私は待った、イベント発生を。
…………待った。
「……あれ?」
だけど、どれだけ待っても、彼らは来なかった。
おかしい。ゲームでは、レオンハルトたちが馬車から降りた直後、クラリッサが高笑いしながら現れるはず。
『まあ、あなたが噂の平民? ずいぶんと地味な方ですのね』
そう言って私に近づいてくる。
なのに、クラリッサの姿がない。
それどころか、攻略対象たちは私の方を見てもいない。
レオンハルトは、校門の方ではなく、馬車の反対側へ視線を向けていた。
ガウェインも同じ方向を見ている。
ユリウスは本を閉じた。
ジャヴェールは、なぜか嬉しそうに笑っている。
「……ん?」
私は首を傾げた。
何これ……こんな演出、あった?
次の瞬間、生徒たちのざわめきが別の色に変わった。
「クラリッサ様よ……!」
「ローゼンヴェルト公爵令嬢……!」
「今日もなんてお美しいの……」
その名を聞いた瞬間、私は反射的に顔を上げた。
校門の前に、もう一台の馬車が止まっていた。
黒塗りの車体に、銀の薔薇紋。王家の馬車とは違う、けれど負けず劣らず豪奢な公爵家の馬車。
扉が開く。
まず見えたのは、白い手袋に包まれた細い指だった。
それから、朝日にきらめく銀の髪。
絹糸みたいに滑らかな長い髪が、ふわりと風に揺れる。薔薇色の瞳。白磁のような肌。薄桃色の唇。
公爵令嬢クラリッサ・ローゼンヴェルト。
ゲームで何度も見た、悪役令嬢。
高慢で、わがままで、嫉妬深くて、リリアをいじめ抜き、最後には断罪されるためだけに存在する女。
……の、はずだった。
「リサ」
レオンハルトが、自然な動作で彼女に手を差し出した。
「足元に気をつけて」
「ありがとうございます、殿下」
クラリッサは、レオンハルトの手を取って馬車から降りる。
その仕草が、信じられないほど優雅だった。
(え、ちょっと待って。今、王子が悪役令嬢をエスコートした?)
ゲームだと、レオンハルトはこの時点でクラリッサのことを「政略で決められた婚約者」としか見ていないはずだ。
好感度で言えば初期値マイナス寄り。冷たい態度を取るはず。
なのに、今の声……やさしくなかった?
「人が多い。こちらへ」
ガウェインが、すっとクラリッサの後ろに立った。
大柄な体で、彼女を周囲の視線や人混みから守っている。
(待って、ガウェインって、序盤は女性慣れしてなくて無口すぎるせいで、リリアにしか心を開かない設定じゃなかった?)
「先日の本だ」
ユリウスがクラリッサに小さな包みを差し出した。
「君が読みたいと言っていたものだ。入手に少し手間取った」
「まあ、覚えていてくださいましたの?」
「忘れる理由がない」
ユリウスが自主的に他人の希望を覚えてる?
しかも「忘れる理由がない」?
それ、ルート終盤のデレ台詞では?
「朝露に濡れた薔薇より美しいな、クラリッサ」
ジャヴェールが笑いながら、彼女の銀髪に引っかかっていた小さな花びらを摘まんだ。
「おや。花が君に嫉妬したらしい」
「ジャヴェール様ったら、お上手ですこと」
「本心だよ」
今のは私に言うやつ!
ハーレムエンド後の追加シナリオで、リリアに言ってたやつ!
「…………」
私は口を開けたまま固まった。
目の前では、クラリッサが攻略対象四人に囲まれている。
王太子が手を取り、騎士が守り、魔術師が贈り物を渡し、砂漠の王子が甘い言葉を囁く。
その中心で、クラリッサは上品に微笑んでいた。
なにこれ。
どういうこと。
悪役令嬢って、こんなに歓迎されるキャラだった?
