末永くお鈍いもふしてあげます

 天井を仰ぎ見る。照明がまぶしい。けれど、祝福の光を注がれている気分だ。
「終わった……」
 梱包が済んだ箱を前に、純夜と代依は脱力する。今日は祭りの二日前だ。
「これから疾風神速さんにお願いするよ」
「ちょっと休憩してからにしない?」
「いや、みんな、きっと待ってるから、さ……」
 ふらふらとしながらも、箱を持って部屋を出て行く、その背中からはうれしさがにじみ出ている。
 純夜は休もうと代依には言ったが、神経が高ぶり、休めそうにない。
「僕はキーホルダーの仕上げをしようかな」
 作業部屋を出る前に、純夜はふり返った。
 この部屋に入るのも、ひとまず、今日で最後か。また機会があったとしても、当分、先だろうし。
 ゆっくりと部屋を見回す。いつでも清潔に保たれていて、空気の入れ替えもなされていて、整理整頓が行き届き、材料の一つ一つに、きちんとしまわれる場所がある。
 作業環境を整え、物を大切にし、代依がどれほど作品に、情熱と思いを注いでいるのかがうかがえた。
 不器用すぎて生きることに精いっぱいな僕も、よい兄のようにゆっくりでも丁寧に確実に、思いを形にしていく姿を見習わなきゃな。
「お世話になりました」
 純夜は頭を下げて一礼してから部屋を出た。
 自分の部屋に戻り、夜な夜な作業して、常に出しっぱなしになっている、作りかけのキーホルダーに目を移す。
 よい兄の手伝いの合間に作業していたから、いっぱいいっぱいで、丁寧さが欠けていたかもしれない。
 それなら最後の仕上げぐらいは。
 丁寧に、思いをこめて、作り上げよう。
 キーホルダーのパーツを全てかごに上げる。物でごちゃついていた机の上を片付ける。物を退かし、開けたテーブルの上を布巾でから拭きする。
「これでよし!」
 きれいに整えた机に向かい、純夜は最後の仕上げに取りかかった。
「これをこうして……できた!」
 完成したキーホルダーを彼は掲げて透かし見る。お守り袋に、ビーズで囲んで編んだ、蓄光石がついている。
「ワイヤー編みにしようと思ったけど、ビーズにしてよかったな」
 ビーズのキラキラ感と、石の光り具合が絶妙で、神秘的な美しさを醸し出していた。
「兎神さまの分はこれで完成!」
 ビーズで作った花の輪を小型の瓶のくぼみに巻く。仕上げに、コルクのふたをして完成だ。
「わぁ。すごくキレイ」
 蓄光石の入った瓶を掲げ持ち、完成具合を確かめる。
 これを夏祭りに持っていって、花火の光を蓄光石に貯めてくる、心づもりだ。そうして兎神さまに花火のおすそ分けをするんだ。
 言い伝えを知らないで勝手にお願いしちゃったのは僕だし。あのとき、お供えもなにもしなかったし、それに約束は守らないと。
 控えめなノック音がした。たぶん、よい兄だ、と純夜はキーホルダーと小瓶をかごに入れ、かごにタオルを掛けて立ち上がる。
「すみくん。終わったから、おやつにしない?」
「今、行く!」
 リビングへ下りると、白い包みが置いてあった。
「これね、疾風神速さんがくださって」
 「たぶん、いつもお世話になってる商店のおじさんから預かったんじゃないかと思うけど」と代依がニコニコしながら、お茶を持ってくる。
「なんだろうね」
「すみくん、開けてみて」
 代依に言われるがまま、純夜は白い包みに手を伸ばし、中身を一つずつ取り出して、テーブルに並べていった。
「マドレーヌ、クッキー、パウンドケーキもあるよ!」
 焼き菓子の数々に、純夜はよろこびの声を上げた。
「どれも美味しそうだね」
 「さて、お茶にしよう」と代依が席に着く。
「パウンドケーキ、抹茶味だって」
「うん。すごくいい渋い香りがするね」
 袋を破れば、お茶の香りがふんわり広がった。
