「ん」と手が差しだされる。声も顔も、純夜の見知った幼なじみ、光輝のものだ。
「なんでここが?」
光輝の手を取る。伝う体温が冷えた純夜の体に染みていく。
「総合の時間、うわの空だったじゃんか」
「それは」と言いかけ、純夜は黙った。ありったけの妄想を薪としてくべて、エアコンで冷えた体の暖を取っていたとは言えない。
「冷えてる」
純夜は光輝に引っぱり上げられ、そのまま抱きすくめられる。
「震えてる」
分かってる。けれど止められないのだ。
「心臓の音、やべーぞ」
「聞くなよ」
心臓がバクバク言ってる音、聞かれた。恥ずかしい。顔が熱くなるのを感じる。
「震え、収まったか?」
「もー大丈夫っ」と純夜は光輝の胸を軽く押した。
「腰抜かしてた奴が言うセリフかよ」
「どこから見てたんだよ」
「どうせ嘘ついて家出てきたワルには言わない」
ギクリ。光輝は何でもお見通しで、これ以上、ボロが出てはいけないと、純夜は口を固く結ぶ。
「歩けないなら、おぶってやろうか?」
光輝がニヤニヤと薄気味悪い笑いを浮かべている。からかっているのだ。
しかし、純夜は本気で悩んでしまう。これはより距離を詰める、千載一遇のチャンスなのではと。
「そうする」
「ま、そーだよな。え?」
「光輝が言ったんだ。男に二言なし、ほら」と純夜はおんぶをねだった。「お、おう」と戸惑いながらも、手のひらをうしろに向けてくる彼に純夜は飛びつき、その背に乗り上げる。
「え、軽」
「なんて?」
げしげしと足で光輝を蹴る。「わーったよ。重い、おもーい」と口にして、彼はお返しと言わんばかりに体を揺らしてきた。
「ぶらーんと」
「わ、わあっ!」
「あーらよっと。落とすわけないだろ」
これは光輝に一本取られた。
純夜は悔しくて、光輝の柔い髪をむしる勢いでつかむ。
「俺の髪は雑草じゃねえんだぞ」
「分かってる。綿毛だもんね!」
「柔らかい、柔らかーい」とその触り心地を純夜は楽しんだ。
「なんかよかった。体育祭ので悩んでんのかと思ったから」
唐突に光輝が切り出してくる。
「まあ、万年最下位だし」
「そりゃあ、つまんないですよー」と純夜は足をバタつかせる。
ハードル走ぐらいは、最下位を回避しようと、ひそかに走りこみ、もも上げなど、兄に見てもらいながら、特訓を積んでいることは言わない。
「じゃあ、俺のこと、見てて」
なんだって? 純夜は聞きかえそうとしたが、もう家に着いていた。
「煌くん、お家、上がっていく?」
出迎えた兄があわあわとしながら、光輝の顔色をうかがっているが、「もう夜も遅いのでお断りします。弟さん、夜遅くまでお借りして失礼しました」と頭を下げて、背を向ける。
「あ、光輝」
秒で兄の気配が消えるのを純夜は感じた。
「おやすみ……」
「俺から目、離すなよってこと」
光輝はふり返らない。
「追いつけない純夜でも、ずっと見てりゃ、見失わないで済むから! じゃ!」
光輝が帰ったあとも、純夜はしばらく夜風に吹かれていた。
あれはそういう意味? 僕がのろまだからってこと?
