冬姫はワクワクしていた。
久しぶりに伍に会えるからだ。
冬姫は、同年代の令嬢たちに比べて忙しい。
冬神の巫女として、お琴に華道にダンスにピアノといった淑女の嗜みはもちろん、薙刀、合気道といった武の心得まで求められているからだ。
そのうえ、本業たる『冬神の巫女』としての修行が、とびきり厳しい。
だから、冬姫は日々、膨大な量の鬱憤を抱えている。
そんな溜まりに溜まった鬱憤を晴らすための唯一の『癒し』が、伍の存在だったのだ。
(冷や汗を浮かべるあの子の顔。ブルブルと震える小さな背中。早く見たいわ! もう、三日も見ていないのだもの!)
偉大なる冬神の巫女である自分が忌み子ごときを迎えに行かなければならない、というのは癪だが、父の言いつけとあらば面目も立つ。
蔵へ小走りに向かう道すがら、冬姫は他ならぬ自分が伍を餓死に追い込みつつあることを思い出した。
(本当に死んでいたら、どうしましょう。これからの楽しみがなくなってしまうわ)
冬姫は伍の苦悩する顔に対しては興味があるが、伍そのものについてはとんと関心がないのだ。
自分が半ば以上本気で伍の死を願っていたことすら忘れ果てているほどに。
冬姫には『物事をちゃんと考える』という習慣がなく、その場その場の感情的利益だけで生きている。
十八年間、ずっとそうやって生きてきた。
『奥の手』で母を追い込み、父や女中たちを意のままに操れるようになった三年前からは、その傾向がより顕著になった。
(最善の結果は、伍が瀕死で生きていること。飢餓と糞尿の臭いで気が狂い、爪が剥がれるまで扉を掻きむしっていたりしたら……あぁっ)
見たい。
見て、臭い伍の頭を足蹴にして、それから優しい言葉を投げかけてやりたい。
(次善は、死んでいることね。いえ、あの得体の知れない力についてお父様が興味を抱いていることを思えば、むしろこっちが最善。死んでくれているほうがアタシの立場は安定する)
伍を死なせてしまっていたら、父は怒るだろうか?
だが、そのときは女中たちに罪を押し付けてしまえばいい。
『奥の手』を使って、体のいい女中――あの新米女中のせいにでもすればいい。
あの女中は首になり、次の職を探すのも苦労し、縁談にも支障が出るだろうが、知ったことではない。
(ま、どちらにせよ、開けてみれば分かることね)
蔵の前に着いた。
冬姫は蔵の鍵を開け、扉を開いた。
そうして、目を真ん丸にした。なぜなら、
「なっ、なっ、なっ……」
蔵の中に、予想外の光景が広がっていたからだ。
期待に反して、蔵の中は臭くも不潔でもなかった。それどころか、伍を放り込んだときよりもむしろ清潔になっていた。
壁はピカピカ。床には塵一つ落ちていない。
蔵の中はほのかに明るく、そして適度に温かい。
上質な香木の香りが適度に焚かれていて、何とも住み心地のよい空間となっている。
いや、そんなことより、伍だ。
伍は餓えた様子もなく、落ち着いていて、フカフカな藁の上でゆったりと正座していた。
着ている着物も、なぜだか数日前より小綺麗に見える。
(なっ、伍のくせに――)
冬姫は一瞬で沸騰しそうになった。が、
(あら、でも何だかずいぶん調子が悪そうね)
よく見てみると、伍は顔を上気させ、額にびっしりと冷や汗を浮かべていた。
やはり、三日に及ぶ絶食絶水、そして先の見えない監禁地獄は堪えたらしい。
気をよくした冬姫は、伍に暴行を加えるのを控えた。伍に死なれては困るからである。
(……いえ)
違う。
冬姫は、かろうじて感づいていたのだ。冬姫に対して致死量の殺意を向ける、『何者か』の気配に。
(狂った祟り神か、犬畜生の霊か。あの子を守護する化け物が何者か知らないけれど、今は大人しくしておいたほうがよさそうね)
◆ ◇ ◆ ◇
久しぶりに伍に会えるからだ。
冬姫は、同年代の令嬢たちに比べて忙しい。
冬神の巫女として、お琴に華道にダンスにピアノといった淑女の嗜みはもちろん、薙刀、合気道といった武の心得まで求められているからだ。
そのうえ、本業たる『冬神の巫女』としての修行が、とびきり厳しい。
だから、冬姫は日々、膨大な量の鬱憤を抱えている。
そんな溜まりに溜まった鬱憤を晴らすための唯一の『癒し』が、伍の存在だったのだ。
(冷や汗を浮かべるあの子の顔。ブルブルと震える小さな背中。早く見たいわ! もう、三日も見ていないのだもの!)
