「ふん、脅しのつもりか?」
「最後通告よ。そのお酒を飲んで、アタシのモノになりなさい」
「断る」
「あぁそう。じゃあ――」
冬姫が声を張り上げた。
「この二人を拘束しなさい!」
とたん、女中たちが伍とデウスに襲いかかってきた!
――パチンッ
と、デウスが指を鳴らした。
突風が広間に吹き荒れ、女中たちを吹き飛ばして昏倒させる。
「四季神冬姫、貴様を魔取法第二二二条違反で現行犯逮捕する」
デウスが懐から拳銃を取り出した。
拳銃を構えながら、冬姫に詰め寄る。
「手を上げろ。これは脅しではない。妙な動きをしたら、即座に撃つぞ」
「あら、怖い怖い」
冬姫が手を上げた――……ただし、その手に『いびつな形の十字架』を忍ばせながら。
デウスの反応が、一瞬遅れた。
デウスが十字架を冬姫の手ごと撃ち抜くその前に、冬姫が詠唱した。
「【悪魔十字結界】ッ!」
真っ黒な霧が、部屋を満たした。
その霧に触れたとたん、
「ち、力が……まさか、霊力が吸われて?」
伍はひどい虚脱感に襲われた。
目の前がグルグルと回る。立っていられなくなり、伍はその場に座り込んでしまった。
無量の霊力を誇る伍ですら、この状態なのだ。一方のデウスはというと、
「な、何だこれは……【ヱイジング】が維持できないっ」
十歳の姿に戻ってしまっていた。
(霊力切れだ!)
デウスがズボンの裾に足を取られ、転んだ。
立ち上がることもままならないほど、衰弱している様子だ。
「旦那様っ」
伍はデウスのそばに駆け寄ろうとした。
が、
「アンタはそこで這いつくばってなさい」
冬姫が十字架を投げつけてきた。
十字架が伍の左手首に絡みつき、変形して手枷のような形になった。枷が伍の左手首を畳に縫いつける。
「こ、こんなっ、こんなものっ」
伍は必死に手首を引っ張る。
だが、手枷は畳下のよほど深くまで打ち込まれているらしく、びくともしない。
「境様っ」
『おうよ!』
境が姿を現した。
彼は極小の炎で手枷を慎重に焼き切ろうとしはじめるが、
「あら。アンタがウワサの、余り物の神様ね? 余り物同士がじゃれ合って、気持ち悪いったらない」
冬姫が不吉に笑った。
「実は、十字架はもう一つあるの。これを――」
冬姫が、小振りな石像を取り出した。
(あれは、境様の依代!?)
忘れもしない、古井戸の底で見つけた像だ。
冬姫がもう一本の十字架を、石像に突き刺した。
とたん、
『がっ……!』
境が雷に撃たれたみたいになって、その場に転がった。
「あははははっ! 本当に、神様にも効くのねぇっ。アイツが言ってたとおり」
頼みの綱の境は、ピクリとも動かない。
さすがに死んだわけではないだろうが、助けにはなりそうにない。
(……状況は、最悪)
部屋に満ちる、霊力を吸い取る霧。
【ヱイジング】を強制解除され、立ち上がることすらままならないデウス。
無力化された境。
(わたくしが……わたくしが何とかしなきゃ。でも、どうやって?)
動けるのは、伍だけだ。
だがその伍自身も、手枷によって左手首を畳に縫い付けられてしまっている。
「あははっ、本当に十歳のガキだったのねぇ」
冬姫がデウスに近寄る。
デウスが震える手で拳銃を構えようとしたが、冬姫はいともたやすく拳銃を蹴り飛ばしてしまった。
拳銃が、伍の目の前――ギリギリ手の届かないところまで転がってきた。
「いいわ、観賞用に飼ってあげる。【洗脳】漬けにして、座敷牢に閉じ込めて、アタシ無しじゃ生きられないようにしてあげるわ」
冬姫がデウスの顎を蹴り上げた。
デウスが仰向けに倒れる。
(どうしよう……どうすれば!)
伍は必死に考える。
目の前で、デウスが冬姫に足蹴にされている。
(そうだ!)
