四季神家の【五】女は年下夢魔軍神に溺愛される

 十二畳ほどの部屋だ。大きなテーブルと、応接用のソファと机、そして最奥に部屋の主のものであろう執務机が置いてある。
 いずれの家具も、洗練されてはいるが豪華さはなく、質実剛健といった趣き。
 清掃がよく行き届いた、気持ちのよい空間だ。

 部屋の中にいたのは、
 岩山のような偉丈夫と、
 メガネをかけた細身の男性と、
 そして――、

「あっ、千代子(ちよこ)様!」

 千代子だ。
 千代子の姿を認めるや、(いつつ)はデウスの腕を離し、千代子の元に駆け寄った。

「あらあらまぁまぁ。デヱトは楽しくなかったのですか?」
「いえ、そうではないのです。デウス様は優しくて、わたくしにとてもよくしてくださいました」
「それなら、どうして?」
「家にたくさんのチンダイさんがいらっしゃっていて、みなさんがなんだかわたくしを見ているようだったので……」

「がーっはっはっはっ!」

 偉丈夫が大きな声で笑った。
 デウスよりもなお背が高く、肩幅も大きな皇帝ヒゲの壮年男性だ。
 その男性がズズイと伍の前までやって来た。

「みな、阿ノ九多羅(あのくたら)家の奥方がどんな人物なのか興味津々なのです。悪気があってのことではないので、どうかご容赦を」

 偉丈夫は笑顔だが、巨体ゆえの威圧感があった。
 伍は思わず、小さな悲鳴を上げてしまう。

「こーらっ」

 千代子が偉丈夫の耳を引っ張った。

「ア・ナ・タッ、伍様が怖がっているではありませんか」
「おおっ、これは失礼」

 偉丈夫が数歩下がって体を屈めてくれた。威圧感がなくなる。

伊ノ上(いのうえ)(いわお)と申します。以後、お見知りおきを」
「えっ、伊ノ上?」

 千代子が偉丈夫――伊ノ上氏を指差して、

「夫です」

 と言った。

「まぁ! なんて素敵なご夫婦なのでしょう」
「あらまぁ、ありがとうございます。子供は、十歳の長男と七歳の長女がおります。この時間帯は、二人とも尋常小学校ですね」
「お子さんまで。素敵ですねっ」

(わたくしも、いつかデウス様と……)

 伍がロマンス空間に浸りかけていると、もう一人の、メガネをかけた細身の男性が一歩前に出てきた。

「田中秀明(ひであき)と申します。第七旅団の参謀長を拝命しております。階級は大佐。こいつらとは同期でして。だというのにこの大男に一歩先を行かれてしまい、悔しい限り」
「た、たたた大佐様!? あわわっ」

 軍事に疎い伍でも、退魔家の生まれとして退魔専門機関『第ゼロ師団』や対西洋アヤカシ専門機関『第七旅団』に対する最低限の知識は仕込まれている。

(大佐といえば、
 二等卒、
   一等卒、
     上等兵、
 伍長、
   軍曹、
     曹長、
       特務曹長、
 少尉、
   中尉、
     大尉、
 少佐、
   中佐のさらに上!)

 文字どおり、雲の上の存在である。

「ご、ご挨拶痛み入ります。わ、わたくし、四季神(しきじん)伍と申します。本日はお日柄もよひゅっ!?」

 ……舌を噛んでしまった。

「ふふっ、そう緊張しないでください。かしこまらなくても大丈夫です。あなた様は、デウス坊っちゃんの伴侶となられるお方なのですから」
「わ、分かりました。……あの、お二人は同期だったのですか?」
「千代子もです」

 と、伊ノ上氏。

「えっ、千代子様も!?」

 元軍人だったのだ。
 姿勢のよさも、テキパキとした働きぶりも、納得だった。

「懐かしいですなぁ、『少佐殿』にしごかれた日々が! あれぞ、まさしく青春だった」

 伊ノ上氏の言葉に、千代子と田中大佐がうんうんとうなずく。

「『少佐』というのが、俺の父だ」

 デウスが補足してくれる。

「もっとも、のちに名誉元帥になったのだが」
「げ、元帥様!?」
「だが、こいつらが思い出を語るとき、口に出るのはいつだって『少佐殿』という言葉。こいつらの中では、父はいつまでも『少佐殿』のままなのさ」
「大切な思い出なのですね。みな様のお顔色を伺うに、デウス様のお父様はたいそう素敵なお方だったのですね」

