末永くお鈍いもふしてあげます

 暗夜に浮かぶ、メガネ。学校でうわさされていた、例の、メガネの亡霊が夏祭りにも出たのだ。
「わ、出た! 出た! 亡霊メガネ!」
「なん、だ、それは……」
「え? しゃべった……?」
 よくよく目を凝らせば、暗闇に、メガネをかけた人が立っているだけであった。
「訳あって、名乗れぬ。俺は君と話をしに来ただけだ」
「はぁ……?」
 純夜は困惑し、身構えながら、相手の反応を待った。
「俺にも……親がいない」
「そう、なんだ……」
 いきなり、何の話だろう。
 純夜は相手が突然現れた真意をつかめずにいる。
「君のこと、ずっと見てたんだ」
「へ、へぇ……」
 若干、身を引きつつも、純夜は相手の話に耳を傾けた。
「この気持ちはずっとなんなのか、考えていたんだ」
 なんだろうな。これから何がはじまるんだろう。
 純夜の心臓が高鳴る。
「俺も君と同じ施設育ちなんだ」
 逸る心臓が、バクンっと大きく跳ねた。
「ごめん、全然、知らなかった……」
「いいさ、俺はどうやら影が薄いらしいからな」
 なんか、ごめん……となり、純夜はうつむく。
「俺は施設育ちで親がいなくても、家族がいなくても、みじめじゃないって証明したかったのと」
 純夜は顔を上げる。けれど、目の前の彼はどんな顔をしているのか、うかがい知れない。
「ずっと見てたのは、たぶん、君たち兄弟がうらやましかったんだと思った」
 羨望のまなざし、か。ずっと、ずっと、自分が。憧れてきて、つかもうとして、不器用すぎて、うまくいかなくて。それでも努力を重ねて手にした、あの、体育祭でのハードル走一位が思い起こされる。
「弟子を取ってみて、初めて気づいたんだ、己の感情に」
 「走るのが嫌で、ハードルを田んぼに埋めた、おもしろい奴でな」と彼が少しだけ、メガネの奥で笑ったような気配がする。
「ハードル、埋めたの、お化けじゃなかったんだ……」
「まあ、そうだな。危機に瀕した際の馬力は凄まじい、化け物じみた奴だが、少々力の使いどころを誤る。不器用だが、見込みはある」
 見捨てないでいてくれる、手綱を離さないでいてくれる存在がいる。それがどんなに心の支えになることか。純夜は身に染みていた。
「ありがとう。君たちのおかげで、道を誤らないでここまで生きてこられた」
 「う、うん……?」と、なんだか勝手に壮大な感謝を持たれていることに、純夜はますます訳が分からなくなりながらも、差し出された手を凝視した。
 ドンドンと空打ちの音がしている。不気味に脈打つ鼓動みたいにうるさい。
「これからも、道の先を照らす、師匠であってほしい」
 その手を無意識、その場の流れで、握ってしまいそうになる。
「ゴラァー! 次席走(つぎはし)、てめぇ、なにしてやがる!」
 光輝が怒号とともに、瞬く間に駆け上がってきた。
 握ろうと上げた純夜の手を取って、光輝が走り出す。
「行くぞ!」
「光輝、ちょっと」
 土手の上を二人で走り抜けていく。繋がれた手に汗がにじんでいる。光輝はふり返らないし、速度も落とさない。
 ついていけなくなり、転びかけた純夜は、強く光輝の手を引っ張った。
「速いって、ば……!」
 光輝の足が止まった。花火の音がした。しばらくして夜空が明るく染め上げられる。
 彼は何も言わない。手は繋がれたままで。
「花火、はじまったよ……?」
 純夜はおそるおそる彼に呼びかける。反応がないので、手を揺らすと、光輝の肩が上がった。
「取られるかと思った」
「え?」
「純夜のとなり」
 夜空に大輪が咲き誇る爆音が響いていて、いつもより儚げな光輝の声がかき消されそうだ。純夜は聞き逃すまいと距離を縮めた。
 けれど光輝は逃げるように歩きだしてしまう。手だけは離さず。
 純夜は黙って、彼についていくしかない。
「花火、何色に見えてる?」
「何色……?」
 唐突に問われて、歩きながら横目に花火に視線を移す。
「青っぽいのと黄色い光?」
「…………そう」
 いつの間にか、あの森の入口まで来ていた。純夜の足がすくむ。
「純夜、やっぱり、遅れて光が見えてるんだな」
「……え?」
「小さい頃の記憶、戻ってきてるだろ」
「そりゃ、たまに思い出すけど」
「夜空に何が見えてる?」
 言われて純夜の顔が上がる。花火と青白い月が真っ暗な空に、キレイに輝いていた。
「花火と月だよ」
「やっぱり、あんな輝いてんのに、星、見えてねえんだな」
 ドクンと脈打つ。星、ってあれ、なんだっけ。
「蛍は見えてた。近くの光はまだ大丈夫なんだ。でも遠くの小さい光はもう見えないんだな」
 だって、そんな、夜空にちゃんと星が。
「あんな、星がキレイ、好きってよろこんでたのに、言わなくなっていったから」
 ない。僕の視界には、星の瞬きが一切ない。
「純夜。またおまじない、かけ直す」
 ぐいっと腕が引かれる。倒れそうになるなるのに、光輝は容赦しない。
 森のなかへと無理やり連れていかれる。力強くて、純夜はその手を解けない。
 なんて非力な。元が不器用で力のない僕には到底かなわない。
 光輝のありったけの力が初めて怖いと純夜は感じていた。
「ごめん、光輝。僕、なんか悪いこと、したんだよ、ごめんね」
「ちげえよ! 俺が悪いんだよ」
 光輝が叫んだ。音圧で肌がジリリと震える。
「俺が小さい頃、力のコントロールができなくて、純夜にうつしちまったんだ」
 あの、施設のお祭りで、初めて光輝と会ったときのこと。手を繋ごうとして、彼の手袋が取れて、その手から出る光を……。
 目に浴びた。
「俺は光を放てる〝天体病〟なんだ。子どもんとき、そのせいで機械を壊しまくってた」
 機械を壊してしまうから、家には電化製品が少ない。ほとんどの家事は兄の代依がやってくれていたから。
「うつした奴は制御できねんだ。放電みたいなことやっても、完ぺきには抑えられない」
 額をくっつけて、手と手を合わせて。落ち着くおまじない。それは、まるで溜まった電気を受け流す動作みたいで。
 バラバラだったピースがキレイにハマった。
「俺の光で純夜の記憶を焼く」
 瞬間、純夜は手をふり解いて、光輝から逃げた。