伍は這いつくばり、必死に手を伸ばす。
拘束された左手首がギシギシと痛んだが、指先で拳銃の銃把を引っ掛けることができた。
伍は慎重に、拳銃を引き寄せる。
拳銃を、完全につかみ取った。
倒れたデウスと、目が合った。
「撃て……」
デウスが声を振り絞る。
「撃て、伍っ」
伍は震える手で、銃口を冬姫に向ける。
冬姫が笑った。
「撃てるわけがないじゃない、アンタみたいな意気地なしに。ええっ!?」
伍は震える。
(怖い……)
人を撃つのが、怖い。
人殺しになるのが、怖い。
そして何より、冬姫が怖い。
「撃て!」
伍は、
伍は――……撃てなかった。
失意とともに、銃口を降ろす。
「あははははっ! そうよ、伍。アンタは伍。意気地なしのろくでなし! アンタは昔からそう。自分じゃ何も決められない。
お母様が病に伏せったときも、右往左往するばかりで何もできなかった。一度、春香お姉様に手紙を出そうとしたことがあったわよね? けれどその手紙は、アタシがアンタの目の前で破り捨てた。アンタはあきらめた。手紙を破り捨てられた――たったそれだけのことで、アンタは絶望してあきらめたの。
アンタって、いっつもそう! 『私は悲劇の女主人公です』みたいな顔をして、その実は自分が可愛いだけなのよ。十五のころから――いえ、生まれた瞬間から、何一つ変わっていない。
アンタは何もできない。
この世界にいるべきではない。
アンタは、余り物の五女なのよ!」
伍の世界が、真っ黒に塗りつぶされる。
(そうだ、冬姫お姉様の言うとおりだ。わたくしは、何もできない……)
「あきらめるな! 伍、撃つんだ!」
デウスに言われ、伍は考える。
(霊力はある。巫術でこの拘束を外すことは? ……できない。わたくしは、境様の補助無しでは巫術の一つも使うことができないっ)
怪力をまとう【金剛力】を覚えていれば、手枷を砕くことだってできたかもしれないのに。
【火球】を覚えていれば、手枷を焼き切ることだってできたかもしれないのに。
(阿ノ九多羅家に来て、二週間もあったのに。覚える機会は何度もあったはずなのに!)
使えるようになったのは、補助術の【文殊慧眼】だけ。
せっかくの無量の霊力が、宝の持ち腐れだ。
(やっぱりわたくしは、何もできない。境様から無量の霊力を授かって、デウス様と一緒に戦うことができるようになって。『驕ってはいけない』なんて言いながら、その実すっかり舞い上がっていた。借り物の力を、自分のものだと勘違いしていた)
驕り高ぶっていなければ、境の補助無しでも巫術が使えるようにと訓練していたはずだ。
だが、実際にはしなかった。しなかったのだ。
伍はうつむく。
「さぁ、デウス様。無能な五女のことなんて放っておいて、アタシと楽しみましょう」
冬姫がデウスに馬乗りになった。
「アタシの愛を受け入れなさい」
冬姫が【洗脳】入りの酒瓶を手にし、デウスに飲ませようとする。
デウスが必死に抵抗する。
瓶がひっくり返った。
逆上した冬姫が、デウスの頭を酒瓶で殴りはじめる。
(いえ、駄目よ!)
伍は顔を上げた。
(ここであきらめたら、旦那様が【洗脳】されてしまう。命すら危うい!)
伍は考える。
必死に考える。
(この手枷さえなければ、わたくしは旦那様のもとへ駆けつけることができる。旦那様に触れさえすれば、霊力をお分けすることができる)
伍は手枷を引っ張る。だが、手枷はびくともしない。
(考えるのよ、伍! 冬姫お姉様は確か、この手枷――十字架のことを【悪魔十字結界】と言った。悪魔……デビル……つまり、この退魔拳銃が効くのでは? でも)
今、この退魔拳銃には『天使弾』が装填されている。
デウスが使った場合、光の槍となってデビルたちを粉砕する弾だ。
不慣れな伍が撃った場合、そこまでの威力は出ないだろう。
だが、
(……きっと、左手は無事では済まない。最悪、手を失うことになるかもしれない)
拳銃を握る手が、震える。
ガタガタ、ガタガタと震える。
(怖い……怖い怖い怖い怖いッ!)
伍は助けを求めるように、境を見る。
境はぐったりとしたまま、ピクリとも動かない。
伍は続いて、デウスを見る。
デウスは霊力枯渇によって動けず、冬姫にされるがままだ。
額から血を流している。
このままでは、本当に殺されかねない。
(撃ちなさい、撃つのよ、伍。手枷を砕いて、旦那様を助けに行くの!)
額が冷たい。
脂汗が目に入り、視界がぼやける。
ついには涙まで出てきた。
(あぁ、お母様。わたくしに勇気をくださいっ)
「……はぁ、もう面倒になっちゃった」
冬姫が酒瓶を放り投げた。
「デウス様ったら、アタシの愛をちっとも受け入れてくれないんだもの。そんなに嫌なら、もういいわ」
冬姫が、デウスの首に手をかけた。
十歳の、声変わり前の喉に両親指を食い込ませる。
「がっ……ぁっ……」
デウスが必死にもがく。
デウスと、目が合った。
呼吸ができず、苦しんでいる目。
助けを求める、目。
「死ね。剥製にして、部屋に飾ってあげる。これでアンタは、アタシのモノよ」
伍は、
伍は――、
「最後通告よ。そのお酒を飲んで、アタシのモノになりなさい」
「断る」
「あぁそう。じゃあ――」
冬姫が声を張り上げた。
「この二人を拘束しなさい!」
とたん、女中たちが伍とデウスに襲いかかってきた!
