伍は、何が何やら分からない。
気がつけば、阿ノ九多羅デウスに抱きしめられたまま馬車に揺られていたからだ。
あのあと、デウスと父が何やら話をしていた。
伍は疲れと霊力飽和で意識があいまいで、話の詳細を追うことができなかった。
だが、
『阿ノ九多羅デウスと伍が婚約すること』
『伍を阿ノ九多羅邸へ連れていくこと』
が合意されたのだけは伍にも分かった。
「お、お待ちになって!」
伍を抱えたデウスが四季神邸から出ようとしたとき、冬姫が立ちふさがった。
その甘えるような、媚びるような表情を見た瞬間、伍は悟った。
(あぁ、冬姫お姉様は、このお方に一目惚れをしてしまったのね……)
だが、デウスは冬姫を無視して通り過ぎた。
すれ違いざま、伍は冬姫と目が合った。
冬姫は爪を噛みながら、射殺すような目で伍を睨みつけていた。
あれは、冬姫が自分の思いどおりにならなかったときに見せる癖だ。
この三年、とんと見ることがなかったが、治っていなかったらしい。
家の前には豪華絢爛な洋風馬車が停まっていた。
デウスは伍を抱きかかえたまま、馬車に乗り込んだ。
――そうして、今に至る。
「……うっ」
姉の目を思い出し、伍は震えた。
伍の感情に呼応し、膨大な霊力がカマイタチとなって車内で暴れまわる。
座椅子の革が裂け、綿が飛び出す。
さらには、あろうことかデウスの頬を傷つけてしまった。
(あぁ、わたくしはなんてことを!)
命の恩人の肌に傷をつけるなど。
恩を仇で返すとは、まさにこのことだ。
やはり自分は、生きているべきではないのだ!
「大丈夫だ」
そのとき、デウスが低く落ち着く声でそう言った。
「大丈夫だ、落ち着け。目を閉じて、深呼吸をしろ」
「は、はい」
伍は言われたとおりにしようとする。
が、伍の体内を蝕む致死量の霊力が、伍の集中を妨げる。
吐き気、寒気、頭痛、丹田痛などが併さりグチャグチャになって、気を落ち着かせることができないのだ。
「少し、触れるぞ」
デウスが手袋を脱いだ。
素手で伍のまぶたに触れる。
デウスの手はひんやりと気持ちよくて、伍は少しだけ落ち着くことができた。
それから、デウスが伍の額に触れた。
(痛みが引いていく……もしかして、わたくしの霊力を整えてくださっている? いえ、というよりもこれは)
次にデウスが、伍のへその下――丹田に触れた。
「ひゃっ」
伍は驚き、恥じらった。
だが次の瞬間、別の意味で驚くことになった。
(か、体が軽くなっていく! やはり、この方はわたくしの霊力を吸い上げることができるのね)
車内を暴れまわる風が、弱まった。
だが、霊力は依然として高い濃度を維持しており、伍の体を蝕み続けている。
その証拠に、座椅子の綿から花が咲きはじめている。
「ほほう! 俺の【吸魔】ですら吸い上げきれないとは。さて、どうしたものか」
デウスが頭を撫でてくれる。
十八にもなって……とは思うものの、伍は信じられないほどの多幸感に包まれてしまう。
母の死以来、伍にとって『触れ合い』とはすなわち折檻だった。
誰かに頭を撫でてもらうなど、実に三年振りのことである。
「伍、もっと霊力を吸ってほしいか?」
「は、はい」
楽になりたいし、何よりこれ以上デウスや馬車を傷つけたくない。
「いいだろう。いずれ正式に結婚するんだ、少し強引にさせてもらうぞ」
「え?」
伍は目を開いた。
デウスの美しすぎる顔が近づいてくるところだった。
口づけ、された。
「んっ!?」
「こらこら、暴れるな。痛いことはしないから、安心して身を委ねろ」
再び、口づけ。それも、
(激しい……!?)
伍は何が何やら分からず、ピクリとも動けない。
だが、
(あ、これって――)
伍はデウスの意図を理解した。
急に、体が楽になりはじめたからだ。
(口移しで、わたくしの霊力を直接吸い上げてくださっているのね。恥ずかしいけれど、なんてすごい術なのかしら)
霊力飽和でパンパンに腫れ上がっていた伍の霊体が、みるみるうちに正常な状態に戻っていく。
吐き気、寒気、頭痛、丹田痛などの不快感が、すーっと引いていった。
「ぷはぁっ」
デウスが口を離した。
「いやぁ、驚いた。こんなに美味しい霊力は初めてだ」
「お、美味しい……? わたくしの霊力が、ですか?」
伍は、顔が熱い。だが、不快な感じではない。
何より、ずいぶんと体が楽になった。
そして、気も楽になった。この三日間、漠然と抱えていた『霊力飽和による死』という恐怖から解放されたからだ。
「よく頑張ったな、伍」
デウスが再び、頭を撫でてくれる。
「今後も、霊力が溜まってつらくなったら、遠慮なく言うといい」
「そ、それって、今みたいにその……する、ということですか?」
「俺の本気の【マナドレイン】を、な。逃さないぞ、我が妻よ」
デウスが甘く微笑んだ。
(こ、これは、とっても心の臓に悪い!)
