四季神家の【五】女は年下夢魔軍神に溺愛される

(バレたっ!)

 ――【洗脳】?
   ――【洗脳】って言ったか?
     ――【洗脳】ですって!?

 会場がざわめきだす。
 中でも一番食いついたのは、

「【洗脳】だと!? 冬姫、これはいったいどういうことだ!?」

 壁際で物言わぬ人形となっていたはずの、父だ。
 デウスの一言でやや正気を取り戻したらしき父が、宴会場を見回して真っ青になる。

「なんだ、この惨状は!? それに、この酒! ふ、冬姫、お前まさか……あぁ、なんということだ、他家の令息を【洗脳】呪術で陥れるなど、前代未聞の不祥事だ!」
「う、うるさいわねっ。『お願い』だから、お父様は黙っていて!」

 ――ぶわっ

 真っ白な霧が会場中に立ち込める。
 その霧を吸ったとたん、父も、宴会参加者たちも、虚ろな目をして黙り込んだ。

(ふ、ふふふっ、バレたから何だと言うの? このとおり、アタシの【洗脳】呪術は最強なんだから! ほら、デウス様にだって通用して――)

「千代子、今の瞬間、押さえたか?」

 だが、当のデウスにはまるで効いていないようだった。

「それはもう完璧に。写真機と霊力測定機の両方で、しっかり記録しました」

 一方、メイドと伍は一瞬のうちに会場の端まで退避していた。

「退魔師取締法第二二二条――『人ヲ洗脳シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ三年以上ノ懲役ニ処ス』」

 デウスが冬姫の腕をねじり上げた。

「現行犯逮捕だ」

 会場に軍服姿の、布で口元を保護した男たちが乱入してきた。
 男たちが写真を撮りはじめる。
 令息たち、その妻や婚約者たち、そして父は、状況の変化に気づいていない。【洗脳】下にあるからだ。

「痛いっ、離して! アタシは冬神の巫女なのよ!?」
「違う。ただの犯罪者だ」
「違う違う違うっ。アタシは悪いことなんてしてないっ。これには事情があるのっ」
「事情? これほどのことをしでかす、事情? はー……証拠品を押収し終えるまで時間がある。言ってみろ」

 デウスが手を離した。

(しめたっ)

 冬姫は自分の吐息に【洗脳】呪術を混ぜながら、言い訳を始めた。

「アタシには、『四季神家を存続させる』という使命があるの。ほら、上の姉たちが全員嫁いでしまったから、アタシが婿養子をもらって家を継がないといけないの。そのためには、夫となるべき人が必要でしょう?」
「それで、【洗脳】? 配偶者候補を探すなら、普通は相手の人格と向き合うものだと思うが? 見合いなり何なりすればよかったではないか」
「したわよ、もう何十回も! でも、お父様が連れてくる男は、どいつもこいつも愚図な醜男ばかりで――」

『事情』など、口からでまかせだ。
 ただ言葉を吐いて、デウスの脳に【洗脳】を染み込ませることができればよいのだ。

(さっきは効かなかったけど、こうやって時間をかけてやれば――)

 大本命は、デウスだ。
 冬姫はデウスの美丈夫顔に心底惚れ込んでいる。
 デウスを完全に【洗脳】し、その美貌を味わい尽くしたい――それが冬姫の望みだ。
 家のことなど、冬姫はこれっぽっちも考えていない。
 ただ思いついて、話を広げられそうだから口にしているだけだ。

「この夜会で婚約者を手にすることができたとして、その後どうするつもりなんだ?」

 意外にも、デウスが話に乗ってくれた。

「【洗脳】が解けたが最後、婚約者はお前から離れていくだろう」
「【洗脳】し続ければよいだけじゃない」
「お前、まさかそうやって、家族をずっと【洗脳】し続けてきたのか? 何年も?」
「だって、仕方がないじゃないっ。誰もアタシを愛してくれないんだもの。特にお母様は、口を開けば伍のことばっかり! 『伍を虐げるな』、『伍を受け入れろ』、『伍』、『伍』、『伍』!」




