四季神家の【五】女は年下夢魔軍神に溺愛される

 伍はようやく、デウスのたくましい腕から解放された。
 今はデウスの隣に座りつつ、窓の外の景色を眺めている。
 馬車が揺れるたび、肩が触れ合ってドキリとする。
 対面に座ればよいものを、デウスが頑なに伍の隣に座るのだ。

「あれは、秋穂(あきほ)お姉様が豊穣を祈った稲」

 ガラス窓の外には、黄金色の稲が大量の実りを身につけて(こうべ)を垂れている。
 四季神家が誇る、広大な田園の風景だ。

 四季神家は、神戸港の東、兵庫県武庫郡住吉村の山の手に居を構えている。
 この一帯は神戸でも指折りの豪農地帯。
 四季神家が拓き、育て、維持し続けてきた一大穀倉地帯だ。
 代々、三女たる秋神の巫女が【豊穣】の巫術で収穫量を維持し続けてきた土地でもある。

 黄金の土地を抜けると、やがて西国街道に至る。
 土埃舞い上がる街道は、海沿いを走っている。
 生まれてこの方、一度も家から出してもらったことのなかった伍は、海の光景に釘付けになった。
 察したデウスが対面の座席に移り、伍に思うまま海を見物させた。

 ――パカラッパカラッ……

 気がつくと、馬の蹄の音が変わっていた。
 未舗装の街道が、いつの間にか石畳の舗装路に変わっていたのだ。

「もうすぐ、港だ」

 デウスが言った。

「え?」

 伍が振り向いたとたん、

 ――ガタンッ

 と、馬車が何かに乗り上げた。

「橋だ。生田川の橋。この先は、外国人居留地。つまり、神戸港だ」

 景色が一変した。
 瓦屋根の木造家屋が消え、レンガ造りのモダンな洋風建築の立ち並ぶ町並みに。
 街道はガス灯で照らし出されている。
 そう、夕方前に出発した馬車は、もう日暮れ前の道を走っているのだ。

「えっえっ、夜なのに光ってます! それもたくさん! あれはいったい!?」
「あははっ。あれは、ガスという比較的新しい技術による明かりだ。いずれ、あらゆる国民が暗闇を恐れずに済む時代が来る」
「こくみん……?」
「あぁ、そうか。伍からすれば、『国家』や『国民』という概念すら、真新しいんだな」

 そうこうしているうちに、馬車が停まった。
 夜にもかかわらず、煌々と明かりの立ち込める不思議な街――神戸外国人居留地。
 そのほぼド真ん中に位置する三十七番街、阿ノ九多羅邸の前に。
 デウスにヱスコートされて下車した伍は、阿ノ九多羅邸を見上げた。

「ここが、阿ノ九多羅家のお屋敷……」

 無骨な建物だった。
 それは、伍が知る『家』――木造平屋――とはまるで違っていた。
 堅牢なレンガ造りの、天を()くような五階建て。
 鉄格子で(よろ)われたガラス窓の数々や、入口に飾られた国旗や大日本帝国陸軍旗から感じられる雰囲気は、

(家というにはあまりにも……)
「物々しいだろう?」
「あ、その、えっと」

 図星を指され、伍は慌てた。

(人様のお宅を指して『物々しい』と感じるなんて、失礼よね……?)

 だが、デウスに気を悪くした様子はなさそうだ。

「いいんだ。それもそのはずで、ここはもともと第七旅団の拠点だったんだ。それを、両親が自宅に改造してしまったのさ」
「ぐ、軍の施設をご自宅に改造!?」

 軍、と口にしてようやく、伍はデウスが軍服姿であることに気づいた。

「デウス様は、チンダイ様だったのですね」
「鎮台? 大正の世では、俺たちは『軍人』と自称している」
「そ、そうなのですね。世間知らずで……すみません」
「いや、いいんだ。むしろ、『土地の鎮め』と呼んでもらえるほうが、退魔師冥利に尽きる」
「そういうものなのですか?」

 伍はデウスを見上げる。

 濃紺色の肋骨服に、同色の軍袴(ズボン)
 金糸の飾緒(モール)がガス灯の明かりに照らされて、キラキラと輝いている。

「気になることがあるのなら、遠慮なく聞け。俺たちには夫婦になるんだからな」
「ふ、夫婦……!」

 金糸のモール以上に輝いているのは、他ならぬデウスの美しい金髪。
 凛々しい軍服や異国情緒あふれる街並みも相まって、まるで異人の貴公子のようだ。
 しかも、デウスは父よりもずっと背が高い。
 伍は身の丈五尺弱(一五〇センチ)なのだが、それよりも頭一つ分、いや、それ以上の高さを誇っている。
 まさに『美丈夫』という言葉が当てはまるお方だ。

(こんなにも素敵なお方が、本当にわたくしなんかの夫に?)

「ほら、何かないのか、伍?」

 伍はデウスに抱き寄せられた。

「え、えっと」

 幸せや不安でいっぱいいっぱいになってしまった伍は思わず、聞いてはいけないことを聞いてしまった。

「そ、そのっ、『阿ノ九多羅家ご当主様は吸血鬼』というおウワサは、本当なのでしょうか!?」
「…………」

 デウスが顔をそらした。

(し、しまった。わたくしったら、とんでもない失言を。お気を悪くさせてしまったかしら……)

 この世の終わりのような心地でデウスの顔を見上げてみると、

「……ぷっ、ぷぷっ」

 伍の予想に反し、デウスは笑いを堪えていた。

「いや、すまんすまん。そのウワサは、俺の政敵が流している悪質なプロパガンダさ。だが、事実無根というわけでもない」
「とおっしゃいますと……?」
「ほら、吸われただろう?」

 デウスの指先が伍の唇に触れた。

「血ではなく霊力だが」




『しかも、その当主は「婚約者候補の生き血をすする吸血鬼」と言われているそうじゃないの』




(ま、まさか、他の女性にもみさかいなしに!?)
「いやいや。してない、してないぞ」
「なっ、デウス様も心が読めるので!?」
「伍の表情が分かりやすいだけだ」

 デウスがニヤリと笑ってみせる。

「安心しろ。唇にしたのはお前が初めてだよ、伍」

 ――ぼっ

 と顔が熱くなる伍である。

「さぁ、中に入ろう」

 デウスが伍の手を取った。

「ようこそ、阿ノ九多羅家へ」