十二畳ほどの部屋だ。大きなテーブルと、応接用のソファと机、そして最奥に部屋の主のものであろう執務机が置いてある。
いずれの家具も、洗練されてはいるが豪華さはなく、質実剛健といった趣き。
清掃がよく行き届いた、気持ちのよい空間だ。
部屋の中にいたのは、
岩山のような偉丈夫と、
メガネをかけた細身の男性と、
そして――、
「あっ、千代子様!」
千代子だ。
千代子の姿を認めるや、伍はデウスの腕を離し、千代子の元に駆け寄った。
「あらあらまぁまぁ。デヱトは楽しくなかったのですか?」
「いえ、そうではないのです。デウス様は優しくて、わたくしにとてもよくしてくださいました」
「それなら、どうして?」
「家にたくさんのチンダイさんがいらっしゃっていて、みなさんがなんだかわたくしを見ているようだったので……」
「がーっはっはっはっ!」
偉丈夫が大きな声で笑った。
デウスよりもなお背が高く、肩幅も大きな皇帝ヒゲの壮年男性だ。
その男性がズズイと伍の前までやって来た。
「みな、阿ノ九多羅家の奥方がどんな人物なのか興味津々なのです。悪気があってのことではないので、どうかご容赦を」
偉丈夫は笑顔だが、巨体ゆえの威圧感があった。
伍は思わず、小さな悲鳴を上げてしまう。
「こーらっ」
千代子が偉丈夫の耳を引っ張った。
「ア・ナ・タッ、伍様が怖がっているではありませんか」
「おおっ、これは失礼」
偉丈夫が数歩下がって体を屈めてくれた。威圧感がなくなる。
「伊ノ上巌と申します。以後、お見知りおきを」
「えっ、伊ノ上?」
千代子が偉丈夫――伊ノ上氏を指差して、
「夫です」
と言った。
「まぁ! なんて素敵なご夫婦なのでしょう」
「あらまぁ、ありがとうございます。子供は、十歳の長男と七歳の長女がおります。この時間帯は、二人とも尋常小学校ですね」
「お子さんまで。素敵ですねっ」
(わたくしも、いつかデウス様と……)
伍がロマンス空間に浸りかけていると、もう一人の、メガネをかけた細身の男性が一歩前に出てきた。
「田中秀明と申します。第七旅団の参謀長を拝命しております。階級は大佐。こいつらとは同期でして。だというのにこの大男に一歩先を行かれてしまい、悔しい限り」
「た、たたた大佐様!? あわわっ」
軍事に疎い伍でも、退魔家の生まれとして退魔専門機関『第ゼロ師団』や対西洋アヤカシ専門機関『第七旅団』に対する最低限の知識は仕込まれている。
(大佐といえば、
二等卒、
一等卒、
上等兵、
伍長、
軍曹、
曹長、
特務曹長、
少尉、
中尉、
大尉、
少佐、
中佐のさらに上!)