「だから、母親を殺したのか?」




「…………っ」

 冬姫はとっさに反論できなかった。

「あ、アタシはそんなこと……」
「……ふ、冬姫?」

 話しかけてきたのは、父だ。
 父の目に、理性が戻ってしまっている。

「今の話は本当か? 雪華はパラノイアを発症したのち、入水自殺した。あの気丈な雪華が、だ」
「う、嘘よ。デウス様の嘘。愛する娘の言うことが信用できないの?」
「少なくとも――」

 父が会場を見回す。冬姫もつられて見回す。
 令息たちが、よだれを垂らしながら宙を見つめている。
 そういえば、六九六アインスの姿が見えない。

「この惨状を見る限り、お前を信じるのは難しい」
「なっ……アタシは悪くないっ。悪いのは、せっかくの夜会をめちゃくちゃにしたデウス様で――」

「お館様」

 メイド服の女が、デウスの隣に立った。

「証拠品の押収が完了しました」
「『家族を数年来【洗脳】し続けてきた』という自白も取れたな」
「ええ、しっかり蓄音できておりますとも」
「さて。こんな茶番は、もう終わりだ」

 デウスがパチンッと指を鳴らした。次の瞬間、会場の窓という窓が一斉に開いた。
 デウスが再び、指を鳴らした。次の瞬間、屋内に冷風が吹き荒れ、酒と【洗脳】の臭いを外へ洗い流していった。

 ――あれ?
   ――ここは?
     ――私はいったい……

 令息たちやその妻・婚約者たちが、正気を取り戻していく。
 床に転がる酒瓶、令息たちの乱れた着衣、軍服姿の男たちが警備している異様な雰囲気。
 彼ら彼女らが困惑し、あるいは悲鳴を上げはじめ、会場が騒然としはじめる。

 ――そういえばさっき、【洗脳】と聴いたような……
   ――そうだ、僕たちは先ほどまで【洗脳】されていた!
     ――犯罪行為だぞ。まさか、四季神家が?

【洗脳】を受けていた間の記憶は、おぼろげながらも残っているのだ。
 彼ら彼女らが、三々五々と会場から散っていく。

「あぁ……あぁぁ……」

 父が膝を突き、頭を抱えた。

「終わりだ。四季神家は一巻の終わりだ」
「安心せよ、ご当主」

 デウスが父に語りかける。

「今夜のオリヱンタルホテルには情報規制をかけてある。それに、各家にはしっかりと口止めをしておく。だから、ご息女の悪業が即座に広まることはない。だが、見逃すわけにもいかない。考えをまとめたうえで、自首するのをお薦めする」
「…………。阿ノ九多羅家ご当主、ご配慮痛み入る。だが、なぜそこまでしてくれるのだ?」
「子の不始末は親の不始末。だが、それを差し引いてもなお、ご当主が被害者であることには違いがないからな。それに」

 デウスが愛おしげな目で、会場の端に立つ伍を見つめる。

「伍が、そう望んだからな」
「伍が……」

 父が涙を流す。

「……何それ?」

 冬姫の頭に血が上った。

「伍に情けをかけられたっていうの? 冬神の巫女たるこのアタシが、余り物の五女に?」
「まだ言うか」

 デウスが拳銃を抜いた。
 これ見よがしに遊底を引いて、弾薬を装填する。

「不特定多数への【洗脳】。阿ノ九多羅家当主他、多数の華族への【洗脳】。今ここで、極刑に処してやってもいいんだぞ? 俺はもともとそのつもりだったんだ」

「ひっ」

 冬姫は尻もちをつく。
 伍がデウスのもとへ駆け寄ってきた。悲しそうな顔で冬姫を見たあと、デウスの手に触れて拳銃を下げさせる。

「だが、伍がそんな俺を止めたんだ。『どれだけ非道な行いをしようとも、母が愛した子には違いないから』と」




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