花は好きだ。
キレイだし、いい匂いだし、部屋に飾れば彩りが出て癒しにもなるし、育て方を間違えなければ素直に真っ直ぐ育つ。そしてなにより、喋らないから余計な感情をぶつけてこない。我々人間のように。
あぁ、花はなんていい子なんだ。僕はきみたちと接してる時が一番心安らぐよ。
先生が新しい花の種を買ってくれるって言ってたから、花壇の空いてるスペースをやっと埋められる。仲間が増えるぞ、楽しみだなぁ。
なんて心の中で目の前の花に語りかけていたら、部活終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。
今は放課後の部活動の時間。僕は園芸部に所属しているので、部活の時間は園芸部に貸し出してもらっている花壇で植物の世話をしている。
活動日数は週に二、三日程度。雨が降ればやることもあまりないので休みになるような、結構ゆるい部活だ。
まぁ、屈む時間が長かったり重いものを持ったりすることも多々あるのでそこそこ疲れはするんだけども、僕は体力に自信がある方なのでゆるーくまったり続けられている。
そんな感じの部活だから、運動部のように厳しいことを言う人もいないし部員の後輩たちもみんないい子ばかりで、この園芸部は僕にとってかなり居心地の良い場所となっているのだ。
僕は立ち上がり、ぐっと伸びをしてから後ろで作業していた他の部員たちにお疲れと声をかけた。
「今日は終わり。また来週よろしくねー」
その言葉で他の部員たちはお疲れ様でしたと挨拶して、道具諸々を持って帰っていく。
みんなを見送ってから、花壇まわりに忘れ物が無いかをチェックし僕も部室に戻る。それから制服に着替えて部室と倉庫の戸締まりをし、鍵の返却のため職員室に向かった。
園芸部の三年生は僕ひとりだけ。だから必然的に部長になったが、正直部長って柄じゃない。人をまとめるリーダーシップなんかないし、戸締りとかも正直言ってめんどくさい。後輩たちはみんな真面目で大人しいから文句も言わず俺の話を聞いてくれているけど、やんちゃな奴が一人でもいたら統率は取れないだろうな。
まぁこの部長業務も、部活を引退する夏休み明けまでなのであと少しの辛抱だ。
「失礼します」
職員室に入り、椅子の背もたれにだらーんと背中を預けて座ってる、「この人教師です」って言っても信じて貰えなさそうな風貌の男の元へ向かう。
「川合先生、鍵の返却に来ました」
「おー、沖本、ご苦労さん」
川合先生は園芸部の顧問。部活には殆ど顔を出さない、幽霊部員ならぬ幽霊顧問だ。
以前、なんで顔を出さないのか聞いてみたら、「沖本のこと信頼してるから」となんともそれらしいことを言っていた。
まったく適当なことばかり言いやがって。僕が入部するより前からほとんど来てなかったの知ってるんだからな。
まぁ、顧問の仕事はしてるっちゃしてるから文句も言いにくいんだけども。
「あ、そうだ先生。週明けまでに新しい花の種買ってくるの、忘れないでくださいね」
「ん?あぁ、そーだそーだ。大丈夫忘れてねぇよ」
鍵を手渡しながら問えば、川合先生はへらへら笑った。
絶対忘れてたな……。
「今回は忘れちゃダメですからね。新入部員の子が楽しみにしてるんですから」
「あー、一年生で唯一入部した子か。話すときいっつもぷるぷるしてる」
じとっとした目を向けながら言えば、川合先生はおかしそうに肩を震わせる。
新入生の本入部が決まったときの部員同士の顔合わせで、一応川合先生も顧問として挨拶しにきてくれたんだけど、川合先生は人より背が高いし目付きも悪いから威圧感で新入生が怯えてしまっていたんだよな。校舎ですれ違ったら新入生の子から挨拶はするらしいんだけど、いつもびくびくされるらしい。
まぁ気持ちはわかる。僕も川合先生とまともに話す前は、ちょっととっつきにくそうだなんて印象を持っていたくらいだし。
「先生のちゃらんぽらんな性格を知ったらきっと怯えられなくなりますよ」
「ひどくね?」
ぶーぶー文句を言い始めた先生に「それじゃあ帰ります、さようなら」とにこやかに挨拶し職員室を出る。が、扉をしめる直前で川合先生に呼び止められた。そしてこちらに駆け寄ってきた先生に一枚のプリントを手渡される。
「これ、部員たちに伝えておいてくれ」
プリントに書いてあった内容は、学校にあるプランターの植え替えの手伝いについての案内だった。
園芸部は毎回植え替え時期に手伝いに駆り出されるというイベントがある。去年まではそういった行事ごとは先生が直接部員たちに伝えてくれてたと思うんだけど、僕が部長になってからは僕に任せっきりだ。
「僕、先生の助手じゃないんですけどー」
「まぁまぁ固いこと言うなって。信頼してるからこそ沖本に任せるんだよ」
頼んだぞ、なんて言って頭をくしゃくしゃに撫でられ、川合先生はそそくさと自分の席に戻っていってしまった。
僕はため息をついてプリントを鞄にしまい、今度こそ職員室の扉を閉める。
そして帰ろうと振り返ったとき、廊下の先に立っていた男子生徒と目が合った。
男子生徒は制服姿で、同じ高校生とは思えないくらい大人びて見える容姿をしていた。そして某スポーツメーカーのロゴマークがプリントされた黒色のエナメルバッグを肩からかけている。手には鍵を持っているから、僕と同じく部室の鍵を返しに来たのだろう。
僕は気まずさから視線を逸らし男子生徒の横を通り過ぎようと歩き出したところで、廊下の更に奥からこちらに向かって歩いてきている同じエナメルバッグを肩にかけた数人の男子生徒を見つけ、咄嗟に反対側へと駆け出した。
「純!」
名前を呼ばれたが、無視をして廊下を走る。
こちら側の道からだと生徒玄関は遠回りだが、あいつらと顔を合わせるよりは何倍もましだ。
角をまがったところでスピードを落とし、今度は廊下をゆっくりとした足取りで歩く。
最悪な奴らの顔を見てしまった。まぁ同じ学校で同じ学年だから、高校に通っている間は一生顔を合わせないなんてことは難しいんだけども。
でも……職員室前で僕の名前を呼んだあいつ――浜屋徹だけは関わり合いたくない。
もう二度と、絶対に。
週明けの放課後。
忘れず花の種や苗を買ってきてくれた川合先生からそれらを受け取り、部活の時間は部員たちと空いているスペースに花を植えた。
唯一の一年生の子もほかの部員たちにいろいろ教えてもらいながら楽しそうに植えていて、微笑ましく思うと同時に少しほっとした。
一年生の彼のこと、結構強引に園芸部に勧誘したから入部したことを後悔しているんじゃないかと思ってたけど、活動を楽しんでくれているようでよかった。
後輩たちを見守りながら自分のやることをこなしていき、あっという間に部活動終了の時間を迎えた。そしていつものように花壇回りに忘れ物がないかチェックしてから部室で帰り支度をし、職員室に鍵を返して生徒玄関に向かう。
