目を醒ます。たったいまベッドの中にいたはずだ、と思っていたが、僕はいつの間にか、汗ばんだ制服の上にダウンジャケットを着ていて、リュックサックを背負って、そしていつか見た延々と続く田園の畦道の中央に立っていた。
 見渡す限り、人影はない。
 太陽が西に傾き、電線が黒い影となって灰色の空を走っている。僕はずいぶん長いこと眠ってしまっていたようだ。身体の熱はおおかた引いていたようだったが、微かに倦怠感の名残がある。
「おーい」
と、背後で声がした。僕はその声を知っている。
 肩に腕が巻きついた。僕は、冬の澄んだ空気の隙間をすり抜けるその匂いを知っている。
 振り返ると鳴海がいる。
「僕ら、いま下校中?」
「そうだよ」と彼は言う。
 僕は携帯電話を開いた。小さな画面の右上にはアンテナは立たず、冷徹な文字が無愛想に表示されている。
 鳴海の方を見ると彼もポケットから携帯電話を探り出し画面を見た。
「圏外だ」
と彼は言った。それは、事実を繰り返すだけで、いやに説明的にさえ聞こえた。僕は諦めながらも、母の電話番号を入力し、通話ボタンを押してみた。案の定繋がらない。分かりきっていたことだったし、それに、母の声が何かの助けになるとも思わない。
 一陣の風が冷たく通り過ぎて、冬にしては青々しい色をした草木を撫でていった。
 すると突如、無用に握りしめていた小さなデバイスが震え、音楽が鳴る。
 僕の肩は痙攣した。画面を見る。発信元はわからない。
 着信音は鳴り続け、「出ろよ」と痺れを切らしたように鳴海が言った。
「でもなんだか分かんないだろ。おかしいよ、今掛かってくるなんて」僕は指が震えてボタンが押せなかったのだ。
「出ろ」
 鳴海の声に、弾かれるように僕は通話ボタンを押した。
 スピーカーを耳に当て、回線の向こうに耳を澄ますと、
『智紀』
と声が名前を呼んだ。その音声は圧縮されていて、初め、誰のものだかわからなかった。
『智紀、今どこ?』
「和明?」
 僕はその声の主に気付いた。それを聞いて鳴海が片眉を上げた。
「どこだろう。那岐浜の、僕んちの近くの……多分。トンネルのところ」
『トンネル?』
 僕は途方に暮れた。トンネルというのさえ、それはこの長い道のどこかの終着点に存在するであろうものであって、ここからどうやってそこへたどり着くことができるのかも分からないのである。しかし、そうとしか言いようがなかった。僕は自分が、自分と鳴海がいったいどこにいるのか、分からなかった。
『分かった。絶対にそこに行くよ。そこで待ってろよ』
 僕は鼻を啜った。なぜだか鼻腔の奥が腫れて痺れるようだった。目頭がツンと痛んだ。
 電話は途切れる。
「和明がどうした?」
「こっちに来るって。だから待ってろって」
「どうやって? 僕らだってどうやってここに来たのか分かんないのに」
「絶対来るって」
「本当かよ」
「わかんねー」
 鳴海はぐるりと首を捻りながら、寂寞と展開する田園の一帯を見渡して、
「行こう。トンネルを探そう」
と、また歩き出そうとした。僕はそれを止めなければならないと思った。
「和明を待たないと」と抵抗する。「ここで待ってろって」
「あいつの言うことを聞くの?」鳴海はあからさまに苛立った。
「待ち合わせの時は両方動いたらダメなんだよ、鳴海」
 少年は、美しい顔を歪め、不快そうに何か言葉を飲み込むと、
「日が沈むまで待つ」
そう言って気怠げに、背負っていたリュックサックを地面に置いて、道端の草の上に腰を下ろした。僕もその動作を後から追った。