四季神家の【五】女は年下夢魔軍神に溺愛される

 夜、オリヱンタルホテルの洋風宴会場にて。

(うふふっ、さ・い・こ・うっ!)

 冬姫(ふゆき)はこの世の春を謳歌していた。
 護国十家を始めとする名家の令息たちが、冬姫の美しさを讃え、揉み手ですり寄ってくるからだ。

「なんと美しい! あなたは地上で輝く星だ。天の川の輝きでさえ、あなたの前ではくすんで見える」

 そう言って冬姫の手の甲に頬ずりしてくるのは、

一文字(いちもんじ)家の三男。三男ってところは悪条件だけれど、家柄は十分だし顔も悪くない。ひとまず、駒の一つとして確保しておきましょう)

「あなたはまさしく天女。いえ、異人の神話に聞く美の女神アフロディーテです」

 そう言ってもう片方の手に口づけしてくるのは、

五里(ごり)家の当主の孫息子。顔はイマイチだけど、家柄は十分だし、何よりいずれは当主になる。コイツも確保ね)

 ――冬姫様!
   ――冬姫嬢!
     ――冬神の巫女様!

 男たちは冬姫の『愛』が詰まった美酒に酔いしれ、冬姫を『女神』と讃える。
 一文字、
   二双(ふたまた)
     三ツ目、
       五里、
         七宝(しっぽう)
           八岐(やつくび)
             十月(じゅうげつ)
 護国十家の令息たち――この国最高峰の『良縁』たちが、冬姫の容姿や衣装を褒めてくれるのだ。

 冬姫は今、流行りのチューリップ柄の着物で着飾っていた。
 髪は流行りのマーガレット結び(マガレイト)にしており、真っ赤なリボンと黄色いリボンで飾っている。
 白粉は抜かりなく、唇には真っ赤な朱を入れている。
 服飾も化粧品も、すべて父に買わせたものだ。

「ブドウ酒を、ブドウ酒をくださいっ。どうすればおかわりを頂けますか? あなたの手に口づけしたいのに、両手とも塞がってしまっていて」
(コイツは……七宝家の分家の次男。カスね。しかも、アタシの美しさよりも酒のほうに酔っている)

 冬姫は鼻で笑ったあと、

「アンタはアタシの足でも舐めてなさい」

 と、七宝家の倅を足蹴にした。

「ああっ、冬姫様、そんなご無体な」

 良家の令息たちが、我を忘れて一人の娘に群がる――そんなありえない光景を見せつけられ、真っ青な顔でブルブルと震えてるのは、それら令息たちの細君や婚約者たちだ。
 夜会には当然、細君や婚約者が一緒に参加する。
 だが、当の女性たちにも冬姫の【洗脳】呪術が効いているため、女性たちの怒りが冬姫に向かうことはない。
 結果、女性たちは自身を責めるか、もしくは男性へ怒りを向けることとなり、地獄のような状況が夜会の会場に現出している。
 異性を自由にできる快感と、同性を虚仮(こけ)にできる快感。
 その二つを同時に浴びることができて、冬姫はとても気持ちがよい。

(コイツは二双家、コイツは八岐家。どいつもこいつも既婚者か婚約者持ちなのが玉に瑕だけれど……まぁ、離縁させればよいだけの話よね。男どもの心はもう、つかんだ。アタシがちょっと『お願い』すれば、誰だって、どんなお願いでも聞いてくれるんだから)

【洗脳】入りの酒で操った相手の人生を、壊す。
 そのことに対して、冬姫は塵芥(ちりあくた)ほどの悪意も感じていない。もちろん、罪悪感も。
 冬姫は常に、『自分は正しい』を前提に物事を考える。
『正しい自分』に対して世界が反発する場合、その反応は『正しくない』。
 だから、世界を【洗脳】して『正す』のだ。
 この五年間、もうずっとそうやって生きてきた。
 だから冬姫には、『物事をちゃんと考える』という習慣がない。
 あらゆることが『正しい』か『正しくないか』の二極で説明できるからだ。
 誰かを【洗脳】することに対する罪悪感は、ない。
 自分は常に正しい行いをしているからだ。

(けれど――)

 唯一、六九六(むくろ)家の若き当主・アインスだけは、冬姫に対して露骨にすり寄ってはこなかった。
 今も、会場の片隅でチビチビと【洗脳】入りのブドウ酒をやっている。

(とはいえ――)

 不快な感じはしない。
 ニコニコしながら、こちらに好意的な視線を向けてくれているからだ。
【洗脳】は正常に機能している。

(きっと奥手な性格なのね。そんな彼を徹底的に【洗脳】して、アタシに溺れさせてみたい。くふふっ、どんな顔で甘えてくれるのかしら?)

