(バレたっ!)
――【洗脳】?
――【洗脳】って言ったか?
――【洗脳】ですって!?
会場がざわめきだす。
中でも一番食いついたのは、
「【洗脳】だと!? 冬姫、これはいったいどういうことだ!?」
壁際で物言わぬ人形となっていたはずの、父だ。
デウスの一言でやや正気を取り戻したらしき父が、宴会場を見回して真っ青になる。
「なんだ、この惨状は!? それに、この酒! ふ、冬姫、お前まさか……あぁ、なんということだ、他家の令息を【洗脳】呪術で陥れるなど、前代未聞の不祥事だ!」
「う、うるさいわねっ。『お願い』だから、お父様は黙っていて!」
――ぶわっ
真っ白な霧が会場中に立ち込める。
その霧を吸ったとたん、父も、宴会参加者たちも、虚ろな目をして黙り込んだ。
(ふ、ふふふっ、バレたから何だと言うの? このとおり、アタシの【洗脳】呪術は最強なんだから! ほら、デウス様にだって通用して――)
「千代子、今の瞬間、押さえたか?」
だが、当のデウスにはまるで効いていないようだった。
「それはもう完璧に。写真機と霊力測定機の両方で、しっかり記録しました」
一方、メイドと伍は一瞬のうちに会場の端まで退避していた。
「退魔師取締法第二二二条――『人ヲ洗脳シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ三年以上ノ懲役ニ処ス』」
デウスが冬姫の腕をねじり上げた。
「現行犯逮捕だ」
会場に軍服姿の、布で口元を保護した男たちが乱入してきた。
男たちが写真を撮りはじめる。
令息たち、その妻や婚約者たち、そして父は、状況の変化に気づいていない。【洗脳】下にあるからだ。
「痛いっ、離して! アタシは冬神の巫女なのよ!?」
「違う。ただの犯罪者だ」
「違う違う違うっ。アタシは悪いことなんてしてないっ。これには事情があるのっ」
「事情? これほどのことをしでかす、事情? はー……証拠品を押収し終えるまで時間がある。言ってみろ」
デウスが手を離した。
(しめたっ)
冬姫は自分の吐息に【洗脳】呪術を混ぜながら、言い訳を始めた。
「アタシには、『四季神家を存続させる』という使命があるの。ほら、上の姉たちが全員嫁いでしまったから、アタシが婿養子をもらって家を継がないといけないの。そのためには、夫となるべき人が必要でしょう?」
「それで、【洗脳】? 配偶者候補を探すなら、普通は相手の人格と向き合うものだと思うが? 見合いなり何なりすればよかったではないか」
「したわよ、もう何十回も! でも、お父様が連れてくる男は、どいつもこいつも愚図な醜男ばかりで――」
『事情』など、口からでまかせだ。
ただ言葉を吐いて、デウスの脳に【洗脳】を染み込ませることができればよいのだ。
(さっきは効かなかったけど、こうやって時間をかけてやれば――)
大本命は、デウスだ。
冬姫はデウスの美丈夫顔に心底惚れ込んでいる。
デウスを完全に【洗脳】し、その美貌を味わい尽くしたい――それが冬姫の望みだ。
家のことなど、冬姫はこれっぽっちも考えていない。
ただ思いついて、話を広げられそうだから口にしているだけだ。
「この夜会で婚約者を手にすることができたとして、その後どうするつもりなんだ?」
意外にも、デウスが話に乗ってくれた。
「【洗脳】が解けたが最後、婚約者はお前から離れていくだろう」
「【洗脳】し続ければよいだけじゃない」
「お前、まさかそうやって、家族をずっと【洗脳】し続けてきたのか? 何年も?」
「だって、仕方がないじゃないっ。誰もアタシを愛してくれないんだもの。特にお母様は、口を開けば伍のことばっかり! 『伍を虐げるな』、『伍を受け入れろ』、『伍』、『伍』、『伍』!」
「だから、母親を殺したのか?」
「…………っ」
冬姫はとっさに反論できなかった。
「あ、アタシはそんなこと……」
「……ふ、冬姫?」
話しかけてきたのは、父だ。
父の目に、理性が戻ってしまっている。
「今の話は本当か? 雪華はパラノイアを発症したのち、入水自殺した。あの気丈な雪華が、だ」
「う、嘘よ。デウス様の嘘。愛する娘の言うことが信用できないの?」
「少なくとも――」
父が会場を見回す。冬姫もつられて見回す。
令息たちが、よだれを垂らしながら宙を見つめている。
そういえば、六九六アインスの姿が見えない。
「この惨状を見る限り、お前を信じるのは難しい」
「なっ……アタシは悪くないっ。悪いのは、せっかくの夜会をめちゃくちゃにしたデウス様で――」
「お館様」
メイド服の女が、デウスの隣に立った。
「証拠品の押収が完了しました」
「『家族を数年来【洗脳】し続けてきた』という自白も取れたな」
「ええ、しっかり蓄音できておりますとも」
「さて。こんな茶番は、もう終わりだ」
デウスがパチンッと指を鳴らした。次の瞬間、会場の窓という窓が一斉に開いた。
デウスが再び、指を鳴らした。次の瞬間、屋内に冷風が吹き荒れ、酒と【洗脳】の臭いを外へ洗い流していった。
――あれ?
