末永くお鈍いもふしてあげます

 夜が来る。光輝と純夜は二人でリビングにいる。気まずい雰囲気で、無言だ。
「こんなとき、親にいて欲しいんだよな」
 光輝がそう切り出した。純夜は物心ついたときから、両親を知らないため、「そう、なんだ」とあいまいな答えしかできない。
「どうせ父さん、俺が飛び出しても引き止めないと思ったから、ここに来たし、父さんはあのまま行かせた」
 本来は身内である純夜が付き添って、代依の搬送される病院まで行くべきだった。
 不甲斐ないから、まだ子どもだから、行かせてもらえなかったんだと、純夜は服を握りしめる。
「俺には純夜が必要なんだ」
 光輝の言葉には、ある種の危うさが含まれている。純夜を励ます意味と、もっと深く、絡みつくような、捕らえて離さないような、執着じみた恐ろしさのような。
「純夜のためなら、なんでも頑張れたし、一番も取るぐらい、努力できる」
 家族でもない、言ってしまえば赤の他人のために、出来損ないの自分に、なぜそこまで執着するのか。
 純夜には理解ができない。
「アイツなんかに、横からかすめ取られたくない」
 小さくつぶやかれた言葉を純夜の耳が拾った。
「アイツって?」
「それは言えない」
 光輝は踏みこんできて世話を焼くのに、彼には純夜が踏みこむことを許さない雰囲気があった。
「純夜も内緒にしてること、あるだろ」
 うらめしそうに光輝は純夜を見てくる。
 自分だって、言わないくせに。
 純夜は口をつぐんだ。
 兎神さまにお願いして、不幸の呪いにかかってしまったなんて馬鹿げたヘマを言えるわけがない。
「お互いさまじゃん」
 互いに、にらむようにして、見つめ合う。
 光輝とこんな険悪な感じになったことは今までなかった。
「今日は家に帰りたくありません」
 光輝が表情を歪めながら、わがままを言う。
「なんで」
「疲れたし、帰るの、めんどいし!」
 子どもみたいな言い訳を並べたてて、光輝は足をジタバタとさせて、ほおを膨らませた。
「電気回り、直してもらったし、お礼に居させてあげてもいいけど、僕は作業の続きをやるから、作業部屋には入ってこないでね」
「はあ?」
 「ふーん、だ」と純夜は足で床を蹴ってイスをうしろに引く。呆気に取られている光輝をリビングに残して、彼は二階に駆け上がっていってしまった。
「なんだよ、みんな、揃いも揃って」
 ムカムカしながらも、代依の作業部屋に戻り、純夜はぬいぐるみのケープを縫っていく。
 子どもなのは分かってるけど!
 僕はそんなに頼りない? 僕じゃダメなのか?
 光輝も光輝だ。内緒、内緒。秘密ばーっかり!
 なのに光輝と来たら! 僕に内緒にされるの、すごく嫌そうにしてた。
 僕にだって、知られたくない秘密の一つや二つ、許してほしい。
 激情に流される思考に気づいて、純夜は手を止めた。
「僕、本当に子どもだ……」
 感情をコントロールできないし、突拍子もないことをしかねないし、すぐ機嫌が悪くなるし、家事もまともにできないし、大人に頼ってばっかだし。
「ダメだ。今日はやめておこう」
 怒りに任せて作業しても、大した発散にならないどころか、せっかくの作品を台無しにしてしまうかもしれなかった。
 夏祭りまでは幸い、まだ日がある。それに、今日は大切な兄が倒れてしまった日だ。
 心配でたまらない心を落ち着けて、兄が帰ってきたときに、成長した姿を見せて安心させたい。
 兄が途中で作品を残したままの作業台に布をかける。部屋を見回す。電化製品は壊すから触らない。
 兄の作業部屋から出ると、食べ物の匂いが漂っていた。
「夜ご飯のこと、すっかり忘れてた!」
 バタバタと慌ただしく、階段を下り、純夜は「夜ご飯!」とリビングに駆けこんだ。
「暇だから作った」
 光輝がキッチンに立って、もう夕飯を作り終えていた。
「家主に声かけてよ」
「はあ? 部屋、来んなって言ったじゃん」
「うぐっ」
 ふいっと顔を背け、「カレー、作った」と光輝がぶっきらぼうに言う。
「なんだっけ、パセリかけるのか?」
「カレーは牛乳とはちみつとコーン、入れるの」
「なんだそれ、子どもじゃん」
「光輝だって子どもじゃんか」
 「じゃあ、光輝は何入れて、カレー食べるんだよ」「福神漬け」「福神漬けってなに?」「知らねぇーの? しょっぱい漬け物」「しっ、知ってるし!」「ホントかよ」と言い合いながらも、カレーの鍋に、牛乳、はちみつ、コーンが加えられていく。
「よし。カレー、食うか」
「うん」
 出来上がったカレーを前に、二人の言い合いは終着した。
 テーブルに向かい合って、手を合わせ、いただきますをし、スプーンを動かす。
「あっめえ!」
「フクジンヅケ、なくて悪かったね!」
 光輝がカレーの甘さに身もだえ、水を流しこんでいる。
「プリンとか、ゼリーの比じゃねえぞ、これ」
「おいしいからいいの!」
 「ご飯はおいしく食べる物だから」と純夜はどんどん、カレーを口に運んでいく。
「おいひぃ〜」
「なあ、兄貴、この味に無理して合わせてねえよな?」
「甘くておいしいねって、いつもおいしそうに食べてるよ?」
 「へ、へぇ……そうですか」と光輝はスプーンを持ったまま、げんなりしている。
「まあ、乗りこんだ身だし、ありがたくいただきます」
「そうしてください」
 「こりゃあ、食後のデザート、要らねえコースだ」とカレーを口に押しこむ光輝に、「何言ってんの。カレーのあとは、いつもチョコレートアイス、食べるよ」と純夜が止めを刺した。
 「俺は……要らねえです」と光輝が心底、残念そうに肩を落とし、「えー、おいしいのに、そんなぁ!」と純夜が身を乗り出さん勢いで抗議していた。