四季神家の【五】女は年下夢魔軍神に溺愛される

 大正二年、晩秋。

「穢らわしいっ」

 冬姫(ふゆき)が湯呑みを投げつけてきた。
 (いつつ)はよけなかった。よけるとかえって冬姫を怒らせてしまうことを、身をもって知っているからだ。
 茶が着物にかかり、熱い飛沫が伍の頬を濡らしたが、伍は悲鳴を堪えた。

「アンタみたいな忌み子が入れたお茶なんて飲んだら、穢れが伝染(うつ)っちゃうでしょ」

 伍を罵倒するのは、双子の姉・冬姫だ。

「も、申し訳ございません……」

 伍は平伏し、消え入りそうな声で謝罪する。
 体が震える。冷や汗が止まらない。
 居間には父もいる。が、父は新聞紙に視線を落としたまま、何も言ってはくれない。

 伍は、最初からこうなることが分かっていた。
 だが、お茶を持ってこなかったらこなかったで、『気が利かない』と折檻される。
 他の女中たちが持ってきてくれれば済む話なのだが、女中たちは冬姫の支配下にあるため、頼れない。
 冬姫は定期的に、こういうことをする。
 伍をどうにもならない袋小路に追い込んで、いたぶるのだ。
 家中総出で伍をいたぶって、楽しんでいるのだ。

(いいえ。そんなふうに考えては駄目よ、伍)

 伍は自分に言い聞かせる。

(わたくしは忌み子。生かしていただいているだけでも、ありがたいことなのだから。これで、冬姫お姉様のお気が少しでも晴れるのなら……お家のお役に立つことができるのなら、本望よ)

「……失礼いたします」

 伍は湯呑を拾い上げ、部屋を辞した。

 ――出涸らし巫女サマが、今日も空回っていらっしゃるわよ。
 ――あんな忌み子を家に置いておかなければならないなんて、お館様と冬姫様も災難ね。

 廊下で女中たちとすれ違うたび、クスクス笑いが伍の心を刺す。

 伍はいったん自室――屋根裏部屋に寄り、着物の染み抜きをした。
 冬姫が持っている絹の柄物の数々とは対象的に、伍が持っているのは薄っぺらな木綿の一着のみ。
 ツギハギだらけだが、何とか使い続けるしかない。

(今年の冬も、こたえるでしょうね……)

 急いで台所に戻ると、そこに冬姫がいた。

「この愚図、どこをほっつき歩いていたの?」
「も、申し訳ございません……」
「愚図が食後の大事な時間を台無しにしてくれたから、アタシが代わりにお茶を入れにきてあげたのよ。感謝なさい」
「はい」

 冬姫が茶筒を開くが、

「あら、茶葉が切れてるじゃない」

 まだ一回分はあったであろう茶筒を、冬姫が投げ捨てた。
 茶葉が土間に散らばる。
 片付けるのはもちろん、伍の役目である。

「替えの茶葉はどこにあるのよ」

 冬姫が棚という棚を開け放ち、中のものを地面にぶちまけはじめた。
 土間には何人もの女中たちがいる。
 彼女たちが冬姫に場所を教えれば済む話なのに、女中たちは知らんぷり。
 伍が動くのを待っているのだ。

 唯一、最近入ったばかりの新米女中がオロオロとしていた。
 彼女は先輩たちの顔色を伺いつつ、冬姫に進言すべきかどうか悩んでいる様子だ。
 彼女の額には、薄っすらと冷や汗が浮かんでいる。
 見るに見かねた伍が、棚の一つを開いた。

「あ、あの、冬姫お姉様、茶葉はここに」

 運悪く、伍の肩が冬姫にぶつかってしまった。

「近寄らないでよ、穢らわしい忌み子がっ」

 逆上した冬姫が、伍の頬を張った。
 伍は茶葉で足を滑らせ、転んだ。
 その派手な転び方が冬姫の癇に障ったらしく、冬姫が伍の頭を踏みつけようとした。

「お、お嬢様っ」

 新米が冬姫を止めようとする。

「……何?」

 冬姫が新米を睨みつける。

「あぁ、なるほど。あなた、新参者ね? 道理で『馴染んで』いないはずだわ」

 冬姫が怪しく微笑んだ。
 次の瞬間、

 ――ぶわっ

 と、嫌な臭いが伍の鼻を突いた。
 生臭い、水が腐ったような臭いが。
 だが、冬姫も、女中たちも、その臭いには気づいていない様子だ。

(あぁ、まただ)

 そのとたん、新米の伍に対する目が、憐れむような色から蔑むようなそれに変わった。

「そうですわね。こんな忌み子、捨て置くべきですわ」

 ――クスクス
   ――クスクス

 この臭いは、伍の不幸の象徴なのだ。
 嫌なことが起こるとき、何かを失うとき、伍はいつもこの臭いを感じていた。
 特に、三年前――母が亡くなる前夜には、その臭いを強く感じた覚えがある。

(やはり、わたくしは忌み子……この臭いとともに、腐り落ちていくさだめなのね)




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