――ここは?
――私はいったい……
令息たちやその妻・婚約者たちが、正気を取り戻していく。
床に転がる酒瓶、令息たちの乱れた着衣、軍服姿の男たちが警備している異様な雰囲気。
彼ら彼女らが困惑し、あるいは悲鳴を上げはじめ、会場が騒然としはじめる。
――そういえばさっき、【洗脳】と聴いたような……
――そうだ、僕たちは先ほどまで【洗脳】されていた!
――犯罪行為だぞ。まさか、四季神家が?
【洗脳】を受けていた間の記憶は、おぼろげながらも残っているのだ。
彼ら彼女らが、三々五々と会場から散っていく。
「あぁ……あぁぁ……」
父が膝を突き、頭を抱えた。
「終わりだ。四季神家は一巻の終わりだ」
「安心せよ、ご当主」
デウスが父に語りかける。
「今夜のオリヱンタルホテルには情報規制をかけてある。それに、各家にはしっかりと口止めをしておく。だから、ご息女の悪業が即座に広まることはない。だが、見逃すわけにもいかない。考えをまとめたうえで、自首するのをお薦めする」
「…………。阿ノ九多羅家ご当主、ご配慮痛み入る。だが、なぜそこまでしてくれるのだ?」
「子の不始末は親の不始末。だが、それを差し引いてもなお、ご当主が被害者であることには違いがないからな。それに」
デウスが愛おしげな目で、会場の端に立つ伍を見つめる。
「伍が、そう望んだからな」
「伍が……」
父が涙を流す。
「……何それ?」
冬姫の頭に血が上った。
「伍に情けをかけられたっていうの? 冬神の巫女たるこのアタシが、余り物の五女に?」
「まだ言うか」
デウスが拳銃を抜いた。
これ見よがしに遊底を引いて、弾薬を装填する。
「不特定多数への【洗脳】。阿ノ九多羅家当主他、多数の華族への【洗脳】。今ここで、極刑に処してやってもいいんだぞ? 俺はもともとそのつもりだったんだ」
「ひっ」
冬姫は尻もちをつく。
伍がデウスのもとへ駆け寄ってきた。悲しそうな顔で冬姫を見たあと、デウスの手に触れて拳銃を下げさせる。
「だが、伍がそんな俺を止めたんだ。『どれだけ非道な行いをしようとも、母が愛した子には違いないから』と」
◆ ◇ ◆ ◇
――【洗脳】?
――【洗脳】って言ったか?
――【洗脳】ですって!?
会場がざわめきだす。
中でも一番食いついたのは、
「【洗脳】だと!? 冬姫、これはいったいどういうことだ!?」
壁際で物言わぬ人形となっていたはずの、父だ。
デウスの一言でやや正気を取り戻したらしき父が、宴会場を見回して真っ青になる。
「なんだ、この惨状は!? それに、この酒! ふ、冬姫、お前まさか……あぁ、なんということだ、他家の令息を【洗脳】呪術で陥れるなど、前代未聞の不祥事だ!」
「う、うるさいわねっ。『お願い』だから、お父様は黙っていて!」
――ぶわっ
真っ白な霧が会場中に立ち込める。
その霧を吸ったとたん、父も、宴会参加者たちも、虚ろな目をして黙り込んだ。
(ふ、ふふふっ、バレたから何だと言うの? このとおり、アタシの【洗脳】呪術は最強なんだから! ほら、デウス様にだって通用して――)
「千代子、今の瞬間、押さえたか?」
だが、当のデウスにはまるで効いていないようだった。
「それはもう完璧に。写真機と霊力測定機の両方で、しっかり記録しました」
一方、メイドと伍は一瞬のうちに会場の端まで退避していた。
「退魔師取締法第二二二条――『人ヲ洗脳シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ三年以上ノ懲役ニ処ス』」
デウスが冬姫の腕をねじり上げた。
「現行犯逮捕だ」
会場に軍服姿の、布で口元を保護した男たちが乱入してきた。
男たちが写真を撮りはじめる。
令息たち、その妻や婚約者たち、そして父は、状況の変化に気づいていない。【洗脳】下にあるからだ。
「痛いっ、離して! アタシは冬神の巫女なのよ!?」
「違う。ただの犯罪者だ」
「違う違う違うっ。アタシは悪いことなんてしてないっ。これには事情があるのっ」
「事情? これほどのことをしでかす、事情? はー……証拠品を押収し終えるまで時間がある。言ってみろ」
デウスが手を離した。
(しめたっ)
冬姫は自分の吐息に【洗脳】呪術を混ぜながら、言い訳を始めた。
「アタシには、『四季神家を存続させる』という使命があるの。ほら、上の姉たちが全員嫁いでしまったから、アタシが婿養子をもらって家を継がないといけないの。そのためには、夫となるべき人が必要でしょう?」
「それで、【洗脳】? 配偶者候補を探すなら、普通は相手の人格と向き合うものだと思うが? 見合いなり何なりすればよかったではないか」
