それからは大変だった。
伍がデウスに平伏し、これまでの無礼の数々を延々と謝罪しはじめ、仕舞いにはポロポロと涙をこぼすものだから、四人総出で慰めなければならなかった。
千代子が甘い『ホットココア』なる飲み物を持ってきてくれて、その甘さに癒されることで、伍はようやく我に返った。
「も、申し訳ございません……すっかり取り乱してしまって」
「こうなることが分かっていたから、伝えられずにいたんだよ。それを巌が軽々しく暴露したりするから」
「がーっはっはっはっ! これは失礼いたしました、坊っちゃん中将閣下」
「俺は本気で怒っているんだからな!」
(それにしても、デウス様が第七旅団の旅団長様だったなんて!)
『坊っちゃんは第七旅団で一番の高給取りですから』
『気にするな。俺は旅団一の高給取りだからな』
いや、思い返してみれば、デウスたちは隠してなどいなかった。
そもそも、昨晩、デウスは軍服を着ていた。
(確か、チンダイさんは軍服の袖章で階級を識別していたはず。デウス様のお袖のほうが、伊ノ上少将様のお袖よりもいくぶん豪華だったような?)
「奥様も落ち着かれたことですし、軍議を始めましょう」
田中大佐がテーブルに大きな地図を広げた。
四人がテーブルを取り囲む。
伍は邪魔にならないよう、壁際で静かにしていた。が、
「何してる? 伍も来い」
とデウスに言われて驚いた。
「わたくしも参加してよいのですか?」
「当たり前だ。お前はもう、阿ノ九多羅家の一員なのだから」
「は、はいっ」
デウスが右隣――ヱスコート中の伍の居場所――を開けてくれたので、伍はいそいそと大人たちの輪に入った。
敬愛すべき彼らの一員になれたようで、心が踊る。
「分からないことがあれば、遠慮なく聞いてくれ」
「わ、分かりました。さっそくで申し訳ないのですが……デウス様、これは?」
「神戸一円の地図だ。ここが神戸。北にあるのが摩耶山。その東が六甲山。六甲山と摩耶山を併せて六甲山系と言う。で、南のほう、海を挟んだ対岸にあるのが淡路島だ」
「神戸、摩耶山、六甲山、淡路島……」
家に閉じ込められていた伍は、地理に疎い。
伍にとって、母屋と離れと蔵と庭のある四季神家こそが世界の全てだった。
そんな伍は、ほんの一日前に家から飛び出し、馬車で遠く西の神戸にやって来た。
デウスと一緒に夢のような『デヱト』を経験し、世界の広さを痛感した。
だというのに、その神戸もまた、世界のほんの一部に過ぎないというのだ。
急に世界が広がったような感覚に、伍は戸惑う。
だが、であればこそ、遅れを取り戻すために必死に覚えようとする。
「俺たち日本人は、日本アヤカシたちとは敵対していない。そのことは知っているか?」
「は、はい。理由までは存じ上げませんが」
「『六甲山条約』があるからだ。江戸時代末期、開国直前のことだ。後顧の憂いをなくすために、先代の阿ノ九多羅家当主・阿ノ九多羅正覚が六甲山系のアヤカシの王・大神羅王と対決した。結果、正覚が勝利し、幕府有利で講和条約が結ばれたんだ。それが――」
デウスに視線で促され、伍は応えた。
「六甲山条約?」
「そのとおり。伍は覚えがいいな」
「い、いえ」
デウスが伍の頭をなでてくれる。
伍は照れる。
そして、そんな二人を三人の大人たちがニマニマしながら眺めている。
「日本アヤカシは人間を襲ってはならない。代わりに、日本政府は六甲山系を日本アヤカシの住処として認めた。以来六十年間、日本政府は大神家率いる日本アヤカシと友好関係を続けている。まれに人間を襲う個体も現れるが、そういう輩は第ゼロ師団と大神家が共同で処理している」
「第ゼロ師団……」
また、耳慣れない言葉が出てきた。
「第ゼロ師団のことは知っているか?」
「な、何となくは……第七旅団よりも偉い集まり、でしょうか?」
