桃ノ姫の過保護な家臣〈わんこ〉

○翌朝・吉備津家の屋敷・居間

長机を挟んで片方に桃果、長男、次男。もう片方に家臣の銀牙、猿楽(さらく)雉間(きじま)が向かい合い座っている。

机の短辺には祖父もいる。

祖父「吉備津家の家臣たちが修行を終え戻ってきた。お前たちの修行もいよいよ佳境を迎える。それぞれの家来と共に励め。桃壱には猿楽を、桃弐には雉間を、桃果には……」

次男「お爺様、桃果にも家来をつけるの。しかも犬養家の?もったいないよ。こいつは出来損ないなんだからさ」

銀牙「お言葉ですが、犬養一族は吉備津家の”正当な”お世継ぎに仕えます。桃果様は出来損ないなんかじゃない。主を悪く言う者は例え兄上だろうと容赦はしません」

次男は銀牙に睨まれ、鋭い犬歯をみて震えあがった。

長男「まるで俺たちが正当な世継ぎでないような言い方だな」

銀牙「剣を振るうことが鬼退治だと思っているようでは、そう言われても仕方がない」

猿楽「カッカすんなよ銀牙ちゃん。桃成殿が死んだけぇ、吉備津家には大事なことはなーんにも受け継がれとらんのよ。だからわしらが修行を積んできたんじゃろ。仲良くせえよ」

隣に座っていた猿楽が口を挟む。たれ目の、軟派な感じの青年。茶髪のくせ毛を指に絡ませる。

銀牙「俺に指図するな。猿」

睨み合う銀牙と猿楽。

祖父「これ、喧嘩をするな。さぁ顔合わせはもういい。いいか。修行は毎晩じゃ。修行以外の時間は家臣と常にともに行動し、親睦を深めておけ」

祖父は孫たちに強く言った。
皆居間からでていき、桃果と銀牙だけが残される。桃果は正座したまま、おずおずと銀牙を覗き込む。

桃果「ここに、住むってこと?」

銀牙「はい。四六時中、あなたを守ります。ああいう、嫌な奴からも。どうして厭味を言われて、言い返さないんです」

桃果「なんか、慣れちゃって」

銀牙「そんなものに慣れることない」

銀牙のまっすぐな優しさに、桃果は困って俯く。

桃果(こんな格好いい人家にいたら、身が持たないなぁ)

桃果「あの、とりあえず、私学校に行ってくるね」

銀牙「ああ、俺もいきます」

桃果「えぇ?」

○桃源郷高校・1‐A教室

先生「転校生を紹介するぞ~」

銀牙「犬養銀牙と申します。よろしくお願いいたします」

学ランに身を包む銀牙。微笑むと、女子が騒めく。

先生「吉備津の隣があいてるから、そこに座れ。じゃ、授業を始めるぞ~」

回想:桃果「いい? 学校では、主従関係があるなんて絶対に内緒だからね! 私、学校では優等生でやってるんだから」

銀牙「桃果さん、隣でよかった。家臣としては、主に手の届かない場所にいられては困りますから」

周辺のクラスメイトが一斉に振り返る。

桃果「いやっ。ちがう、ちがうの」

桃果は大慌てで首を振るが、銀牙は穏やかに桃果をみつめる。

桃果「前、前向いて銀牙」

休み時間になると、女子に席を囲まれる銀牙。

女子A「犬養くん、どこから来たの?」

銀牙「(とぎ)の国だ」

女子B「へ~、どこに住んでるの?」

銀牙「桃果さんの家に住み込みで働いている」

女子A「うそぉ! 同棲? 吉備津さんと付き合ってるの?」

銀牙「生まれたときからの付き合いだ」

桃果「ちょ、ちょ、ちょっと、銀牙、ちょっと手伝って」

銀牙「はい、なんなりと」

桃果が銀牙を引っ張って、席を立たせる。クラスの女子たちは、「遠距離恋愛していた幼馴染が帰ってきて同棲中」「住み込みバイトと雇い主の関係」と解釈して盛り上がった。

○休み時間・廊下

桃果は休み時間の間中、黒板を消したり、掃除をしたり、水をやったり、先生の手伝いをしたりで忙しなく動いていた。現在は、クラスのノートを職員室へ運ぶところ。

銀牙「桃果さんは、随分と学校運営に献身的ですね。吉備津家の人間が、そこまで奉公する必要はないのでは」

桃果「違うよ銀牙。人に与え、人を助ける。それが吉備津の正義。それが、私が覚えている父上の唯一の教えなの」

桃果の寂しそうな横顔をみて、銀牙は桃果の持っていたノートを取り上げる。

桃果「なに?」

銀牙「俺が持ちます。俺は吉備津家の血筋ではないので、桃果さんのことだけを助けます」

桃果「えぇ? そういうのいいってば」

桃果は恥ずかしそうに、銀牙の手から半分ノートをとった。

銀牙「なんでも言ってください。俺にできることなら、なんでも叶えます。主に仕え主と共に戦う。それが犬養家の誇りです」

桃果「わかったよ……ねぇ、近いってば」

話しながらどんどん顔を近づけてくる銀牙の身体を、桃果は赤くなって押しのけた。

三崎「吉備津さん、僕も手伝うよ」

廊下の壁によりかかっていた男子が、桃果の持っていたノートを取り上げた。今風の丸い髪型で、アンニュイな雰囲気。

銀牙「なんだ、お前」

三崎「僕は三崎。A組の学級委員長だよ。よろしくね、犬養くん」

銀牙「きなくせぇ。桃果さんに近づくな」

桃果「三崎くん、いつもありがとう。佐々木先生、ノート提出多いよね」

桃果は慌てて銀牙の言葉に被せて三崎と歩き出す。

桃果が三崎に向ける笑顔をみて、銀牙は面白くなさそうにする。

三崎「そういえば、そろそろ文化祭の出し物を決めないといけないね」

○1‐A教室

三崎が教壇に立つ。

三崎「文化祭の出し物を決めたいと思いまーす」

女子A「はいはい、劇がいいと思います。『眠り姫』がいいです!」

女子B「はい! 賛成!」

三崎「すごい勢いだね。配役はどうするの?」

女子A「眠り姫は、吉備津さんで。王子様役は犬養くんで」

三崎「そんな、勝手に……吉備津さん、嫌なら嫌っていいなよ」

銀牙「何の話だ」

銀牙は話についていけてない。桃果は、机に突っ伏して寝ている。

女子A「ほら、寝てる! いつも寝てるもん。吉備津さんはA組の眠り姫でしょ」

銀牙「桃果さんは毎晩修行をしていて寝不足なんだ」

女子B「修行ってなに? 花嫁修業のこと? ほら、王子様は犬養くんしかいないよ」

銀牙「俺に命令していいのは桃果さんだけだ。俺は桃果さんにしか従わん」

踏ん反りかえる銀牙。色めき立つ女子。眠り続ける桃果。

三崎「決まらないのも困るし、じゃあ王子様役は僕がやろうかな。学級委員としての責任をもって」