頭上をけたたましく轟音が去っていく。前方の光が僕たちを捕まえて、走り抜けると、街灯の軽薄な光線の元に躍り出る。
「抜けた?」と鳴海が喘鳴の隙間から絞り出した。
「分からん」と同じく僕も、息も絶え絶え、「でも夜になってる」
「じゃあ、抜けたってことだ」
僕たちは一緒に首をもたげて天を仰ぐ。空はすっかり紺極まり、星さえまたたいている。いつも帰り道に高架橋の下を潜った先にある、歩道橋のある開けた交差点だった。つまり、僕たちは帰路を取り戻したのだ。
「何でこっちに?」
鳴海が僕の方を向いて言った。鳴海は、僕が彼の腕を引いてトンネルに飛び込んだ理由を訊いているのだ。
「来るときにはなかった。ただ遡るだけじゃダメだって、違うことしないと抜けられないって思ったから」
「ホントに?」と、彼は黒々と底の見えない穴の奥を見つめながら、「もっとドツボにハマってたらどうする?」
僕は捻転したような胃から迫り上がる酸い唾液を飲み込む。
「さあ、そうなったらもう、どうしようもない」
いっそそうなってもいいくらいには、すでに爽やかな気分だったので、苦笑いで返した。何であれ、あの終わらない畦道と落日を超克することはできたという、達成感のようなものがあったのだ。それも、鳴海とともに。彼も同じ顔をしていたので、少なからず同じ気持ちだったのだろう。
「もしそうだったら悪いな」
「僕は別に、死ぬまでお前と二人きりだっていいんだぜ」
鳴海の顔は、街灯の影になってぼんやりとしていた。
喉の奥と頬の火照りが、引き潮のように冷めて行く。それと同時にアドレナリンの残滓が、指先を震わせているのを感じる。歩道橋の上でそれぞれの方角へ別れる時、僕は鳴海を抱き寄せて、回した手で背を叩いた。先ほどの恐怖による神経の興奮が僕の行動を落ち着かなくさせているようだ。健闘を讃えてもいいだろう、と思ってそうした。僕がここにいて、鳴海もここにいるということを確かめたかった。腕の中で、かさついたジャンパーの下に詰まった鳴海の張り詰めた身体を感じて、僕は安堵した。
鳴海と別れ、一人で歩いているうちに、鳴海と二人きりで永遠に、終わらない畦道を行くことを想像した。
僕たちはきっと、どれだけ歩いても疲れを知らず、飲まず食わずでも飢え乾くことなく、軽い足取りで、そこを歩いていけるのだろう。もしかするとそれがこの先起こるかもしれないことの何よりも、幸福なのかもしれない。と僕は思った。どうせこの鬱屈とした街のまとわりつく視線の中で、先の見えない、停滞した日々を送るくらいならば。
鳴海は尊大で魔力的だ。昔からそうだった。と、思う。今でこそ背丈がそこまで変わらなくなったが、十歳頃を過ぎてからしばらくは、先に二次性徴を始めて不安定にかさみ出した体格が自分とはまるで違う生き物のように見えていた。僕は文字通りの意味でも、そして比喩的にも、常に見下ろされていて、あくまで彼の生来の容貌としての冷えた瞳と抑揚のない表情筋は、僕になんの関心も抱いていないように思えば、時折、僕の自尊心、中でもただ彼一人に対する承認欲求を懐柔するようなことを言う。僕は彼のそのコードにずっと手綱を握られている。
「二人でひとつ、みたいなことをシンユウって言うなら、お前は僕のシンユウだよな」
と、いつだか彼は僕に言ったのだ。
どういった文脈だったのかは定かではない。ただあの頃の彼の、変声期に差し掛かる前の、深いアルトの声を覚えている。
そんなようなことがあった。と、思う。何しろ随分前の話で、記憶とは都合の良いものだ。思い違いかもしれないし、あろうことか、夢だったかもしれない。けれども彼がその性質のまま今に至ることは確かだった。彼は誰に対しても常に、主導権は自分の手にあるのだと思っていて、実際に彼にはその構図を成立させられるだけの力があったし、僕に対しても例外ではなかった。かつてそうして彼は僕をシンユウに任命した。そして僕はそれを光栄だと思ってしまうのだ。
