本棟一階の広々とした食堂にて。
「これを、伍が?」
食卓に並ぶ皿の数々を前に、デウスが目を真ん丸にした。
「はい。これ全部、伍様のお仕事ですよ。目玉焼きすら伍様が作ったのです。伍様ったら、初めてフライパンに触れたのに、それは見事な鍋振りっぷりで」
「ち、千代子様、どうかその辺りで。恥ずかしいです。デウス様、冷めないうちにどうぞ」
「ああ。伍も座れ」
「え?」
「この家では、男も女も、当主も家族も使用人も分け隔てなく、同時に同じ食卓を囲むんだ。父の代からそうだったから、俺もそうしている」
「えっ」
熱々の食事を用意することはあっても、食したことなど一度もなかった伍である。
「ほら、伍」
「は、はい」
促され、伍は恐縮しながらデウスの隣に座る。
「では、手を合わせて――」
デウスと千代子が手を合わせた。
伍はわけも分からず真似をする。
「「いただきます」」
「い、いただきます?」
謎の儀式のあと、食事が始まった。
デウスの言葉どおり千代子が箸をつけたので、伍は心底驚いた。
(男も女も、ご当主様も使用人も分け隔てなく! こんな世界が実在するなんて)
デウスが味噌汁に口をつけた。
伍は緊張する。
(お口に合わなかったらどうしよう……)
果たして、
「んっ、美味い!」
デウスが目を輝かせてくれた。
「本当に。ほら坊っちゃん、大好きな半熟ターンオーバーですよ」
「急かすな、千代子」
デウスが目玉焼きを箸で裂いた。
「おおっ、見事な半熟」
流れ出てきた黄身をレタスに絡め、口に運ぶ。
「これも美味い! 伍は料理が上手なんだな」
そう言って、デウスが屈託のない笑顔を向けてくれた。
「っ!」
伍の胸が、かつてないほど高鳴った。
デウスに口づけされたときですら、ここまで興奮しなかったかもしれない。
(人に食べてもらえるのが……美味しいと言ってもらえるのが、こんなにうれしいことだったなんて!)
「ほら、伍も早く食べろ」
「わたくしはもう、胸が一杯で」
「何を言っているんだ、伍?」
「そうですよ、伍様。冷めないうちに早く」
「はいっ」
◆ ◇ ◆ ◇
「「ごちそうさまでした」」
「ご、ごちそうさまでした?」
食後にも謎の儀式があった。
「いやぁ、食った食った。あまりにも美味しいから、おかわりしてしまったよ」
「お粗末様でした」
「粗末だなんて、とんでもない。ごちそうだったよ」
デウスが微笑みかけてくれる。
千代子も、うんうんとうなずいている。
「お口に合ったのなら……」
伍はうれしいやらむず痒いやら。
「さて。今日は夕方まで非番でな。街に出るつもりだ」
「そうなのですね。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「何を言っている? お前も一緒に来るんだぞ、伍」
「え?」
「お前の着替えと日用品を買うのが主目的だからな」
「そ、そんな、悪いです」
「伍様、年頃の娘――それも阿ノ九多羅家当主の婚約者が着の身着のままというのは、よくありません。それに、坊っちゃんは第七旅団で一番の高給取りですから。お金の心配はしなくてもいいんですよ」
(没落寸前、というのは冬姫お姉様の勘違いだったのね。……あっ)
伍は大事なことを思い出した。
「わたくし、洗い物をしないと」
「それは私がやっておきますから」
千代子が微笑んでくれた。
「伍様、坊っちゃんとの初めてのデヱトですねっ」
「でえと?」
「男女が街歩きをすること。ピッタリな和訳語がないのですが、強いて言うなら逢瀬ですね」
「お、逢瀬……!」
「洗い物のことは気にしないでいいですから。心置きなく初デヱトを楽しんできてください」
「すみま……いえ、ありがとうございます!」
「ええ、ええ! その笑顔ですよ」