――パチンッ
と、デウスが指を鳴らした。
突風が広間に吹き荒れ、女中たちを吹き飛ばして昏倒させる。
「四季神冬姫、貴様を魔取法第二二二条違反で現行犯逮捕する」
デウスが懐から拳銃を取り出した。
拳銃を構えながら、冬姫に詰め寄る。
「手を上げろ。これは脅しではない。妙な動きをしたら、即座に撃つぞ」
「あら、怖い怖い」
冬姫が手を上げた――……ただし、その手に『いびつな形の十字架』を忍ばせながら。
デウスの反応が、一瞬遅れた。
デウスが十字架を冬姫の手ごと撃ち抜くその前に、冬姫が詠唱した。
「【悪魔十字結界】ッ!」
真っ黒な霧が、部屋を満たした。
その霧に触れたとたん、
「ち、力が……まさか、霊力が吸われて?」
伍はひどい虚脱感に襲われた。
目の前がグルグルと回る。立っていられなくなり、伍はその場に座り込んでしまった。
無量の霊力を誇る伍ですら、この状態なのだ。一方のデウスはというと、
「な、何だこれは……【ヱイジング】が維持できないっ」
十歳の姿に戻ってしまっていた。
(霊力切れだ!)
デウスがズボンの裾に足を取られ、転んだ。
立ち上がることもままならないほど、衰弱している様子だ。
「旦那様っ」
伍はデウスのそばに駆け寄ろうとした。
が、
「アンタはそこで這いつくばってなさい」
冬姫が十字架を投げつけてきた。
十字架が伍の左手首に絡みつき、変形して手枷のような形になった。枷が伍の左手首を畳に縫いつける。
「こ、こんなっ、こんなものっ」
伍は必死に手首を引っ張る。
だが、手枷は畳下のよほど深くまで打ち込まれているらしく、びくともしない。
「境様っ」
『おうよ!』
境が姿を現した。
彼は極小の炎で手枷を慎重に焼き切ろうとしはじめるが、
「あら。アンタがウワサの、余り物の神様ね? 余り物同士がじゃれ合って、気持ち悪いったらない」
冬姫が不吉に笑った。
「実は、十字架はもう一つあるの。これを――」
冬姫が、小振りな石像を取り出した。
(あれは、境様の依代!?)
忘れもしない、古井戸の底で見つけた像だ。
冬姫がもう一本の十字架を、石像に突き刺した。
とたん、
『がっ……!』
境が雷に撃たれたみたいになって、その場に転がった。
「あははははっ! 本当に、神様にも効くのねぇっ。アイツが言ってたとおり」
頼みの綱の境は、ピクリとも動かない。
さすがに死んだわけではないだろうが、助けにはなりそうにない。
(……状況は、最悪)
部屋に満ちる、霊力を吸い取る霧。
【ヱイジング】を強制解除され、立ち上がることすらままならないデウス。
無力化された境。
(わたくしが……わたくしが何とかしなきゃ。でも、どうやって?)
動けるのは、伍だけだ。
だがその伍自身も、手枷によって左手首を畳に縫い付けられてしまっている。
「あははっ、本当に十歳のガキだったのねぇ」
冬姫がデウスに近寄る。
デウスが震える手で拳銃を構えようとしたが、冬姫はいともたやすく拳銃を蹴り飛ばしてしまった。
拳銃が、伍の目の前――ギリギリ手の届かないところまで転がってきた。
「いいわ、観賞用に飼ってあげる。【洗脳】漬けにして、座敷牢に閉じ込めて、アタシ無しじゃ生きられないようにしてあげるわ」
冬姫がデウスの顎を蹴り上げた。
デウスが仰向けに倒れる。
(どうしよう……どうすれば!)
伍は必死に考える。
目の前で、デウスが冬姫に足蹴にされている。
(そうだ!)