「プ、プププププルプル」
『何を動揺しているのだね』
「あれ、どういうこと……?」
『どういうことも何も、王太子たちがローゼンヴェルト公爵令嬢に挨拶をしているのだよ』
「いや、おかしいでしょ! なんでクラリッサが、攻略対象全員を侍らせてんの!?」
『侍らせているという言い方は品がないのだよ。あれは親しい友人たちに囲まれているのだ』
「友人!? あれが!? あの距離感で!?」
どう見ても友人ではない。
私にはわかる、あれは攻略済みの距離だ。
私は震える指で、レオンハルトたちを順番に指差した。
「王太子は婚約者だからまだわかるとして、ガウェインは? ユリウスは? ジャヴェールは? 何で全員クラリッサの周りにいるのよ!」
『彼らは幼馴染なのだよ。付き合いが長いのだ』
「そんなわけないじゃん! 少なくともジャヴェールは今年から留学のはずだし!」
『「様」をつけるのだ! 聡明なローゼンヴェルト公爵令嬢の慧眼なる商会経営によって、彼の国との貿易は長く続いているのだ』
「そんな設定ないって! クラリッサ馬鹿のはずじゃん!!」
私は、クラリッサを睨んだ。
銀髪。薔薇色の瞳。完璧な微笑。
ゲームでは高慢ちきな悪役令嬢だったくせに、今の彼女はどう見ても学園中の憧れだった。
しかも攻略対象たちが、当たり前みたいに彼女を大切にしている。
何が起きているの?
私が、ヒロインなのに。
今日から私の物語が始まるはずなのに。
私は、可憐にいじめられて、攻略対象たちに助けられるはずだったのに。
なのに、誰も私を見ていない。
その時、クラリッサがふとこちらを見た。
薔薇色の瞳が不思議そうに瞬いたかと思うと、彼女はつかつかとこちらへ向かってくる。
もちろん、攻略対象四人つきで。
「ごきげんよう」
クラリッサが、ふわりと微笑んだ。
「あなたが、リリア・ベルネット男爵令嬢ですのね」
「え、ええ。そうですけど」
私は、なんとか可憐な声を出した。
いじめチャンスはまだ残ってる!
初対面の悪役令嬢には、怯えたふりをするのが正解。ここで健気さを見せれば、周囲の同情を誘える。
けれど、クラリッサは私をいじめることなく優雅に礼をした。
「初めまして。クラリッサ・ローゼンヴェルトと申します。光魔法の適性をお持ちの聖女候補が入学なさると聞いて、ぜひご挨拶したいと思っておりましたの」
「え」
「慣れない環境で不安なことも多いでしょう。困ったことがあれば、どうぞ遠慮なくおっしゃってくださいませ」
「…………」
私は固まった。
何この優等生発言。
一体、何が起きているの――!?
…………待った。
「……あれ?」
だけど、どれだけ待っても、彼らは来なかった。
おかしい。ゲームでは、レオンハルトたちが馬車から降りた直後、クラリッサが高笑いしながら現れるはず。
『まあ、あなたが噂の平民? ずいぶんと地味な方ですのね』
そう言って私に近づいてくる。
なのに、クラリッサの姿がない。
それどころか、攻略対象たちは私の方を見てもいない。
レオンハルトは、校門の方ではなく、馬車の反対側へ視線を向けていた。
ガウェインも同じ方向を見ている。
ユリウスは本を閉じた。
ジャヴェールは、なぜか嬉しそうに笑っている。
「……ん?」
私は首を傾げた。
何これ……こんな演出、あった?
次の瞬間、生徒たちのざわめきが別の色に変わった。
「クラリッサ様よ……!」
「ローゼンヴェルト公爵令嬢……!」
「今日もなんてお美しいの……」
その名を聞いた瞬間、私は反射的に顔を上げた。
校門の前に、もう一台の馬車が止まっていた。
黒塗りの車体に、銀の薔薇紋。王家の馬車とは違う、けれど負けず劣らず豪奢な公爵家の馬車。
扉が開く。
まず見えたのは、白い手袋に包まれた細い指だった。
それから、朝日にきらめく銀の髪。
絹糸みたいに滑らかな長い髪が、ふわりと風に揺れる。薔薇色の瞳。白磁のような肌。薄桃色の唇。
公爵令嬢クラリッサ・ローゼンヴェルト。
ゲームで何度も見た、悪役令嬢。
高慢で、わがままで、嫉妬深くて、リリアをいじめ抜き、最後には断罪されるためだけに存在する女。
……の、はずだった。
「リサ」
レオンハルトが、自然な動作で彼女に手を差し出した。
「足元に気をつけて」
「ありがとうございます、殿下」
クラリッサは、レオンハルトの手を取って馬車から降りる。
その仕草が、信じられないほど優雅だった。
(え、ちょっと待って。今、王子が悪役令嬢をエスコートした?)