靴を履き替えて校舎を出ようとしたとき、校門に向かう例の一年生の子の背中を見つけた。そして、それを追いかけるように駆け寄っていく背の高い、おそらく彼と同じ学年の男子。
時々、あの二人が一緒に居るところを見かけることがある。一年生の子が、彼に駆け寄った目立つ見た目の男の子にふわりと笑いかけているのが見えた。二人の外見や性格のタイプは違っていて、一見友達同士には見えないけれど、きっとお互いに心を開いているんだろう。
微笑ましい、となごみかけたが、その姿がなんとなく、過去の自分と重なって咄嗟に視線を逸らす。
少し乱れた呼吸とどくどく嫌な音を立てる心臓をなんとか落ち着かせ、僕は校門には向かわず、いつも園芸部が活動している花壇の方へと足を向けた。
彼らとは帰る方向が一緒なので今僕も校門を出たら後ろをついて歩くことになってしまう。そうなったら気まずいもんね、お互いに。
やってきた誰もいない園芸部の活動場所。水をあげてからそれほど時間がたっていないから、花壇の花にはまだ水滴が残っている。それが傾いた太陽の光に反射して、きらきらと輝いていた。
今朝は学校に行くのが少し億劫だったけど、後輩たちの楽しそうな姿を見たおかげで気分も晴れたように思う。やっぱり今の環境が僕には合っているんだろうな。
小さく息を吐きだし段差に腰をおろしかけたところで、二年生が使用している花壇近くに丸いボールが転がっていることに気が付いた。
所々汚れや傷がついて使い込まれているのがわかるそれは、サッカー部が練習で使用しているサッカーボールだ。
隣接しているグラウンドから、時々ボールが転がってきてはサッカー部員が「すみません!」と元気よく取りに来る。これも練習中に転がり込んできたものだろうが、僕が部活後に見回りをした時にはなかったから帰った後に転がり込んできてそのまま放置されたのだろう。
まったく、ボールの管理くらいしっかりしておいてほしいものだ。
サッカー部の人たちがまだ残っている可能性もあるから、しばらく待って後でこっそり返しておくとしよう。
ボールに近付き、ほとんど無意識にそれを右足で軽く蹴り上げた。そして蹴り上げた方と反対の左足でまた蹴り上げ、所謂リフティングを何度か繰り返す。
週末に少し年の離れた弟の練習に付き合ったばかりだからかいつもよりボールが足に馴染む。
ちょっと楽しくなってきて、夢中でボールで遊んでいた。
だから、誰かが近付いて来ているのにも気が付かなかった。
「純?」
「えっ……ぉえあ!?」
驚いて声のした方を振り向くと案外近くに人が立っていて、更に驚いて変な声を上げてしまった。
ちょっと後ずさって見てみれば、近くに立っていた人は先週、職員室前で僕をじっと見つめてきていた男子生徒――浜屋徹だった。今日は制服でなくサッカーの練習着を着て、髪は汗でしっとりとしているので練習を終えた後なのだろう。練習着はまだ汚れがついていないから着替えたばかりで、もしかしたら自主練をするところなのかもしれない。
と、そこまで考えたところで、こんな悠長に分析している場合ではないと我に返る。
逃げようと踵を返し一歩踏み出したところで、先ほどリフティングをして遊んでいたボールが足元に転がっているのに気付かず、無様にもそれに躓いてしまった。
「あっ」
転ぶ、と衝撃を覚悟して目を瞑る。
しかし訪れると思っていた痛みは来ず、代わりに倒れる方と反対側にぐいっと引っ張られ、誰かに後ろから抱き留められた。
「あっ、ぶなぁ……純、大丈夫?」
耳元で浜屋徹の焦った声がする。彼が転びかけた僕を咄嗟に抱き留めてくれたらしい。
助かった……いらないケガも避けられた。
安心してふう、と深く息を吐いて、強張ったからだの力を緩める。
すると、僕を抱き留めていた腕に少し力がこめられ、浜屋徹との密着度が増した。
今はもう抱き留められた、というより、最早抱きしめられている形である。
なんだこの状況は。
また体が強張り、逃げなければという意識が戻ってくる。
体を捩り抜け出そうとしたが、腕はびくともしなかった。
「俺、ずっと純と話がしたかったんだ」
耳に息がかかり、思わずびくっと肩が震えた。
というか、え、うそでしょ、この状態で話始めるの?
そもそも僕はお前と話すことなんかひとつもないんだが?
離れたい一心で更にもがいたり腕を解こうとしたが、余計にきつく拘束されるだけで逃れられない。
こいつ、こんなにも力が強かっただろうか。
「お願い、逃げないで」
懇願するような声色に、僕は思わず動きを止めた。
もうほんとうに、やめろよ……。たち悪すぎる。
「……純、なんで何も言わず、サッカー部辞めちゃったの?」
「っ!」
その言葉に、僕はぐっと唇を噛んだ。
そんなの、お前が一番よくわかってるくせに。
「あの時の怪我も、無理しなければ完治も時間はかからないって言ってたよね。怪我が理由って嘘だよね」
「…………」
「約束したじゃん、一緒に全国行こうって……。なのになんで、約束破ったの。なんで辞めちゃったの?」
悲痛そうに発せられる言葉に、ふつふつと怒りがわいてくる。
なんだよ、それ。
自分がしたことなんか忘れて、全部僕のせいかよ。
先に僕を突き放したのはお前のくせに。
あの時僕がどんな気持ちだったかなんて、知りもしないくせに!
「純――」
「あれ、なにしてんのー?きみたち」
「!」
突然間延びした呑気な声が響き驚いてばっと顔を上げれば、そこには目を丸くした川合先生が立っていた。
「ケンカ??だめよー、こんなところで」
「ケンカじゃ――っあ!」
予想外の川合先生の登場により拘束していた腕の力が緩み、僕はその隙をついて抜け出した。
また捕まる前に浜屋徹から距離をとり、地面に置いていた鞄を拾い上げる。
「ケンカじゃないですからご心配なく。先生、さようなら!」
「待って、純!」
あいつの呼び止める声を無視して、僕はその場から駆け出した。
走っている間も、思い出したくもない情景が頭の中を埋めていく。
最低だ。
思い出したくなかったのに。放っておいてほしいのに。
ほんとうに最低。
なにが約束だ。
お前もあいつらと一緒だったくせに。僕のことバカにして笑ってたくせに。
嫌い。大嫌い。
あんなやつ――大嫌いだ。
―――
「沖本純くん、だよね!第二中学でMFしてた」
靴ひもを結ぶため落としていた視線を上げれば、そこには同い年と思えないほど大人びて綺麗で大変整った顔をした男子が立っていた。
その顔面の強さに圧倒されながらも投げかけられた問いにこくりと頷くと、彼はぱっと顔を輝かせ僕の隣に腰をおろした。
「俺、沖本くんのプレーすっごく好きで!繊細なボールさばきとか的確なパスとか、周りもめちゃくちゃ見えててずっと憧れてて……いつか一緒にサッカーしたいって思ってたんだ!」
