開始のチャイムが鳴った。暑いと仰いでいた生徒たちの動きが一斉に止まる。
「えーっと、疾風神は今日も早退か?」
先生が確認しているのは、疾風神速人のことだ。爆速配達が売りの、疾風神速運送の息子で、この町で知らない者はいない。しかし、いつも風邪ばかり引いて、登校するだけで体調を崩すらしく、爆速で早退してしまうため、彼の姿を見たことがある者はいるとかいないとか。
「出た。兎神町、七不思議。爆速の早退生、疾風神」
「あと六つはなんだよ」と教室中に爆笑が広がる。
六つと聞いて、純夜は考えこむ。七転び八起きと言うけれど、光輝との夏祭り作戦は、過去六回とも失敗していた。
二人だけで夏祭り、初めての挑戦は小学六年生。そもそも土地勘が育っていなかったせいで、道に迷って迷いまくって、迷子になって終わり。中一、水田に落ちて、びしょ濡れになり、断念。中二、学校の夏季講習や補習でくたくたになり、潰れた。中三、受験期で夏祭りで遊んでいる余裕はなく。
高一、天候が大荒れで祭り自体が中止に。高二、僕が夏風邪で寝込んだ。
今度こそ、高三の夏こそは……!
仏さまも仰天の、七度目の正直である。
純夜は高校三年生という、青春の最後かもしれない、夏の祭りの予定を開けるために、勉学に勤しみ、それなりに悪くない成績を修めてきた。
この日ために、この日ためだ。
しかし、まだ薫風香る五月中旬だった。先取りすぎる夏祭りで浮かれる騒ぎどころか、体育祭も終わっていなかった。
体育祭。それは、受験勉強ばかりしてきた、運動不足の高校三年生の身に鞭を打つ苦行の行事だ。
夏過ぎて秋も暑すぎることから、外行事は夏休み前に行うことになったそうで。
「それにしたって暑い」
朝の時間が終わり、背後から生ぬるい風が吹きはじめ、教室中にめぐっていった。
まだ夏前なのに、すでに初夏の陽気で、教室のエアコンから、胸が焼けるような煮詰まった臭気が、冷風とともに吹きだしてきている。本来なら体育祭のあとに試運転のはずのエアコンも早めの稼働で、調子がおかしくなっているようだった。
純夜はよどむ空気に毒されたように、授業中も終始ぼーっとして過ごし、総合の時間を迎えた。六月頭に開催を控えた体育祭の最終調整。
誰がなにをやって、こういう順番で、と行事のしおりが配られる。兎神町は土地だけはだだっ広く余るほどあるので、学校も恩恵を受けており、その広さを生かした、競争種目が多い。
小学生、中学生の頃にあったような、パン食い競争とか借り物競争なんていうお遊びはなかった。
なんというか、高校生となれば、本気の競技しかない。その上、高校三年生は座学の時間が非常に多く、体力が極端に落ちている。
短期決戦の短距離走、持久力が試される長距離走、スピードと瞬発力などが重要なハードル走、体力と機動力が重視の騎馬戦。
純夜は種目を見ただけでお腹いっぱいになり、しおりを静かに閉じた。彼は遠い目をした。
七度目の正直を悲願にしてここまで来ましたが、ごめんなさい、神さま。僕は無事、夏休みを迎えられそうにありません。
同じクラスの光輝が視界に映り、ピントが定まる。彼は体育祭の行進で騎手も務めるし、運動神経もすこぶるいいため、すべての種目で活躍まちがいなしだった。
「光輝にトーチを持たせようぜ」
「トーチってなに?」
「聖火ランナーが持ってるやつ!」
手からビームが出ると男子たちは大はしゃぎし、光輝に叩かれている。
トーチか。光輝が持ったら、様になるだろうな。
きっと、ギリシャ彫刻のような見事なガタイの体で、たくましい走りで観客を魅了するんだ。
体育の着替えのとき、盗み見てしまった光輝の裸。同じ男とは思えないほど筋肉質で、なよなよしい体つきの純夜には輝いて見えた。
本当に、手のみならず、全身から発光しているのではないかと錯覚するほど、彼はまぶしい存在だ。
僕の身勝手な仄暗い夢で汚していいわけがなかった。不器用で人生に汚点ばかり付けてきた僕と釣り合わないところにいる人。
でも、彼は僕の幼なじみで、誰よりもそばにいて、誰にも渡したくない。彼とは清く正しい関係でありたいし、嫌われるなんてあってはならない。
夢の誘惑が頭をもたげる。夢ならいくらでも試せるよと。
そうだ、現実さえ、輝いていればいいのだ。机の傷を平すように爪でなぞる。
夢でならどんな爪痕を残しても消えるし、失敗しても何をしても許される。今日はこれを試して、ダメだったら次の案は。
そんな妄想を繰り広げながら、退屈な話し合いの時間を純夜はやり過ごした。
「えーっと、疾風神は今日も早退か?」
先生が確認しているのは、疾風神速人のことだ。爆速配達が売りの、疾風神速運送の息子で、この町で知らない者はいない。しかし、いつも風邪ばかり引いて、登校するだけで体調を崩すらしく、爆速で早退してしまうため、彼の姿を見たことがある者はいるとかいないとか。
「出た。兎神町、七不思議。爆速の早退生、疾風神」
「あと六つはなんだよ」と教室中に爆笑が広がる。
六つと聞いて、純夜は考えこむ。七転び八起きと言うけれど、光輝との夏祭り作戦は、過去六回とも失敗していた。
二人だけで夏祭り、初めての挑戦は小学六年生。そもそも土地勘が育っていなかったせいで、道に迷って迷いまくって、迷子になって終わり。中一、水田に落ちて、びしょ濡れになり、断念。中二、学校の夏季講習や補習でくたくたになり、潰れた。中三、受験期で夏祭りで遊んでいる余裕はなく。
高一、天候が大荒れで祭り自体が中止に。高二、僕が夏風邪で寝込んだ。
今度こそ、高三の夏こそは……!
