一時間経っても、二時間経っても、デウスは現れなかった。
伍はますます心配になりながら、自室で一人、デウスを待ち続けた。
(わたくしは、レッドドラゴンとの戦いのために連れてこられた)
(戦いが終わったら、わたくしはお役御免だ)
(わたくしは、四季神家に戻されてしまうのだろう)
(わたくしとデウス様の婚約というのも、わたくしをここへ連れてくるための方便だったのね)
方便――……つまり、嘘。
やがて窓の外が夕焼けに染まりだし、さらには暗くなりはじめたころ、
――コン、コンコン
と、ドアがノックされた。
「俺だ。悪い、遅くなった」
「い、いえっ」
伍はデウスを自室に招き入れる。
心の臓が、痛い。
「大事な話があるんだ。実は……」
デウスが口を開いた。が、
「その……伍、実はだな」
デウスがなおも言い淀む。
よほど言い出しにくいことなのだ。
「実は、お前にここに来てもらったのには理由があって――」
(あぁ……デウス様のお言葉を遮りたい。すがりついて、『捨てないで』と叫びたい。けれど、わたくしにはそんな資格なんて……)
伍がすべてをあきらめ、受け入れようとした、そのとき。
――ヴゥゥゥウウゥウウゥウウウウウウゥウウウウウウウウウウウウウゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウゥウウウウゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウッ!
と、不吉なサイレンの音が、部屋を、阿ノ九多羅邸を、外国人居留地を貫いた。
「くそっ、もう来たのか! 伍、悪い。話はあとだ」
デウスが部屋を飛び出す。
伍は慌ててデウスについて行く。
デウスが阿ノ九多羅邸の外に出た。
そこには、何百人もの軍人たちが整然と整列していた。
「いよいよ決戦だ!」
先ほどまでの戸惑った様子はどこへやら、旅団長としての凛々しい顔つきになったデウスが、彼が指揮する部下たちの前で勇ましく演説する。
「この三ヵ月間、我々はあの憎きレッドドラゴンに苦汁をなめさせられ続けてきた。だが、それも今日までだ!」
デウスが腰の軍刀を抜刀し、勇ましく振り上げた。
「皇国の興廃、この一戦にあり! 各員、いっそう奮励努力せよ!」
――おぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!
隊員たちが声を上げる。
部下の士気が高まったのを確認したデウスが、高らかに告げた。
「総員、出撃!」
隊員たちが、各自の持ち場へと一斉に動き出す。
隊員たちが居留地の各建物の扉に十字架をぶら下げると、光の盾が現れ、その建物を包み込んだ。
流れるような所作で、隊員たちが居留地の防備を固めていく。
「よし。あとはレッドドラゴンの到達を待つばかり――わっ、なんで伍までついて来てるんだ!?」
「あ、あのっ」
先ほど、デウスの言葉をサイレンが遮ったことに、伍は運命めいたものを感じていた。
あきらめるにはまだ早い、と考え直したのだ。
(卑怯な考え方かもしれない。けれど、これは好機。捨てられたくない。お役に立てると証明したい!)
だから伍は、震えながらも声を張り上げた。
「わたくしも行きます!」
「えええっ!?」
仰天のデウス。
「何を考えているんだ、伍!? 危険過ぎる。お前は自室に避難していろ」
(確かに、危険な目に遭うかもしれない。怪我をするかもしれない。死んでしまうかも……でも、それでも、四季神家に戻されるよりはずっとマシよ!)
デウスの言葉に逆らうのは、勇気が要る。
だが、伍は頑張った。
「で、ですが、デウス様は戦われるのですよね? 魔術をお使いになるんですよね?」
「そうだが、それが?」
「では、霊力が足らなくなるかもしれません。そんなとき、わたくしがおそばにいれば、すみやかに霊力を回復させることができます」
「そうきたか……それはまぁ、そのとおりだ」
「レッドドラゴンは強敵なのですよね? 今夜、絶対に倒しきらなければならない相手なのですよね? 霊力を潤沢に使えたほうが、勝てる見込みが高まるとわたくしは思います」
「うっ……そのとおりだ。だが、だからといってお前を危険に晒すわけには――」
「よいではないですか」
援護してくれたのは、千代子だ。
彼女はメイド服にもかかわらず、彼女の背丈ほどもある長大で無骨な小銃を背負っている。
戦うつもりなのだ。
「阿ノ九多羅家の女になる以上、戦いを避けては通れません。ご本人にやる気がおありのうちに、戦いに慣れていただくべきかと」
「そう、そうです。千代子様の言うとおりです」
「そうは言ってもだな……」
「それにっ」
伍はトドメの一言を口にした。
「いざとなれば、境様が守ってくださいますからっ」
「ううっ、それを言われると……俺だって境様のお力を疑っているわけでは……はぁ、分かったよ。伍、お前の出撃を特別に許可する」
「っ。ありがとうございます!」
(ごめんなさい、境様。卑怯な形でお名前をお借りしてしまいました)
伍が心の中で謝ると、
『いいってことよ』
と、境が返事をしてくれた。
「連れていくとは決めたものの、どうするか。目を離すのは不安だし……そうだ!」
デウスがニヤリと笑った。
「伍、恥ずかしいかもしれないが、我慢してもらうぞ。無理を言い出したのは、お前が先なんだからな」
「えっ……えっ!?」
伍はますます心配になりながら、自室で一人、デウスを待ち続けた。
(わたくしは、レッドドラゴンとの戦いのために連れてこられた)
(戦いが終わったら、わたくしはお役御免だ)
(わたくしは、四季神家に戻されてしまうのだろう)
(わたくしとデウス様の婚約というのも、わたくしをここへ連れてくるための方便だったのね)
方便――……つまり、嘘。
やがて窓の外が夕焼けに染まりだし、さらには暗くなりはじめたころ、
――コン、コンコン
と、ドアがノックされた。
「俺だ。悪い、遅くなった」
「い、いえっ」
伍はデウスを自室に招き入れる。
心の臓が、痛い。
「大事な話があるんだ。実は……」
デウスが口を開いた。が、
「その……伍、実はだな」
デウスがなおも言い淀む。
よほど言い出しにくいことなのだ。
「実は、お前にここに来てもらったのには理由があって――」
(あぁ……デウス様のお言葉を遮りたい。すがりついて、『捨てないで』と叫びたい。けれど、わたくしにはそんな資格なんて……)
伍がすべてをあきらめ、受け入れようとした、そのとき。
――ヴゥゥゥウウゥウウゥウウウウウウゥウウウウウウウウウウウウウゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウゥウウウウゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウッ!
