純夜の手ひらでふんわりと光が広がった。兎神さまの周囲から、色とりどりの明かりが生まれ、四方八方に静かに散っていく。
夜の森に、ほわりと優しい明かりが溶けていった。
「あったかくて、キレイ……」
「なんか思ってたのと」
「光輝」
「……はい」
ぴしゃりと光輝をたしなめると、兎神さまは機嫌良さげに「そうだろう、そうだろう」とふんぞりかえって、ぽとり。
急に勢いを失い、純夜の手のなかに落ちて動かなくなった。
「兎神さま……?」
「エネルギー切れじゃね?」
そう言う光輝もへなへなとその場に崩れ落ちていった。
「俺も、力抜けたわ……」
「……ありがとう」
倒れこんだ光輝を純夜は支え、抱きしめる。
「みんな、僕のこと、考えてくれて」
「あたりめぇだろ」と光輝の体が震え、笑っているようだった。
「僕もがんばるから」
光輝にすり寄る。誓いを立てるみたく、額に額を擦りつける。
「一緒に流星、止めよう」
「だな」と光輝が笑顔になる。
何も言わなくなった兎神さま、もとい、もふこみゅーるをバッグにしまい、二人はしっかりと手を繋いで夜の森をあとにした。
花火もすっかり終わって遅くの帰宅になったが、純夜が「とっても楽しかった」と言うと代依は心配そうにはしていたが、何も聞かずに「そっか。よかったね」と微笑んでいた。
夏祭りのあと、夜の森での出来事から、兎神さまは、うんともすんとも言ってこない。もふこみゅーるはただのうさぎのぬいぐるみに戻り、純夜のベッドに寝かせられているだけだ。
あれは、純夜の生きたい願望と、光輝の執念が見せた、都合のいい幻なのではないかと思いはじめていたが。
光輝が張りきっているので、純夜は不安を口に出せず、企画から力を入れた文化祭もそこそこに、気づけば運命の日を迎えていた。
数日前、兎神さまが突然、しゃべり出し、もうすぐだと言ったのだ。
純夜は兎神さま、もとい、もふこみゅーると、準備した夜光石をリュックに詰め、そろりと部屋を抜けだす。足音を立てないように。
光輝は父親に星の軌道を教えてもらいながらも、兎神さまからの合図があった日に、父親の仕事部屋に忍びこんで、天体望遠鏡の設定をこっそりいじったらしい。
いけないことだと分かってはいるが、流星群の再来で、兎神町が大混乱に陥るのは、マズかった。
必ず、成功させるのだから。あとで怒られよう。
玄関まであと少し、のところで、「すみくん」とか細い声がした。
「よ、よいにぃ……?」
「今夜は外に出ちゃダメ」
「光輝と約束してて……」
「絶対だめ」
代依は静かに、けれど確実に迫ってくる。
「二人が何をしようとしているのかは分からないけど、煌くんのお父さんから連絡があった」
心臓が跳ねる。なんだろう、ひどい胸騒ぎがする。
「君たちは絶対に家にいなさいって」
バレたのか。天体望遠鏡に光輝が細工をしたのが。
「止められる。いや、僕と光輝なら、兎神町を守れるんだ」
「絶対にだめ。いやだ、いや! 僕は純夜をずっと守っていくって決めたんだ」
「よい、にぃ……?」
「あの日、目の前で、お父さんもお母さんも何も言わなくなって、どうしたらいいか分からなくて、車が燃えて、このまま両親と一緒にって。でも」
代依の口から初めて語られる両親の話。ずっとずっと、一人で胸にしまって生きてきたのだろうか。
純夜は胸がひどく痛むのを感じた。
「赤ちゃんだった君が泣いたんだ」
代依の声は震えている。
「僕が守ってあげなきゃって思った」
代依が泣いている。
命懸けで守り抜いた弟だもんな。今まで不自由なく、のびのびと育ててもらって。
そんな大切な大切な肉親を今、抱きしめて、踏み止まってしまったら、その体温を感じてしまったら、きっと迷いが生まれてしまうから。
行ってほしくない、たった一人の肉親の必死のお願いを純夜は、叶えてあげられそうになかった。
「行かないで、すみくん……」
代依の悲痛な声が小さく、部屋の暗がりに紛れていく。
「よい兄、ありがとう、心配してくれて」
純夜を守り抜く。その強固な誓いは、いつしか代依に、呪いのように絡みついてしまって。
