四季神家の【五】女は年下夢魔軍神に溺愛される

 さらに数日後、茶会当日の午後。

(まさか、こんな形で住吉の土を再び踏むことになるとは)

 伍は深い感慨を覚えていた。
 デウスにヱスコートしてもらい、馬車から降りる。
 見上げれば、実家の門があった。

阿ノ九多羅(あのくたら)家を追い出されてここに戻ってくる……そんな可能性におびえていたころが、嘘みたい)

 デウスの手を握ると、二十歳の姿のデウスが優しく微笑んでくれた。

(もう、そんな不安は微塵もない。わたくしは今日、過去を断ち切って未来に進むために、旦那様と一緒にここへ来た)

「これはまた……すごいな」
「そのようですね」

 呆れ果てた様子のデウスに、伍は同意する。
 門の向こう――四季神家の敷地から、真っ黒な霧が立ち昇っていたからだ。

「……なんて禍々しい瘴気」
「警戒を厳とするように」
「はい、旦那様」

 今日の伍とデウスは、完全武装だ。
 伍は動きやすい馬乗り袴姿で、胸には【小十字結界】の十字架を忍ばせている。
 一方のデウスは、陸軍上級将校の礼服姿。軍刀を()き、脇の拳銃嚢(ホルスター)に退魔拳銃を忍ばせている。

「ですが、これはもう、出直したほうがよいのでは? この瘴気は、明らかに異常です」
「出直したところで、大義名分無しには第七旅団を動員できない。事はあくまで『婚約者の実家との茶会』に過ぎないのだからな。そして、大義名分を立てるのは難しいだろう」
「というと?」
六九六(むくろ)中将が邪魔してくるからだ」
「なんと……」

 デウスが頭をなでてくれた。

「なぁに、大丈夫だ。警戒はすべきだが、過度な不安は不要。俺がお前を絶対に守るし、何より――」

 ――ドロンッ

 伍の前に、懐かしい顔が現れた。
 手の平ほどの座敷童、つまり、

(さかい)様っ」
『おうっ。久しいな、伍。すっかり顔色がよくなったじゃねぇか』
「はい。何もかも境様と、旦那様や千代子様、第七旅団の皆々様のおかげです」
『小僧とは、話がついている。今日は俺様もそばにいてやるから、安心しろ』
「はいっ」
「うぐぐぐ……」

 と、デウスがうなった。

「境様や千代子が相手だと、伍はすごく素直だよな。でも、俺に対しては何というか回り込もうとしてくるというか、俺が伍をヱスコートしたいのに、逆にヱスコートされそうになるというか」
「ふふっ。気のせいですよ、旦那様」

 ――ギギィ……

 そのとき、呼びかけてもいないのに、勝手に門が開いた。
 中から現れたのは、

「あ、あなたは……っ」

 新米女中。
 忘れもしない、伍に対してただ一人友好的だったにもかかわらず、冬姫の【洗脳】によって心を操られてしまった少女だ。

「……おかえり……なさいませ……忌み子の五女様。ご当主様が……お待ちです」

 少女はまるで死人のような、生気のない顔をしていた。
 少女がクルリと背を向け、敷地の中へと戻っていく。

「やはり、行きましょう」

 伍は前言を撤回した。

「女中たちや父が、危険な状態にあるかもしれません。少なくとも、あの子の顔色は尋常ではありません。放ってはおけない」
「まったく……どこまでお人好しなんだ、お前は。【洗脳】されていたとはいえ、さんざん自分を虐げていた相手たちなんだぞ?」
『そんなこと言って』

 呆れるデウスを、境がからかう。

『そういうところに惚れたくせによぅ』
「「――っ!?」」

 二人同時に固まる伍とデウス。
 伍が見上げてみると、デウスは真っ赤になっていた。
 それを見て、伍も真っ赤になる。

『へーへー、仲のよろしいことで。で、行かなくていいのかい?』
「っ。そうでした。今はとにかく、四季神家の状況を確かめなければ。い、急ぎましょう」
「そ、そうだな」