と、不吉なサイレンの音が、部屋を、阿ノ九多羅邸を、外国人居留地を貫いた。
「くそっ、もう来たのか! 伍、悪い。話はあとだ」
デウスが部屋を飛び出す。
伍は慌ててデウスについて行く。
デウスが阿ノ九多羅邸の外に出た。
そこには、何百人もの軍人たちが整然と整列していた。
「いよいよ決戦だ!」
先ほどまでの戸惑った様子はどこへやら、旅団長としての凛々しい顔つきになったデウスが、彼が指揮する部下たちの前で勇ましく演説する。
「この三ヵ月間、我々はあの憎きレッドドラゴンに苦汁をなめさせられ続けてきた。だが、それも今日までだ!」
デウスが腰の軍刀を抜刀し、勇ましく振り上げた。
「皇国の興廃、この一戦にあり! 各員、いっそう奮励努力せよ!」
――おぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!
隊員たちが声を上げる。
部下の士気が高まったのを確認したデウスが、高らかに告げた。
「総員、出撃!」
隊員たちが、各自の持ち場へと一斉に動き出す。
隊員たちが居留地の各建物の扉に十字架をぶら下げると、光の盾が現れ、その建物を包み込んだ。
流れるような所作で、隊員たちが居留地の防備を固めていく。
「よし。あとはレッドドラゴンの到達を待つばかり――わっ、なんで伍までついて来てるんだ!?」
「あ、あのっ」
先ほど、デウスの言葉をサイレンが遮ったことに、伍は運命めいたものを感じていた。
あきらめるにはまだ早い、と考え直したのだ。
(卑怯な考え方かもしれない。けれど、これは好機。捨てられたくない。お役に立てると証明したい!)
だから伍は、震えながらも声を張り上げた。
「わたくしも行きます!」
「えええっ!?」
仰天のデウス。
「何を考えているんだ、伍!? 危険過ぎる。お前は自室に避難していろ」
(確かに、危険な目に遭うかもしれない。怪我をするかもしれない。死んでしまうかも……でも、それでも、四季神家に戻されるよりはずっとマシよ!)
デウスの言葉に逆らうのは、勇気が要る。
だが、伍は頑張った。
「で、ですが、デウス様は戦われるのですよね? 魔術をお使いになるんですよね?」
「そうだが、それが?」
「では、霊力が足らなくなるかもしれません。そんなとき、わたくしがおそばにいれば、すみやかに霊力を回復させることができます」
「そうきたか……それはまぁ、そのとおりだ」
「レッドドラゴンは強敵なのですよね? 今夜、絶対に倒しきらなければならない相手なのですよね? 霊力を潤沢に使えたほうが、勝てる見込みが高まるとわたくしは思います」
「うっ……そのとおりだ。だが、だからといってお前を危険に晒すわけには――」
「よいではないですか」
援護してくれたのは、千代子だ。
彼女はメイド服にもかかわらず、彼女の背丈ほどもある長大で無骨な小銃を背負っている。
戦うつもりなのだ。
「阿ノ九多羅家の女になる以上、戦いを避けては通れません。ご本人にやる気がおありのうちに、戦いに慣れていただくべきかと」
「そう、そうです。千代子様の言うとおりです」
「そうは言ってもだな……」
「それにっ」
伍はトドメの一言を口にした。
「いざとなれば、境様が守ってくださいますからっ」
「ううっ、それを言われると……俺だって境様のお力を疑っているわけでは……はぁ、分かったよ。伍、お前の出撃を特別に許可する」
「っ。ありがとうございます!」
(ごめんなさい、境様。卑怯な形でお名前をお借りしてしまいました)
伍が心の中で謝ると、
『いいってことよ』
と、境が返事をしてくれた。
「連れていくとは決めたものの、どうするか。目を離すのは不安だし……そうだ!」
デウスがニヤリと笑った。
「伍、恥ずかしいかもしれないが、我慢してもらうぞ。無理を言い出したのは、お前が先なんだからな」
「えっ……えっ!?」



