四季神家の【五】女は年下夢魔軍神に溺愛される

 千代子が『LIPTON’S TEA』と書かれた黄色い缶を取り出した。

「イギリスのお紅茶です。お砂糖とミルクを少し入れると、美味しいんですよ」

 広い食堂で二人、(いつつ)と千代子は対面する形で座る。
 千代子がお茶に口をつけたので、伍も少しだけ飲んだ。
 甘さとまろやかさが舌を包み込んだが、のん気に喜ぶ気にはなれない。

「……十年前、神戸の海岸通りに一柱の大悪魔(グランドデビル)が顕現しました。リリス・ド・ラ・アスモデウス陛下――いえ、当時、あのお方は王ではありませんでした。それどころか、反逆者によって父王と母と兄弟を殺され、国を奪われ、身一つで命からがら逃げてきた、十六の少女に過ぎませんでした」

 いきなりの壮絶な展開に、伍は瞠目する。

「さらに二柱のグランドデビルと一柱の魔王がリリス様を追って神戸に現れ、神戸はあわや滅亡の危機に立たされました。そんな危機を救ったのが、『少佐殿』――デウス様のお父君、阿ノ九多羅皆無(カイナ)様です。当時十三歳だった彼は、少佐位の第七旅団員。つまり退魔師、悪魔祓師(ヱクソシスト)でした」

 十年前。
 十三歳の父、阿ノ九多羅カイナ。
 十六歳の母、国を奪われた元王女リリス。

「とはいえ、あれは英雄譚などではありませんでした。少佐殿は任務中にリリス様と遭遇。その直後、反逆者が放った追っ手とリリス様の戦いに運悪く巻き込まれ、死亡したのです」
「……えっ」
「そんな少佐殿を、リリス様が『使い魔』として蘇生させ、使役して追っ手を倒させたのです。話はそれますが、伍様は『霊力総量』というものをご存知ですか?」
「は、はい。確か……」

 冬姫が父から教えられていたところを、過去にちらりと見かけたことがあった。

「一般人で、一単位。
 アヤカシを霊視することが可能な者で、およそ十単位。
 霊力を術に変えて戦える者――退魔師で、最低でも数百単位だったかと」

「そうですね。第七旅団の基準に照らすと、
 港での退魔検疫業務に当たる下士官で数十、
 未受肉の悪霊(デーモン)を祓うことのできる尉官・准士官で数百、
 そして、昨晩のような受肉した悪魔(デビル)と戦える中尉以上で千単位ほど。
 数千もあれば、一騎当千のヱリート扱いです。
 ちなみに、私は今現在、二千弱ですね」

「すごいじゃないですかっ」
「ずいぶん特訓しましたからねぇ。で、当時若干十三歳の少佐殿はというと、一万単位ありました」
「一万!?」
「化け物かって話ですよね。自信失くしますよ。で、リリス様の霊力総量はというと――」
「……ごくり」




「五億」




「……はい?」
「五億単位です」
「ご、五億っ……そんなにお強いのなら、追っ手を倒すことなど造作もなかったのでは?」
「しかし、リリス様は戦うすべを持たなかった。最強の霊力放出装置である『印章(シジル)』が刻まれた腕を、反逆者の手で切り落とされてしまっていたからです」

「…………」

「そこでリリス様は、代わりに少佐殿に戦わせることにしました。戦いに巻き込まれて死亡した少佐殿を見かけて、『どうせ助からないのなら』と、数百万、数千万、数億もの霊力を少佐殿に注ぎ込んだのです。結果、少佐殿は見事に黄泉帰った。臨死体験によって覚醒した霊体に何億もの霊力を注ぎ込まれた結果、霊力総量数億の怪物として生まれ変わったのです。かくして少佐殿は――、
 追っ手を倒し、
 アスモデウス家を裏切った反逆者を倒し、
 反逆者をそそのかした隣国の魔王の分体をも倒したのです。
 そうして、神戸に平和が戻ってきました」

 千代子がニヤリと笑う。

「この状況、何かに似ていると思いませんか?」
「というと?」
「霊力お化けの女性が、男性に霊力を口移しし、男性に力を与える構図ですよ」
「……っ!」
「実は見てたんですよね、私。オリヱンタルホテルの看板の上で、それはもう熱烈な口づけを交わしていましたね?」
「あ、あれはっ」
「坊っちゃんが一時離脱してから戻ってきたとき、直視できないほどの強烈な霊力を身にまとっていました。かなり強烈なやつをぼっちゃんの唇にぶちかましましたね?」
「それは……つい、気持ちが昂ぶってしまいまして」
「うふふっ。まぁ夫婦なのですから何の問題もございません。もう数年もすれば坊っちゃんも精通しますし、さらに数年すれば法的にも結婚可能な十七歳。楽しみですね?」
「~~~~っ!」

 伍は顔が熱い。

「ちなみに、伍様を守護しておられるという神様の霊力総量は、いかほどなのでしょうか? もし差し支えなければ、阿ノ九多羅家を、第七旅団を、神戸を支える者の一人として確認しておきたいのですが」
(さかい)様、お伺いしてもよろしいですか?)
『現時に換算すると――ざっと十億だな』

 境が伍の心に直接答えた。

「十億!?」
「えっ」

 女二人が固まった。
 数秒して、

「ふっふっふっ……」

 と、千代子が笑い出した。

「あははははっ! 坊っちゃんは本当に素晴らしい伴侶を捕まえましたね! これで神戸は、向こう五十年は安泰です! ……と、失礼いたしました。坊っちゃんにも私どもにも、伍様を道具扱いするつもりは露ほどもございませんので、その点はどうぞご安心ください。お茶のおかわりはいかがですか?」
「は、はい。いただきます」