ヒロイン転生したのに――攻略対象全員、悪役令嬢が攻略済みなんですけど!〜のけものヒロイン、なぜか悪役令嬢の兄から執着溺愛されています〜

 画面いっぱいに浮かび上がった金色の文字を見た瞬間、私は思わず足を止めた。

「……やった」

 小さく呟いた声が夜道に溶ける。

 私は毒島加寿子(ぶすじまかすこ)、17歳。趣味は乙女ゲーム。
 最近はもっぱら『花冠の聖女と暁の恋人たち』――『花恋』に夢中。
 登下校の時も、時には授業中でさえプレイして、私はついに最後のエンディングに到達した。
 四人全員の好感度を最大まで上げて、個別ルートを全部回収して、隠し選択肢も間違えずに選んで、悪役令嬢クラリッサを断罪して、最後は全員から愛を捧げられる究極のエンディング。
 
 スマホの画面の中では、淡い桜色の髪をした聖女リリアが、四人の美男子に囲まれて微笑んでいる。
 どこからどう見ても、完璧なハッピーエンドだった。

「ふふ……ふふふふ……」

 口元がゆるむ、頬が勝手に上がる。
 にやけるなと言われても無理だった。
 ゲームを始めた時から、私は決めていた。
 一人だけじゃ嫌、全員欲しい。
 王子も、騎士も、魔術師も、隣国の王子も、全員まとめて攻略したい。

(だってヒロインなんだから)

 ヒロインは、愛されるためにいる。
 世界の中心に立って、みんなから選ばれて、守られて、求められて、最後には全部を手に入れる。
 それが乙女ゲームというものだ。
 そして私は、やり遂げた。

「最高……」

 親指で画面をタップすると、最後のスチルがもう一度表示された。

 中央で微笑むリリア。
 その周りに並ぶ攻略対象たち。
 画面の端には、衛兵に連れていかれるクラリッサの小さな後ろ姿が映っている。
 最初はあんなに偉そうだったのに。
 公爵令嬢だからって、王子の婚約者だからって、ずっと上から目線でリリアの邪魔をしてきたくせに。
 最後は全部なくして退場。

「ふふっ」

 思わず笑いが漏れる。
 悪役令嬢は、悪役らしく負けてくれないと。
 ヒロインの幸せのために、きれいに舞台から消えてくれないと。

(いいなあ、リリアは何でも手に入って)
 
 画面の中のリリアは、どこまでも美しかった。
 可憐で、清楚で、儚げで、誰よりも愛される特別な女の子。
 私とは、何もかもが違う――

「……って、エンディング後の追加シナリオあるじゃん!」

 画面の下に、小さく新しい文字が出ていた。

『Extra Story 解放! 四人の恋人たちと過ごす、甘い後日談を読みますか?』

「読むに決まってるでしょ!」

 私は即座にタップした。
 画面が白く光り、今度は王城の庭園が映し出される。
 どうやらハーレムエンド後、リリアが四人とお茶会をする場面らしい。
 王太子がリリアのために紅茶を注ぎ、騎士が日傘を差し、魔術師が新しい魔法具を見せ、隣国の王子が甘い菓子を差し出している。

(最高、最高、最高ー!)

 にやけすぎて頬が痛い。
 歩きながら読むには、ちょっと危ないかもしれない。
 でも、やめられるわけがなかった。
 だって、ここからが本番なのだ。
 エンディングを迎えた後の、完全勝利のご褒美シナリオ。
 全員がリリアに甘くて、全員がリリアを取り合って、全員がリリアを特別扱いする時間。

 そんなの、今すぐ読むしかない!
 
『リリア。君は誰の隣に座る?』

 レオンハルトの台詞が表示される。
 次の瞬間、選択肢が現れた。

「そりゃ真ん中でしょ!」

 迷わず『みんなの真ん中』を選ぶ。
 画面の中で、リリアがふわりと微笑んだ。

『私は、皆様と一緒にいたいです』

 その瞬間、四人の好感度エフェクトが同時に弾けた。
 ピンク色の花びらが舞い、画面いっぱいにハートが飛ぶ。

「っはー! 逆ハー最高!」

 私は画面から目を離さないまま歩き出した。
 視界の端で、信号の色がちらりと滲んだ。
 青だった、気がする。
 たぶん。

 次の台詞が表示される。

『リリア。君が望むなら、私は――』
「えっ、なになに?」

 続きが気になって、親指が勝手に画面を叩く。
 その時だった。
 耳を裂くようなクラクションが鳴った。

「へ?」

 顔を上げた瞬間、視界いっぱいに白い光が広がった。
 大きな車体、迫ってくるヘッドライト。
 タイヤが道路を擦る音。
 
「馬鹿野郎! どこ見てやがる!」

 誰かの怒鳴る声が、はっきり聞こえた。
 信号は、赤。
 そう気づいた時にはもう遅かった。
 視界の中で夜空がぐるりと回る。

 画面の中ではリリアがまだ微笑んでいた。
 四人の美男子に囲まれて。
 世界で一番幸せそうに。

(やば、これ死ぬわ)

 けれど、不思議と怖くはなかった。
 だって、あるかもしれない。
 こういう時だけに許される、たった一つの奇跡。

 神様、ワンチャン転生、お願いします――!!