「僕、もう大丈夫だよ」
いい加減、その呪いから、僕がよい兄を解放してあげなきゃ。
「今度は僕が守る番!」
ずっと守られてきた、せめてもの恩返し。
「よい兄。行ってきます」
よい兄の行かないでの思いとは反するけど。これは僕自身と兎神町を救うために必要な拒絶だ。
「…………気をつけてね」
ドアが閉まる直前、純夜にはそう聞こえた気がした。
家を出ると、道の向こうに光輝の姿がある。近づけば、半べそをかいていた。
「父さんから、げんこつと説教、食らわされた」
「そっか。大変だったね」と頭をなで、純夜は光輝を慰める。
「僕もよい兄からすごく引き留められたけど」
純夜は光輝の涙を拭って、その手を取る。
「行こう。行くしかない。僕たちで絶対、止めよう」
歩き出した二人。夜空には月だけが輝く。
「星、すげぇけど、純夜には見えないんだよな?」
「うん……」
二人の間に不穏な空気が流れるが、「まぁ、でも、星ぐらい、見えなくてもいいでしょ」と純夜は気を取り直した。
夜の町は静かで、十一月下旬の外は少し肌寒い。延々とつづく田畑、遠くに見える町並み。尊くて、かけがえのない風景。
流星が落ちて火事になれば、すべて失われてしまう。
絶対に止めるんだ。
決意を新たにして、二人は兎神さまの祠がある森へ、たどり着き、足を踏み入れる。
「分かってるとは思うが」
「わ!」
「急にしゃべるなよ」
「何しても驚くじゃろうが」と兎神さまは嘆息し、「チャックを開けるのじゃ」と純夜にうながす。
リュックのチャックを開けた途端、もふこみゅーるの姿をした兎神さまが飛び出してくる。
「いいか、森に入ったら、ゆーっくり歩くのじゃ。この森のまじないゆえな」
「やっぱそうかよ」と足の速い光輝は悔しそうだ。
「教えてくれてありがとう、兎神さま」
「当然じゃ、運命を共にする仲じゃからのう」と言いながら、「特に貴様に言っているのじゃぞ、光輝」と兎神さまは光輝を小突いた。
「わーってます。純夜に合わせるんで」
「う、うん!」
責任重大だが、いつものペースで歩けばいいんだと純夜は自分に言い聞かせ、一歩踏み出した。
夜の森に、ほわりと優しい明かりが溶けていった。
「あったかくて、キレイ……」
「なんか思ってたのと」
「光輝」
「……はい」
ぴしゃりと光輝をたしなめると、兎神さまは機嫌良さげに「そうだろう、そうだろう」とふんぞりかえって、ぽとり。
急に勢いを失い、純夜の手のなかに落ちて動かなくなった。
「兎神さま……?」
「エネルギー切れじゃね?」
そう言う光輝もへなへなとその場に崩れ落ちていった。
「俺も、力抜けたわ……」
「……ありがとう」
倒れこんだ光輝を純夜は支え、抱きしめる。
「みんな、僕のこと、考えてくれて」
「あたりめぇだろ」と光輝の体が震え、笑っているようだった。
「僕もがんばるから」
光輝にすり寄る。誓いを立てるみたく、額に額を擦りつける。
「一緒に流星、止めよう」
「だな」と光輝が笑顔になる。
何も言わなくなった兎神さま、もとい、もふこみゅーるをバッグにしまい、二人はしっかりと手を繋いで夜の森をあとにした。
花火もすっかり終わって遅くの帰宅になったが、純夜が「とっても楽しかった」と言うと代依は心配そうにはしていたが、何も聞かずに「そっか。よかったね」と微笑んでいた。
夏祭りのあと、夜の森での出来事から、兎神さまは、うんともすんとも言ってこない。もふこみゅーるはただのうさぎのぬいぐるみに戻り、純夜のベッドに寝かせられているだけだ。
あれは、純夜の生きたい願望と、光輝の執念が見せた、都合のいい幻なのではないかと思いはじめていたが。
光輝が張りきっているので、純夜は不安を口に出せず、企画から力を入れた文化祭もそこそこに、気づけば運命の日を迎えていた。
数日前、兎神さまが突然、しゃべり出し、もうすぐだと言ったのだ。
純夜は兎神さま、もとい、もふこみゅーると、準備した夜光石をリュックに詰め、そろりと部屋を抜けだす。足音を立てないように。
光輝は父親に星の軌道を教えてもらいながらも、兎神さまからの合図があった日に、父親の仕事部屋に忍びこんで、天体望遠鏡の設定をこっそりいじったらしい。
