四季神家の【五】女は年下夢魔軍神に溺愛される

 翌朝、(いつつ)は鳥のさえずりで目を覚ました。

「寝過ごした!」

 伍は、実家時代の習慣で飛び起きる。

(……あ、もう実家じゃないんだった。けど)

 伍はベッドから出て、手早く身支度を済ませ、部屋を出た。
 向かう先は厨房だ。

(高価な薬湯風呂、豪華なお食事、お召し物に立派なお部屋。たった一晩で、一生かけてもお返ししきれないほどの物を頂いてしまった。せめて、少しでもお返ししなければ)

 軍の施設らしく、厨房は広い。だというのに、隅々まで清掃が行き届いている。千代子の仕事だろう。

(まずはお米を仕込もう。それから副菜と汁物の下ごしらえを。主菜は、千代子様がいらしてからご意見を伺ったほうがよいかしら)

 実家で『穢れ』扱いされてきた伍だが、実は毎日料理をしていた。
 伍が出した物は冬姫が『穢らわしい』と言って床にぶちまけてしまうので、仕上げと配膳だけは女中たちがやっていた。
 つまり、誰よりも早く起きて下準備をする仕事は、伍一人に押し付けられていたのだ。
 冬姫に支配されているとはいえ、あの女中たちも大概だった。

(……いえ、人様のことをそのように思っては駄目よ、伍)

 伍はテキパキと仕事を進めていく。
 洋風造りであるため実家の土間とはずいぶん勝手が違ったが、米を炊くのは竈門(かまど)だし、お料理道具は一式揃っている。
 唯一悩んだのは水だったが、昨晩、千代子に『蛇口』の存在を教えてもらっていたことを思い出した。
 おっかなびっくり蛇口をひねってみると、勢いよく水が出てきて驚く伍なのだった。

 米を洗い、水に浸す。
 それから、竈門の火起こしに取り掛かった。

「伍様!?」

 米が炊けはじめ、副菜と汁物の包丁仕事がすっかり終わったころ、千代子(ちよこ)が現れた。
 千代子はたいそう慌てた様子で、

「これは私の仕事です! 伍様はまだ休んでいてください」

 と言った。

「す、すみませんっ。勝手なことをしてしまって……」

 叱られたのだと思い、伍は小さくなった。
 考えてもみれば、無断でお米や薪、野菜、水などを使ってしまったのだ。
 やるにしても、千代子に伺いを立ててからすべきだった。

「いえ、そうではなくて。そうではなくてですね」

 千代子がうんうんとうなっている。

「お手伝いくださったことは、とてもうれしく思っております。念のため重ねて申し上げますが、これは建前や世辞ではなく、混じりっけなしの本心です。見たところ仕事はとても丁寧ですし、厨房もとても大切に使っていただいています。迷惑などとは露とも思っていませんので、その点はどうかご安心ください。ですが――」

 千代子が首をひねった末に、ひねり出すように言う。

「伍様は、未来の奥様。奥様に炊事をやらせるわけにはまいりません」
「で、ですが……」

 我知らず、伍は震えていた。

「置いていただく以上は、何かのお役に立てないと……す、捨てられないように……」
「…………」

 千代子の目に、哀れみと慈しみの色が浮かんだ。
 優しく頭を撫でてくれる。

「心配せずとも、坊っちゃんは伍様を捨てたりはしませんよ」
「は、はい……でも」
「けれどもまぁ、それで伍様のお気が楽になるのなら、一緒にお料理しましょうか。坊っちゃんに手料理を振る舞ってあげましょう!」
「――っ!」

 伍は顔を上げる。

「はいっ」
「そうそう、その笑顔です。そのお顔を大事にしましょう」
「わたくし、今、笑っていましたか?」
「はい。とても可愛いらしかったですよ」
「か、可愛い……」

 ということで、料理再開。

「主菜は目玉焼きにしましょう。ターンオーバーです」
「め、目玉!? 何の目玉を焼くんですか!? それに、たーん……何ぃ?」
「あはは。日本ではまだ馴染みのないお料理ですよね。目玉焼きとは、玉子焼きのことです。だし巻きよりもずっとお手軽ですが」
「卵? 失礼ですが、鮮度は大丈夫なので?」
「それがびっくり、大丈夫なのですよ! ぱぱーんっ、アイスボックス!」

 千代子が、壁に備え付けられている鉄製の棚を開いた。

「わっ、わっ、中がひんやりしています! これは?」
「氷庫――アイスボックスです。氷を入れておくことで、中を低温に保っておける代物で。この中に入れておけば、卵やお肉、お魚ですら何日も保つのですよ」
「何日も!? なんて便利な!」

 文明開化がもたらす便利さに、瞠目する伍である。

「さて、目玉焼きに取り掛かりましょう。伍様は菜箸とボールを用意してください。」
「すみません、ボールとは?」
「鉄製のお椀。下処理用の調理器具です。確か下の棚の――」
「これですか?」
「そうそう! 初めての台所なのに、よく見つけられましたね」
「い、いえ。『千代子様ならここに置くかな』と考えていたら、自然と見つけることができまして」
「ふふっ。つまり、私たちは相性抜群ということですね」
「っ! はいっ」

 伍は、楽しい。
 今までは『怒られないように』『人目につかないように』とそればかりを考え、背を丸めて生きてきた。
 それが今は堂々と歩き、生き生きと働くことができる!
 しかも、

「面取りまで完璧とは。伍様の包丁仕事は素晴らしいですね」
「伍様、本当に手際がよい。初めてとは思えません」

 千代子がたびたび褒めてくれるのだ。

(うれしい、楽しい!)

 気がつくと、すべての調理が完了していた。
 結局、千代子以外のメイドは現れなかった。

「あの、ここで働いているのは、千代子様お一人なのですか?」
「朝はそうですね。昼になったら、急に人が増えますよ」
(あ、そうか。アヤカシは主に夜に出るから)
「ですから、明日からはもっと遅くまで寝ていていただいても構いませんよ。坊っちゃんも朝は弱いですし」
「あ、あの……もしかして、ご迷惑でしたか?」
「お気になさらず。坊っちゃんは成長期ですから、もっと早起きすべきなのです」
(あれほど背がお高いのに、まだ伸びるのね。デウス様、すごい)
「ちょうどよい機会ですから、叩き起こしてきましょう」

 千代子が腕まくりをしながら寮棟のほうへ歩き出す。
 が、くるりと振り向いて、

「その間に、配膳をお願いできますか?」
「はいっ」

 分担作業だ。
 つまり、『千代子の代わりに調理を任せてもらっている』のではなく、伍を頼ってもらえたのだ。
 千代子の役に立てて、伍はうれしかった。




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