 六九六アインス。
 前当主が早世したため、急遽当主となった男だ。
 確か、年は二十代半ば。
 未婚。

(未婚の当主。条件は最高ね。何よりも――)

 その美麗な容姿が、冬姫の胸をざわめかせた。
 銀髪碧眼。
 その名と容姿が示すとおり、異人とのハーフだ。
 綺麗な二重まぶた、高い鼻。涼し気な顔たち。まるで、西洋の騎士道物語から飛び出してきたのかと思えるほどの美丈夫だ。

(美丈夫といえば、デウス様はまだ来ないの? 阿ノ九多羅(あのくたら)家の若き当主。今日の夜会の大本命。デウス様にアタシの美酒を飲ませて、酔わせて、アタシに侍らせるの。伍ったら、どんな顔をするのかしらね? 早く見たいわっ)

 伍が家を出ていってしまってから、ずいぶんになる。
 冬姫は伍の、冷や汗を浮かべた可哀想な顔に餓えていた。

(それにしても、遅いわね。冬神の巫女たるこのアタシを待たせるなんて、伍ったら何様のつもり? まだ『教育』が足りていなかったのかしら?)

 そのとき、会場の扉が開いた。

「阿ノ九多羅家ご当主様ならびに婚約者様のお越しです」

 ホテルのボーイが声を張った。

(来たっ。ふふん、伍ったらどんな貧相な格好で――なっ!?)

 視界に飛び込んできたのは、着飾った伍の姿だった。
 それも、冬姫ですら買ってもらえなかった上等な洋風夜会服――ドレスに身を包んだ伍だ。
 真っ赤なドレスがふわりと揺れ、会場の電灯に照らし出されてキラキラと輝いている。

(あ、あんなドレス、いったいいくらすると……しかも、あの大粒の真珠は何!? 伍のくせに、なんて生意気なっ)

 冬姫は嫉妬と怒りで頭がおかしくなりそうになる。
 だが、伍をヱスコートするデウスの姿を見て、いったんは怒りを収めた。

(そ、そうよ、今はデウス様のことよ)

 冬姫は令息たちを振り払い、あるいは足蹴にして立ち上がった。

「ようこそ、デウス様っ。あなた様にお会いできるのを、この冬姫、心から楽しみにしておりました」

 デウスの元に駆け寄って、彼の腕にすがりつこうとする。
 が、

「……ひどい臭いだな」

 デウスがよけた。
 冬姫はつんのめり、転びそうになる。

「……え?」
「臭い、と言ったんだ」
「えっ、えっと……このとおりお酒を嗜んでおりますから」

 冬姫はボーイにワインの瓶とグラスを持ってこさせた。

「ささ、デウス様も一献。飲めば臭いも気にならなく――あんっ」

 デウスが冬姫の手から、酒瓶を奪い取った。

「乱暴なデウス様も素敵――え?」

 冬姫は呆けた。
 デウスが酒を、飲むのではなく見知らぬ紙切れに垂らしたからだ。
 冬姫の『愛』が詰まった美酒で濡れた紙切れが、みるみるうちにどす黒く染まっていく。

「確定だな。ほら、千代子、証拠品として押収しろ」
「ははっ」

 いつの間にか、デウスの隣に見知らぬ女が立っていた。メイド姿の女が。

「ちょっと、誰よアンタ!?」
「……まったく」

 冬姫の戸惑いを置いてけぼりにして、デウスがため息をついた。

「これじゃ、証拠品・証拠映像の万国博覧会だ。人員と時間をかけて調査したのが馬鹿みたいじゃないか」
(証拠? デウス様は何を言っているの? まさか――)




「それにしても、臭い。これが【洗脳】の臭いか」