文字どおり、雲の上の存在である。
「ご、ご挨拶痛み入ります。わ、わたくし、四季神伍と申します。本日はお日柄もよひゅっ!?」
……舌を噛んでしまった。
「ふふっ、そう緊張しないでください。かしこまらなくても大丈夫です。あなた様は、デウス坊っちゃんの伴侶となられるお方なのですから」
「わ、分かりました。……あの、お二人は同期だったのですか?」
「千代子もです」
と、伊ノ上氏。
「えっ、千代子様も!?」
元軍人だったのだ。
姿勢のよさも、テキパキとした働きぶりも、納得だった。
「懐かしいですなぁ、『少佐殿』にしごかれた日々が! あれぞ、まさしく青春だった」
伊ノ上氏の言葉に、千代子と田中大佐がうんうんとうなずく。
「『少佐』というのが、俺の父だ」
デウスが補足してくれる。
「もっとも、のちに名誉元帥になったのだが」
「げ、元帥様!?」
「だが、こいつらが思い出を語るとき、口に出るのはいつだって『少佐殿』という言葉。こいつらの中では、父はいつまでも『少佐殿』のままなのさ」
「大切な思い出なのですね。みな様のお顔色を伺うに、デウス様のお父様はたいそう素敵なお方だったのですね」
「そうなんです!」
と千代子。少女のように頬を赤らめて、
「初めてお逢いしたころ、少佐殿はまだ若干十二歳で。天使みたいに可愛らしいのに、小憎らしいご性格で、それがまた可愛くて。そのくせ、鬼のようにお強くて。私たちに対するシゴキも、まぁとんでもなくキツかったのです。生まれながらの天才だったんですね。『十二の僕にできるんやから、二十過ぎのお前らも当然できるやろ? な?』って感じで笑顔で詰めてくるのがまた最高にこう……っ、くぅぅっ」
ブルブルッと身震いする千代子。
「嗚呼っ、好きだったなぁ。あれは間違いなく恋でした」
(ええっ!? 旦那様の前でそんなこと言って大丈夫なの!?)
「分かる。分かるぞ千代子」
伍の予想に反し、猛烈に同意する伊ノ上氏。
「私も、女だったら少佐殿に惚れていただろう」
「そのとおり!」
と、今度は田中大佐。
「我々はみな、少佐殿に恋をしておりました。愛していたのです」
「えええっ!?」
「それを……」
千代子が口をへの字に曲げる。
「あの泥棒猫……失礼、リリス陛下がかっさらって……失礼、見初められまして」
千代子の言葉の端々に浮かぶ、とてつもなく重い感情。
暗い顔をする大人三人だったが、
「まぁ、坊っちゃんのお世話を任せてもらえたので、イーブンといったところでしょうか」
という千代子の言葉で、パッと明るくなった。
「うむ! 坊っちゃん中将閣下には、我が戦技のすべてを覚えてもらいますぞ」
伊ノ上氏がデウスの背中をバンバンッと叩く。
「拳を振るうばかりが戦ではありません。作戦力、統率力もまた、司令官に求められる能力。デウス坊っちゃんには、引き続き我が軍才のすべてを叩き込ませていただきます」
ニヤリと微笑む田中大佐。
「どいつもこいつも、坊っちゃん呼びはやめろって何度言わせれば気が済むんだ!?」
「「「ふふふっ。坊っちゃん」」」
(あのデウス様が、翻弄されている!)
デウスが多少うるさがっているところは見受けられるものの、四人はとても仲睦まじい。
かつての母と伍を彷彿とさせる。
(デウス様のお父様が育てた方々――千代子様、伊ノ上様、田中大佐様が、今はデウス様を支えていらっしゃるのね。とても素敵な縁だわ。……あら?)
