未明、断裂の感覚が襲う。
 何かに擦り潰されて砕けるような感覚が覆い尽くす両腕を、慌てて掛け布団の中から抜き出して確かめると、その末端は感触の示す通りに変形していて、それどころかそれは臓器のように不随意に痙攣しながら、何か粘着質の、ぬらめく組織に変容しようとしているのが見えた。
「うわーーッ」
 思わず、声を上げる。
 息が浅くなり、呼吸がままならなくなって、そのうち、ついに僕は情けなく泣いてしまった。それは感覚そのものへの堪え難い拒絶でもあり、同時に、組み替えられる身体への不安や恐怖でもあった。しかし、僕は近頃気がついていた。時折眠っている僕を叩き起こすこの疼痛を、僕の身体が受け入れはじめている。引き伸ばされた筋骨は、それがあるべき姿への変態を志向しているようにさえ感じられる。
〈夢次元から来た人に注意せよ〉
 どこかで見た文字列が浮かぶ。
 首に冷たく柔らかいものがまとわりつく。それは頸動脈と気道を緩やかに圧搾していき、僕は唇を開き、舌先で酸素を求める。
 目は、暗闇に像を結ばなかったが、僕はその匂いを知っていた。僕はその匂いとともに眠ったことがあった。デジャビュが僕にそれを教えたのだ。
「鳴海」
と僕は虚空に呼びかけたが、声帯は潰されていて、それはほとんど呼気にすぎなかった。けれども彼はその掠れた名前を聞き取った。応えるように、僕の喉を解放し、体重を僕の全ての皮膚越しに押し付ける。血が巡った頰は熱くなり、ずっと止まっていた心臓が逸り始める。先ほどまで僕の喉をきつく覆っていた手はシーツと僕の身体の間を這い回る。全身を切り刻む軋みと、その慰撫とが、目に見えぬ温かい影との抱擁の間で対流していた。僕はそれらをいずれも彼に託し、身を任せることにした。放り出されて硬直していた自らの手、もはや手の形を成しているのかさえ分からないそれを、ゆっくりともたげ、おずおずと、彼の背に添わせる。腕の表皮という表皮が彼の身体に絡みつき、吸着し、形を歪める。双翼の骨の細い感触の確かさに安堵し、僕は痛みを受け入れた。彼も僕のその意思を読んだかのように一層強く身体を押し付ける。
「お……あ……っ!」
 脊椎が弓形にしなり、僕は混乱の中、いよいよ自分の身体の境界が緩み、体内へ、影が沈み込んでくるのを感じた。
 このまま抱きしめられていると、きっと細胞が入れ替わって僕が僕ではなくなる。僕はそのことを知っていたようだった。しかしそれは、それこそが、僕が望んだことじゃないだろうか?
 皮膚とその下のオウトツの全てを押し付け合い、背に回した腕で、もっと近く、もっと奥深くに、互いを引き込み合う。彼の興奮した息遣いを吸い、必死なほどの力強さに応える。
 けれどもそんな耽溺とは裏腹に、僕の身体は、否、あるいは奥底にある意思は、彼に飲み込まれることを拒絶していて、それに気づいたとき僕の意識は恐怖を捕まえた。誘惑に抗ってもその恐怖にしがみつくことが、必要なことのように思われて、僕の両腕は弾くように、自分の身体からその質量のある影を引き剥がしてしまった。
 密着していた身体の間を両者の組織が入り混じった粘液が糸を引いて、名残惜しげに切り離されていく。
 全身はまだ火照っていて、呼吸は激しく浮き沈みを繰り返した。その名残が徐々に鎮まっていく中、窺った暗がりの奥で、彼は傷ついたような顔をしていた、ような気がする。僕の胸は軋むようだったが、彼の悲しみが連動しているのか、自分の罪悪感なのか、もはや判別能わない。
「ごめん」
と、僕は仰臥したまま、影に向かって叫ぶ。彼を引き止めなければと、手を伸ばそうとしたのだが、それは押し返した時に向こうの中に取り込まれてしまったようで、肘から先は泡立ちながら一生懸命に自己修復を試みているところだった。そのどろりとした断面を見た僕の眼球は脳天の方へ覆り、全身の神経が弛緩した僕は恍惚と意識を手放していった。