「偉いというより、上位組織と言うべきかな。いくつもの『旅団』が集まって、一つの大きな『師団』になるんだ。分隊、小隊、中隊、大隊、連隊、旅団、師団。日本陸軍には二十個の師団がある」
デウスが紙に書いてくれる。
「日露戦役を戦った、第一~第十六師団。
南満州における鉄道警護・治安維持を務める第十七師団。
久留米で半島と大陸に睨みを利かせている第十八師団。
以上の十八個師団は、『外征』のための師団だ」
「は、はい」
「残る二個師団は、『内鎮』のための師団。
うち一つは、近衛師団。皇居で天皇陛下をお護りしている」
「ええとええと……」
伍はだんだん、こんがらがってきた。
「あぁ、すまない。今までの話は忘れてくれて大丈夫だ。覚えておいてほしいのは、最後の一つにしてゼロ番目の師団――我ら『第ゼロ師団』の存在だ。他の十九個の師団はすべて、人間を相手にしている。一方、第ゼロ師団は人ならざるもの――アヤカシを相手にしているのさ」
「な、なるほど! つまり第ゼロ師団は、退魔家の方々がおられる集団なのですね?」
「そのとおり! 偉いぞ、伍」
デウスが頭をワシャワシャとなでくり回してくれた。
伍はうれしいやら恥ずかしいやら。
「こーらっ、坊っちゃん! 淑女の髪をそう乱暴にするものではありませんよ」
「い、いえ、いいんです、千代子様」
「伍様、嫌なら嫌と、ちゃんと言わないと」
「嫌じゃないと申しますか、その……う、うれしいのでっ」
消え入りそうな声だったが、伍は最後まで言いきった。
「あらあらまぁまぁ!」
「お熱いですなぁ!」
「坊っちゃんにも春が来ましたか」
囃し立てる千代子、伊ノ上少将、田中大佐。
「お、お前たちは黙ってろ!」
頬を染めるデウス。
敬愛するデウスが照れる様子を目の当たりにして、伍は真っ赤になった。
――ぽんっ
――ぽぽぽんっ
伍の喜びや恥じらいの感情に霊力が呼応して、テーブルに花が咲いた。
「あっ、申し訳ありません! すぐに霊力を抑えますので!」
「いいさ、このくらい。気にするな。つらいようなら霊力を吸い上げるが?」
「い、いえっ、今はいいですっ」
デウスの唇の感触を思い出してしまい、いよいよ顔が熱くなる伍である。
「そうか? では、話の続きだ。第ゼロ師団の中には、七つの旅団がある」
デウスが紙に書き出していく。
「神道系部隊の第一旅団、
仏教系部隊の第二旅団、
道教・陰陽系の第三旅団、
対琉球部隊の第四旅団、
対蝦夷部隊の第五旅団、
対半島・大陸の第六旅団――」
「え、ええと……」
「大丈夫、第一~第六までのことは忘れてくれていい。覚えておいてほしいのは、俺が預かるこの『第七旅団』が、第ゼロ師団で唯一、西洋アヤカシを専門にしている部隊ということだ」
「なるほど」
伍がデウスに平伏し、これまでの無礼の数々を延々と謝罪しはじめ、仕舞いにはポロポロと涙をこぼすものだから、四人総出で慰めなければならなかった。
千代子が甘い『ホットココア』なる飲み物を持ってきてくれて、その甘さに癒されることで、伍はようやく我に返った。
「も、申し訳ございません……すっかり取り乱してしまって」
「こうなることが分かっていたから、伝えられずにいたんだよ。それを巌が軽々しく暴露したりするから」
「がーっはっはっはっ! これは失礼いたしました、坊っちゃん中将閣下」
「俺は本気で怒っているんだからな!」
(それにしても、デウス様が第七旅団の旅団長様だったなんて!)
『坊っちゃんは第七旅団で一番の高給取りですから』
『気にするな。俺は旅団一の高給取りだからな』
いや、思い返してみれば、デウスたちは隠してなどいなかった。
そもそも、昨晩、デウスは軍服を着ていた。
(確か、チンダイさんは軍服の袖章で階級を識別していたはず。デウス様のお袖のほうが、伊ノ上少将様のお袖よりもいくぶん豪華だったような?)