伍はあることに気づいた。
「あの、田中大佐様は今しがた『一歩先を行かれて』とおっしゃいました。すると、伊ノ上様は――」
「少将ですな」
と伊ノ上。
「将官様!?」
雲の上の、さらに上だった。
「改めまして、私は陸軍少将の伊ノ上。第七旅団の副長を拝命しております」
「なんと、ここで二番目に偉いお方だったのですね!」
伍は旅団長の執務机に視線を移す。
「旅団長様はご不在なのですか?」
「あらあらまぁまぁ」
「ふふっ」
「くくくっ」
三人組が楽しそうに笑った。
「つい先ほどまではご不在だったのですが――」
伊ノ上少将がデウスの背後に立った。デウスの両肩をバシンッと叩いて、
「たった今、お戻りになられました。阿ノ九多羅デウス中将閣下。我らが第七旅団の旅団長であらせられます」
「……え?」
伍は理解が追いつかない。
ギギギギ……ッと音がしそうなほど恐る恐る、隣のデウスを見上げる。
「あー……」
デウスは気まずそうな顔をしていた。
「その、隠すつもりはなかったんだ。ただ、伍を驚かせたくなかったから……」
「えぇええええええええええええっ!?」
いずれの家具も、洗練されてはいるが豪華さはなく、質実剛健といった趣き。
清掃がよく行き届いた、気持ちのよい空間だ。
部屋の中にいたのは、
岩山のような偉丈夫と、
メガネをかけた細身の男性と、
そして――、
「あっ、千代子様!」
千代子だ。
千代子の姿を認めるや、伍はデウスの腕を離し、千代子の元に駆け寄った。
「あらあらまぁまぁ。デヱトは楽しくなかったのですか?」
「いえ、そうではないのです。デウス様は優しくて、わたくしにとてもよくしてくださいました」
「それなら、どうして?」
「家にたくさんのチンダイさんがいらっしゃっていて、みなさんがなんだかわたくしを見ているようだったので……」
「がーっはっはっはっ!」
偉丈夫が大きな声で笑った。
デウスよりもなお背が高く、肩幅も大きな皇帝ヒゲの壮年男性だ。
その男性がズズイと伍の前までやって来た。
「みな、阿ノ九多羅家の奥方がどんな人物なのか興味津々なのです。悪気があってのことではないので、どうかご容赦を」
偉丈夫は笑顔だが、巨体ゆえの威圧感があった。
伍は思わず、小さな悲鳴を上げてしまう。
「こーらっ」
千代子が偉丈夫の耳を引っ張った。
「ア・ナ・タッ、伍様が怖がっているではありませんか」
「おおっ、これは失礼」
偉丈夫が数歩下がって体を屈めてくれた。威圧感がなくなる。
「伊ノ上巌と申します。以後、お見知りおきを」
「えっ、伊ノ上?」
千代子が偉丈夫――伊ノ上氏を指差して、
「夫です」
と言った。
「まぁ! なんて素敵なご夫婦なのでしょう」
「あらまぁ、ありがとうございます。子供は、十歳の長男と七歳の長女がおります。この時間帯は、二人とも尋常小学校ですね」
「お子さんまで。素敵ですねっ」
(わたくしも、いつかデウス様と……)
伍がロマンス空間に浸りかけていると、もう一人の、メガネをかけた細身の男性が一歩前に出てきた。
「田中秀明と申します。第七旅団の参謀長を拝命しております。階級は大佐。こいつらとは同期でして。だというのにこの大男に一歩先を行かれてしまい、悔しい限り」
「た、たたた大佐様!? あわわっ」
軍事に疎い伍でも、退魔家の生まれとして退魔専門機関『第ゼロ師団』や対西洋アヤカシ専門機関『第七旅団』に対する最低限の知識は仕込まれている。
(大佐といえば、
二等卒、
一等卒、
上等兵、
伍長、
軍曹、
曹長、
特務曹長、
少尉、
中尉、
大尉、
少佐、
中佐のさらに上!)
文字どおり、雲の上の存在である。
「ご、ご挨拶痛み入ります。わ、わたくし、四季神伍と申します。本日はお日柄もよひゅっ!?」
……舌を噛んでしまった。
「ふふっ、そう緊張しないでください。かしこまらなくても大丈夫です。あなた様は、デウス坊っちゃんの伴侶となられるお方なのですから」
「わ、分かりました。……あの、お二人は同期だったのですか?」
「千代子もです」
と、伊ノ上氏。
「えっ、千代子様も!?」
元軍人だったのだ。
姿勢のよさも、テキパキとした働きぶりも、納得だった。
「懐かしいですなぁ、『少佐殿』にしごかれた日々が! あれぞ、まさしく青春だった」
伊ノ上氏の言葉に、千代子と田中大佐がうんうんとうなずく。
「『少佐』というのが、俺の父だ」
デウスが補足してくれる。
「もっとも、のちに名誉元帥になったのだが」
「げ、元帥様!?」
「だが、こいつらが思い出を語るとき、口に出るのはいつだって『少佐殿』という言葉。こいつらの中では、父はいつまでも『少佐殿』のままなのさ」
「大切な思い出なのですね。みな様のお顔色を伺うに、デウス様のお父様はたいそう素敵なお方だったのですね」
「そうなんです!」
と千代子。少女のように頬を赤らめて、
「初めてお逢いしたころ、少佐殿はまだ若干十二歳で。天使みたいに可愛らしいのに、小憎らしいご性格で、それがまた可愛くて。そのくせ、鬼のようにお強くて。私たちに対するシゴキも、まぁとんでもなくキツかったのです。生まれながらの天才だったんですね。『十二の僕にできるんやから、二十過ぎのお前らも当然できるやろ? な?』って感じで笑顔で詰めてくるのがまた最高にこう……っ、くぅぅっ」
ブルブルッと身震いする千代子。
「嗚呼っ、好きだったなぁ。あれは間違いなく恋でした」
(ええっ!? 旦那様の前でそんなこと言って大丈夫なの!?)