「したわよ、もう何十回も! でも、お父様が連れてくる男は、どいつもこいつも愚図な醜男ばかりで――」
『事情』など、口からでまかせだ。
ただ言葉を吐いて、デウスの脳に【洗脳】を染み込ませることができればよいのだ。
(さっきは効かなかったけど、こうやって時間をかけてやれば――)
大本命は、デウスだ。
冬姫はデウスの美丈夫顔に心底惚れ込んでいる。
デウスを完全に【洗脳】し、その美貌を味わい尽くしたい――それが冬姫の望みだ。
家のことなど、冬姫はこれっぽっちも考えていない。
ただ思いついて、話を広げられそうだから口にしているだけだ。
「この夜会で婚約者を手にすることができたとして、その後どうするつもりなんだ?」
意外にも、デウスが話に乗ってくれた。
「【洗脳】が解けたが最後、婚約者はお前から離れていくだろう」
「【洗脳】し続ければよいだけじゃない」
「お前、まさかそうやって、家族をずっと【洗脳】し続けてきたのか? 何年も?」
「だって、仕方がないじゃないっ。誰もアタシを愛してくれないんだもの。特にお母様は、口を開けば伍のことばっかり! 『伍を虐げるな』、『伍を受け入れろ』、『伍』、『伍』、『伍』!」
「だから、母親を殺したのか?」
「…………っ」
冬姫はとっさに反論できなかった。
「あ、アタシはそんなこと……」
「……ふ、冬姫?」
話しかけてきたのは、父だ。
父の目に、理性が戻ってしまっている。
「今の話は本当か? 雪華はパラノイアを発症したのち、入水自殺した。あの気丈な雪華が、だ」
「う、嘘よ。デウス様の嘘。愛する娘の言うことが信用できないの?」
「少なくとも――」
父が会場を見回す。冬姫もつられて見回す。
令息たちが、よだれを垂らしながら宙を見つめている。
そういえば、六九六アインスの姿が見えない。
「この惨状を見る限り、お前を信じるのは難しい」
「なっ……アタシは悪くないっ。悪いのは、せっかくの夜会をめちゃくちゃにしたデウス様で――」
「お館様」
メイド服の女が、デウスの隣に立った。
「証拠品の押収が完了しました」
「『家族を数年来【洗脳】し続けてきた』という自白も取れたな」
「ええ、しっかり蓄音できておりますとも」
「さて。こんな茶番は、もう終わりだ」
デウスがパチンッと指を鳴らした。次の瞬間、会場の窓という窓が一斉に開いた。
デウスが再び、指を鳴らした。次の瞬間、屋内に冷風が吹き荒れ、酒と【洗脳】の臭いを外へ洗い流していった。
――あれ?
――ここは?
――私はいったい……
令息たちやその妻・婚約者たちが、正気を取り戻していく。
床に転がる酒瓶、令息たちの乱れた着衣、軍服姿の男たちが警備している異様な雰囲気。
彼ら彼女らが困惑し、あるいは悲鳴を上げはじめ、会場が騒然としはじめる。
――そういえばさっき、【洗脳】と聴いたような……
――そうだ、僕たちは先ほどまで【洗脳】されていた!
――犯罪行為だぞ。まさか、四季神家が?
【洗脳】を受けていた間の記憶は、おぼろげながらも残っているのだ。
彼ら彼女らが、三々五々と会場から散っていく。
「あぁ……あぁぁ……」
父が膝を突き、頭を抱えた。
「終わりだ。四季神家は一巻の終わりだ」
「安心せよ、ご当主」
デウスが父に語りかける。
「今夜のオリヱンタルホテルには情報規制をかけてある。それに、各家にはしっかりと口止めをしておく。だから、ご息女の悪業が即座に広まることはない。だが、見逃すわけにもいかない。考えをまとめたうえで、自首するのをお薦めする」
「…………。阿ノ九多羅家ご当主、ご配慮痛み入る。だが、なぜそこまでしてくれるのだ?」
「子の不始末は親の不始末。だが、それを差し引いてもなお、ご当主が被害者であることには違いがないからな。それに」
デウスが愛おしげな目で、会場の端に立つ伍を見つめる。
「伍が、そう望んだからな」
「伍が……」
父が涙を流す。
「……何それ?」
冬姫の頭に血が上った。
「伍に情けをかけられたっていうの? 冬神の巫女たるこのアタシが、余り物の五女に?」
「まだ言うか」
デウスが拳銃を抜いた。
これ見よがしに遊底を引いて、弾薬を装填する。
「不特定多数への【洗脳】。阿ノ九多羅家当主他、多数の華族への【洗脳】。今ここで、極刑に処してやってもいいんだぞ? 俺はもともとそのつもりだったんだ」
「ひっ」
冬姫は尻もちをつく。
伍がデウスのもとへ駆け寄ってきた。悲しそうな顔で冬姫を見たあと、デウスの手に触れて拳銃を下げさせる。
「だが、伍がそんな俺を止めたんだ。『どれだけ非道な行いをしようとも、母が愛した子には違いないから』と」
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