いけないことだと分かってはいるが、流星群の再来で、兎神町が大混乱に陥るのは、マズかった。
必ず、成功させるのだから。あとで怒られよう。
玄関まであと少し、のところで、「すみくん」とか細い声がした。
「よ、よいにぃ……?」
「今夜は外に出ちゃダメ」
「光輝と約束してて……」
「絶対だめ」
代依は静かに、けれど確実に迫ってくる。
「二人が何をしようとしているのかは分からないけど、煌くんのお父さんから連絡があった」
心臓が跳ねる。なんだろう、ひどい胸騒ぎがする。
「君たちは絶対に家にいなさいって」
バレたのか。天体望遠鏡に光輝が細工をしたのが。
「止められる。いや、僕と光輝なら、兎神町を守れるんだ」
「絶対にだめ。いやだ、いや! 僕は純夜をずっと守っていくって決めたんだ」
「よい、にぃ……?」
「あの日、目の前で、お父さんもお母さんも何も言わなくなって、どうしたらいいか分からなくて、車が燃えて、このまま両親と一緒にって。でも」
代依の口から初めて語られる両親の話。ずっとずっと、一人で胸にしまって生きてきたのだろうか。
純夜は胸がひどく痛むのを感じた。
「赤ちゃんだった君が泣いたんだ」
代依の声は震えている。
「僕が守ってあげなきゃって思った」
代依が泣いている。
命懸けで守り抜いた弟だもんな。今まで不自由なく、のびのびと育ててもらって。
そんな大切な大切な肉親を今、抱きしめて、踏み止まってしまったら、その体温を感じてしまったら、きっと迷いが生まれてしまうから。
行ってほしくない、たった一人の肉親の必死のお願いを純夜は、叶えてあげられそうになかった。
「行かないで、すみくん……」
代依の悲痛な声が小さく、部屋の暗がりに紛れていく。
「よい兄、ありがとう、心配してくれて」
純夜を守り抜く。その強固な誓いは、いつしか代依に、呪いのように絡みついてしまって。
「僕、もう大丈夫だよ」
いい加減、その呪いから、僕がよい兄を解放してあげなきゃ。
「今度は僕が守る番!」
ずっと守られてきた、せめてもの恩返し。
「よい兄。行ってきます」
よい兄の行かないでの思いとは反するけど。これは僕自身と兎神町を救うために必要な拒絶だ。
「…………気をつけてね」
ドアが閉まる直前、純夜にはそう聞こえた気がした。
家を出ると、道の向こうに光輝の姿がある。近づけば、半べそをかいていた。
「父さんから、げんこつと説教、食らわされた」
「そっか。大変だったね」と頭をなで、純夜は光輝を慰める。
「僕もよい兄からすごく引き留められたけど」
純夜は光輝の涙を拭って、その手を取る。
「行こう。行くしかない。僕たちで絶対、止めよう」
歩き出した二人。夜空には月だけが輝く。
「星、すげぇけど、純夜には見えないんだよな?」
「うん……」
二人の間に不穏な空気が流れるが、「まぁ、でも、星ぐらい、見えなくてもいいでしょ」と純夜は気を取り直した。
夜の町は静かで、十一月下旬の外は少し肌寒い。延々とつづく田畑、遠くに見える町並み。尊くて、かけがえのない風景。
流星が落ちて火事になれば、すべて失われてしまう。
絶対に止めるんだ。
決意を新たにして、二人は兎神さまの祠がある森へ、たどり着き、足を踏み入れる。
「分かってるとは思うが」
「わ!」
「急にしゃべるなよ」
「何しても驚くじゃろうが」と兎神さまは嘆息し、「チャックを開けるのじゃ」と純夜にうながす。
リュックのチャックを開けた途端、もふこみゅーるの姿をした兎神さまが飛び出してくる。
「いいか、森に入ったら、ゆーっくり歩くのじゃ。この森のまじないゆえな」
「やっぱそうかよ」と足の速い光輝は悔しそうだ。
「教えてくれてありがとう、兎神さま」
「当然じゃ、運命を共にする仲じゃからのう」と言いながら、「特に貴様に言っているのじゃぞ、光輝」と兎神さまは光輝を小突いた。
「わーってます。純夜に合わせるんで」
「う、うん!」
責任重大だが、いつものペースで歩けばいいんだと純夜は自分に言い聞かせ、一歩踏み出した。