「そうなんです!」

 と千代子。少女のように頬を赤らめて、

「初めてお逢いしたころ、少佐殿はまだ若干十二歳で。天使みたいに可愛らしいのに、小憎らしいご性格で、それがまた可愛くて。そのくせ、鬼のようにお強くて。私たちに対するシゴキも、まぁとんでもなくキツかったのです。生まれながらの天才だったんですね。『十二の僕にできるんやから、二十過ぎのお前らも当然できるやろ? な?』って感じで笑顔で詰めてくるのがまた最高にこう……っ、くぅぅっ」

 ブルブルッと身震いする千代子。

嗚呼(ああ)っ、好きだったなぁ。あれは間違いなく恋でした」
(ええっ!? 旦那様の前でそんなこと言って大丈夫なの!?)

「分かる。分かるぞ千代子」

 伍の予想に反し、猛烈に同意する伊ノ上氏。

「私も、女だったら少佐殿に惚れていただろう」
「そのとおり!」

 と、今度は田中大佐。

「我々はみな、少佐殿に恋をしておりました。愛していたのです」
「えええっ!?」
「それを……」

 千代子が口をへの字に曲げる。

「あの泥棒猫……失礼、リリス陛下がかっさらって……失礼、見初められまして」

 千代子の言葉の端々に浮かぶ、とてつもなく重い感情。
 暗い顔をする大人三人だったが、

「まぁ、坊っちゃんのお世話を任せてもらえたので、イーブンといったところでしょうか」

 という千代子の言葉で、パッと明るくなった。

「うむ! 坊っちゃん中将閣下には、我が戦技のすべてを覚えてもらいますぞ」

 伊ノ上氏がデウスの背中をバンバンッと叩く。

「拳を振るうばかりが(いくさ)ではありません。作戦力、統率力もまた、司令官に求められる能力。デウス坊っちゃんには、引き続き我が軍才のすべてを叩き込ませていただきます」

 ニヤリと微笑む田中大佐。

「どいつもこいつも、坊っちゃん呼びはやめろって何度言わせれば気が済むんだ!?」
「「「ふふふっ。坊っちゃん」」」

(あのデウス様が、翻弄されている!)

 デウスが多少うるさがっているところは見受けられるものの、四人はとても仲睦まじい。
 かつての母と伍を彷彿とさせる。

(デウス様のお父様が育てた方々――千代子様、伊ノ上様、田中大佐様が、今はデウス様を支えていらっしゃるのね。とても素敵な縁だわ。……あら?)

 伍はあることに気づいた。

「あの、田中大佐様は今しがた『一歩先を行かれて』とおっしゃいました。すると、伊ノ上様は――」
「少将ですな」

 と伊ノ上。

「将官様!?」

 雲の上の、さらに上だった。

「改めまして、私は陸軍少将の伊ノ上。第七旅団の副長を拝命しております」
「なんと、ここで二番目に偉いお方だったのですね!」

 伍は旅団長の執務机に視線を移す。

「旅団長様はご不在なのですか?」

「あらあらまぁまぁ」
「ふふっ」
「くくくっ」

 三人組が楽しそうに笑った。

「つい先ほどまではご不在だったのですが――」

 伊ノ上少将がデウスの背後に立った。デウスの両肩をバシンッと叩いて、

「たった今、お戻りになられました。阿ノ九多羅デウス中将閣下。我らが第七旅団の旅団長であらせられます」
「……え?」

 伍は理解が追いつかない。
 ギギギギ……ッと音がしそうなほど恐る恐る、隣のデウスを見上げる。

「あー……」

 デウスは気まずそうな顔をしていた。

「その、隠すつもりはなかったんだ。ただ、伍を驚かせたくなかったから……」
「えぇええええええええええええっ!?」