伍は、胸のドギマギが止まらない。
気がつけば、阿ノ九多羅デウスに抱きしめられたまま馬車に揺られていたからだ。
あのあと、デウスと父が何やら話をしていた。
伍は疲れと霊力飽和で意識があいまいで、話の詳細を追うことができなかった。
だが、
『阿ノ九多羅デウスと伍が婚約すること』
『伍を阿ノ九多羅邸へ連れていくこと』
が合意されたのだけは伍にも分かった。
「お、お待ちになって!」
伍を抱えたデウスが四季神邸から出ようとしたとき、冬姫が立ちふさがった。
その甘えるような、媚びるような表情を見た瞬間、伍は悟った。
(あぁ、冬姫お姉様は、このお方に一目惚れをしてしまったのね……)
だが、デウスは冬姫を無視して通り過ぎた。
すれ違いざま、伍は冬姫と目が合った。
冬姫は爪を噛みながら、射殺すような目で伍を睨みつけていた。
あれは、冬姫が自分の思いどおりにならなかったときに見せる癖だ。
この三年、とんと見ることがなかったが、治っていなかったらしい。
家の前には豪華絢爛な洋風馬車が停まっていた。
デウスは伍を抱きかかえたまま、馬車に乗り込んだ。
――そうして、今に至る。
「……うっ」
姉の目を思い出し、伍は震えた。
伍の感情に呼応し、膨大な霊力がカマイタチとなって車内で暴れまわる。
座椅子の革が裂け、綿が飛び出す。
さらには、あろうことかデウスの頬を傷つけてしまった。
(あぁ、わたくしはなんてことを!)
命の恩人の肌に傷をつけるなど。
恩を仇で返すとは、まさにこのことだ。
やはり自分は、生きているべきではないのだ!
「大丈夫だ」
そのとき、デウスが低く落ち着く声でそう言った。
「大丈夫だ、落ち着け。目を閉じて、深呼吸をしろ」
「は、はい」
伍は言われたとおりにしようとする。
が、伍の体内を蝕む致死量の霊力が、伍の集中を妨げる。
吐き気、寒気、頭痛、丹田痛などが併さりグチャグチャになって、気を落ち着かせることができないのだ。
「少し、触れるぞ」
デウスが手袋を脱いだ。
素手で伍のまぶたに触れる。
デウスの手はひんやりと気持ちよくて、伍は少しだけ落ち着くことができた。
それから、デウスが伍の額に触れた。
(痛みが引いていく……もしかして、わたくしの霊力を整えてくださっている? いえ、というよりもこれは)
次にデウスが、伍のへその下――丹田に触れた。
「ひゃっ」
伍は驚き、恥じらった。
だが次の瞬間、別の意味で驚くことになった。
(か、体が軽くなっていく! やはり、この方はわたくしの霊力を吸い上げることができるのね)
車内を暴れまわる風が、弱まった。
だが、霊力は依然として高い濃度を維持しており、伍の体を蝕み続けている。
その証拠に、座椅子の綿から花が咲きはじめている。
「ほほう! 俺の【吸魔】ですら吸い上げきれないとは。さて、どうしたものか」
デウスが頭を撫でてくれる。
十八にもなって……とは思うものの、伍は信じられないほどの多幸感に包まれてしまう。
母の死以来、伍にとって『触れ合い』とはすなわち折檻だった。
誰かに頭を撫でてもらうなど、実に三年振りのことである。
「伍、もっと霊力を吸ってほしいか?」
「は、はい」
楽になりたいし、何よりこれ以上デウスや馬車を傷つけたくない。
「いいだろう。いずれ正式に結婚するんだ、少し強引にさせてもらうぞ」
「え?」
伍は目を開いた。
デウスの美しすぎる顔が近づいてくるところだった。
口づけ、された。
「んっ!?」
「こらこら、暴れるな。痛いことはしないから、安心して身を委ねろ」
再び、口づけ。それも、
(激しい……!?)
伍は何が何やら分からず、ピクリとも動けない。
だが、
(あ、これって――)
伍はデウスの意図を理解した。
急に、体が楽になりはじめたからだ。
(口移しで、わたくしの霊力を直接吸い上げてくださっているのね。恥ずかしいけれど、なんてすごい術なのかしら)
霊力飽和でパンパンに腫れ上がっていた伍の霊体が、みるみるうちに正常な状態に戻っていく。
吐き気、寒気、頭痛、丹田痛などの不快感が、すーっと引いていった。
「ぷはぁっ」
デウスが口を離した。
「いやぁ、驚いた。こんなに美味しい霊力は初めてだ」
「お、美味しい……? わたくしの霊力が、ですか?」
伍は、顔が熱い。だが、不快な感じではない。
何より、ずいぶんと体が楽になった。
そして、気も楽になった。この三日間、漠然と抱えていた『霊力飽和による死』という恐怖から解放されたからだ。
「よく頑張ったな、伍」
デウスが再び、頭を撫でてくれる。
「今後も、霊力が溜まってつらくなったら、遠慮なく言うといい」
「そ、それって、今みたいにその……する、ということですか?」
「俺の本気の【マナドレイン】を、な。逃さないぞ、我が妻よ」
デウスが甘く微笑んだ。
(こ、これは、とっても心の臓に悪い!)
伍は、胸のドギマギが止まらない。



