末永くお鈍いもふしてあげます

 川沿いを歩き続けると、兎神豊穣祭と掲げられた立て看板が見えてきた。
 隣を歩いてくれる光輝を意識しつつも、純夜は彼と二人きりにならないよう、クラスメイトたちから離れないように何度も距離を確かめる。
 純夜の体育祭での体力強化の努力もむなしく、だいぶ先の方から、先頭組から歓声が上がった。祭りの会場に入ったようだ。
 マズい、先頭組からどんどん離れてしまっている。
 足を痛めることも忘れ、光輝に話を合わせながら、純夜も精いっぱいの競歩で、アーチまでたどり着く。
 会場内に足を踏み入れれば、すぐににぎわいに包まれ、純夜の焦りや不安などは散ってしまった。
 屋台が道の両脇にズラリと並び、そこかしこで食欲をそそる香りや、屋台を楽しむ声がしている。
「花火までは自由行動だな」
「うん。なるべくみんなと遊びたいけど」
 このごった返す人だかりのなかでは、クラスメイトたちで固まって行動するのは厳しそうだ。
 だが、この人混み、純夜にとってはかえって好都合だった。どこも人、人、人のため、光輝と二人きりになるのは不可能だ。
「なんか食べるか?」
「う、ん! えーっと……」
 最初からがっつり焼きそばか、うーん、フランクフルトもおいしいんだよなあ、お好み焼きも想像するだけでヨダレが出そうだし、リンゴ飴も食べたいし……。
「どーせ、あれもこれも食べたいんだろ? 食べたいのぜんぶ買って、分け合えばよくね?」
「うっ、見透かされてる……っ!」
 垂れかけたヨダレを拭い、純夜は「あと今年は兎神ポテトも食べたい」と目を輝かせた。
「飲みもんは、ラムネでいいか?」
「そうだね、夏祭りはラムネがなくっちゃ!」
 屋台を練り歩き、おごるという光輝に強引にお金を押しつけ、純夜は目的のものをぜんぶ手にして、嬉々としてベンチに座り、足を投げ出した。
「ラムネ……」
「待って、ラムネは最後にする!」
「え、せっかく冷えてるのに」
「うーん、そっか……」
 純夜にはラムネに苦い思い出がある。ラムネチャレンジは毎回、失敗に終わっているのだ。
 難しいんだよな、ラムネをこぼさず、開けるの。光輝はこうやれば吹きださないんだよって、やってみせてはくれるけど、僕がそれを再現できたためしがない。
 しかも、ラムネは祭りの時にしか飲んでないから、練習も何もなしに、一発勝負だし。
「……俺が開けてやろうか?」
「僕の楽しみ、奪わないで」
「お、おう……?」
 純夜はラムネを手にして、ベンチから立ち上がった。ラムネのフタのラベルをすべて剥がし、必要ないものはすべてベンチに置く。両手を前に突き出し、ラムネから距離を取る。これで万が一、吹きだしても服にかかりにくい。
 あとはフタを押しこむだけ。
 深呼吸を数回、繰り返す。意を決して、純夜は親指に圧をかけ、フタを一気に押しこんだ。
 カシュリと炭酸の抜ける音がした。
 吹きこぼれていない。
「やったぁ! 成功……」
 よろこんだのも束の間、押しこんだフタのすき間から、ドバドバと炭酸水が漏れてくる。
「わ、わ、わ!」
「バカ。開けたら口にすぐ流しこめって」
 手をびしょ濡れにし、地面に染みを作りながら、純夜は慌てて、ラムネに口を付けた。
「うぐっ、げほっ」
「おい、大丈夫かよ」
 心配をしながらも隣で涼しい顔をして、いつの間にか余裕でラムネを開封し、ゴクゴクと飲んでいる光輝が、純夜はうらめしくなりながら、ムシャクシャしてリンゴ飴にかじりついた。
「おいしい」
「なんで悔しがりながら食うんだ」
「絶対、成功したと思ったのに」
 リンゴ飴、甘くて、カリカリ、シャクシャクして食感も楽しくておいしい。
 ラムネ、シュワシュワが延々と口の中にまとわりついて消えなくて、泡を食っているような、なんだか失敗した味がする。
「ラムネ……」
「花火の前にもう一本、買おう」
「え!?」
 そういう考えは今までなかった。今年がダメなら来年。でも、もう今年は高校生活、最後の夏祭り。二度とこのめぐ合わせの来年が来ることはない。
「そっか……なるほど」
 それなら悔いがないようにリベンジするしかないよな!
 光輝の提案で、純夜の顔に笑顔が戻った。
 屋台のご飯を二人で分け合い、お腹を満たしてから、彼らは再び、祭りのメイン会場に繰り出した。
 純夜が機械オンチのため、干渉しない遊びが輪投げしかなかったが、彼は目いっぱい楽しんだ。
 あとは光輝が射的やヨーヨー(すく)いを次々と成功させ、屋台キラーだとヒソヒソうわさされるのを聞きながら、純夜はもうこの青春は二度と来ないのかと残念に思った。
 日が暮れていくと、祭り提灯や屋台の灯りで会場はより一層、キラキラと輝き、はしゃぎたくなって、浮き足だつような、祭り独特の浮遊感を漂わせる。
 屋台で焼きそばやフランクフルトを焼き、立ち上る煙もまた一興で、スモークが祭りを引き立てていた。
「今年はかき氷、止めとく?」
 かき氷の屋台の前で純夜が足を止め、光輝を見た。
「俺、頭がすぐキーンとするから苦手で」
「半分こしてもいいし、一口でもいいけど?」
「そうだな。せっかくなら」
 「わかった。シロップはうーん、イチゴがおいしいかな……」と純夜が悩んでいると、屋台から元気な声が飛んでくる。
「やぁ、兄ちゃん、シロップは二種類までかけられるよ!」
「ホントですか! 知らなかったです! ありがとうございます!」
「いいや、今年からなんだ。このカップ、仕切りで二つに分かれてるやつにして、色んな味を楽しんでもらおうと思って」
 「お値段据え置き。どう?」と屋台のお兄さんがニコリと笑った。
「それなら、イチゴとコーラがいいです!」
「あいよ、毎度あり!」
 屋台のお兄さんが、製氷機から降ってくるかき氷を手際よく回し入れ、あっという間にシロップをたらりとかけて、スプーンを二本、氷の山に刺して、「はい、お待ちどおさま!」と渡してくれた。
「わぁ、ありがとうございます!」
 一度に二つの味を楽しめるなんて!
 純夜はウキウキになって、早速、光輝に「まずイチゴね、一口どうぞ」とイチゴのかき氷を(すく)って口元に持っていった。
「んめたい」
「甘くておいしい!」
 光輝に一口食べさせたスプーンでそのまま、二口目を自分の口に運んでしまうので、屋台のお兄さんは笑っていた。
 屋台から少し離れ、歩いて時間を置いてから、もう一つのコーラ味を純夜は光輝に味見させる。
「うーん。着色料」
「苦手だからって、夢が壊れること言わないの」
 光輝はもういいと言うので、純夜が残りをパクパクと口に運んでいった。
「あ〜頭いたい」
「分かってんなら、ペース落とせよ」
「かき氷はこれもいいんだよ」
 頭がキーンと痛くなるのもセットでかき氷だ。
「こんなんでラムネリベンジ行けるか?」
「それは絶対やる! あ」
 かき氷の容器が空になると、存在に気づかれずに、使われてないスプーンがむなしくカラリと音を立てた。