天使のBrush Arrow

それは、まるで天より舞い降りし天使の花霞に魅せられた幻想のようだった。

緩やかに吹く春風に乗せられて、あたり一面に咲き乱れる桜の花々が散って淡い薄紅色の霧に包まれる。その隙間から涼太は1人の無垢な天使に心奪われていた。
花と香の混じった甘い香りの漂う空間の中に彼は静かにひとり、弓を構えて立っていた。その姿勢は実に美しく、すっと伸びた腕と背中、堂々たる立ち姿は普段の彼からは想像できないほど、逞しく、力強く、それでいて儚く魅力的だった。
凛として咲く一輪の花のように崇高な彼は到底自分と同い歳の人間だとは思えなくて、涼太はごくりと息を飲んでその様子をじっと見つめた。いつの間にか喉が乾いていたらしい。粘膜どうしが張り付いて、思わずむせそうになる。

刹那、パァン!という張り詰めた弦が弾けるような甲高い音が鳴り響いてあたりに木霊する。突然のことに意表を突かれた涼太は、それが弦音だと気づくまで時間がかかった。淀みなく、波紋のように広がる音の余韻に呆然と立ち尽くす。
視線の先でゆっくりと弓が降ろされていく。その動作がやけにゆったりとして見えて、息をすることすら忘れてしまうほどに目を惹いてやまなかった。

袴を着た彼はふっと息を吐くと身体を整え、さっと視線をこちらに向けて柔らかく微笑んだ。唐突に合った目に涼太の心臓が大きく跳ねて加速していった。自分の心臓が絶えず鼓動していることに今更ながら気づいて、涼太は自分の左胸に手を当て息を吸い、長く吐いたあと一度、目を閉じてゆっくり開いた。
先刻まで見ていた光景が幻だったかのように、生っぽい空気がただ流れているだけで、目の前の彼はいつものように柔らかく、幼い子供のように笑っている。
向けられた真っ直ぐな瞳と無垢な笑顔に身体中の細胞がわっと動き出して、体温が次第に上がっていくのを感じる。
胸の真ん中が疼いて、苦しくて、目頭が熱くて。涼太は思わず後ずさりする。
美しい彼が、その足を一歩こちらに踏み出した途端、耐えきれず涼太はその場から逃げるように立ち去ってしまった。ひんやりとした空気が涼太の両頬を掠めて冷やしていく。それでも、内に秘めた熱は少しも冷えることがない。


この気持ちの置き場所に、ずっと困っている。
白羽の射手、吉川玲旺は人を魅了し惹きつける文字通り桧山涼太にとっての天使だった。