ヒロイン転生したのに――攻略対象全員、悪役令嬢が攻略済みなんですけど!〜のけものヒロイン、なぜか悪役令嬢の兄から執着溺愛されています〜

「私のことはクラリッサとお呼びください。学園では身分など関係ありませんから」

 いやいやいや、優しすぎる!
 「平民風情が気安く名を呼ばないでくださいまし」「平民の泥臭さが移ってしまいますわ」とか言ってくれないと――
 
(私が被害者になれないでしょ!)
 
「リサは学園に詳しい。頼るといい」

 私が答えに困っていると、レオンハルトがクラリッサを守るように立ち、穏やかに言った。
 甘く蕩けた瞳はクラリッサだけを映していて、私の影も映していない。

「彼女は面倒見がいい」

 ガウェインが低く続ける。

「ただし、君が彼女の厚意を悪用しない限りはな」

 なにその釘刺し。
 初対面のヒロインに向ける台詞じゃないんだけど。

「光魔法には興味がある」

 ユリウスが私を見た。
 来た、研究対象フラグ!
 と思った瞬間、彼はすぐに視線をクラリッサへ戻した。

「だが、今日は入学式だ。クラリッサの予定を乱すわけにはいかない」

 いや、私のイベントは?

「可憐な新入生だね」

 ジャヴェールが笑った。
 ようやく来た、色男枠の甘い台詞。

「クラリッサ、君の素敵な友人がまた一人増えたな」
「はい。よろしくお願いいたしますわ、リリア様」

 私じゃなくてクラリッサへの台詞だった。
 私は、ぎりっと奥歯を噛みしめた。
 プルプルが肩の上で小さく呟く。

『顔が怖いのだよ』
「うるさい」
『きちんと挨拶を返すのだ。相手は王太子一行なのだよ』
「うるさいってば!」

「え……」
 
 プルプルへの怒鳴り声が、あたりを静まり返らせる。
 
(やばっ。プルプルとの会話は、私にしか聞こえないんだった――)

 優しく声をかけてくれた慈悲深い公爵令嬢にキレ散らかす平民上がりの男爵令嬢……これじゃ、私が悪者みたいに映ってしまう……!

「あ、あの……これは……」 
「おい、平民。なんだその言葉遣いは」
 
 ガウェインの低い声が、空気を震わせた。
 反射的に肩が跳ねる。
 大柄な体。鋭い目つき。腰の剣に添えられた手。
 ゲーム画面で見ると「守ってくれる大型犬」だったのに、実物は完全に番犬だった。
 最悪なのが、今の彼は「クラリッサの番犬」だということ。

「彼女は君に親切に声をかけた。それに対して『うるさい』とは何事だ」
「い、いや、クラリッサに言ったんじゃなくて!」
「クラリッサ?」

 今度はレオンハルトが口を開いた。
 静かな声、けれど冷たい怒りが込められている。
 
「公爵令嬢に対しての口の利き方ではないな」
「レオ様。私がクラリッサとお呼びするようお願いしたのです。どうかリリア様を責めないでください」
「リサ、君の優しさは素晴らしいが。学園であろうとも礼節はわきまえるべきだ」
「殿下……そのように大げさにおっしゃらないでくださいませ」

 やべ、クラリッサに助けられてやんの。
 口を開くほど墓穴を掘る私を差し置いて、目の前では王子と悪役令嬢の信頼イベントが始まってる。

「あの……」

 一応しおらしく振舞ってはみたけれど、ふたりの世界に入ってしまった彼らに私の言葉は届いてなさそうだ。

「リリア嬢」

 ユリウスが神経質そうに眼鏡を持ち上げる。
 よかった。完全に空気だったけど、どうにか私のターンが回ってきそう。

「彼女は君に親切にした。君はそれに対して無礼を働いた」
「あ、あの……」

 私は慌てて、可憐な表情を作る。
 涙目で守ってあげたい小動物感を演出。
 リリアの美貌なら十分効果はあるはず……!

「私、そんなつもりじゃ……ただ、少し驚いてしまって……」
「涙で場を流そうとするのは、誠実とは言えないね」

 薄っぺらい涙でその場を濁そうとした時、ジャヴェールの言葉が棘の様に刺さる。
 いや、確かにその場しのぎの泣きまねをしたのは事実だけど……なんで攻略対象全員が、クラリッサの親衛隊みたいになってるの?

「皆様」

 その時、クラリッサがやわらかく声を上げた。

「どうか、リリア様を責めないでくださいませ」

 彼女は私の方へ一歩近づくと、そっと私の手を取った。
 白い手袋越しの指先が、びっくりするほどやさしい。

「リリア様。わたくしの言い方が、かえってあなたを緊張させてしまったのかもしれませんわ。申し訳ありません」
「……は?」

 謝った。
 悪役令嬢が、私に……?
 初対面で、何も悪くないのに。

「入学式の前は、誰しも落ち着かないものです。わたくしも実はとても緊張しておりますの」

 クラリッサは穏やかに微笑む。

「それにクラリッサと呼んでいただけて嬉しかったですわ。これで私達、本当にお友達ですわね」

 眩しい。言っていることが、あまりにもまとも。

「君は本当に、誰にでも手を差し伸べるのだな」

 レオンハルトが、胸を打たれたように呟いた。

「その優しさに、何度救われたかわからない」

 ガウェインが小さく頷く。

「君の言葉には無駄がない。相手の感情を否定せず、しかし場の秩序も保っている。理想的な仲裁だ」

 ユリウスが言った。

「まさに砂漠の夜明けだ。冷えきった空気に、最初の光を差し込ませる」

 ジャヴェールが微笑む。
 四人が口々にクラリッサを褒める。
 そして私はまたぽつんと置いてけぼりになる。
 居心地が悪くて宙を眺めていたとき、校舎の鐘が鳴った。

「あら、入学式の時間ですわ」
「そうだな。行こう、リサ」

 その音を合図にクラリッサご一行は私を振り返ることなく去ってしまう。
 ぽつんと取り残された私は一歩も動くことができなかった。

『入学式に行かないのかね?』
「なんでよ……」

 プルプルの言葉も脳にまで届かない。
 私はがくりと膝をついて、キスせんばかりに地面に伏せる。
 
「せっかくヒロイン転生したのに――攻略対象全員、悪役令嬢が攻略済みなんですけど!」

 校門前に、私の絶叫が響き渡った。