「分かる。分かるぞ千代子」
伍の予想に反し、猛烈に同意する伊ノ上氏。
「私も、女だったら少佐殿に惚れていただろう」
「そのとおり!」
と、今度は田中大佐。
「我々はみな、少佐殿に恋をしておりました。愛していたのです」
「えええっ!?」
「それを……」
千代子が口をへの字に曲げる。
「あの泥棒猫……失礼、リリス陛下がかっさらって……失礼、見初められまして」
千代子の言葉の端々に浮かぶ、とてつもなく重い感情。
暗い顔をする大人三人だったが、
「まぁ、坊っちゃんのお世話を任せてもらえたので、イーブンといったところでしょうか」
という千代子の言葉で、パッと明るくなった。
「うむ! 坊っちゃん中将閣下には、我が戦技のすべてを覚えてもらいますぞ」
伊ノ上氏がデウスの背中をバンバンッと叩く。
「拳を振るうばかりが戦ではありません。作戦力、統率力もまた、司令官に求められる能力。デウス坊っちゃんには、引き続き我が軍才のすべてを叩き込ませていただきます」
ニヤリと微笑む田中大佐。
「どいつもこいつも、坊っちゃん呼びはやめろって何度言わせれば気が済むんだ!?」
「「「ふふふっ。坊っちゃん」」」
(あのデウス様が、翻弄されている!)
デウスが多少うるさがっているところは見受けられるものの、四人はとても仲睦まじい。
かつての母と伍を彷彿とさせる。
(デウス様のお父様が育てた方々――千代子様、伊ノ上様、田中大佐様が、今はデウス様を支えていらっしゃるのね。とても素敵な縁だわ。……あら?)
伍はあることに気づいた。
「あの、田中大佐様は今しがた『一歩先を行かれて』とおっしゃいました。すると、伊ノ上様は――」
「少将ですな」
と伊ノ上。
「将官様!?」
雲の上の、さらに上だった。
「改めまして、私は陸軍少将の伊ノ上。第七旅団の副長を拝命しております」
「なんと、ここで二番目に偉いお方だったのですね!」
伍は旅団長の執務机に視線を移す。
「旅団長様はご不在なのですか?」
「あらあらまぁまぁ」
「ふふっ」
「くくくっ」
三人組が楽しそうに笑った。
「つい先ほどまではご不在だったのですが――」
伊ノ上少将がデウスの背後に立った。デウスの両肩をバシンッと叩いて、
「たった今、お戻りになられました。阿ノ九多羅デウス中将閣下。我らが第七旅団の旅団長であらせられます」
「……え?」
伍は理解が追いつかない。
ギギギギ……ッと音がしそうなほど恐る恐る、隣のデウスを見上げる。
「あー……」
デウスは気まずそうな顔をしていた。
「その、隠すつもりはなかったんだ。ただ、伍を驚かせたくなかったから……」
「えぇええええええええええええっ!?」