声をはずませ興奮した様子の彼に面食らったが、なんとかお礼を返し、「でも」と首を振る。
「僕なんか大した選手じゃないよ。チームも強くないし」
「チームはそうかもだけど、沖本くんがずば抜けて上手かったのは間違いないよ。他のチームのMFにも引けを取らない!俺の元チームメイトも、沖本くんはすげー上手いって言ってた!」
「そ、そうなんだ、ありがとう。……きみは、浜屋徹くん、だよね。第三中学だった」
「えっ、俺のこと知ってるの!?」
「もちろん。きみは有名人だから。……僕も浜屋くんと一緒にプレーしてみたいって思ってた」
「ま、マジで?ほんとに!?やば、めちゃくちゃ嬉しい」
頬を少し上気させ喜ぶ彼に「よろしくね」と言えば、元々キラキラ放っていたオーラを更にビカビカさせ「こちらこそよろしく!」と笑顔で返してくれた。
これが、僕と徹の初めての会話である。
僕が所属していた中学のサッカー部は、大会で運がよければ三回戦くらいまで進める、決して強いとは言えないチームだった。
部員もみんな決勝まで進んで優勝、なんて目標はもっていないので、練習はするけどそれなりに、ある程度力を抜いたゆるめの部活だった。
一方の徹の所属していた中学は、トーナメントの決勝まで進むときもあるような強いチームだった。徹はそんなチームでエースストライカーとして活躍していた。
強いフィジカルだけでなく繊細なテクニックもあり、難なく相手を抜き去り点を取る。強豪チームのDFでも彼を止めるのは一苦労で、対戦相手は常に彼を危険視していた。
更に顔もすこぶるよく背も高いので、いろんな意味でたくさんの人から注目される選手なのだ。
だから僕も彼のことを知っていたし、ポジションがMFである自分が最高のFWである彼にいつかパスを出したいと憧れるのは当然のことで、大会で彼のプレーを見る度、隣に立つ自分を妄想しては叶わない夢と笑っていた。それくらい彼は高みにいた。だから彼が僕のことを知っていたのは奇跡に近いのである。
一通り大会も終わって部活も引退し、注目選手たちがどの高校に行くのだろうと予想がされる中、当然徹のことも話題に上がった。
浜屋徹くらいになれば県内の強豪校か県外に行くのではと噂されていたのだが、彼が選んだのは家から近い僕と同じ高校だった。
僕らが入学した高校は準決勝くらいまではいけるが優勝はなかなか難しい、ちょっと強いくらいのチームだ。
なんでこの高校を選んだのだろうと疑問に思ったけど、チームメイトから聞かれてもなんとなく誤魔化している様子だったので、きっと言いたくないんだろうと僕はその話題に触れないでいた。すると、母子家庭で母親の代わりに歳の離れた妹の世話もしなければならないから、強豪校に行って部活に全てを捧げるなんてことはできそうにない状況だったと、こっそり本人が教えてくれた。
なるほど、家庭の事情があるならば仕方ない。もったいないとは思ってしまうけど。
「本当は行ってみたい高校はあったけど……でも、純に会えたからここに来てよかったと思ってる。俺、今が一番楽しいんだ」
居残って二人で自主練習をしていたとき、徹は恥ずかしげもなくそんなことを言った。
実際僕らは相性がよかったのか、どんなプレーでも息がぴったり合うし、徹が何をしようとしているのか、アイコンタクトをとるだけでわかった。
自分の全神経が常に研ぎ澄まされている感覚。どこまでも走っていけるような爽快感。
こんなの初めてで、僕はあっという間に徹とするサッカーに夢中になった。
「僕も、徹とサッカーできてる今が一番楽しい。……徹となら、どこまででも行けそうな気がする」
「いこうよ!」
「え?」
「いこう、二人でどこまででも。まずは一緒にレギュラーとってさ、試合でいっぱい活躍して、大会も優勝して、そんで全国まで!俺たちならできる!」
「…………」
全国大会。
僕にとっては遠い存在だと思ってたそれは、もしかしたら本当に、徹と一緒なら届くものなのかもしれない。
だって、二人で全国大会のフィールドに立っている姿がこんなにも簡単に、鮮明に想像できるんだから。
「……うん!」
そうして僕らは、互いの小指を絡めて約束した。
それ以来、僕と徹の仲は更に深まったように思う。
サッカーだけでなく私生活でも相性がいいのか彼の隣にいるのが心地よく、オフの日は二人で遊ぶことも度々あって、僕らはよき相棒で、よき親友となった。
昼休み、人がいない静かな屋上前の階段の踊り場で、僕と徹はご飯を食べながらどうでもいいこととかサッカーのことを話しながら予鈴がなるまでいつもだらだらと過ごす。このなんでもない二人の時間が、結構好きだったりするのだ。
僕はご飯を食べるのが少し遅いから、徹の方がだいたい先に食べ終わる。今日も先に食べ終わった徹が弁当箱を片付け、いつものようにスマホで軽くSNSのチェックをしていたのだが、画面を見ながらなにやらによによと変な笑みを浮かべていた。
「徹、なにニヤニヤしてるの?」
「ん?あぁ、これ。すごいかわいくて」
そういって見せてくれたのは、ちいさな子猫が覚束ない足取りで歩いている動画だった。
「わぁ……ふふっ、よちよちしてる、かわいい」
子猫がカメラ(おそらく飼い主さん)に向かってこけながらも一生懸命向かってきているのが微笑ましくてかわいい。僕もいつの間にか徹と同じようにニヤニヤ笑ってしまっており、なるほどこれは否が応にも口角が緩んでしまうなと納得した。
そこで僕はそういえばと先日の出来事を思い出しスマホを取り出す。
「近所に住んでるおばあさんも最近猫を飼い始めてさ、その子もまだちっちゃくて。この前遊ばせてもらったんだ、ほら」
その時に撮った動画を流して見せると、徹がスマホを覗き込むようこちらに身を寄せてきた。
図らずも近くなってしまった距離に、思わずどきりと胸が高鳴る。
「ほんとだ!かわいい、ふわふわしてる」
「……ね!かわいいよね」
僕はなんとか返事をして、ばれないように気持ちを落ち着かせるため小さく息を吐いた。
なんだか最近、彼との近い距離に妙にどきどきしてしまう。
徹の距離が近いのもスキンシップが多いのもいい匂いがするのも顔が強いのも、今に始まったことじゃなく出会った時から変わらないのに。
初めは、徹とのプレーに興奮していたからだと思っていた。いいプレーができたときは、肩を組んで喜んだりしていたから。
でも、サッカーをしていないときも心臓がやけに騒がしくなると、最近気がついた。
同じクラスの女子に、「浜屋くんと沖本くんっていつも距離近いよね」と言われ、徹はわりと誰にでもあんな感じじゃないか?と疑いつつもなんとなく気になり、僕以外の同級生とかとの距離感を観察してみたら、確かに他の人よりは近いかもと思い至った。
もしかして徹がべたべたするのって僕にだけ?
