「ほら、中に入るぞ」
デウスが伍の手を引く。
「あらあらまぁまぁ!」
門をくぐるなり出迎えてくれたのは、闊達な壮年女性だった。
洋風女中――いわゆる『メイド』の格好をしている。
「お帰りなさいませ、坊っちゃん。それに、未来の奥様」
「坊っちゃん呼びはやめろ。いつも言っているだろう」
「事実、坊っちゃんではありませんか」
「そうだとしても、だ」
女性が伍の前に立ち、ビシッと背筋を伸ばし、深々と礼をした。
惚れ惚れするほどの姿勢のよさだ。
(格好いい! 同じ女なのに、わたくしとはまるで正反対)
「伊ノ上千代子と申します。阿ノ九多羅家のメイド長兼家令、そして坊っちゃんの元乳母です」
「乳母?」
伍は驚く。
(ご年齢が合わないような……いえ、ものすごくお若く見えるお方なのかも)
「こら、千代子! 乳母の話はするなとあれほど――」
「何を恥ずかしがることがありますか。遅かれ早かれバレてしまうのですから、最初から堂々としていればよいのです」
「だとしても、だ! 俺にだって心の準備というやつがだな――」
「あらあらまぁまぁ」
(確かに、母子っぽい!)
血はつながっていなくても、デウスにとって千代子は母のような存在なのだろう。
「お食事の用意ができております。が」
千代子が伍の格好を上から下まで見て、
「お風呂が先ですね」
「す、すみません、汚くて……」
「いえいえ、そういうつもりで申し上げたのではございません」
千代子が伍の頭をなでてくれた。
「大変だったようですね。薬湯風呂をご用意しますので、ゆっくり温まってください。それに、清潔なお召し物も。大奥様のお下がりになってしまいますが、そこはご勘弁くださいね」
「い、いえ! 忌み子のわたくしなんかのために、そんな大層なものをご用意いただくなんて畏れ多いです。水とボロ着を頂けるだけでも十分で……」
「いいですか、伍様。ご自身を過度に貶めるものではございませんよ」
年長者らしく、千代子が伍を諭してくれる。
「この家には、あなた様を悪く言う者などおりません。安心して体を休めてくださいね。そ・れ・と、坊っちゃん?」
千代子がデウスの耳を引っ張る。
「今の言葉は、本来は坊っちゃんから伍様にお伝えすべきことだったんですからね。体だけ守っても駄目なのです。心も守って差し上げないと。まったくこれだから男というのは――」
「分かった分かった! 説教はいいから、早く伍を風呂に案内してやってくれ」
「言われなくとも」
「……ふふっ」
二人の仲睦まじい様子が微笑ましくて、伍は思わず吹き出してしまった。
二人の注目が伍に集まる。
「す、すみませんっ、わたくしったら」
「いえいえ。笑うとずいぶん可愛らしいじゃないですか」
「そうだな。伍は笑っているほうがいい。俺も、お前の笑顔をもっと見たい」
「だそうですよ、伍様」
「わ、分かりました。頑張ります……?」
◆ ◇ ◆ ◇
伍は心尽くしのもてなしをしてもらった。
大きな洋風湯船になみなみと溜められた薬湯は、伍を体の芯まで温めてくれた。
阿ノ九多羅家の薬湯は比喩ではなく実際に体を癒す力があるようで、伍の体の傷がすっかり癒えてしまった。
今日、父に庭へ投げ出されたときについた傷はもちろん、冬姫からの長年の折檻で残ってしまった古傷に至るまで、だ。
伍に続いてデウスが風呂に入ったのだが、風呂上がりの彼の、頬の傷が綺麗サッパリ癒えていたことに、伍は心底ホッとしたのだった。
風呂の次は、食事だ。
千代子が腕によりをかけて作ってくれた料理の数々が、伍の五臓六腑に優しく染み渡った。
この三年の間、粗末な残り物しか食べてこなかった伍にとって、温かな食事は涙が出るほど美味しかった。
実際に泣いてしまって、千代子に慰められるという醜態を演じてしまった。
だからといって、その醜態を咎める者もいなかった。
そして――
