四季神家の【五】女は年下夢魔軍神に溺愛される

「話を少佐殿とリリス様に戻しましょうか。
 二人は『ヱクソシストとグランドデビル』。水と油どころか、本来は殺し合うべき間柄です。そのため、当初、少佐殿はリリス様に猛反発していました。ですが、リリス様が人類に仇なす存在ではないことを知ると、今度はリリス様に急接近していきました。
 理由はいくつかあるのですが、まぁ、坊っちゃんのあの恐ろしいほどの美丈夫顔を見れば分かるでしょう?」
「嗚呼……」

 あのゾッとするほどの容姿の、女性版。
 さぞかし魔性の美女だろう。

「しかも、お体つき――乳房がまた、悪魔的に大きくて。少佐殿はおっぱいソムリヱなところがございましたから。十三歳児の未熟な自制心など、まぁ鎧袖(がいしゅう)一触(いっしょく)でしたね。私も少佐殿の部下の時代には乳房を武器に迫ったものでしたが、陛下のおっぱいにはまるで歯が立ちませんでした」
「まぁ」
「そういえば、伍様もなかなかのものをお持ちですね」
「えっ!? えーと、そのようなことは……」
「まぁでも、今はまず、栄養をたくさんつけていただく段階でしょうか。頬も痩けておりますし、腕など折れそうなほど細くて。見ていて不安になります。しっかり食べて、しっかり寝ましょうね」
「は、はぁ」
「少佐殿の血を引いていますから、坊っちゃんも間違いなくおっぱいソムリヱですよ。昨晩だって、伍様をおんぶしながら『約得だ』とか考えていたに違いありませんって」
「え、えぇ……」

「話を戻します。とにかく、哀れなる少佐殿は、三つも年上の異人女に、情緒という情緒を破壊し尽くされてしまったのです」
「そうして、相思相愛になられたと?」
「……誠に遺憾ながら、そのとおりです。正直、悔しかったですよ。一年以上も面倒を見てきた可愛い上司が、ぽっと出の異人女――それもデビルなんかにかっさらわれてしまったのですから。それでも、私もリリス様を認めざるをえないと考えました。あのお方には、超極大の霊力や優れた容姿以上に、とてつもなくお強い部分があったからです」
「というと?」

「心」

「こころ……?」
「精神力が、まぁとんでもなくお強かった。どれほど窮地に立たされようとも、あのお方は常に泰然と微笑んでおられました。絶望的な状況でも自暴自棄にならず、ユーモアと笑顔を忘れない――それは、軍を率いる指揮官や、国を率いる王の資質です。
 だって、考えられますか? たった十六の小娘が、重臣に裏切られ、家族を皆殺しにされ、国を奪われ、着の身着のままで逃げ延びた先が、神戸だったのです。そこで全周囲を仮想敵――ヱクソシストに囲まれながらも、あのお方は笑顔とユーモアを絶やさず、あの手この手で少佐殿や旅団員たちの心を絆し、あれよあれよという間に神戸の偶像(アイドル)の座に収まってしまったのですよ」

(わたくしよりも年下だったのに!? わたくしなんて、庭に投げ出されたあのとき、生きることを自らあきらめてしまったというのに)

「少佐殿は、リリス陛下のそういう『強さ』に心底惚れ込んでしまったのですね。リリス陛下が『アスモデウス王国臨時政府』を樹立させてアスモデウス王を名乗ったとき、少佐殿は迷うことなく日本国籍を捨て去り、アスモデウス王国民にして『王配』になりました。つまり、魔王リリス陛下の配偶者ですね」
「ご結婚なさったということですか」
「リリス陛下には『祖国奪還』という大命題があった。だから、恋だの妊娠だの育児だのに注力しているお暇などなかった。ですが、愛し合う男女が想いを我慢し続けるなんて、土台無理な話だったんです。少佐殿と一緒に魔界を飛び回っている間に、お子が――デウス坊っちゃんがお出来になりました。そうして九年前に、坊っちゃんがお生まれになったのです」
「まさか、戦場で?」
「いえ、出産は神戸で――というか、ここで行いました。取り上げたのは、私です」
「千代子様が!?」
「私は数ヵ月先に出産を経験しておりましたから、私を乳母にするよう陛下に進言しました。まぁ、少佐殿を奪った陛下に対する、前向きな復讐ですね」