「奥様も落ち着かれたことですし、軍議を始めましょう」
田中大佐がテーブルに大きな地図を広げた。
四人がテーブルを取り囲む。
伍は邪魔にならないよう、壁際で静かにしていた。が、
「何してる? 伍も来い」
とデウスに言われて驚いた。
「わたくしも参加してよいのですか?」
「当たり前だ。お前はもう、阿ノ九多羅家の一員なのだから」
「は、はいっ」
デウスが右隣――ヱスコート中の伍の居場所――を開けてくれたので、伍はいそいそと大人たちの輪に入った。
敬愛すべき彼らの一員になれたようで、心が踊る。
「分からないことがあれば、遠慮なく聞いてくれ」
「わ、分かりました。さっそくで申し訳ないのですが……デウス様、これは?」
「神戸一円の地図だ。ここが神戸。北にあるのが摩耶山。その東が六甲山。六甲山と摩耶山を併せて六甲山系と言う。で、南のほう、海を挟んだ対岸にあるのが淡路島だ」
「神戸、摩耶山、六甲山、淡路島……」
家に閉じ込められていた伍は、地理に疎い。
伍にとって、母屋と離れと蔵と庭のある四季神家こそが世界の全てだった。
そんな伍は、ほんの一日前に家から飛び出し、馬車で遠く西の神戸にやって来た。
デウスと一緒に夢のような『デヱト』を経験し、世界の広さを痛感した。
だというのに、その神戸もまた、世界のほんの一部に過ぎないというのだ。
急に世界が広がったような感覚に、伍は戸惑う。
だが、であればこそ、遅れを取り戻すために必死に覚えようとする。
「俺たち日本人は、日本アヤカシたちとは敵対していない。そのことは知っているか?」
「は、はい。理由までは存じ上げませんが」
「『六甲山条約』があるからだ。江戸時代末期、開国直前のことだ。後顧の憂いをなくすために、先代の阿ノ九多羅家当主・阿ノ九多羅正覚が六甲山系のアヤカシの王・大神羅王と対決した。結果、正覚が勝利し、幕府有利で講和条約が結ばれたんだ。それが――」
デウスに視線で促され、伍は応えた。
「六甲山条約?」
「そのとおり。伍は覚えがいいな」
「い、いえ」
デウスが伍の頭をなでてくれる。
伍は照れる。
そして、そんな二人を三人の大人たちがニマニマしながら眺めている。
「日本アヤカシは人間を襲ってはならない。代わりに、日本政府は六甲山系を日本アヤカシの住処として認めた。以来六十年間、日本政府は大神家率いる日本アヤカシと友好関係を続けている。まれに人間を襲う個体も現れるが、そういう輩は第ゼロ師団と大神家が共同で処理している」
「第ゼロ師団……」
また、耳慣れない言葉が出てきた。
「第ゼロ師団のことは知っているか?」
「な、何となくは……第七旅団よりも偉い集まり、でしょうか?」
「偉いというより、上位組織と言うべきかな。いくつもの『旅団』が集まって、一つの大きな『師団』になるんだ。分隊、小隊、中隊、大隊、連隊、旅団、師団。日本陸軍には二十個の師団がある」
デウスが紙に書いてくれる。
「日露戦役を戦った、第一~第十六師団。
南満州における鉄道警護・治安維持を務める第十七師団。
久留米で半島と大陸に睨みを利かせている第十八師団。
以上の十八個師団は、『外征』のための師団だ」
「は、はい」
「残る二個師団は、『内鎮』のための師団。
うち一つは、近衛師団。皇居で天皇陛下をお護りしている」
「ええとええと……」
伍はだんだん、こんがらがってきた。
「あぁ、すまない。今までの話は忘れてくれて大丈夫だ。覚えておいてほしいのは、最後の一つにしてゼロ番目の師団――我ら『第ゼロ師団』の存在だ。他の十九個の師団はすべて、人間を相手にしている。一方、第ゼロ師団は人ならざるもの――アヤカシを相手にしているのさ」
「な、なるほど! つまり第ゼロ師団は、退魔家の方々がおられる集団なのですね?」
「そのとおり! 偉いぞ、伍」
デウスが頭をワシャワシャとなでくり回してくれた。
伍はうれしいやら恥ずかしいやら。
「こーらっ、坊っちゃん! 淑女の髪をそう乱暴にするものではありませんよ」
「い、いえ、いいんです、千代子様」
「伍様、嫌なら嫌と、ちゃんと言わないと」
「嫌じゃないと申しますか、その……う、うれしいのでっ」
消え入りそうな声だったが、伍は最後まで言いきった。
「あらあらまぁまぁ!」
「お熱いですなぁ!」
「坊っちゃんにも春が来ましたか」
囃し立てる千代子、伊ノ上少将、田中大佐。
「お、お前たちは黙ってろ!」
頬を染めるデウス。
敬愛するデウスが照れる様子を目の当たりにして、伍は真っ赤になった。
――ぽんっ
――ぽぽぽんっ
伍の喜びや恥じらいの感情に霊力が呼応して、テーブルに花が咲いた。
「あっ、申し訳ありません! すぐに霊力を抑えますので!」
「いいさ、このくらい。気にするな。つらいようなら霊力を吸い上げるが?」
「い、いえっ、今はいいですっ」
デウスの唇の感触を思い出してしまい、いよいよ顔が熱くなる伍である。
「そうか? では、話の続きだ。第ゼロ師団の中には、七つの旅団がある」
デウスが紙に書き出していく。
「神道系部隊の第一旅団、
仏教系部隊の第二旅団、
道教・陰陽系の第三旅団、
対琉球部隊の第四旅団、
対蝦夷部隊の第五旅団、
対半島・大陸の第六旅団――」
「え、ええと……」
「大丈夫、第一~第六までのことは忘れてくれていい。覚えておいてほしいのは、俺が預かるこの『第七旅団』が、第ゼロ師団で唯一、西洋アヤカシを専門にしている部隊ということだ」
「なるほど」