「これを、伍が?」
食卓に並ぶ皿の数々を前に、デウスが目を真ん丸にした。
「はい。これ全部、伍様のお仕事ですよ。目玉焼きすら伍様が作ったのです。伍様ったら、初めてフライパンに触れたのに、それは見事な鍋振りっぷりで」
「ち、千代子様、どうかその辺りで。恥ずかしいです。デウス様、冷めないうちにどうぞ」
「ああ。伍も座れ」
「え?」
「この家では、男も女も、当主も家族も使用人も分け隔てなく、同時に同じ食卓を囲むんだ。父の代からそうだったから、俺もそうしている」
「えっ」
熱々の食事を用意することはあっても、食したことなど一度もなかった伍である。
「ほら、伍」
「は、はい」
促され、伍は恐縮しながらデウスの隣に座る。
「では、手を合わせて――」
デウスと千代子が手を合わせた。
伍はわけも分からず真似をする。
「「いただきます」」
「い、いただきます?」
謎の儀式のあと、食事が始まった。
デウスの言葉どおり千代子が箸をつけたので、伍は心底驚いた。
(男も女も、ご当主様も使用人も分け隔てなく! こんな世界が実在するなんて)
デウスが味噌汁に口をつけた。
伍は緊張する。
(お口に合わなかったらどうしよう……)
果たして、
「んっ、美味い!」
デウスが目を輝かせてくれた。
「本当に。ほら坊っちゃん、大好きな半熟ターンオーバーですよ」
「急かすな、千代子」
デウスが目玉焼きを箸で裂いた。
「おおっ、見事な半熟」
流れ出てきた黄身をレタスに絡め、口に運ぶ。
「これも美味い! 伍は料理が上手なんだな」
そう言って、デウスが屈託のない笑顔を向けてくれた。
「っ!」
伍の胸が、かつてないほど高鳴った。
デウスに口づけされたときですら、ここまで興奮しなかったかもしれない。
(人に食べてもらえるのが……美味しいと言ってもらえるのが、こんなにうれしいことだったなんて!)
「ほら、伍も早く食べろ」
「わたくしはもう、胸が一杯で」
「何を言っているんだ、伍?」
「そうですよ、伍様。冷めないうちに早く」
「はいっ」
◆ ◇ ◆ ◇
「「ごちそうさまでした」」
「ご、ごちそうさまでした?」
食後にも謎の儀式があった。
「いやぁ、食った食った。あまりにも美味しいから、おかわりしてしまったよ」
「お粗末様でした」
「粗末だなんて、とんでもない。ごちそうだったよ」
デウスが微笑みかけてくれる。
千代子も、うんうんとうなずいている。
「お口に合ったのなら……」
伍はうれしいやらむず痒いやら。
「さて。今日は夕方まで非番でな。街に出るつもりだ」
「そうなのですね。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「何を言っている? お前も一緒に来るんだぞ、伍」
「え?」
「お前の着替えと日用品を買うのが主目的だからな」
「そ、そんな、悪いです」
「伍様、年頃の娘――それも阿ノ九多羅家当主の婚約者が着の身着のままというのは、よくありません。それに、坊っちゃんは第七旅団で一番の高給取りですから。お金の心配はしなくてもいいんですよ」
(没落寸前、というのは冬姫お姉様の勘違いだったのね。……あっ)
伍は大事なことを思い出した。
「わたくし、洗い物をしないと」
「それは私がやっておきますから」
千代子が微笑んでくれた。
「伍様、坊っちゃんとの初めてのデヱトですねっ」
「でえと?」
「男女が街歩きをすること。ピッタリな和訳語がないのですが、強いて言うなら逢瀬ですね」
「お、逢瀬……!」
「洗い物のことは気にしないでいいですから。心置きなく初デヱトを楽しんできてください」
「すみま……いえ、ありがとうございます!」
「ええ、ええ! その笑顔ですよ」



