どのくらい並んで座っていただろうか。
「日が沈むまでなんか言わなきゃよかった」と鳴海が言った。その日も、黄昏は待てど暮らせど終わらなかった。太陽は滲んで西の空に居座り、夜はずっと薄口を開け、痺れを切らしながら待っている。
ずっと縮めていた膝が痛むので、身体を伸ばすために立ち上がると、鳴海も投げ出していた足をたたんで、ゆっくりと腰を上げた。
屈んで尻についた草きれや砂埃をはたく鳴海のつむじを見つめていると、胸の中の妙に清廉に感じられる情動の塊が、嘔気のように息を押し上げる。彼が顔を上げた時、両腕を広げ、少し狼狽えた彼を無理やりに抱く。
僕は彼の胸に耳を当て、背中を手で彷徨いながら、彼の身体の中に鼓動を探した。
「おい、痛いよ」
はにかんだような鳴海の声が、耳骨を通じて、柔らかく脳内に沁みていく。僕は身体を離して、虚を突かれて戸惑ったような顔をしている鳴海を見つめる。
「待て、もう一回」
今度は、もう何を確かめるためでもなかった。ただ彼と抱き締め合いたいから、そうしたのだ。
僕は鳴海の背に腕を回し、鳴海もまた僕の背を抱いた。
そうしているうちに視界が混濁し始め、微細な耳鳴りが、頭を支配する。何度か瞬きをすると、いつも鏡で見ている顔が、眼前にあり、僕はそれと対峙していることに気づく。
〈僕〉は青白い顔で俯いている。瞼に血管が透けている。
思えば、それは決して新しい感覚ではなかった。僕は何度かこうして、自分の身体の外から〈僕〉を見ていたような気がしたのだ。僕は僕の目を通して僕を見ていた。そうでないならば、あるいは、〈彼〉の目を通して。
身体の外の〈僕〉と見つめ合う。
「智紀」
と、遠くで呼び声がある。
身体が脱力し、耳鳴りが止んだ。止んだというより、かえって、膨張を続けていた膜が弾けて、ようやく音が流れ込んできたという感覚だ。
隣の少年の方を見ると、見慣れた鳴海の横顔だった。僕は今、ちゃんと僕自身の中にいるということだ。
彼の視線の先、声のあった方を見遣ると、和明が歩いてくる。
「どうやってここに」と問いかけると、
「前に一回お前んちに行った時の記憶を頼りにさ。那岐浜まで電車に乗って、北口からここまで」
和明は、僕たちの目の前まで来て、足を止める。
「今日、学校来なかったね」と、和明。そこで僕は初めて、まだ「今日」の中にいるのだと知る。
「ちょっと熱が出て」
「今は」
「もう、多分大丈夫。寝たから」
和明は頷いて、自分の来た方向を振り返った。彼の背後に、道はあっけらかんと続く。
「だいぶ歩いたよ」
と彼は言う。
そうに違いない。僕と鳴海もここに来るまでに随分歩いたし、ばかばかしいほどに長い時間、彼のことを待っていたのだ。
和明は携帯電話を開いて何やら操作する。少しして、どこからかかそけく音楽が流れ出す。鳴海が自分のスラックスのポケットを探り、画面を開いて眉を顰めた。
「お前じゃん」
「そうだよ」と和明は言う。「俺がいま鳴海に電話をかけた。俺たちの間だけでは繋がる。だから少し離れて単独行動をしても大丈夫」
「要するに?」と鳴海。
「三手に分かれよう」
と、和明が言った。
「ホントにダイジョーブか?」
鳴海は食い下がった。一人になるのは、僕も不安だった。
「離れてても問題ない。さっきだって智紀が俺の電話に出た」
「でもまた繋がるって保証はないじゃん、そうなったら合流できないよ」
「それでもここから抜けるのが先だよ」
鳴海の言うことは正しく、和明は少し性急で、軽率に見えた。けれども彼の不気味な気迫に、横にいる僕さえ気圧されたし、彼は言葉以上の敵意で、鳴海を見つめていた。
「そうだね」と、鳴海が言った。彼は納得ではなく、迎合でもって、そう答えたのが分かった。和明が震える息を吐いた。
「じゃあ、鳴海はあっちの林の方。俺はさっき来た方向。智紀はこの先。それぞれ、何か突破口を見つけたら順番に電話して、他の二人にここからの行き方を伝える。電話をもらった方は、引き返して、この地点に戻ったら聞いた道順の通りに追いかける。失敗してもまたやり直せばいい。時間はいくらでもある。な、いいか?」
「突破口って?」と、僕。
「分からない、駅かもしれないし、また海に出るかも。その、前に言ってたトンネルかもしれない」
「分かった」僕もまた、本当は何ひとつ分からなかったが、そう答えた。おそらくは僕の無意識が、今は彼の計画の内容の細部よりも、和明の計画通りに動くことそのもののほうが、重要であると直感したからだった。
「しゃーねえな。じゃあまた、後で」と鳴海は、判然としない顔で、踵を返していく。鳴海が何を考えているのかは分からない。もしかして僕たちを置いて一人でどこかへ行ってしまうのではないか、そんな胸のざわめきが、浸り寄るぬるい水のように増幅する。
鳴海の姿が向こうへ消えたところで、僕も示された方角へ向かおうとした矢先、
「待って」
と腕が掴まれ、声を潜めて和明が言った。
「俺たちは一緒に行く。作戦だ」
「何の?」と、僕は問う。
和明は常に理知的だった。しかし僕は、先ほどの彼の頑なな主張が論理的であるようには思えなかった。そしてやはり、その感覚は正しかったようだ。つまり彼が細部を欠いてまで必死に求めていたのは、この状況だったのだ。鳴海を除いて、僕と二人で話すこと。
「ここは気味が悪いから少し歩こう」
「どこも一緒だよ」
「そうだな」と、和明は笑う。彼のこんな打ち解けた顔を見たのは、随分と久しぶりのような気がする。
ともあれ、僕も長い間この停滞の中にいたのだ。少しでも前進したいという気分があった。