(す、すごい話を聞かされている……)

「陛下は笑ってお許しくださいました。確か、『あっはっはっ、してやられたのぅ』とかおっしゃってましたっけ。恋敵に乳母を任せるなど、つくづく豪胆なお方です。私は続いて、デウス坊っちゃんを神戸で育てるよう進言しました」
「……え? えっ!? 母子を引き裂くようなことを進言なさったのですか!? どうして!?」
「危険だからですよ。当時、陛下が魔界で保持していた領土――その臨時首都は敵国に半包囲されている状況で、毎日火の雨が降ってくるような有様だったのです。生まれたての赤ん坊を連れていくなど、殺しに行くようなものです」
「な、なんという……」
「しかも、新生アスモデウス王国もまた、生まれたての赤ん坊のごとき状態。体制は安定しているとはとても言えず、坊っちゃんが政変の道具にされる危険性もありました。私の進言を、陛下は受け入れてくださいました」
「リリス様は、どのくらい神戸にいらっしゃったのですか? 数年は旦那様と一緒にいらっしゃったのですよね?」
「一週間ほどでしょうか。立って歩いて走れるようになるや否や、魔界の戦場へと舞い戻っていきました」

「…………。旦那様を置いて?」

「陛下にとって、デウス坊っちゃんは最愛の赤子でした」
「そのとおりです! たった一人の――」
「ですが、リリス陛下にとっては、敵国に捕囚されている何千万人もの臣民もまた、かけがえのない赤子だったのです。出産を控えた一ヶ月間という短い期間でさえ、陛下は戦線を離れることに強い罪悪感を抱いておられるご様子でした」
「…………」

 伍には、その感覚が理解できなかった。
 だが、大魔王リリスの中に想像を絶する葛藤があったことだけは、辛うじて理解できた。

「陛下は、最愛のお子を私に任せてくださったのです。以来九年間、私は全身全霊を懸けて、陛下からの信頼に応えてきたというわけです」

 それは、とてつもなく重い物語だった。
 大魔王リリスと、伊ノ上千代子。
 二人の女性が紡いできた、恐ろしく打算的で、それでいて切ない十年だった。

「とはいえ」

 千代子が紅茶を飲み干し、トポポポポ……と追加を手酌しながら、ニヤリと笑う。

「精神力の強さなら、伍様も負けてはおられませんね?」
「えっ、えっ……? 何の話ですか?」
「聞きましたよ。坊っちゃんに『お前を今後も戦いの道具にする』と言われた直後、『うれしい』とおっしゃったそうですね。それも、実に煽情的な笑顔でもって!」
「わ、わたくしはそんな……っ」
「まぁ、狂気に片足突っ込んでる気もしないでもないですが、『常在戦場』を地で行くのが阿ノ九多羅家、多少狂っているくらいが正気を保てるというもの。つくづく、坊っちゃんは素晴らしいお嫁さんを見つけられたと思いますよ」
「ほ、褒めてらっしゃいますか!?」
「ええ、ええっ。この、狂った女――別の男と結婚して二児を設けつつ、少佐殿への恋慕を忘れられずにいる私、しかも、他ならぬ旦那がその感情を肯定してくれるという夫婦揃っての狂いっぷり。阿ノ九多羅家とは、そういう女がお子の乳母とメイド長と家令を任せていただいている家なのです」
「…………」

 伍は言葉を失っていた。
 が、ふと気づいた。

「……あれ? そもそもの、『若干十歳の旦那様を戦わせている理由』をまだお聞かせいただいておりませんよ?」
「あらあらまぁまぁ、私としたことが。その理由というのは――」