翌日の昼休みに三人で示し合わせ、体育館の地下にあるプール室に集合することにした。この施設は、冬にはすっかり忘れ去られていて、密会には最適の場所だった。規則上は、水泳の授業時と、かつては存在したらしい水泳部の活動時間以外は、立ち入りが禁止されている場所だった。
体育館の裏の入り口の脇に階段があり、狭いロッカールームへと続いている。埃と黴が充満したような停滞する空気の中、乾いたシャワー室の横をすり抜け、固い扉を開けると、ふと、水音がする。水面が揺れる音だった。
僕たちは入り口で足を止めた。使われていないはずのプールには、清潔な水が満杯に張られている。扉を開けたのでほとんど真空のようになっていた空気が動いたのだろうか、水面はわずかにざわめき立っている。
何かが右手首に巻きついた。
僕は右手を見た。鳴海が僕の手首を掴んだのだ。
「まあ、こんなこともあるだろう」と鳴海が言った。僕は少し気が抜けた。
僕たちはもはや、その断続的に現れる一つ一つの違和感に対処する気力を持たなかった。
僕はプールサイドのベンチに跨がり、印刷してきた地図を広げ、折り畳んでできたシワを伸ばしながらベンチの中央に置いた。和明が僕の向かいに座り、鳴海はベンチの横に立って地図を見下ろす。
「最初は浦見崎駅」
胸ポケットに入れていた赤いサインペンを取り出し、六つの瞳に囲まれた白地図の上に、バツを書き入れる。
「で、次はそこの商店街」
およそ数百メートルの道を長方形で囲む。
「アーケードの両脇に、こっちを見てくる影」
両端に、バツ。
「それから、ここ」
最後に、学校のある場所にバツをつけた。僕はもう一度プールの方を見た。緑色の水面は、気味の悪いほどに凪いでいた。
さて、三人は身を乗り出して、地図を俯瞰する。わずかな誤差はあれど、四つの印は、およそ一直線上に並んでいる。
ものさしでもあれば良いが、あいにくここにそんな都合の良いものはない。僕は紙の長辺がその全ての印に沿うように紙を折り曲げ、その直線をなぞった。紙の縁は赤く染まったが、折り目を元に戻すと、不揃いの直線がその地図の上を貫いた。印は、海に近い南東から内陸の北西に向かって収束していくようにも見える。
自治体を一つ超えた先にある、那岐浜町の北部。おおよそ丘の中腹あたりを通過する赤い線上に、もう一つ、バツを付けた。
「ここは?」と和明。
「僕の家」
「家でも何かが?」
「こうなると、ちょっとしたことでも変に見えてくるから」詳細は煙に巻いた。
「まあ、なんにせよだ。メルカトル地図上で見ればほとんど一直線上だ」
鳴海の細い人差し指が赤い線をなぞると、インクが擦れて滲む。彼は指に移った鮮やかなインクの色も気にも留めないようだった。
学校の付近と、僕の家の印との間には、当然、ある程度の距離がある。その間のまっさらな線分上には何があるのか。情報を削ぎ落とされたその単純化モデルからはどんな記憶も喚起されない。
「これだけじゃ分かんねえな」と、投げ出すように和明が言う。
順当な絶望だ、と僕は思う。自分さえ、これで何か事態を打開する一手が湧いて出ると期待していたわけではない。けれども少しでも前進しなければならないという焦燥感に駆られている。そして、隣に彼らがいたとしても、僕は僕自身でここから逃げ出す算段をしなければならないのではないか、そういった使命感さえあった。無論それは、僕が彼らに対して持っているいくつかの隠し事、つまり僕だけが見た異変が存在するのだということを、知っているからである。彼らもあるいは、同様であって、僕たちはもしかするとその視線の下で、互いを図り合っているのかもしれない。けれども少なくとも、僕自身の知覚の全てに対する厳かな侵襲は、たった一つ僕にとって確かなことだ。
