四季神家の【五】女は年下夢魔軍神に溺愛される

 時は再び遡る。
 (いつつ)が覚醒を果たした直後まで。




   ◆   ◇   ◆   ◇




「……は?」

 四季(しき)(じん)家の四女、冬神の巫女の冬姫(ふゆき)は、呆然となった。
 古井戸の重い石蓋が、軽々と空に舞い上がったからだ。

「ひっ」

 石蓋が目の前に落ちてきて、冬姫は尻もちをついてしまった。

 生意気にも、(いつつ)は未だにあの櫛を探し続けているようだった。
 だから、少しばかり心を折ってやろう……そう考えた冬姫は、伍をムカデ入りの古井戸に閉じ込めてやることにした。
 ほんのおふざけのつもりだったのだ。
 それが、

「い、いったい何なの!? どうしてこんなことになってるの!?」

 今、目の前には、伍がいる。
 いかなる巫術か、フワフワと宙を漂っている。
 虚ろな目をした伍が、古井戸の前に降り立った。そのとたん、伍の足元から草木が生い茂りはじめた。
 伍が、枯れ木に手をついた。そのとたん、枯れ木が満開の花で覆われた。
 みるみるうちに、庭全土が草木で覆われはじめる。
 草が冬姫の足に絡みつく。
 虐めに加担した女中たちが、身を寄せ合って震えている。

「何……何なの、その膨大な霊力は!? く、くそぉっ、冬神様の巫女はアタシなのよ!?」

 冬姫は冬神直伝の巫術――【万象凍土】を使った。
 足元の草木が凍りつき、枯れはじめる。が、あとからあとから草木が生い茂っていく。
 冬姫は冬神の術をまったく扱いきれていない。生来の精神的惰弱さゆえに、厳しい修行から逃げ続けてきたからである。
 だから、十八にもなって未だ『修行中の身』なのだ。

「こうなったら……っ」

 冬姫は『奥の手』を使った。
 彼女の性根と霊力を含んだ空気が、腐臭を帯びはじめる。

「アンタは伍! 忌み子の五女なのよ! 余り物らしく、死んでしまいなさい!」

 冬姫はその空気を伍にぶつけた。
 が、突風が吹き、空気を押し戻されてしまった。

「うっ……おえぇっ、げぇっ」

 腐臭をまともに吸い込んでしまい、冬姫はその場で吐いた。
 そうしている間にも、伍の巫術は広がっていく。
 芽吹きの巫術が母屋に達し、畳という畳から花が咲きはじめた。
 柱という柱が成長し、屋根瓦を吹き飛ばして大樹となる。
 冬姫が三年間をかけて自分色に染め上げてきた家が、伍の色で上書きされていく。冬姫はそれが、どうしても許せない。

「何事だ、これは!?」

 そこに現れたのは、父だ。
 これ幸いと、冬姫は父に泣きつく。

「お、お父様、伍が乱暴するの。お願い、早く伍を止めてちょうだい」

 いつもの父ならば、冬姫の『お願い』を聞き入れてくれるはずだった。
 なのに、

「伍……? あれが、伍なのか!? あの、神々しいまでの巨大な霊力の持ち主が!?」

 冬姫の予想に反して、父が目を輝かせた。

「はっ、はははははっ! 今からでも遅くはない。やはり、冬神様の巫女を取り替えて――」
「お父様ぁっ!」

 全力の、『奥の手』。
 腐臭をたっぷりと吸い込んだ父が、虚ろな目をして立ち尽くす。

「ねぇお父様、お願いだから伍を止めて。見てよ、あれ。自分の霊力を全然制御できていないじゃない。あんな化け物、蔵に閉じ込めてしまうべきよ」
「……冬姫の言うとおりだな」

 父がゆっくりと、伍に近づいていく。
 突風が何度も父を襲ったが、さすがは名家の当主、防護の結界術で風をいなした。
 父の指先が伍の額に触れた。すると、伍が崩れ落ちた。




   ◆   ◇   ◆   ◇