僕のトキメキを返せ! と地面の砂を削り、純夜は玄関の戸を思いきり閉めた。
「どどどうしたの、すみくん。おかえり」
「ただいま。おやすみ、よい兄」
怒りながら、純夜はにっこりスマイルを兄に向けて、足早に二階へ上がった。
そのままの勢いで部屋に入り、ベッドに飛びこむ。ベッドの上のぬいぐるみが勢いよく跳ねて、背中にもふっと着地した。
「よし。今日の夢は決めた」
背中からぬいぐるみを下ろし、「ごめんね、もふこみゅーる」とヨシヨシする。
黒い目がこちらを見つめてくる。
あの夜の雰囲気は、もっと巨大で怖かった。けれども見なければないのと同じ。
夜に染まった外から目を背けるように、カーテンを引いて、恐怖に押し戻されそうな思考をぶった切る。
ぬいぐるみを枕元に置き直して、布団を肩口までかぶり、純夜は目をつむった。
今日は絶対、流れ星の夢を見る。そしてお願いごとをして、願いを叶えてもらうんだ。
受験の願掛けと同じこと、とそれから純夜は毎夜毎夜、夢でありあらゆるジンクスを試し、願掛けに出向き、とうとう、体育祭当日の朝を迎えたのだった。
「なんでここが?」
光輝の手を取る。伝う体温が冷えた純夜の体に染みていく。
「総合の時間、うわの空だったじゃんか」
「それは」と言いかけ、純夜は黙った。ありったけの妄想を薪としてくべて、エアコンで冷えた体の暖を取っていたとは言えない。
「冷えてる」
純夜は光輝に引っぱり上げられ、そのまま抱きすくめられる。
「震えてる」
分かってる。けれど止められないのだ。
「心臓の音、やべーぞ」
「聞くなよ」
心臓がバクバク言ってる音、聞かれた。恥ずかしい。顔が熱くなるのを感じる。
「震え、収まったか?」
「もー大丈夫っ」と純夜は光輝の胸を軽く押した。
「腰抜かしてた奴が言うセリフかよ」
「どこから見てたんだよ」
「どうせ嘘ついて家出てきたワルには言わない」
ギクリ。光輝は何でもお見通しで、これ以上、ボロが出てはいけないと、純夜は口を固く結ぶ。
「歩けないなら、おぶってやろうか?」
光輝がニヤニヤと薄気味悪い笑いを浮かべている。からかっているのだ。
しかし、純夜は本気で悩んでしまう。これはより距離を詰める、千載一遇のチャンスなのではと。
「そうする」
「ま、そーだよな。え?」
「光輝が言ったんだ。男に二言なし、ほら」と純夜はおんぶをねだった。「お、おう」と戸惑いながらも、手のひらをうしろに向けてくる彼に純夜は飛びつき、その背に乗り上げる。
「え、軽」
「なんて?」
げしげしと足で光輝を蹴る。「わーったよ。重い、おもーい」と口にして、彼はお返しと言わんばかりに体を揺らしてきた。
「ぶらーんと」
「わ、わあっ!」
「あーらよっと。落とすわけないだろ」
これは光輝に一本取られた。
純夜は悔しくて、光輝の柔い髪をむしる勢いでつかむ。
「俺の髪は雑草じゃねえんだぞ」
「分かってる。綿毛だもんね!」
「柔らかい、柔らかーい」とその触り心地を純夜は楽しんだ。
「なんかよかった。体育祭ので悩んでんのかと思ったから」
唐突に光輝が切り出してくる。
「まあ、万年最下位だし」
「そりゃあ、つまんないですよー」と純夜は足をバタつかせる。
ハードル走ぐらいは、最下位を回避しようと、ひそかに走りこみ、もも上げなど、兄に見てもらいながら、特訓を積んでいることは言わない。
「じゃあ、俺のこと、見てて」
なんだって? 純夜は聞きかえそうとしたが、もう家に着いていた。
「煌くん、お家、上がっていく?」
出迎えた兄があわあわとしながら、光輝の顔色をうかがっているが、「もう夜も遅いのでお断りします。弟さん、夜遅くまでお借りして失礼しました」と頭を下げて、背を向ける。
「あ、光輝」
秒で兄の気配が消えるのを純夜は感じた。
「おやすみ……」
「俺から目、離すなよってこと」
光輝はふり返らない。
「追いつけない純夜でも、ずっと見てりゃ、見失わないで済むから! じゃ!」
光輝が帰ったあとも、純夜はしばらく夜風に吹かれていた。
あれはそういう意味? 僕がのろまだからってこと?
僕のトキメキを返せ! と地面の砂を削り、純夜は玄関の戸を思いきり閉めた。
「どどどうしたの、すみくん。おかえり」
「ただいま。おやすみ、よい兄」
怒りながら、純夜はにっこりスマイルを兄に向けて、足早に二階へ上がった。
そのままの勢いで部屋に入り、ベッドに飛びこむ。ベッドの上のぬいぐるみが勢いよく跳ねて、背中にもふっと着地した。
「よし。今日の夢は決めた」
背中からぬいぐるみを下ろし、「ごめんね、もふこみゅーる」とヨシヨシする。
黒い目がこちらを見つめてくる。
あの夜の雰囲気は、もっと巨大で怖かった。けれども見なければないのと同じ。
夜に染まった外から目を背けるように、カーテンを引いて、恐怖に押し戻されそうな思考をぶった切る。
ぬいぐるみを枕元に置き直して、布団を肩口までかぶり、純夜は目をつむった。
今日は絶対、流れ星の夢を見る。そしてお願いごとをして、願いを叶えてもらうんだ。
受験の願掛けと同じこと、とそれから純夜は毎夜毎夜、夢でありあらゆるジンクスを試し、願掛けに出向き、とうとう、体育祭当日の朝を迎えたのだった。