ゲームだと、レオンハルトはこの時点でクラリッサのことを「政略で決められた婚約者」としか見ていないはずだ。
好感度で言えば初期値マイナス寄り。冷たい態度を取るはず。
なのに、今の声……やさしくなかった?
「人が多い。こちらへ」
ガウェインが、すっとクラリッサの後ろに立った。
大柄な体で、彼女を周囲の視線や人混みから守っている。
(待って、ガウェインって、序盤は女性慣れしてなくて無口すぎるせいで、リリアにしか心を開かない設定じゃなかった?)
「先日の本だ」
ユリウスがクラリッサに小さな包みを差し出した。
「君が読みたいと言っていたものだ。入手に少し手間取った」
「まあ、覚えていてくださいましたの?」
「忘れる理由がない」
ユリウスが自主的に他人の希望を覚えてる?
しかも「忘れる理由がない」?
それ、ルート終盤のデレ台詞では?
「朝露に濡れた薔薇より美しいな、クラリッサ」
ジャヴェールが笑いながら、彼女の銀髪に引っかかっていた小さな花びらを摘まんだ。
「おや。花が君に嫉妬したらしい」
「ジャヴェール様ったら、お上手ですこと」
「本心だよ」
今のは私に言うやつ!
ハーレムエンド後の追加シナリオで、リリアに言ってたやつ!
「…………」
私は口を開けたまま固まった。
目の前では、クラリッサが攻略対象四人に囲まれている。
王太子が手を取り、騎士が守り、魔術師が贈り物を渡し、砂漠の王子が甘い言葉を囁く。
その中心で、クラリッサは上品に微笑んでいた。
なにこれ。
どういうこと。
悪役令嬢って、こんなに歓迎されるキャラだった?
「プ、プププププルプル」
『何を動揺しているのだね』
「あれ、どういうこと……?」
『どういうことも何も、王太子たちがローゼンヴェルト公爵令嬢に挨拶をしているのだよ』
「いや、おかしいでしょ! なんでクラリッサが、攻略対象全員を侍らせてんの!?」
『侍らせているという言い方は品がないのだよ。あれは親しい友人たちに囲まれているのだ』
「友人!? あれが!? あの距離感で!?」
どう見ても友人ではない。
私にはわかる、あれは攻略済みの距離だ。
私は震える指で、レオンハルトたちを順番に指差した。
「王太子は婚約者だからまだわかるとして、ガウェインは? ユリウスは? ジャヴェールは? 何で全員クラリッサの周りにいるのよ!」
『彼らは幼馴染なのだよ。付き合いが長いのだ』
「そんなわけないじゃん! 少なくともジャヴェールは今年から留学のはずだし!」
『「様」をつけるのだ! 聡明なローゼンヴェルト公爵令嬢の慧眼なる商会経営によって、彼の国との貿易は長く続いているのだ』
「そんな設定ないって! クラリッサ馬鹿のはずじゃん!!」
私は、クラリッサを睨んだ。
銀髪。薔薇色の瞳。完璧な微笑。
ゲームでは高慢ちきな悪役令嬢だったくせに、今の彼女はどう見ても学園中の憧れだった。
しかも攻略対象たちが、当たり前みたいに彼女を大切にしている。
何が起きているの?
私が、ヒロインなのに。
今日から私の物語が始まるはずなのに。
私は、可憐にいじめられて、攻略対象たちに助けられるはずだったのに。
なのに、誰も私を見ていない。
その時、クラリッサがふとこちらを見た。
薔薇色の瞳が不思議そうに瞬いたかと思うと、彼女はつかつかとこちらへ向かってくる。
もちろん、攻略対象四人つきで。
「ごきげんよう」
クラリッサが、ふわりと微笑んだ。
「あなたが、リリア・ベルネット男爵令嬢ですのね」
「え、ええ。そうですけど」
私は、なんとか可憐な声を出した。
いじめチャンスはまだ残ってる!
初対面の悪役令嬢には、怯えたふりをするのが正解。ここで健気さを見せれば、周囲の同情を誘える。
けれど、クラリッサは私をいじめることなく優雅に礼をした。
「初めまして。クラリッサ・ローゼンヴェルトと申します。光魔法の適性をお持ちの聖女候補が入学なさると聞いて、ぜひご挨拶したいと思っておりましたの」
「え」
「慣れない環境で不安なことも多いでしょう。困ったことがあれば、どうぞ遠慮なくおっしゃってくださいませ」
「…………」
私は固まった。
何この優等生発言。
一体、何が起きているの――!?