そう思ったらだんだん徹のことを意識してしまって、まだ平静は装えているけど内心激しくどきどきして仕方ないのだ。
嬉しいような、恥ずかしいような。どうにかなってしまいそうで離れてほしいのに、離れてほしくない。
そんな矛盾を抱えながら、彼のきれいな横顔を眺めては目を逸らすことの繰り返しだ。
これは一体なんなのだろう。相棒で、親友で、しかも男の徹に持っていいものじゃない気がする。
これ以上深く追求ことが怖くて、レギュラー発表の日も近づいていたことから、僕は無理やりその気持を奥に押し込め蓋をし、これまで以上にサッカーに打ち込んだ。
そうして迎えた初めての公式戦前のレギュラー発表で、僕と徹は二人でレギュラーに選ばれた。しかもスタメンである。僕たちは互いに自分のことのように喜び、プレッシャーもあったけれど、徹と交わした約束と夢を叶えるため一層努力を重ねた。
一緒に試合に出る先輩たちは時々厳しいこともあったけど、みんな僕たちのことを認めてくれて、それなりに楽しくやっていた。
僕たち二人は、それでよかったんだ。
「おい沖本、これ洗っとけ」
「え、わっ」
二年の先輩から投げ渡されたドリンクボトルを慌てて受け取ると、近くにいた同級生が「ついでにこれもよろしく」と僕に数本のボトルを持たせ部室に帰っていった。
この時はまだマネージャーがいなくて、一年生が日替わりでボトルを洗ったりゼッケンを洗濯して干したりという雑用を行っていた。
今日は僕にボトルを押し付けてきた何人かが当番のはずなんだけど……。
最近、こんなことが増えてきた。ほとんど毎日僕が雑用をこなしている。
一度当番は僕ではないと言ったんだけど、どうせ居残って練習するんだからお前がやっても変わらないと言われてしまった。
それはそうなんだけど……じゃあなんで僕と同じく居残って練習してる徹には言わないんだろうと疑問に思ってしまう。
しかも同級生だけでなく二年生の先輩からも言われる。僕にだけだ。
……なんとなく、理由は分かってる。
僕に押し付けてくる同級生は今回レギュラー入りができなかった面子で、先輩は僕と同じポジションでレギュラー入りはしたけどスタメン落ちした人だ。
まぁつまりは妬みとか嫉みとか、そんなもんである。
くだらない。本当にくだらない。
僕は自己主張もあまりしないタイプで、周りに意見するなんてことも少ない。何も言えないからって舐めてこういう地味な嫌がらせばかりする。
でも心の中では「くそが」とか「ガキが」とかバチバチに悪態をついて心の中指を立てているので、ある程度イライラを発散しながら徳を積むつもりでボトルを洗ったり、嫌がらせしてくる人たちをサッカーで叩き潰したりしている。
いままでこういう経験がなかったから、僕って案外好戦的なんだなと学びを得た。
「純ごめん、俺、今日は妹のお迎えに――って、また押し付けられたの?」
グラウンド横の水道でがしょがしょボトルを洗っていたら、徹が声をかけてきた。
僕が洗っていたボトルを見て、表情が硬くし眉間にシワを寄せた。
「あいつら、くだらないことばっかりしやがって……注意しても聞きやしない」
徹は僕に当番が押し付けられるような地味な嫌がらせをされることを僕よりも怒ってくれていて、同級生や先輩に注意してくれてるんだけど今のところおさまる気配はない。
手伝おうとしてか、徹は洗い終えていないボトルを手に取ろうとしたけどそれを制する。
「別にいいよ、相手にするだけ時間の無駄だし。そんなことより、妹さんのお迎えがあるんでしょ?」
「あ、うん……今日も居残り練できなさそうなんだ。確認したいフォーメーションがあるって言ったの俺なのに、ごめん」
「ううん、気にしないで。……徹、大丈夫?」
ここ最近、徹のお母さんの体調があまりよくなく、家事や妹さんのお迎えを代わりにすることが増えているらしい。いつもしていた居残り練習も、時間が短かったりそもそもできなかったりしている。
部活にプラスして家のことと妹さんのお世話をするのは結構大変みたいで、なかなか疲れが取れにくく昼休みもご飯を食べたら残り時間は寝ていることが多い。
僕は居残り練習が一緒にできないことよりも、徹の体調の方が心配だった。
「俺は平気。大会が近いのにごめんな」
「徹が謝ることはなにもないよ。……お母さん、早くよくなるといいね」
「うん……。じゃあごめん、俺先に帰るな。また明日!」
走り去る徹の背中を見送り、僕もさっさとボトルを洗って練習しよう、と手を早めた。
それから少したって、高校生になって初めての公式戦が始まった。
今のところは順調に勝ち進んでいて、この調子だと難なく準決勝まではいけそう。
でもひとつ大きな問題がある。それは、徹のコンディションが悪いことだ。
いつもの動きのキレがなく、調子がものすごく悪い、というわけではないがよくもない状態。
徹に全てを任せっきりにしているチームではないからなんとかなってはいて、一緒に試合に出ている先輩たちもそんなときもあるよなーくらいで重くとらえてない。僕も、調子がよくなくても徹は上手いなぁなんて呑気に思っていた。
しかし、思うように動けないストレスは、本人にとっては相当なものだった。
試合のあと、学校のグラウンドで解散となり、まだ明日も試合があるから備えて帰るよう顧問の先生から言われたのだが、徹はひとりスパイクを履いて練習を始めようとしていた。
「徹、帰らないの?」
見兼ねて声をかければ、徹は立ち上がって気まずそうな表情を浮かべた。
「今日も全然うまく動けなかったから……調子戻さないと」
徹のお母さんは、たぶんまだ体調が完全によくなった状態ではない。公式戦が始まる前日まで、結局居残り練習をまともにできた日は多くなかった。
それでも徹は言い訳とか弱音を吐かず日々の限られた練習を懸命にやっていた。それを知っているから、先輩たちも徹の調子が悪くても何も文句は言わないのだ。
でも見るからに、うまく動けないことの自分自身への苛立ちを徹は抱えていた。
「明日に備えて早めに休んだ方がいいよ。焦っても仕方ないって」
「俺は別に、焦ってない」
いや、焦ってるでしょ。なにをむきになってるんだ。
「無理したら、それこそコンディション落としちゃうよ」
「無理してない。いいから、純は先に帰れよ」
「ちょっと、徹!」
「っ、なんだよ、離せよ!」
走り出そうとした徹の腕を掴み引き留める。
こういう時、絶対に徹は時間を忘れて練習に没頭する。誰かが止めなければならない。それは相棒である僕の役目だった。
「落ち着きなって。まだ大会の前半なんだから、焦って無理する場面じゃないよ」
「だから、焦ってもないし無理もしてない!」
「してるから言ってるんだ。徹、気持ちはわかるけど、もうちょっと周りを頼った方が――」
「うるさい!お前に何がわかるんだ!」
徹の大きな怒鳴り声に、僕はびくっと肩を震わせた。
まだ残って僕たちの成り行きを見守っていた部員たちも驚いている。
「なんの苦労もなくサッカーできてるくせに、俺の気持ちわかるとか言うな!」
重たい沈黙が流れる。
徹は力が緩んだ僕の手から腕を抜き取り俯いた。
そんな徹の姿を見て、胸の内に怒りが湧き上がる。
なんだよ、それ。
「……じゃあ徹は、言葉にしたのかよ」
「え……?」
「僕はお前じゃないんだから、言ってもらわなきゃ本当はどう思ってるのかなんてわかるわけないだろ!」
いつもそうだ。
明らかに悩んでそうで、辛そうで。その辛さを少しでも軽減させたくてどうかした?って聞いても、徹は大丈夫って笑うだけ。
僕は徹の親友で、相棒なのに。頼られず、なにもしてあげられないことがどれだけ寂しかったか。