偉大なる冬神の巫女である自分が忌み子ごときを迎えに行かなければならない、というのは癪だが、父の言いつけとあらば面目も立つ。
蔵へ小走りに向かう道すがら、冬姫は他ならぬ自分が伍を餓死に追い込みつつあることを思い出した。
(本当に死んでいたら、どうしましょう。これからの楽しみがなくなってしまうわ)
冬姫は伍の苦悩する顔に対しては興味があるが、伍そのものについてはとんと関心がないのだ。
自分が半ば以上本気で伍の死を願っていたことすら忘れ果てているほどに。
冬姫には『物事をちゃんと考える』という習慣がなく、その場その場の感情的利益だけで生きている。
十八年間、ずっとそうやって生きてきた。
『奥の手』で母を追い込み、父や女中たちを意のままに操れるようになった三年前からは、その傾向がより顕著になった。
(最善の結果は、伍が瀕死で生きていること。飢餓と糞尿の臭いで気が狂い、爪が剥がれるまで扉を掻きむしっていたりしたら……あぁっ)
見たい。
見て、臭い伍の頭を足蹴にして、それから優しい言葉を投げかけてやりたい。
(次善は、死んでいることね。いえ、あの得体の知れない力についてお父様が興味を抱いていることを思えば、むしろこっちが最善。死んでくれているほうがアタシの立場は安定する)
伍を死なせてしまっていたら、父は怒るだろうか?
だが、そのときは女中たちに罪を押し付けてしまえばいい。
『奥の手』を使って、体のいい女中――あの新米女中のせいにでもすればいい。
あの女中は首になり、次の職を探すのも苦労し、縁談にも支障が出るだろうが、知ったことではない。
(ま、どちらにせよ、開けてみれば分かることね)
蔵の前に着いた。
冬姫は蔵の鍵を開け、扉を開いた。
そうして、目を真ん丸にした。なぜなら、
「なっ、なっ、なっ……」
蔵の中に、予想外の光景が広がっていたからだ。
期待に反して、蔵の中は臭くも不潔でもなかった。それどころか、伍を放り込んだときよりもむしろ清潔になっていた。
壁はピカピカ。床には塵一つ落ちていない。
蔵の中はほのかに明るく、そして適度に温かい。
上質な香木の香りが適度に焚かれていて、何とも住み心地のよい空間となっている。
いや、そんなことより、伍だ。
伍は餓えた様子もなく、落ち着いていて、フカフカな藁の上でゆったりと正座していた。
着ている着物も、なぜだか数日前より小綺麗に見える。
(なっ、伍のくせに――)
冬姫は一瞬で沸騰しそうになった。が、
(あら、でも何だかずいぶん調子が悪そうね)
よく見てみると、伍は顔を上気させ、額にびっしりと冷や汗を浮かべていた。
やはり、三日に及ぶ絶食絶水、そして先の見えない監禁地獄は堪えたらしい。
気をよくした冬姫は、伍に暴行を加えるのを控えた。伍に死なれては困るからである。
(……いえ)
違う。
冬姫は、かろうじて感づいていたのだ。冬姫に対して致死量の殺意を向ける、『何者か』の気配に。
(狂った祟り神か、犬畜生の霊か。あの子を守護する化け物が何者か知らないけれど、今は大人しくしておいたほうがよさそうね)
◆ ◇ ◆ ◇



