崎と別れたテラスの方を見る。今は誰もいない。
銀牙「……俺とではダメですか。デート」
銀牙がむくれて言うので、桃果はきょとんとする。
桃果「銀牙、デートしたことあるの?」
銀牙「……勉強します」
目を背けて、ばつが悪そうにする。