「……あぁもう、知らん!勝手にしろ!全部ひとりで抱え込んで、ひとりで苛立って焦って無理して、今の徹がしてること、ここ最近のプレーも全部独りよがりだ。僕がパスを出したいと思った徹は、そんな選手じゃなかった!」
「!」
「バカ、バカ徹!舐めたプレーしたら、もう二度とパスなんか出さないからな!」
溢れ出た怒りをぶつけるよう叫び、もう一度バカと吐き捨て僕はその場から走り去った。
一緒に試合に出ている先輩から「浜屋とケンカ?大丈夫か?」ってメッセージが来たので、「知りませんあんな奴」とぷるぷる震えて泣いているちいさくてかわいいキャラクターのスタンプと一緒に送ったら「大丈夫そうだな」と返事が来た。何も大丈夫じゃない。
ご飯を食べてお風呂に入ってベッドに潜り込んでからやっと、言い過ぎたかな、と後悔が生まれた。
先ほど徹からメッセージが来ていたけど、怖くて見れていない。
舐めたプレーしたらもう二度とパスなんか出さないからな……って、僕なんかが徹に向かって、何様だよ。
嫌われちゃったかな。
他の人には嫌われてもいいけど……徹にだけは、いやだな。
そう後悔とか不安を抱えながらも眠りにつき、迎えた翌日。
徹の突き刺さるような視線も感じていたし、周りのなんだか微笑ましいような視線も相まって気まずくて、僕は徹を避けるよう準備だったり試合前のアップをこなした。
そして試合開始の数分前。
「純」
徹が僕の前に立つ。
何を言われるんだろうと緊張していたら、徹は僕に頭を下げた。
「ひどいこと言ってごめん。俺余裕なくて、純に当たってしまった……本当、ごめん」
「ちょ、と、徹……」
まさか謝られると思っていなくて面食らい、慌てて顔を上げさせようとする。しかしそれよりも先に顔を上げ、僕をまっすぐに見つめた。
「それから、ありがとう」
「!」
「純の言葉で、目が覚めた」
静かに言った徹の表情に、昨日までの焦燥は感じられない。
「俺は純の相棒として恥ずかしくないプレーをする。だから――俺のこと、ちゃんと見てて」
真っ直ぐすぎる彼の熱い視線に、僕はどきっと胸を高鳴らせた。
言葉を発そうにもなんと言えばいいかわからずただひたすらに首を縦に振れば、徹はほっとしたように笑みを浮かべた。
この日の対戦相手は、いつもうちと接戦を繰り広げるいわばライバルチームで、今回も厳しい戦いになることが予想されていた。でも徹が、昨日までの不調が嘘のような好調ぶりを見せ、それに引っ張られるようチーム全体の士気も上がり、僕たちがずっと優勢で試合が続いた。
僕も、いつも以上に周りが見える。敵味方関わらずみんなの、徹の動きがわかる。アドレナリンも出まくって、ずっと走ってるのに疲労も感じない。
徹と通じ合っているという感覚が、すごく気持ちいい。最近は違和感だらけだった徹とするサッカーが、久しぶりに楽しいと思った。
試合終了まで残り僅か。
僕はボールをもらい、相手を抜き去って鋭く攻め込んだ。いいポジションをとっていた徹と目が合って、彼が走り出すと同時にパスを出す。ボールを受け取った徹は回り込んできたDFを難なく抜いてゴール前まで攻め込んでいく。相変わらず、惚れ惚れする足さばきだ。
けれど今は試合中。僕は頭をすぐに切り替え、ボールが戻ってきてもいいようにポジショニングして……と、方向転換しようとした時だった。
横から強い衝撃を受けてバランスを崩し、誰かの下敷きになるよう地面に倒れこんでしまった。
すぐさま笛が鳴り、試合が中断される。
相手選手が、僕に向かってタックルをしてきたらしい。
周りに人が集まってきて、チームメイトに焦ったように大丈夫かと声をかけられるが、僕は脚に感じる痛みで返事するどころじゃなかった。
右足首と、膝も変な風にひねってしまった。
今すごくいいところで、試合もまだ、終わっていないのに。
どうしよう、痛みでうまく立ち上がれない。
立たなきゃいけないのに、痛い。
どうしよう……痛い、痛い、痛い。僕、どうしたら……。
「純!」
「!」
パニックに陥っていた思考が、耳なじみのいい声で引き戻される。
顔を上げれば目の前には徹がいて、僕の肩を掴んでいた。
「純、どっか痛いのか?」
「……っ、あし、足首と、膝」
なんとか答えた僕の言葉に、徹はきゅっと眉根を寄せ厳しい表情を見せる。
先輩が、ベンチに向かって「担架を!」と呼びかけているのが聞こえた。
「とおる、僕、僕は、」
「純、落ち着いて」
脚の痛みはひかないけど、背中を撫でる大きな手に少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「ごめん徹、今、いいところなのに……こんなときに……」
「純が謝ることはなにもない。大丈夫だから、純は自分のことだけを考えて」
優しい声色だけど表情はいぜん厳しく、僕は頷くことしかできなかった。そして運ばれてきた担架に乗せられ、そのまま病院へと連れてかれた。
診断結果は、いろいろ言われたけどよくわからず、膝と足首の靭帯が傷ついており小さいけがではないけど大きいけがでもないということ。すぐはできないけど、しばらく安静にしていれば半年以内には復帰ができることはわかった。
手術や二度とサッカーができなくなる怪我じゃなくてよかったが、スポーツ選手にとっての半年は長い。ほっとしている反面、僕はものすごく落ち込んでいた。
そして結局、大会結果はベスト4。決勝戦進出は叶わず、悔しいはずなのに怪我の状態を報告したらみんな優しい言葉をかけてくれたりして、ほんの少し僕の気持ちも軽くなった。
大会期間も終わり日常が戻ってきたころ。
松葉杖生活で足にはギブスも巻いてるから日常生活もままならない状態なのだが、そんな僕を甲斐甲斐しく世話してくれたのは徹だった。
階段を登るのを手伝ってくれたり他クラスなのに荷物を持ってくれたり移動が遅い僕に付き合ってくれたり。申し訳ないから大丈夫だよと言ったのだが、「俺がしたいんだ」と譲らなかった。
僕としても、徹と過ごす時間が増えてちょっと嬉しいな、なんて思っていたりするので、とりあえず徹のお言葉に甘えていることにした。
それが、いけなかったのかもしれない。
この日僕は通院日で、いつもより診察に時間がかかったことで部活が終わった時間に学校に戻ってきた。すれ違う先輩たちに挨拶をしながら、まだ徹がいるかもしれないと期待しながら部室に向かう。
そして部室のドアノブに手をかけようとしたときだった。
「――にしても、沖本が怪我してラッキーだったわ」
そんな言葉が聞こえて僕は動きを止める。
この声、いつも僕に嫌がらせをしてくる、スタメン落ちした二年の先輩だ。
「落ち込んでるのとか見てておもしろいし、正直すかっとしたよなー。ざまぁみろって感じ」
ですねー、と相槌をうっているのは、同級生の数人だ。
どうやら部室で僕の悪口大会を開いているらしい。
嫌がらせだけでなく、陰口も言われているんだろうなと察してはいた。でも僕は気にしてなかったし、勝手に言わせとけばいいというテンションでいた。
いつもであれば、またかと受け流せる。くだらないただの妬みと僻みであると理解してるからだ。
けれど、怪我をして焦りが全面に出ている今はどうしてもそんな気持ちにはなれなかった。
そんなのどうしろっていうんだって内容の文句を聞いて、怒りと、それ以上に悲しみの感情が沸き上がる。
僕は、他人である彼らにそんなことを言われるほどのことをしただろうか。
ただひたすらに、僕にできるサッカーをしていただけなのに。
怪我をしてざまぁみろと言われるほど、僕はひどい奴なのだろうか。
「あと、知ってるか?浜屋のやつ、もう沖本と関わりたくないらしいぜ」
心臓が、嫌な音を立てる。
「けがしてから、いちいち世話するのも頼られるのもめんどくさいし、プレーも合わなくてストレスたまるって」
なんで徹が、そんなこと……?
