四季神家の【五】女は年下夢魔軍神に溺愛される

 ――ぶつり

 (いつつ)の、堪忍袋の緒が切れた。
 伍は左手首の手枷に銃口を押し付け、引き金を引いた。

 ――ドゥッ

 真っ白な光が、伍の目を焼いた。
 爆炎にさらされた左手が、焼けただれる。
 手枷は、外れてくれない。だが、ひびが入った。
 だから伍は、再び引き金を引いた。

 ――ドゥッ

 未だ、手枷は外れない。
 だから、もう一度。

 ――ドゥッ

 ついに、手枷が崩れ去った。
 伍は拳銃を投げ捨て、素早く立ち上がった。
 冬姫(ふゆき)に向かって走りはじめる。
 左手が、気が狂うほどの痛みを発している。
 が、今は無視だ。

 伍は、冬姫に突進した。

「きゃっ!?」

 冬姫がひっくり返る。
 伍はデウスの顎を上げ、呼吸を促す。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 デウスが息をしてくれた。
 それで一安心した伍は、デウスを抱き上げて、【吸魔(マナドレイン)】を促す。
 だが、デウスが霊力を吸ってくれない。

「……旦那様?」

 デウスは、伍の左手を見ていた。

「あぁ、あぁっ、伍、お前、なんてことをっ」
「いいですから。今は【マナドレイン】に集中してください」
「わ、分かった」

 デウスはものの数秒で見事に建て直した。
 十歳と言えども、歴戦の戦士なのだ。
 デウスが十分な量の霊力を吸い上げ、二十歳相当の姿になった。

 それから、デウスが上級風魔術を使った。
 暴風が襖を、壁を、屋根すらをも吹き飛ばす。
 それで、霊力を吸っていた霧が綺麗さっぱり消え去った。
 絶望的だった状況が、伍の決断によってすっかり回復したのだ。

「伍……? アンタ」

 冬姫がよろよろと立ち上がった。

「アンタまさか、今、アタシの邪魔をしたの? デウス様を、アタシから横取りしようとしたの?」
「――――っ」

 伍は右手を振り上げた。

 伍は、ずっと我慢してきた。
 十七年間、我慢して、我慢して、我慢し続けてきた。
 冬姫が欲しがったものは、すべて差し出してきた。
 冬姫に人生のすべてを奪われても、文句一つ言わず耐え続けてきた。
 だが、今回ばかりは我慢の限界だった。




「旦那様はッ、わたくしのッ、モノだッ!」




 伍は、全力で冬姫の頬を張った。

「誰にも渡さないッ!」

 それは伍の、十七年分の叫びだった。
 伍の剣幕に圧されたのか、冬姫が尻もちをついた。
 伍は肩で息をしながら、冬姫を見下ろす。

 一方で、デウスが境の依代から十字架を引き抜いた。
 境が復活した。

「境様、伍の手を!」
『もうやってる!』

 境が伍の左手に治癒巫術を施してくれる。

『霊体までごっそり削れてやがる』

 境の究極治癒術によって、伍の左手がみるみるうちに回復していく。
 痛みが引いていき、手を動かせるようになった。
 だが、

「っ」

 少し、突っ張る。
 見てみると、

「あぁっ。伍、手の甲に傷痕が……」

 デウスの言うとおり、左手の甲に大きな傷が残ってしまった。

「わたくしは大丈夫ですよ、旦那様」

 伍はデウスに微笑みかける。
 だが、デウスは納得できないようだ。

「デウス様、何とかなりませんか!?」
『悪いが、これが限界だ。治そうにも、基礎となる霊体が削れちまってるからな』
「そうですか……。すまない、伍。俺が不甲斐ないばかりに」
「旦那様、どうか気にしないでください」
『三発とも、綺麗に同じところを撃ち抜いてやがる。大した女だぜ、伍。お前さんはときどき、平安のもののふもびっくりするほどの剛の者になるよな』

 和やかな空気が戻ってきた。
 霧は晴れ、デウスも境も復活し、伍の左手も回復した。
 吹き飛ばされた女中たちも、軽症こそ負っているものの命に別状はなさそうだ。
 伍がすっかり安心しかけた、そのとき。




 ――パンッ




 と、銃声がした。

「……え?」

 デウスが、かばうように伍の前に立っていた。
 デウスの先にいるのは、冬姫。
 冬姫が拳銃で、伍を撃ったのだ。
 そして、デウスが伍をかばった。

「旦那様!? ……はぁ」

 伍はすぐに安心した。
 デウスが【小十字結界】で弾を防いでいたからだ。

「撃つ相手が違うだろう?」

 デウスが冬姫に詰め寄る。

「こ、来ないでよっ」

 ――パンッ
   ――パンッ

 弾はすべて、デウスの結界に弾かれる。
 冬姫が撃っているのは、退魔拳銃だ。
 先ほど伍が投げ捨てたものを、拾い上げたのだろう。
 だが、霊力の込め方が粗末なせいで、驚くほど威力が弱い。

 デウスが冬姫の前に立ちはだかり、銃を持つ腕をねじり上げた。

「痛いっ、放してっ、放しなさいよっ。アタシを誰だと思っているの!?」
「お前が撃つべきは、自分の頭だった。だが、それすら、もう遅い。【マナドレイン】」

 デウスが腕経由で冬姫の霊力を吸い上げる。
 妖しく輝いていた冬姫の銀髪が色を失い、白髪になった。

「あぁ……あぁぁ……」

 冬姫が力なく崩れ落ちた。




   ◆   ◇   ◆   ◇