二人は街に出た。
伍が着ているのは、大奥様のお下がり――矢絣模様の着物にエビ茶色の袴、それに編み上げブーツだ。
(まるで女学生のよう。華やかだけれど、わたくしにはとても似合わないわ)
「そんなことはないぞ。よく似合っている」
「や、やはりデウス様は心が読めるのでは?」
「ふふっ。伍の表情が分かりやすいだけだ」
対するデウスは軍服姿ではなく、白のワイシャツにグレーのスーツ、その上に黒のフロックコートを着込んでいる。
被っているのは山高帽だ。
今日は馬車での移動ではなく、徒歩だ。
というのも、阿ノ玖多羅邸がある外国人居留地から北へ十分も歩けば、神戸で一番栄えている街こと『元町』が見えてくるからである。
「わぁ~っ! デウス様、人がいっぱいです!」
「ふふっ、そうだな」
「それに、街が色とりどりで」
「だな」
黒髪、茶髪、赤毛に金髪。
日本人、アジア人、西洋人、回教人に黒人。
様々な人種が入り混じっている。まさに人種のるつぼだ。
店先に並ぶ商品もまた、和洋折衷で色とりどり。
何よりすごいのが、看板だ。
『慎ましやかさこそ美徳』と考える日本人とは違い、異人は『前に出たもの勝ち』。
そんな異人たちに揉まれた日本商人たちが、競い合ってド派手な看板を掲げているのである。
「うわぁ~っ、わぁ! ――きゃっ」
看板を見上げながら歩いていた伍は、石畳の隙間に足を取られた。
が、すかさずデウスが支えてくれた。
「伍、興味津々なのは分かるが、足元を疎かにするな」
「す、すみませんっ」
「ほら、つかまれ」
デウスが右腕を差し出してきた。
「え、ええと?」
「左手を俺の右腕に絡めるんだ。そうすれば、転ばないだろう? 西洋騎士道の『ヱスコート』というやつだ。淑女に対する礼儀さ」
「淑女? わたくしなんかが?」
「なんか、じゃないさ。お前は俺にとって、世界で一人だけのお姫様だ」
「か、からかわないでくださいっ」
伍は顔が熱い。
「そ、それで、どのお店に入るのですか? 色とりどりで、目移りしてしまいます」
「ふっふっふっ。今から向かうのは、今年できたばかりのデパートメントストアだ」
「で、でぱーと?」
向かった先は、周囲の木造平屋とは一線を画したコンクリート造りの二階建て。
「『大丸呉服店神戸支店』だ」
「これが、でぱーと!」
伍はデウスにヱスコートしてもらいながら、店内に入る。
従業員が靴を預かってくれるのだが、不慣れな伍は編み上げブーツを脱ぐのに手間取った。
(店員さんをお待たせするわけにはっ)
慌てていると、デウスが伍の前にかがんで、
「やってやろう」
と靴紐を解きはじめてくれた。
靴とはいえ、異性に脱がされることに羞恥を覚える伍。同時に、デウスにこのような形で構ってもらえていることに快楽めいた感覚を覚えてしまい、
(我ながら、なんてはしたない……)
と身悶えした。
――まぁ、素敵。
――まるでメルヒヱンの『シンデレラ』ね。
――異人さんかしら。綺麗なお方。
店内の女学生三人組が、伍の前にひざまずく王子様の姿を眺めながら、黄色い声を上げる。
靴を預け、二人は店内に上がった。
「わぁっ。お着物、お洋服、装飾品、家具、日用品。本当に何でもありますね」
「これぞ現時の総合店舗、デパートメントストアだ」
「でぱーと! 何から見るのですか?」
「下着だ」
「あら」
「お前のだぞ」
「あっ……」
言われてみれば、伍は本当に着の身着のまま実家を出てきたのだった。
デウスにヱスコートされ、伍は女物の下着店にやって来た。
「俺は外で待っているから。ほら、財布」
「で、デウス様……わたくし、お買い物というものをしたことがなくて。お金に触れるのも、初めてなのです」
「えっ。あー……いや、今のは俺が悪かった。お前の実家での扱いを考えれば……配慮が足りていなかったな」
「い、いえ」
「だが、女物の下着店というのは……ええい、ままよっ」
伍の手を引き、デウスは店に飛び込んだ。
「いらっしゃいませ」
出てきた女性店員が男性であるデウスを見て目を丸くしたが、すぐにニッコリと微笑み、
「あらあら、新妻さんですか?」
「そ、そんなところだ。見繕ってやってほしい。――伍、変に遠慮したりせず、一週間分くらい買うんだぞ」
真っ赤なデウスに見送られながら、伍は店の奥へ案内される。
サイズを測られたときに、
「あらお嬢さん、実は着痩せするほうですか?」
などと店員に言われ、デウスに聞かれやしないかとドギマギする伍であった。
◆ ◇ ◆ ◇