僕のこと手伝ってくれるのも、徹は自分がやりたいからって……プレーも、僕とするサッカー楽しいって、言ってくれてたのに。
「自分と組むMFはずっと俺の方がよかったって言ってた。浜屋、あいつといるの相当嫌みたいだわー」
「…………」
ぎゃはは、なんて不愉快な笑い声がいやに響く。
吐き気がして、僕は静かに部室の前から離れた。
「あ、純!」
「!」
部室棟の廊下を歩いていたら、聞きなれた、けれど今は聞きたくなかった声がしてはっと顔を上げると、徹がこちらに駆け寄ってきていた。
「おつかれ、今日は病院長かったね」
「…………」
いつもと変わらぬ笑顔。
彼からは僕に対する嫌悪など、かけらも感じない。
でも徹は、本当は僕のことを邪魔に思ってた。
僕とするサッカーが楽しいって言ってくれたのに、すべて嘘だった。
誰よりも近い距離とか境遇を話してくれることに、僕にだけは心を開いてくれていると思っていたのに、それすらも僕の、勘違いだったんだ。
「純?どうし――」
こちらに伸ばされた手を咄嗟に払う。
え、と困惑した声がした。
僕が徹を突き放したのは、これが初めてだった。
顔が見られなくて、僕は彼の横を通り過ぎる。
「っ、純!どうした?何かあった?」
徹が前に回り込んできて僕の行く手を阻んだ。
俯く僕の顔を覗き込んできた彼の表情は困惑と、心配と、すこし悲し気な雰囲気を感じ取れる。
でもそれも、全部演技なんだろう?
ねぇ、徹。
本当は僕のこと、嫌いで嫌いで仕方なかったの?
「病院で何かあった?けがの状態、よくなかったとか?」
「…………」
「純、辛いこと、俺には全部話してよ。純の力になりたいんだ」
本当の気持ちを知ってから、かけられる優しい言葉も全部嘘に思えた。
腹の底では僕のことをバカにして、笑っているんだ。
「……うるさいな」
「えっ?」
「もうやめてよ、それ」
「じ、純……?」
松葉杖の柄を強く握りしめ、目の前の徹を睨みつけた。
「もう二度と僕に話しかけるな」
「!」
目を見開く彼を放って再び歩き出す。
何度も呼び止められて行く手を阻まれても、僕は徹にどっかいけと冷たく突き放した。
徹は何故だか食い下がって、僕にどうしたんだと問い続けてきた。
騒ぎを聞きつけたサッカー部員たちが徹を僕から引きはがしたとき、みんなが僕を見て笑っていた。徹も、笑ってるような気がした。
居心地も悪くて気分も最悪。ここにいる全員信じられなくて、すべての視線から逃れるよう早足で家に帰った。
そして次の日すぐに、怪我を理由にして退部届を出した。
顧問の先生は必死に引き留めてきた。怪我は治るものだし、まだ一年生だから辞めるには早すぎる。なによりお前は、チームになくてはならない存在だ、って。
先生の言っていることも、全部嘘だと思った。
僕にそんな価値、ない。
先生は僕に、感情的になっているから一旦落ち着いて考える時間が必要だと、休部期間を設けた。でも結局僕の気持ちは変わらず、数ヶ月の休部期間の後、正式にサッカー部を退部した。
部活を辞めてからは、びっくりするほど心が軽くなった。余計なことに気を揉む必要がなくなったのだから当たり前であるが。
家族も心が不安定だった僕を心配していたから、辞めてからはいつも通りになったことにほっとしているようだった。でも弟だけは、「にいちゃん、なんだかつまんなそう」と言った。
正直よくわからなかったけど、確かに、心に空いた穴をすーすーと風が通り抜けていくような感覚がする。それすらも煩わしく感じて、僕は見ないふりした。
徹は僕の休部期間中、教室や家に何度も会いに来た。話したくない、顔もみたくないと追い返しても何度も何度も会いに来た。
僕のことが嫌いなのに、なんでこんなにしつこく会いに来るのかわからなかった。
自分たちが原因で僕が辞めたことに罪悪感を感じて、というのはありえない。感じてたら先に謝ってくるはずだが、彼は何故辞めるのかとか、自分に悪いところがあったのかと聞いてくるばかり。本当に気付いていないのか、気付いててあえて引き留める嫌がらせの一環なのか知らないけど、僕は彼の言葉に揺らぐことなんかなかった。
顧問の先生は僕や部の人間からヒアリングをしていくうちに僕が辞めたいと言っている本当の理由を察したのか、後半は強く引き留めることはせず、むしろ徹に僕にあまり近づきすぎないようと注意したくらいだ。でも逆に僕には、徹とはよく話し合った方がいい気がすると言った。でも僕自身話す気も全くなかったので、結果的に徹が会いに来る頻度は減り、僕が本格的に辞めてからは姿を現さなくなった。
クラスの女子からは「最近浜屋くん来ないね」とか「あんなに仲良かったのに、けんかしちゃったの?」とか言われて、「サッカー部は辞めるからもう来ないよ」って返したら残念がられてしまった。イケメンな徹を間近で見られなくなったクラスの女子たちは可哀想だが、徹にとって僕は蟻よりもちっぽけな存在だったので仕方ない。
彼のことで心を乱されてしまうのは悔しいし疲れるから、僕は徹のことは忘れることにした。
そして以前までの慌ただしい日常がすっかり非日常となったころ、サッカー部の顧問の先生に園芸部に入ってみてはどうかと勧められた。うちの高校は部活は強制ではないが、「沖本はきっと何かをしていた方が気が紛れるタイプだと思うから」と。あと、園芸部に僕の学年の生徒がひとりも入部してなくて園芸部顧問が困っているからという理由も付け加えられた。
確かに先生の言う通り僕はなにかしていたら気が紛れるタイプだ。でも花とか植物とかに興味はないしなんとなく乗り気がしなくて渋ってたんだけど、川合先生にも直接お願いをされたので、先生を助けるつもりで僕は園芸部に入部したのだった。
―――
サッカー部を退部し、園芸部に入部してから一年と半年くらい、だろうか。怪我もすっかり治り、痛みもほとんどない。
サッカー部との活動場所が近く、嫌な人たちと顔を合わせてしまう恐怖を抱えていたけど、僕が徹底的に避けていたから会うこともなかった。
なかった、のに……なぜだか最近になって浜屋徹との遭遇率が高くなっている。
ただの偶然だろうが、そんな偶然嬉しくもなんともない。
悶々とした気持ちのまま授業が終わり昼休みになったので、飲み物を買いに行こうと立ち上がったところで少しだけ眩暈がした。
寝不足と、それによる体調不良で今日はすこぶる調子が悪い。食欲もないから水でも飲んでようかと思ったのだが、自動販売機のある場所に行くのもやっとな気がする。
しかも次の授業は体育。この体調で体なんか動かしてしまったら倒れて大事になってしまうかも。
……仕方ない、保健室で休ませてもらおう。
体育委員に次の授業は休むことを伝え、途中立ち止まりながらもゆっくり保健室に向かった。
「あれ、沖本、どうした?」
「……あ、川合先生、と、木村先生」
あと少しで保健室に着く、というところで、川合先生が僕に声をかけてきた。その隣にはサッカー部の顧問である木村先生がいる。俯きながら歩いていたから廊下の先に二人がいることに気付かなかった。
慌てて笑顔を作って挨拶すれば、木村先生が心配げに眉を八の字に下げる。
「沖本、体調よくないのか?顔色が悪いぞ」