 二人は新米女中に案内されながら、庭を抜け、屋内へと入る。

「っ……ひどい臭いだな」
「……はい」

 屋内は、どす黒い霧で満ちていた。
 かつて冬姫がまとっていた『腐った水の臭いがする白い霧』とは違う、より『不吉さ』『禍々しさ』が増した霧だ。

「これは……西洋アヤカシの臭い?」

 デウスが顔をしかめる。

「獣臭い。あの、レッドドラゴンよりもなお濃厚な。どういうことだ?」

 デウスの疑問の答えを、伍は持ち合わせていない。
 ただ、嫌な予感だけが、一歩進むごとに膨らんでいく。

 やがて二人は、四季神邸一番の大広間に案内された。
 部屋の奥には、一段高くなった上座がある。
 二人は上座に拝謁するような形で、畳の上に案内された。
 上座を拝むように、あるいは伍とデウスを威嚇するように、女中たちが平伏している。

「四季神家ご当主様の、おなりぃ~っ」

 女中の声とともに上座に現れたのは、

「……冬姫お姉様っ!?」
「無礼よ、忌み子」

『当主』が(わら)った。

「余り物、
  出涸らし巫女、
    要らない五女、
      四季神(しきじん)(いつつ)

 そう、『ご当主様』は、冬姫その人だった。
 だが、

(これが、本当に冬姫お姉様? 前回会ったときとは、まるで別人)

 まず、容姿が違った。
 髪。冬姫が自慢にしていた長い黒髪が、白銀色にキラキラと輝いていた。

(あれは……霊力? 抑えきれないほどの極大霊力が、髪色を染め上げている……)

 次に、霊力総量。
 阿ノ九多羅家の婚約者となってはや二週間ほど。
 来る日も来る日もデウスにおんぶされながら戦場を飛び回った経験から、伍は鑑定・索敵系の万能術式【文殊慧眼】をある程度は使えるようになっていた。
 その鑑定眼によると、

(少なくとも、十万以上。それより上は……わたくしの鑑定眼では、測定できない)

 あの熟練戦士・千代子ですら、二千単位。
 そのことを思えば、寒気すら覚えるほどの上昇ぶりである。
 およそ、『努力した』『修行した』といった正規の手段を踏んだ結果とは思えない上昇ぶりだ。

「ようこそ」

 冬姫が言った。
 その声は、同性の伍ですらゾクリとするほど美しく、艶やかで、心をくすぐる声だった。
 伍は思わず隣のデウスを見上げた。
 そして、ホッとした。デウスが平常な顔をしていたからだ。

「ふぅん」

 冬姫が意外そうな顔をした。が、それも一瞬のこと。

「長旅でお疲れでしょう。まずは一杯、喉を潤してくださいまし」

 冬姫の合図で、女中たちが膳とともに伍とデウスの前に運んできたのは、

「……酒?」

 デウスが冷えた声を上げた。

「今日は茶会のはずだが?」
「うふふっ」

 浮世めいた表情で、冬姫が笑う。

「お茶もお酒も、同じようなものでしょう?」
「だが、この酒にはずいぶんと……濃縮な、他人の人格を破壊しうるほどの【洗脳】呪術が染み込んでいる。宣戦布告と受け取ってよいのかな?」
「とんでもない」

 冬姫が花咲くように笑った。

「これは、デウス様に対するアタシからのお詫びなのです」

 姉の、その曇りなき笑顔に、伍は震え上がった。

「この前の夜会では、デウス様だけ仲間外れにしてしまいました。アタシの愛を飲ませてあげることができなかった。それが心残りだったのです。デウス様、アタシの愛をどうぞお受け取りください。可愛がってさしあげますわ」
「まるで反省していないようだな」

 デウスがため息をつく。

「自首に向けての段取りは? 謝罪と説明をもらえるものと、期待していたのだがな」
「反省? アタシは悪くない。悪いのは世界のほうよ」
「相変わらず、話が通じない。ご当主を呼んでこい」
「当主はアタシですわよ」
「貴様のおままごとに付き合っている暇などない。ご当主を呼べ」
「父は病に伏せっているのです」
「確かめさせてもらおう。部屋はどこだ?」

 デウスが立ち上がった。

「信じてもらえないので?」
「貴様の何を信用しろと言うんだっ」




 女中たちが、一斉に顔を上げた。