伍が着ているのは、大奥様のお下がり――矢絣模様の着物にエビ茶色の袴、それに編み上げブーツだ。
(まるで女学生のよう。華やかだけれど、わたくしにはとても似合わないわ)
「そんなことはないぞ。よく似合っている」
「や、やはりデウス様は心が読めるのでは?」
「ふふっ。伍の表情が分かりやすいだけだ」
対するデウスは軍服姿ではなく、白のワイシャツにグレーのスーツ、その上に黒のフロックコートを着込んでいる。
被っているのは山高帽だ。
今日は馬車での移動ではなく、徒歩だ。
というのも、阿ノ玖多羅邸がある外国人居留地から北へ十分も歩けば、神戸で一番栄えている街こと『元町』が見えてくるからである。
「わぁ~っ! デウス様、人がいっぱいです!」
「ふふっ、そうだな」
「それに、街が色とりどりで」
「だな」
黒髪、茶髪、赤毛に金髪。
日本人、アジア人、西洋人、回教人に黒人。
様々な人種が入り混じっている。まさに人種のるつぼだ。
店先に並ぶ商品もまた、和洋折衷で色とりどり。
何よりすごいのが、看板だ。
『慎ましやかさこそ美徳』と考える日本人とは違い、異人は『前に出たもの勝ち』。
そんな異人たちに揉まれた日本商人たちが、競い合ってド派手な看板を掲げているのである。
「うわぁ~っ、わぁ! ――きゃっ」
看板を見上げながら歩いていた伍は、石畳の隙間に足を取られた。
が、すかさずデウスが支えてくれた。
「伍、興味津々なのは分かるが、足元を疎かにするな」
「す、すみませんっ」
「ほら、つかまれ」
デウスが右腕を差し出してきた。
「え、ええと?」
「左手を俺の右腕に絡めるんだ。そうすれば、転ばないだろう? 西洋騎士道の『ヱスコート』というやつだ。淑女に対する礼儀さ」
「淑女? わたくしなんかが?」
「なんか、じゃないさ。お前は俺にとって、世界で一人だけのお姫様だ」
「か、からかわないでくださいっ」
伍は顔が熱い。
「そ、それで、どのお店に入るのですか? 色とりどりで、目移りしてしまいます」
「ふっふっふっ。今から向かうのは、今年できたばかりのデパートメントストアだ」
「で、でぱーと?」
向かった先は、周囲の木造平屋とは一線を画したコンクリート造りの二階建て。
「『大丸呉服店神戸支店』だ」
「これが、でぱーと!」
伍はデウスにヱスコートしてもらいながら、店内に入る。
従業員が靴を預かってくれるのだが、不慣れな伍は編み上げブーツを脱ぐのに手間取った。
(店員さんをお待たせするわけにはっ)
慌てていると、デウスが伍の前にかがんで、
「やってやろう」
と靴紐を解きはじめてくれた。
靴とはいえ、異性に脱がされることに羞恥を覚える伍。同時に、デウスにこのような形で構ってもらえていることに快楽めいた感覚を覚えてしまい、
(我ながら、なんてはしたない……)
と身悶えした。
――まぁ、素敵。
――まるでメルヒヱンの『シンデレラ』ね。
――異人さんかしら。綺麗なお方。
店内の女学生三人組が、伍の前にひざまずく王子様の姿を眺めながら、黄色い声を上げる。
靴を預け、二人は店内に上がった。
「わぁっ。お着物、お洋服、装飾品、家具、日用品。本当に何でもありますね」
「これぞ現時の総合店舗、デパートメントストアだ」
「でぱーと! 何から見るのですか?」
「下着だ」
「あら」
「お前のだぞ」
「あっ……」
言われてみれば、伍は本当に着の身着のまま実家を出てきたのだった。
デウスにヱスコートされ、伍は女物の下着店にやって来た。
「俺は外で待っているから。ほら、財布」
「で、デウス様……わたくし、お買い物というものをしたことがなくて。お金に触れるのも、初めてなのです」
「えっ。あー……いや、今のは俺が悪かった。お前の実家での扱いを考えれば……配慮が足りていなかったな」
「い、いえ」
「だが、女物の下着店というのは……ええい、ままよっ」
伍の手を引き、デウスは店に飛び込んだ。
「いらっしゃいませ」
出てきた女性店員が男性であるデウスを見て目を丸くしたが、すぐにニッコリと微笑み、
「あらあら、新妻さんですか?」
「そ、そんなところだ。見繕ってやってほしい。――伍、変に遠慮したりせず、一週間分くらい買うんだぞ」
真っ赤なデウスに見送られながら、伍は店の奥へ案内される。
サイズを測られたときに、
「あらお嬢さん、実は着痩せするほうですか?」
などと店員に言われ、デウスに聞かれやしないかとドギマギする伍であった。
◆ ◇ ◆ ◇