木村先生は、上手い選手が強豪校に引っ張られていく中、集まった選手たちを強豪とも渡り合えるくらいに鍛え上げられるほどのすごい指導者だ。指導中は厳しい時もあるけど、普段は穏やかで、僕が誰も信じられなくなってサッカー部を辞めたいと言った時も、辞めてからも、ずっと寄り添ってくれる優しい先生である。そして僕が唯一、自分の思いをぽろっと零したことのある人だ。
「……はい。保健室に行こうかと思って」
「付き添おうか?」
「大丈夫です。もうすぐそこなので」
「そうか……無理はするなよ」
「はい、ありがとうございます」
心配そうな視線に見送られながら、僕は保健室に入った。
川合先生と木村先生は仲がいい。木村先生が僕に園芸部を勧めてくれたのも、川合先生との間でなにかしらの話し合いがあったからだと思う。そして僕に何かがあれば、川合先生から木村先生に話がいくようなシステムになっているらしい。僕が園芸部に入部した時に川合先生がそう説明してくれた。だからたぶん、昨日僕と浜屋徹がもめていたのも、木村先生は知っているのだろう。体調がよくない理由もおそらく察してる。それであんなふうに心配てくれたのだ。
あのとき信じることができずにいたけど、ほんとうにいい先生だと今では思ってる。
保健医に事情を話してベッドを借り、僕は横になった。
しばらくぼーっとしていたら、徐々に眠気がやってきて自然と瞼が落ちる。
夜はいろいろ考えこんじゃって眠れなかったけど、今なら少しくらい眠れそうだ。
「純はどうして俺の考えてることがわかるの?」
起きているのか、寝ているのか、曖昧な意識の中でそんな声が聞こえた。
「いつも、このタイミングでここにほしいって思ったドンピシャのところにボールが来るから、最初は本当にびっくりしちゃったよ」
「えぇっ、それはこっちのセリフだよ。僕が、ここにいてほしいなって思ったところにいつも徹がいてくれるから、どうしてわかるんだろうって不思議に思ってた」
「……俺の場合はたぶん、いつも純のことを、見てるからだと思う」
「え?」
「試合中だけじゃなく普段も、今純はなにを思ってるんだろうとか、何が好きで何が嫌いなんだろうとか、いつも観察してるから……って、俺何言ってんだ?ごめんめっちゃきもいね!?」
自分の発言であわあわしている徹に、僕は思わず吹き出した。
「そんなことないよ。僕のことを知ろうとしてくれてるの、すごく嬉しい」
「ほ、ほんと?」
「うん。それに僕も徹のこと、もっと知りたい」
「っう、うん、知って!俺のことなんでも教える!純にはたくさん、知ってほしい!」
あぁ、いつだったか。徹とこんな会話をしたことがあったな。
初めは徹のサッカーに憧れて、こんなプレーをする人なんだって知って、それからは彼自身のことをもっと知りたいと思った。
徹も、僕のことを知りたいと言ってくれた。
僕たちは出会って間もなかったのに、たくさん話をしてたくさんお互いのことを知って、たくさん通じ合った。
だからあのとき、交わした約束を信じていたのも、人として好きだったのも自分だけだと突き付けられたのが辛くて、悲しかったんだ。
これ以上裏切られたくなかったから、僕は彼を、信じることをやめた。
ねぇ徹、僕はね……嫌われたと知っただけで一番好きだったサッカーを捨ててしまうくらい、きみのことが――好きだったんだよ。
でもこんな感情持っていちゃいけないと蓋をして、本当の気持ちを奥に追いやって、見ないふりをしてきた。
しかしサッカー部を辞めて、なにもせずぼーっとしているときに徹との思い出が頭を過ることが多くなった。思い出される徹の真剣な顔や悔しそうな顔、連携が上手くいったときの無邪気に笑う顔、そしてサッカーに夢中になっている顔。
華麗なボールさばきで相手選手を置き去りにし、フィールドを颯爽と走り抜けるあの大きな背中に、何度目を奪われたか。
徹とするサッカーが好きだった。プレー中は好戦的なのに、普段は穏やかで時々年相応に笑う彼が好きだった。
見ないふりをしてきたのに、どうしてだか辞めたあとになって想いが溢れ出してしまった。
――でも、伝えることなんか到底できない。
僕のことが嫌いなきみにとってこんな気持ちは、迷惑になってしまう。
これ以上、嫌われたくない。
ごめん。ごめんね、徹。
もう二度と関わらないから。僕の想い、押し付けないから、だから――
あと少し、好きでいることをゆるして……。
目元のくすぐったい感覚に、意識が浮上する。
浅くではあるけど眠っていたらしい。
ゆっくり目を開けて、ぼやける視界がだんだん鮮明になったとき、僕の顔を覗き込む人がいるのに気が付いた。
「あ、その、ごめん……起こしちゃったね」
「……とお、る?」
徹……徹だ。
なんでここにいるんだろう。
もしかして、僕はまだ夢をみているんだろうか。
さっきの、内容ははっきりと覚えてないけど、心地よかった夢。それの続きかもしれない。
「ごめん、すぐ帰ろうとは思ったんだけど、純、泣いてたから……」
気遣うような視線を向けられる。もう見られることはないと思っていた、優しい徹だ。
これが夢だったら、その言葉も表情も、全部疑わなくていいのかな。
徹の指が、僕の目元の涙を拭う。
もうこの先、こんなふうに触れてもらえることもないんだろうな。
そう思ったら名残惜しくて、離れていこうとする手にすり寄った。
昔、褒められたときにぐしゃぐしゃと僕の頭を撫でるこの手が好きだった。
大きくて、とてもあたたかい手だ。以前からひとつも変わらない。
ずっとずっと、このままだったらいいのに――。
……え?あたたかい?夢なのに?
いやに感触が生々しいと気が付いたその瞬間、意識がはっきりと覚醒して、僕は勢いよく体を起こした。
おそるおそる視線を向ければ、ベッドの横で浜屋徹が目を丸くしているのが見えた。
今目の前にいるのは本物の浜屋徹。さっきのは夢……じゃ、なかった。
あんな寝ぼけて、僕、一体なにを……!
「じ、純――」
「どっかいって!」
さっと血の気がひき、指の先まで冷たくなる。
咄嗟に両手で顔を隠して叫び、僕の肩に触れた手も咄嗟に振り払った。
最悪、最悪だ。
羞恥と後悔が湧き上がり綯い交ぜになる。体調も良くなく寝ぼけていたとはいえ、甘えるようにすり寄るだなんて。しかもよりによって、浜屋徹の前であんな醜態……。
気持ち悪いと思われる。
もともと嫌われていたのに、更に嫌悪の目を向けられてしまったら。日を追うごとに削られていた自尊心など底をついて、今度こそ立ち直れなくなる。
これ以上こんな自分を見られたくなくて、浜屋徹のことも見たくなくて、僕は壊れたように、ただひたすら「どっかいって」と繰り返した。途中で涙が滲み、みっともなく声も震える。
けれど、傍にある気配はいつまでたってもなくならない。
「もうやだ……僕のことなんか放っておいてよ……関わらないでよ……」
「……いやだ」
「っ、は?え、ちょ……ぅわ!」
小声で零した泣き言に、浜屋徹はついに反応した。おもむろに顔を隠していた両手を取られ、そのまま体ごとベッドに押し付けられる。
浜屋徹がベッドに僕を押し倒す形でマウントを取っており、僕はなんだこの状況と頭をはてなマークでいっぱいにした。
「ちょっと、いきなりなにを……!」
「ごめん、でも、こうでもしないと話もできない!」
僕を見下ろす彼の真剣なまなざしに、ぐっと言葉を詰まらせる。
なんで、なんで?
