四季神家の【五】女は年下夢魔軍神に溺愛される

 夢を見た。
 五歳のころ、初めて冬神に引き合わされたときの夢を。

 冬姫と伍の前に出されたのは、冬を思わせる銀製の質素な簪だった。

「視えるか?」

 父の言葉に、冬姫は首を傾げた。
 一方の伍は、恐る恐るうなずいた。
 伍の目には、簪の上に何かが浮いているのが視えるようだった。
 だが、冬姫には視えなかった。

「なんということだ」

 父が頭を抱えた。

「よもや、冬神様のお姿を拝することすらできないとは。かように弱い霊力では、巫女など務まるはずもない。どうすれば……そうだっ」

 父が冬姫を押しのけ、伍の手を握った。

「いっそ、冬神様の巫女を取り替えよう。冬神様も、それでよろしいですな?」
「嫌ぁっ!」

 声を上げたのは、冬姫だ。

(巫女じゃなくなったら、今度はアタシが虐められちゃう! 屋根裏に閉じ込められて、汚い服を着せられて、ご飯もちょっとしかもらえなくなる。そんなの絶対に嫌っ)

 だから冬姫は、無我夢中で簪を手にし、自分の髪に指した。

「こらっ、冬姫! 何を勝手に――」
「『おねがい』、おとうさまっ! ふゆきをふゆかみさまのみこにして!」

 そのとき、冬姫は【洗脳】の力に目覚めたのだ。

(そうよ、そうだったの。アタシは被害者)

 五歳当時の自分を見下ろしながら、十八の冬姫は考えていた。
 それは、もうとっくの昔に忘れ果てていた、己の原点だった。

(アタシは被害者よ。悪いのはお父様と伍のほうよ)

『それで?』

 何者かに、背後から話しかけられた。
 振り向いてみると、そこに小さな座敷童子のような存在が浮いていた。

「アンタ、誰?」
『冬神だ』
「まぁっ」

 冬姫は冬神のもとへ駆け寄り、小さなその手を握った。

「冬神様っ、ようやくお会いできました。アタシを助けに来てくださったのですね!」
『なぜ、そう思う?』
「だって、アタシは冬神様の巫女ですもの。余り物の伍と違って、冬神様に選ばれた正当たる巫女なのです。神様なら、自分の巫女のことを助けるものでしょう?」
『お前はその年になるまで、ただの一度も私の「お告げ」を受け入れなかった。私に対する信仰心が皆無だったからだ。そんなお前がついに、私の声を受け入れる気になった。私は期待した。お前もついに反省したのだ、と。だが』

 冬神がため息をついた。

『期待外れだった。お前が私に多少なりとも信仰を抱いた理由――それは、保身だったわけだ。追い詰められて、藁をもつかむ思いでつかんだ……それが、この私だったわけだ。それで?』
「それで、って何」
『ようやく、こうして対面できたのだ。私に何か言うことはないのか? たとえ本心ではないにせよ、口にすべき言葉があるのではないか?』
「だから、さっきから『助けて』って言ってるじゃない」

 冬神が、再びのため息。
 どうも話が噛み合わない。

(あれ……? もしかして冬神様、怒ってる? なぜ? まぁいいわ。【洗脳】っ)

 冬姫はいつものように【洗脳】呪術を使おうとした。が、呪術は発動しなかった。
 冬神と目が合った。
 だから冬姫は、ごまかすために口を開いた。

「アタシ、伍のせいで大変なことに巻き込まれちゃったの。助けが必要なの。だから、アタシにもっと強力な【洗脳】呪術を授けてくださらない? お願い、冬神様っ」
『この期に及んで、「伍のせい」か。どこまで他人に責任を押しつければ気が済むのだ、お前は?』
「伍……そうよ、伍が全部悪いのっ。あの愚図がデウス様をたぶらかしたせいで――」
『お前とは、会話が成立しない』

 冬神が、三度目のため息。

『同じ日ノ本言葉を使っているのか、不安になるほどだ。お前には、相手の話から都合のよい言葉を拾い上げて、自分に都合のよい話で相手の話を覆い尽くしてしまうという悪癖がある。相手の話を奪ってしまうのだ。相手に人格があるということを、一切考慮していない。だから』

 冬神が冬姫を正視した。

『私も、お前に対してはそのように対応させてもらう』
「そんな、ひどいっ。アンタはアタシの神様でしょ? アタシを守るために、アンタは存在してるはずでしょ!?」
『私が許せないのは、お前の暴挙――【洗脳】による相手の人格破壊に、私の力が使われている点だ。民草を幸せにするための我が力を、悪業に使う。四季神家を守るための我が力を、家を破滅に導くような愚行に使う。しかもお前には、自分で自分の首を締めているという自覚すらない』
「さっきから何なの? アタシ、そんな話ひとつもしてないじゃないっ」
『お前だけが堕ちるのなら、勝手に堕ちればよい。だが、事は四季神家全体に及んでいるのだ』
「アタシの話を聞いてよっ」
『お前が雪華を殺したとき、私はお前を始末すべきか真剣に悩んだ。最終的に、私は雪華の願いを聞き届けた。だが、それは失敗だった。これ以上、過ちは繰り返さない。雪華との約束も、ここまでだ』
「聞けよ、ねぇっ!」
『「飢餓と糞尿の臭いで気が狂い、爪が剥がれるまで扉を掻きむしっていたりしたら」……だったか? 四季神冬姫、どこまでも愚かな娘よ。お前が伍に対して望んだものと、同じ姿を晒すがよい』




   ◆   ◇   ◆   ◇