 一口、口に入れれば、二人して「しみるぅ」とうなった。
 マドレーヌとクッキーもつまみながら、代依が「明後日だね」と話を切り出した。
「うん。やっぱ夏祭り、行ってくる」
「僕も心配だったからよかった」
「変なこと言ってごめんなさい」
「ううん。夏祭り、すみくんが行きたくないなら、(きらめき)くんから断る理由、一緒に考えるつもりだったよ」
 代依が最後の一つの包みを開けて、頬張った。
「ありがとう。お土産、何がいい?」
「大丈夫。すみくんが楽しんで帰ってきてくれるのが、一番のお土産だから」
 代依はお茶をすすって、のほほんとした表情をしていた。
 おやつタイムが終わる頃、玄関のチャイムが鳴った。
「光輝かも。行ってくる!」
 よい兄の手伝いも、光輝に頼まれていたキーホルダー制作も、ぜんぶ終わった。
 荷が下りて軽い気持ちで、純夜は玄関まで小走りで向かった。
「はーい」
「おう!」
 玄関の外には、純夜が思った通り、光輝が来ていた。
「あ! そうだ、ちょっと待ってて」
 純夜は光輝を玄関先に残し、急いで階段を駆け上り、部屋に戻ってしまう。
「せっかくだから、これ、渡そう」
 出来上がったばかりのキーホルダーを引っつかんで、部屋を飛び出し、階下に下りていく。
「すみくん、お家に入ってもらってからにしようね」
 リビングに駆けこめば、代依に苦笑される。
「ごめんなさい、つい」
「思い立ったら突っ走る癖、今にはじまったことじゃないですよ」
 「まあ、そこがいいんじゃないんですか」と光輝がリビングでクスリと笑っている。
 純夜は一瞬ムッとしたが、手に隠したものを確かめ、すぐにニコニコ笑顔に戻った。
「今は気分がいいから、聞かなかったことにしてあげる」
「んだよ、浮かれて」
「ふふ。これ、なーんだ」
 純夜は握りしめたこぶしを光輝に突き出す。
 光輝はうなりながら考えつつも、あっさりと降参した。
「わかんねえ」
「忘れてると思ったよ」
 「はい、これ。手出して」と純夜が光輝の手のひらに、こぶしを乗せる。パッと開いて、中身を渡した。
「あ! キーホルダー?」
「そうだよ。自分で頼んどいてさあ」
 「悪ぃ、すっかり」と光輝は苦笑いだ。
 「お守りにしたのは、これからの色んな場面で守ってくれるようにって思いで、それで」と純夜が込めた思いを説明する。
「お守りについてる、これ、蓄光石って言って」
「知ってる、別名、夜光石。日中に日光に当てとくと、真っ暗なところで光るやつだろ?」
「え? 日光だけしかダメなの?」
「そうだけど」
「え……ふーん。そうなんだ、まあ、知ってますけど」
 「これで何する気だったんだよ」と光輝に詰め寄られそうになり、純夜は「別にいーじゃん」とふくれっ面になる。
「夜の光とか、貯められたらキレイなのになって思っただけ!」
 「どーせ、僕は夢見がちで脳内お花畑ですよーだ」と純夜はそっぽを向いた。
 「もー、すみくんってば」と代依があきれている。
「夜の光、か……」
 光輝が意味ありげにつぶやく。純夜が彼の顔を見る頃には、不穏な空気はなりを潜め、とびきりの笑顔がこちらに向かって咲いていた。
「いいんじゃねえの。じゃあ、俺、祭りの手伝いとかやるから帰るな!」
 「これ、ありがと。大事にする」と心底うれしそうに笑い、光輝はさっさと出ていってしまった。
「なんだ、あれ」
 からかったくせに、急に真面目に褒め出したりして。
 なんだろう、不安なのに、なんだか。時折、光輝が見せる影の部分に、どうしようもなく惹かれて仕方がない。
 歪に湧き起こる感情の意味も、光輝にチラつくかげりの正体もつかめないのだけど。
 純夜は放心しながら、彼が行った方をしばらく眺めていた。