伍は這いつくばり、必死に手を伸ばす。
拘束された左手首がギシギシと痛んだが、指先で拳銃の銃把を引っ掛けることができた。
伍は慎重に、拳銃を引き寄せる。
拳銃を、完全につかみ取った。
倒れたデウスと、目が合った。
「撃て……」
デウスが声を振り絞る。
「撃て、伍っ」
伍は震える手で、銃口を冬姫に向ける。
冬姫が笑った。
「撃てるわけがないじゃない、アンタみたいな意気地なしに。ええっ!?」
伍は震える。
(怖い……)
人を撃つのが、怖い。
人殺しになるのが、怖い。
そして何より、冬姫が怖い。
「撃て!」
伍は、
伍は――……撃てなかった。
失意とともに、銃口を降ろす。
「あははははっ! そうよ、伍。アンタは伍。意気地なしのろくでなし! アンタは昔からそう。自分じゃ何も決められない。
お母様が病に伏せったときも、右往左往するばかりで何もできなかった。一度、春香お姉様に手紙を出そうとしたことがあったわよね? けれどその手紙は、アタシがアンタの目の前で破り捨てた。アンタはあきらめた。手紙を破り捨てられた――たったそれだけのことで、アンタは絶望してあきらめたの。
アンタって、いっつもそう! 『私は悲劇の女主人公です』みたいな顔をして、その実は自分が可愛いだけなのよ。十五のころから――いえ、生まれた瞬間から、何一つ変わっていない。
アンタは何もできない。
この世界にいるべきではない。
アンタは、余り物の五女なのよ!」
伍の世界が、真っ黒に塗りつぶされる。
(そうだ、冬姫お姉様の言うとおりだ。わたくしは、何もできない……)
「あきらめるな! 伍、撃つんだ!」
デウスに言われ、伍は考える。
(霊力はある。巫術でこの拘束を外すことは? ……できない。わたくしは、境様の補助無しでは巫術の一つも使うことができないっ)
怪力をまとう【金剛力】を覚えていれば、手枷を砕くことだってできたかもしれないのに。
【火球】を覚えていれば、手枷を焼き切ることだってできたかもしれないのに。
(阿ノ九多羅家に来て、二週間もあったのに。覚える機会は何度もあったはずなのに!)
使えるようになったのは、補助術の【文殊慧眼】だけ。
せっかくの無量の霊力が、宝の持ち腐れだ。
(やっぱりわたくしは、何もできない。境様から無量の霊力を授かって、デウス様と一緒に戦うことができるようになって。『驕ってはいけない』なんて言いながら、その実すっかり舞い上がっていた。借り物の力を、自分のものだと勘違いしていた)
驕り高ぶっていなければ、境の補助無しでも巫術が使えるようにと訓練していたはずだ。
だが、実際にはしなかった。しなかったのだ。
伍はうつむく。
「さぁ、デウス様。無能な五女のことなんて放っておいて、アタシと楽しみましょう」
冬姫がデウスに馬乗りになった。
「アタシの愛を受け入れなさい」
冬姫が【洗脳】入りの酒瓶を手にし、デウスに飲ませようとする。
デウスが必死に抵抗する。
瓶がひっくり返った。
逆上した冬姫が、デウスの頭を酒瓶で殴りはじめる。
(いえ、駄目よ!)
伍は顔を上げた。
(ここであきらめたら、旦那様が【洗脳】されてしまう。命すら危うい!)
伍は考える。
必死に考える。
(この手枷さえなければ、わたくしは旦那様のもとへ駆けつけることができる。旦那様に触れさえすれば、霊力をお分けすることができる)
伍は手枷を引っ張る。だが、手枷はびくともしない。
(考えるのよ、伍! 冬姫お姉様は確か、この手枷――十字架のことを【悪魔十字結界】と言った。悪魔……デビル……つまり、この退魔拳銃が効くのでは? でも)
今、この退魔拳銃には『天使弾』が装填されている。
デウスが使った場合、光の槍となってデビルたちを粉砕する弾だ。
不慣れな伍が撃った場合、そこまでの威力は出ないだろう。
だが、
(……きっと、左手は無事では済まない。最悪、手を失うことになるかもしれない)
拳銃を握る手が、震える。
ガタガタ、ガタガタと震える。
(怖い……怖い怖い怖い怖いッ!)
伍は助けを求めるように、境を見る。
境はぐったりとしたまま、ピクリとも動かない。
伍は続いて、デウスを見る。
デウスは霊力枯渇によって動けず、冬姫にされるがままだ。
額から血を流している。
このままでは、本当に殺されかねない。
(撃ちなさい、撃つのよ、伍。手枷を砕いて、旦那様を助けに行くの!)
額が冷たい。
脂汗が目に入り、視界がぼやける。
ついには涙まで出てきた。
(あぁ、お母様。わたくしに勇気をくださいっ)
「……はぁ、もう面倒になっちゃった」
冬姫が酒瓶を放り投げた。
「デウス様ったら、アタシの愛をちっとも受け入れてくれないんだもの。そんなに嫌なら、もういいわ」
冬姫が、デウスの首に手をかけた。
十歳の、声変わり前の喉に両親指を食い込ませる。
「がっ……ぁっ……」
デウスが必死にもがく。
デウスと、目が合った。
呼吸ができず、苦しんでいる目。
助けを求める、目。
「死ね。剥製にして、部屋に飾ってあげる。これでアンタは、アタシのモノよ」
伍は、
伍は――、



