末永くお鈍いもふしてあげます

 家にお化けがいるかもしれないんだと騒ぐ純夜は、いざとなったら光線を出して追い払ってと言い、俺もお化けは怖いから無理と光輝に断られる。
 予想に反して、光輝がいる間は、なぜか不思議な現象や不可解な家鳴りは息を潜め、純夜は狐につままれていた。
 搬送先の病院も分からず、代依の面会にも行けないまま、二人は数日、純夜の家で過ごしていた。
 純夜は今日の作業を終えて、リビングのテーブルでくつろいでいた。
「前から思ってたけど、昔っから病院、僕、外で診察されてたんだよね」
 「病院のなかに入ったことなくて」と純夜はほおづえをつきながら、光輝にぼやく。
「俺は薬臭いの、苦手だから、外がいいけどな」
「えー、そう?」
 純夜はイスの下で足をばたつかせる。
「そういえば、お父さんから連絡あった?」
「俺、ケータイ、持ってねえーし」
「僕も壊すから持ってない」
「俺んちはそうじゃなくて、電波飛ばす系、あんまり使えないんだよ」
 確か、光輝のお父さんのお仕事は、天文学がどうのって話だったような。
「なんだっけ、天文関係のお仕事だから?」
「そう。なんかそういう特殊装置があって、影響すんだってよ」
 会話がそこで途切れた。
 エアコンの稼働音だけがしばらく響いていた。
「なんか僕たち、分からないことだらけなのに、当たり前のように受け入れてるよね」
「んー。だって、特に困ってねえし?」
「そんなあやふやでいいのかなあ」
 「うーん。まあ、大人になったら嫌でも分かるか……」と頭を悩ませながら、首をうしろに倒し、純夜は脱力した。
 よい兄とこんなに長く顔を合わせなかったことが今までなかった。
 どうしてるかな。元気になってるといいなあ。
 代依と毎日顔を合わせて、食事をしていた生活が当たり前だった純夜は、心にぽっかりと穴が開いたように感じ、脱け殻のようになっていた。
「お見舞い、行ってもいいかな」
「純夜、自分の言ったこと忘れたのか?」
 「そうだった。医療器具を壊しても大変だし。でも、それにしても、なんの連絡もないなんて心配じゃない?」と純夜は天を仰いだ。
「父さんも仕事あって忙しいし、急に抜けて行って戻って、こっちのこと、忘れてんじゃね?」
「光輝が家に居ないのに、それはないでしょ」
「まー、これがそうでもないんだなあ」
 話は着地せず、平行線をたどる。
「そういや、文化祭の準備とかやってんのか?」
「あ!」
 代依に、夏祭り用のぬいぐるみをの手伝いを頼みこまれたことで、純夜は文化祭の衣装制作が頭から抜け落ち、すっかり忘れていた。
「今日は仕方ないだろ。もう明日にしろよ」
「うぅ……」
「純夜が夜なべして作業しないか、部屋の床で見張ってやるからな!」
「だから、ベッドで寝ていいって言ってるじゃんか!」
「はあ? 男二人があのベッドに収まるわけねーだろ。俺はベッドから落ちたくないの!」
「むぅー」
 光輝は確実に気を遣っているのだが、彼は頑としてそこは譲らなかった。
 最初はリビングのソファーで寝ると光輝が言い張るので、エアコン代がもったいないから一緒の部屋でと純夜がごねにごねて従わせた。
「もう寝るぞ。いいな?」
「……はーい」
 代依が戻ってくるまでの間に、子どもっぽさを少しでも払拭したいと純夜は意気込んでいた。
 けれど、このままでは何も変われそうにないなと投げやりな気持ちになりながら、光輝について、純夜は階段を上がっていく。
 料理も洗濯も風呂も、ぜーんぶ光輝のサポートがないと手が回らなかった。
 電気を使わない、切って混ぜるだけの料理はそんなレパートリーもなく、すぐに献立が尽きるし、洗濯はお風呂場での踏み洗いはいいけど、手絞りで脱水したら全然終わらないし、乾きが悪い。
 風呂はまあ、蛇口をひねって調整すればいいけど、自動の温度や湯量の設定は変えらんないから、シャワーやカランの冷水温水の切り替えダイヤルをカチカチ鳴らしながら、上手く調整したり、シャワーを伸ばして風呂に突っ込んで、タイマーで測って風呂水を溜めたり、とにかく、ひと工夫いる。
 こんなんじゃ、当たり前に、時間も手間もかかる。
 もう、なんで、僕、文明の利器クラッシャーなんだろう!
 むしゃくしゃした純夜は、光輝に追いついて、背中に顔を寄せて、スンっと鼻を鳴らし、匂いを嗅ぐ。
 光輝が飛び上がって、ギャッと叫んだ。すぐに彼は純夜の仕業だと気づき、ふり向いて鬼の形相だ。
「お化けかと思っただろうが!」
「光輝、本当に怖いんだ」
 純夜は猫の威嚇のように怒り怯える幼なじみを見て、かわいいところあるなと和んだ。