夏祭りが近づく。純夜の不安は一層、募る。
兎神さまにお願いをしてしまった自分は、不幸に見舞われる。そして、このままでは自分の不幸に、光輝も巻き込まれてしまう。
兄、代依の手伝いと受験勉強に明け暮れ、純夜はあの手この手で光輝の誘いをかわし、二人きり阻止作戦を決行していた。
兎神さまの言い伝えは本物にちがいない。
兎神さまに願ってしまったあの日から、純夜の周りで、奇妙な現象が起き始めていたのだ。
部屋の物がよく棚から落ちてくるようになった。受験はまだ先とはいえ、不吉である。
不自然に、家のチャイムが鳴る。ごくたまに光輝が差し入れを置いていってくれていたが、ほとんどは無人だ。
おそろしいことに、動くはずのないぬいぐるみ、もふこみゅーるが大移動している、ことも。
「僕がたまに、もふこみゅーるを布団のなかに巻きこんでるせいかな……」
ドアを叩くような家鳴りも増えた。開けると、用があると必ず戸を叩いてくれる兄、代依の姿はない。不気味である。
「すみくん、すみくん」
服の縫製に取りかかりながら、このところの怪奇現象について、考えにふけっていた純夜は、兄に呼ばれて顔を上げた。
「すみくん、なにかあった?」
なにかあった。けれど、よい兄を心配させるわけにはいかない。どうしたものか。
「無理に話さなくても大丈夫だよ」
「いや、勉強とか学校とかのことじゃなくて……」
「光輝くんとなにかあったのかな?」
さすが、兄だ。痛いところを突かれた。
「いつもなら家に上げるのに、最近、全然そうしないから」
「うっ、それは」
自分が余計なことをしてしまったせいで、光輝に不幸が及ぶのを防ぎたい一心で。
「夏祭り、今年は行きたくなくて」
喉から手が出るほど、行きたい、高校生活最後の、子どもでいられる最後の夏祭り。行きたくないはずがない。
「光輝と約束しちゃったし、光輝も毎年、楽しみにしてるし」
「すみくん、もしかして、僕に気を遣ってる?」
確かに、よい兄とは夏祭りに行ったことがない。いつもよい兄はお家で待っている係だ。他の大人がついでに連れて行ってくれる、ずっとそんな感じだったし、光輝と二人だけで行けるようになってからは、兄と祭りに行けないことを気にしなくなっていた。
「よい兄こそ、僕に気を遣って、夏祭り、行かないの?」
「ううん。ちがうよ」
代依が縫う手を止めた。
「花火が苦手なの」
ドキリと純夜の心臓が跳ねる。兄はどんな気持ちで毎度、夏祭りへ送り出してくれていたのだろうかと。
「一旦ここまでにして、おやつにしようか」
糸の始末をして針を針山に刺し、立ち上がった代依にならって、「う、うん」と純夜も作業の手を止めて、のろのろと立ち上がる。
階下へ下りると、玄関のチャイムが鳴った。冷蔵庫に手をかけていた代依に代わって、「僕が出るね」と純夜が玄関に走っていく。
「どちらさまですか?」
ふた呼吸の間。ドアの向こうから返事はない。
おそるおそる、ドアを開ける。ドア周りも念入りに見回したが、人の姿も気配もない。
「またイタズラ?」
純夜はあきれてため息をつく。ドアを閉めかけたとき、背後で大きな物音がした。
「よい兄?」
返事がない。どうしたんだろう。
純夜は怪訝に思いながら、リビングに戻る。
そこには。
「よい兄、どうしたの、よい兄!」
床に倒れる代依の姿があった。
兎神さまにお願いをしてしまった自分は、不幸に見舞われる。そして、このままでは自分の不幸に、光輝も巻き込まれてしまう。
兄、代依の手伝いと受験勉強に明け暮れ、純夜はあの手この手で光輝の誘いをかわし、二人きり阻止作戦を決行していた。
兎神さまの言い伝えは本物にちがいない。
兎神さまに願ってしまったあの日から、純夜の周りで、奇妙な現象が起き始めていたのだ。
部屋の物がよく棚から落ちてくるようになった。受験はまだ先とはいえ、不吉である。
不自然に、家のチャイムが鳴る。ごくたまに光輝が差し入れを置いていってくれていたが、ほとんどは無人だ。
おそろしいことに、動くはずのないぬいぐるみ、もふこみゅーるが大移動している、ことも。
「僕がたまに、もふこみゅーるを布団のなかに巻きこんでるせいかな……」
ドアを叩くような家鳴りも増えた。開けると、用があると必ず戸を叩いてくれる兄、代依の姿はない。不気味である。
「すみくん、すみくん」
服の縫製に取りかかりながら、このところの怪奇現象について、考えにふけっていた純夜は、兄に呼ばれて顔を上げた。
「すみくん、なにかあった?」
なにかあった。けれど、よい兄を心配させるわけにはいかない。どうしたものか。
「無理に話さなくても大丈夫だよ」
「いや、勉強とか学校とかのことじゃなくて……」
「光輝くんとなにかあったのかな?」
さすが、兄だ。痛いところを突かれた。
「いつもなら家に上げるのに、最近、全然そうしないから」
「うっ、それは」
自分が余計なことをしてしまったせいで、光輝に不幸が及ぶのを防ぎたい一心で。
「夏祭り、今年は行きたくなくて」
喉から手が出るほど、行きたい、高校生活最後の、子どもでいられる最後の夏祭り。行きたくないはずがない。
「光輝と約束しちゃったし、光輝も毎年、楽しみにしてるし」
「すみくん、もしかして、僕に気を遣ってる?」
確かに、よい兄とは夏祭りに行ったことがない。いつもよい兄はお家で待っている係だ。他の大人がついでに連れて行ってくれる、ずっとそんな感じだったし、光輝と二人だけで行けるようになってからは、兄と祭りに行けないことを気にしなくなっていた。
「よい兄こそ、僕に気を遣って、夏祭り、行かないの?」
「ううん。ちがうよ」
代依が縫う手を止めた。
「花火が苦手なの」
ドキリと純夜の心臓が跳ねる。兄はどんな気持ちで毎度、夏祭りへ送り出してくれていたのだろうかと。
「一旦ここまでにして、おやつにしようか」
糸の始末をして針を針山に刺し、立ち上がった代依にならって、「う、うん」と純夜も作業の手を止めて、のろのろと立ち上がる。
階下へ下りると、玄関のチャイムが鳴った。冷蔵庫に手をかけていた代依に代わって、「僕が出るね」と純夜が玄関に走っていく。
「どちらさまですか?」
ふた呼吸の間。ドアの向こうから返事はない。
おそるおそる、ドアを開ける。ドア周りも念入りに見回したが、人の姿も気配もない。
「またイタズラ?」
純夜はあきれてため息をつく。ドアを閉めかけたとき、背後で大きな物音がした。
「よい兄?」
返事がない。どうしたんだろう。
純夜は怪訝に思いながら、リビングに戻る。
そこには。
「よい兄、どうしたの、よい兄!」
床に倒れる代依の姿があった。