仏さまも仰天の、七度目の正直である。
純夜は高校三年生という、青春の最後かもしれない、夏の祭りの予定を開けるために、勉学に勤しみ、それなりに悪くない成績を修めてきた。
この日ために、この日ためだ。
しかし、まだ薫風香る五月中旬だった。先取りすぎる夏祭りで浮かれる騒ぎどころか、体育祭も終わっていなかった。
体育祭。それは、受験勉強ばかりしてきた、運動不足の高校三年生の身に鞭を打つ苦行の行事だ。
夏過ぎて秋も暑すぎることから、外行事は夏休み前に行うことになったそうで。
「それにしたって暑い」
朝の時間が終わり、背後から生ぬるい風が吹きはじめ、教室中にめぐっていった。
まだ夏前なのに、すでに初夏の陽気で、教室のエアコンから、胸が焼けるような煮詰まった臭気が、冷風とともに吹きだしてきている。本来なら体育祭のあとに試運転のはずのエアコンも早めの稼働で、調子がおかしくなっているようだった。
純夜はよどむ空気に毒されたように、授業中も終始ぼーっとして過ごし、総合の時間を迎えた。六月頭に開催を控えた体育祭の最終調整。
誰がなにをやって、こういう順番で、と行事のしおりが配られる。兎神町は土地だけはだだっ広く余るほどあるので、学校も恩恵を受けており、その広さを生かした、競争種目が多い。
小学生、中学生の頃にあったような、パン食い競争とか借り物競争なんていうお遊びはなかった。
なんというか、高校生となれば、本気の競技しかない。その上、高校三年生は座学の時間が非常に多く、体力が極端に落ちている。
短期決戦の短距離走、持久力が試される長距離走、スピードと瞬発力などが重要なハードル走、体力と機動力が重視の騎馬戦。
純夜は種目を見ただけでお腹いっぱいになり、しおりを静かに閉じた。彼は遠い目をした。
七度目の正直を悲願にしてここまで来ましたが、ごめんなさい、神さま。僕は無事、夏休みを迎えられそうにありません。
同じクラスの光輝が視界に映り、ピントが定まる。彼は体育祭の行進で騎手も務めるし、運動神経もすこぶるいいため、すべての種目で活躍まちがいなしだった。
「光輝にトーチを持たせようぜ」
「トーチってなに?」
「聖火ランナーが持ってるやつ!」
手からビームが出ると男子たちは大はしゃぎし、光輝に叩かれている。
トーチか。光輝が持ったら、様になるだろうな。
きっと、ギリシャ彫刻のような見事なガタイの体で、たくましい走りで観客を魅了するんだ。
体育の着替えのとき、盗み見てしまった光輝の裸。同じ男とは思えないほど筋肉質で、なよなよしい体つきの純夜には輝いて見えた。
本当に、手のみならず、全身から発光しているのではないかと錯覚するほど、彼はまぶしい存在だ。
僕の身勝手な仄暗い夢で汚していいわけがなかった。不器用で人生に汚点ばかり付けてきた僕と釣り合わないところにいる人。
でも、彼は僕の幼なじみで、誰よりもそばにいて、誰にも渡したくない。彼とは清く正しい関係でありたいし、嫌われるなんてあってはならない。
夢の誘惑が頭をもたげる。夢ならいくらでも試せるよと。
そうだ、現実さえ、輝いていればいいのだ。机の傷を平すように爪でなぞる。
夢でならどんな爪痕を残しても消えるし、失敗しても何をしても許される。今日はこれを試して、ダメだったら次の案は。
そんな妄想を繰り広げながら、退屈な話し合いの時間を純夜はやり過ごした。