今更何を話すっていうの?
改めて僕のことが嫌いだって言うの?
もう分かり切ってることなのに……僕のこと、どこまで傷付けたいの?
「うっ、うぅ……やだ、やだぁ」
「純……」
「やめてよぉ、っ、もう、やだよぉ」
ぼろぼろ涙が溢れ出る。徹がぎゅっと眉根を寄せた。
「こんなの見せたくない、のに……これ以上いやなとこ見せて、嫌われたく、ないのに……!」
「え?」
「僕ばっかり未練だらけで、みじめだ……!」
「純」
「もう十分傷ついた!これ以上はやだ!僕のこと嫌いなのは、分かってるから!痛いくらいわかってる、から……もう、放っておいてよぉ……」
「っ、純!俺を見ろ!」
両手で顔を挟むよう包まれて、顔を合わせられる。
目を見たら、僕に嫌悪を向けてるのが分かってしまうと思って、必死に顔を逸らして目を閉じる。
もう嫌なんだ。やめてくれ。僕にこれ以上、現実を突きつけないで。
「純、お願い、こっちを見て」
「いやっ、いやぁ……!」
「……ねぇ純、俺がいつ、純のこと嫌いって言った?純をこんなに傷付けるほど嫌いって言ったのって本当に俺?」
「う、ぇ?」
「よく思い出して。それって俺じゃない誰かに言われたんじゃないの?」
「ちが、う、だってあれは部室で、あいつらが、笑ってて……徹が、僕を邪魔って、言ってたって……徹は、うそをついてたって……徹もかげで僕を、笑って、バカに、して」
「俺が、純を笑ったことなんか一度もない」
「でもあいつらが、徹は、僕のことを……」
あいつら……あいつらって、誰だ?
脳裏に当時の先輩と僕に嫌がらせをしてきていた同級生たちの顔が浮かぶ。
あいつらは僕が一度も、信用したことのないやつらじゃないか……?
「あ、れ……?」
なんで、僕はあのとき、一番信頼していた徹の言葉より、あいつらの方の言葉を信じたんだ?
「純。俺を見て」
動きを止めた僕に、徹はもう一度呼びかけた。
そろりと視線を上げ目が合った彼の目は、嫌悪も、嘲りも浮かんでおらず、むしろ驚くくらいひどく、優しかった。
「俺も、純に嫌われたと思って、これ以上嫌われたくなくて、いろいろ諦めて今日まで過ごしてきた」
「…………」
「顔を合わせるのも怖くて、純も避けてたけど俺も同じように避けて会わないようにしてた」
だから、不思議と顔を合せなかったのか。
「そんなとき、木村先生が言ったんだ。引きすぎてもだめだ、押して押して押しまくればなんとかなることもあるって」
なんて脳筋思考なんだ……。
サッカー部時代の厳しい指導を思い出す。
まぁ、木村先生らしいっちゃらしいけれども。
「初めはどういうことかわからなくて躊躇してたけど、やっぱり俺は純のことを諦めたくなかった。それで今更だけど周りからいろいろ聞き出して、純が突然サッカー部を辞めた理由もなんとなく、察した」
「…………」
「気付かなくてごめん。俺、純の相棒で親友だったのに、なにもしてやれなかった」
徹の瞳に涙が滲む。
「それから、急に捕まえたりして、怖かったよね。でもそれで、純が抱いてるのは嫌悪だけじゃないって気付いたんだ」
「…………」
「ねぇ、純。純は俺のこと、信用できない?あいつらの言ったことの方が信用できる?」
「……っ」
信用できるかできないかの話で言ったら、僕は徹のことを一番信用していた。
でも実際のところ、人間は腹の底で何を考えているかはわからない生き物だ。徹も、今はこう言っているだけで、本当に僕のことを邪魔に思っているのかもしれない。
どうしたらいいかわからなくて首を横に振れば、徹は突然僕の背中に腕を回し起き上がらせた。そして、力いっぱい抱きしめてくる。
試合で僕のアシストで徹が点を決めたとき、僕たちはこうやって力強く抱き合うことがあった。あのときの興奮を思い出し、心臓がどくどく高鳴る。
「俺は、試合中だろうが日常生活だろうが、嫌いだと思っている人にこんなことしない」
「!」
「それから、なんとも思ってない人をしつこく追いかけまわしたりもしない」
たしかに、僕の知っている徹はそんな人だけど……でも……それも演技かもしれないという考えがどうしてもぬぐえないのだ。
「今は完全に信じなくてもいい。これから信じてくれたら、それでいい」
「……これ、から?」
うんと頷いた徹は体を離し、真剣な眼差しで僕の目を見つめた。
「純、俺ともう一度、友達になってほしい」
「え……で、でも、僕はもう、徹とサッカーできないよ?ブランクもあるし……」
僕と徹はサッカーがなかったら接点などないと確信を持って言える。
話してみて初めて相性もよく共通点が多いと気付けたけど、きっかけなど無ければ同じクラスにいても会話らしい会話などしなかっただろう。彼は誰とでも仲良くなれるタイプだが、僕はそうではなかったから。
「サッカーなんか関係ない。俺は純ともう一度友達になりたい。そしてあわよくば、俺のこと好きになってほしい」
「……え?」
徹の思いがけない言葉に目を丸くする。
なに?いま何言ったこの人?
「純に信じてもらえるように、もう大事な気持ちは隠さないことにした」
「え?え??」
「俺ずっと、純のこと好きだったんだ、恋愛感情で」
「え!?」
恋愛感情?
徹が、僕のことを?
「なに、言って……」
「俺のこと、少しずつでいいから意識していってほしい」
一体、なにを言っているのか。
理解が追いつかなくて頭が混乱する。
それでも、「好き」という言葉が妙に耳にこびりつき、その温度に胸が熱くなる。
あぁなんと単純な心だろう。あんなに自制していたのに。ちょっと甘い言葉を吐かれただけですぐに舞い上がる。
意識していってほしいだなんて、そんなの……そんなの、僕はずっと前から、意識しまくりだ。
「好きだよ、純」
「ちょっ、ちょっと待って……!」
それでも、迫られれば反射的に身を引いてしまう。
距離をあけるため徹の身体を押し返したが、サッカー部でみっちり鍛えている彼はそう簡単に離すことができず、ぎゃくに身体を密着させるよう近付けてきた。
「引いたらまた逃げちゃうからやだ。俺、もう我慢しないからね」
「なっ……!」
この日、これでもかというくらいの好きを伝えられ、僕は違う意味でまた「もうやめて!」と叫ぶはめになった。
長年しみついた僕のネガティブな考えは、そう簡単に振り切れるわけじゃない。
正直、徹の言葉を完全に信じ切れているわけでもないのだ。
それでも僕は……徹のことを、信じてみたいと思った。
昔と変わらない、真っ直ぐに思っていることをぶつけてくれる彼のことを。熱のこもった視線を送る、彼の輝く瞳を――。
僕も、長年押し込めてきた自分の気持ちに、そろそろ正直になっていきたいと、そう思った。
―――
数ヶ月後の卒業式の日。
長いことケンカをしていたであろうとある男子生徒二人が仲直りをし、更には手を繋いで一緒に帰る仲睦まじい姿が目撃された。
そして数多の女子がその後姿に合掌し、悔いを残すことなく卒業していったことは、一部の人間の中では有名な話なんだとか。