◆ ◇ ◆ ◇
デウスが伍の手を引く。
「あらあらまぁまぁ!」
門をくぐるなり出迎えてくれたのは、闊達な壮年女性だった。
洋風女中――いわゆる『メイド』の格好をしている。
「お帰りなさいませ、坊っちゃん。それに、未来の奥様」
「坊っちゃん呼びはやめろ。いつも言っているだろう」
「事実、坊っちゃんではありませんか」
「そうだとしても、だ」
女性が伍の前に立ち、ビシッと背筋を伸ばし、深々と礼をした。
惚れ惚れするほどの姿勢のよさだ。
(格好いい! 同じ女なのに、わたくしとはまるで正反対)
「伊ノ上千代子と申します。阿ノ九多羅家のメイド長兼家令、そして坊っちゃんの元乳母です」
「乳母?」
伍は驚く。
(ご年齢が合わないような……いえ、ものすごくお若く見えるお方なのかも)
「こら、千代子! 乳母の話はするなとあれほど――」
「何を恥ずかしがることがありますか。遅かれ早かれバレてしまうのですから、最初から堂々としていればよいのです」
「だとしても、だ! 俺にだって心の準備というやつがだな――」
「あらあらまぁまぁ」
(確かに、母子っぽい!)
血はつながっていなくても、デウスにとって千代子は母のような存在なのだろう。
「お食事の用意ができております。が」
千代子が伍の格好を上から下まで見て、
「お風呂が先ですね」
「す、すみません、汚くて……」
「いえいえ、そういうつもりで申し上げたのではございません」
千代子が伍の頭をなでてくれた。
「大変だったようですね。薬湯風呂をご用意しますので、ゆっくり温まってください。それに、清潔なお召し物も。大奥様のお下がりになってしまいますが、そこはご勘弁くださいね」
「い、いえ! 忌み子のわたくしなんかのために、そんな大層なものをご用意いただくなんて畏れ多いです。水とボロ着を頂けるだけでも十分で……」
「いいですか、伍様。ご自身を過度に貶めるものではございませんよ」
年長者らしく、千代子が伍を諭してくれる。
「この家には、あなた様を悪く言う者などおりません。安心して体を休めてくださいね。そ・れ・と、坊っちゃん?」
千代子がデウスの耳を引っ張る。
「今の言葉は、本来は坊っちゃんから伍様にお伝えすべきことだったんですからね。体だけ守っても駄目なのです。心も守って差し上げないと。まったくこれだから男というのは――」
「分かった分かった! 説教はいいから、早く伍を風呂に案内してやってくれ」
「言われなくとも」
「……ふふっ」
二人の仲睦まじい様子が微笑ましくて、伍は思わず吹き出してしまった。
二人の注目が伍に集まる。
「す、すみませんっ、わたくしったら」
「いえいえ。笑うとずいぶん可愛らしいじゃないですか」
「そうだな。伍は笑っているほうがいい。俺も、お前の笑顔をもっと見たい」
「だそうですよ、伍様」
「わ、分かりました。頑張ります……?」
◆ ◇ ◆ ◇
伍は心尽くしのもてなしをしてもらった。
大きな洋風湯船になみなみと溜められた薬湯は、伍を体の芯まで温めてくれた。
阿ノ九多羅家の薬湯は比喩ではなく実際に体を癒す力があるようで、伍の体の傷がすっかり癒えてしまった。
今日、父に庭へ投げ出されたときについた傷はもちろん、冬姫からの長年の折檻で残ってしまった古傷に至るまで、だ。
伍に続いてデウスが風呂に入ったのだが、風呂上がりの彼の、頬の傷が綺麗サッパリ癒えていたことに、伍は心底ホッとしたのだった。
風呂の次は、食事だ。
千代子が腕によりをかけて作ってくれた料理の数々が、伍の五臓六腑に優しく染み渡った。
この三年の間、粗末な残り物しか食べてこなかった伍にとって、温かな食事は涙が出るほど美味しかった。
実際に泣いてしまって、千代子に慰められるという醜態を演じてしまった。
だからといって、その醜態を咎める者もいなかった。
そして――
◆ ◇ ◆ ◇



