四季神家の【五】女は年下夢魔軍神に溺愛される

 夜の海風が(いつつ)の頬を打つ。
 空にいくぶん近いため、伍は風をより強く感じる。

「さぁ、レッドドラゴンのお出ましだ」

 デウスが伍のすぐそばで囁いた。
 すぐそば、というより、伍はデウスと密着している。
 デウスにおんぶされているのだ。
『デウスに密着すること』――それが、デウスが出した条件だった。
 いわく、

『俺の【小十字防護結界】ならブレスの直撃だって耐えられる。霊力の補給もできるから、一石二鳥だ』

 とのこと。

「わっわっ……」

 グラリと揺れたので、伍は気が気でない。
 デウスは今、伍をおんぶしたまま極めて高い場所――あろうことか電柱の上に立っているのだ!

「【偉大なる軍神スカンダの剣・ニュートンの林檎・オン・イダテイ・タモコテイタ・ソ
ワカ――韋駄天の下駄】!」

 デウスの詠唱とともに、彼の脚を霊力が覆う。

「揺れるぞ」

 と口にするや、デウスが跳んだ――いや、『飛んだ』。

「ひゃぁあああああああっ!?」
「舌を噛むなよ、伍!」

 飛んだのだ。二人の体が夜空に舞い上がった。
 電柱の上、
   瓦屋根の上、
    『ORIENTAL HOTEL』の看板の上。
 様々な高所を、デウスがピョンピョンと飛び移っていく。
 伍は目を回しながらも、デウスの首に必死にしがみつく。はしたないとか恥ずかしいとか、そんなことを言っている場合ではない。

「見えるか、伍?」

 看板の上に立つデウスが、南の海上を指差した。
 海岸通りのその先――探照灯に照らし出された海上に、大小様々な影が蠢いていた。

「ひっ」
「受肉したアヤカシを見るのは初めてか? あれが、西洋アヤカシ――神戸の敵『悪魔(デビル)』どもだ」
「で、でびる……」
「あの三叉のやりを持っている奴は、『マレブランケ』。丁種デビルだ。最弱種だが、アレが一体でも神戸の街深くに入り込んだが最後、民間人は大虐殺の憂き目に遭うだろう」
「……え」
「あのちっこい集団は、『グレムリン』の群れ。同じく丁種デビルだ。そして、あの空飛ぶ石像は、『ガーゴイル』。先の二種より脅威度が一段階上の丙種デビル。銃弾をも弾くほどの頑強さを持つ」

 伍は、恐ろしくなった。
 探照灯に照らし出された神戸海上。
『一体でも街に入れば民間人大虐殺』という脅威が、ざっと見ただけでも数百体は飛んでいたからだ。
 しかも、そんなデビルたちの背後にいるのは、空をも覆い尽くすほどの巨大な――

「……れ、レッドドラゴン」
「そう。あれこそは、悪しき赤竜。俺たちの宿敵だ」

 デウスが耳元で囁く。

「怖いか、伍? 怖いなら、今からでも戻って――」
「ば、馬鹿にしないでくださいっ」
「……ちっ。怖がらせて戻らせる作戦は、失敗か」
(まったく……お優しいんだか意地悪なんだか)

 伍の胸が熱くなる。
 同時に、へその下――丹田がじんわりと温かくなった。

「おっ!? すごい霊力だ。もったいないから、もらうぞ」
「はい」
「【吸魔(マナドレイン)】」

 伍は、体が少し軽くなった。

「では俺も、格好よいところを見せるとするか。落ちないように気をつけてくれ」

 デウスが伍をオリヱンタルホテルの屋上に下ろした。
 続いて、

「【色即是空(しきそくぜくう)空即是色(くうそくぜしき)――虚空庫】」

 デウスが虚空に手を突っ込み、小銃を引っ張り出した。
 千代子が背負っていた物と同じ、伍の背丈ほどの長大な小銃だ。
 デウスは小銃を左腕で保持。
 続いて、右手の二本指を、まるで剣のように鋭く伸ばして額に当て、

「【御身の手のうちに】」

 と厳かに詠唱した。
 デウスの指先が、白い光を帯びはじめる。

「【御国(みくに)と】」

 続けて二本指をへそへ、

「【力と】」

 左肩へ、

「【栄えあり】」

 右肩へ当てる。
 今や指先は、直視できないほどの輝きを帯びている。
 デウスは両腕で小銃を構え、輝く指先を引き金に添えて、

「【永遠に尽きることなく――AMEN】」

 デビルの群れに向けて、撃った。




 ――ドゥウッ!




 次の瞬間、巨大な光の槍が海上を貫いた。
 体に大穴を空けたデビルたちが、バタバタと海に落ちていく。

「す、すごい……すごいすごいっ、すごいです、デウス様! ……デウス様?」

 デウスが返事をしてくれないので、伍は不安になった。

「……は?」

 当のデウスは、自分の一撃によって大混乱に陥っているデビルの群れを眺めながら、呆然としている。

「……はぁあああああっ!? いやいやいや、いくら完全詠唱したとはいえ、『通常天使弾(ヱンジェルバレット)』じゃ一発で一体倒せるかどうかのはずなんだぞ? それが……えぇぇ? 試しにもう一度。【AMEN】ッ!」

 ――ドゥウッ!

「また出た! なんて威力だ!」

 デウスが、子どものように顔をキラキラさせている。

「すごいっ、すごいぞ、伍! とんでもない量の霊力だ!」
「ええと、デウス様のお力ではないのですか?」
「伍の霊力のおかげさ。【AMEN】! 【AMEN】!」

 ――ドゥウッ!
   ――ドゥウッ!

「あははっ! 面白いように敵が落ちていく! 【AME――うっ」

 デウスがよろめいた。

「デウス様!?」
「霊力枯渇だ。はしゃぎすぎたな。伍、霊力をもらえるか?」
「どうぞ、お好きなように吸ってください」

 ――ウガァァアァアアアアアアッ!
   ――ギャギャギャッ!

 怒り狂ったデビルどもが、二人に迫りつつある!

「時間がない。強引にするぞ」
「きゃっ」

 伍はデウスに抱き寄せられた。
 口づけされる。

「んっ」

 ものすごい勢いで、伍の霊力が吸い上げられる。

「ぷはっ。伍、俺の背中に。急げ!」
「はい!」

 伍はデウスの背中にしがみつく。
 デウスが夜空へと舞い上がった。

「【AMEN】! 【AMEN】! 【AMEN】!」

 電柱や屋根の間を飛び交い、敵の群れから距離を取りながら、デウスが敵の数を減らしていく。

「悪い、また霊力切れだ。もらうぞ」
「は、はいっ。んんっ」

 屋根の上で、
   物陰で、
     そしてまた、『ORIENTAL HOTEL』の看板の上で。
 居留地中に展開する旅団員たちの目を盗みながら、二人は口づけを繰り返す。
 デウスが自分を必要としてくれている――そのことがたまらなくうれしくて、伍はデウスの求めに応じる。
 血と硝煙の臭いが立ち込める戦場で、二人は何度も求め合う。

「あははっ」

 空を舞い、光の槍でデビルたちを薙ぎ払いながら、デウスが笑った。

(デウス様が喜んでおられる。うれしい)

 たとえ今夜限りでお役御免になるのだとしても。
 一時でもデウスに恩返しをすることができて、伍はうれしかった。




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