入る前までは、ひどく陰湿としていて、進入を拒まれているような威圧感があったが。
純夜は伸びをして、空気を目いっぱい吸いこむ。
「空気がおいしい」
森の涼しげな空気と、入ってみたら美しい景色を眺めながらあっさりと、開けた場所へと、彼はたどり着いてしまう。
道の終わりには、小さな祠があった。祀られている神の名前は書かれていないが、高く囲む雑草などなく、キレイに掃除されていて、きっとそうにちがいなかった。
「こんな身近なところに」
兎神さまの祠があったなんて。
しかし、兎神町と名前に付くぐらいなのに。なんであんまり知られていないんだろう。
手を合わせようとして、純夜は止まった。
「あれ、神さまにお目通りするときの作法って……」
よく知らないや。
でも、神さまに失礼のないようにしなくちゃいけないから、えーっと。
「兎神さま、初めまして。金屯純夜です。高校三年生で、兄の代依とここ、兎神町で暮らしています」
これはただの自己紹介ではと疑問を頭に抱えつつも、考えうる限りの礼を尽くそうと、純夜は試みた。
「僕は何もかも遅くて、電化製品は壊すしで、家では兄に頼りきりで。あと、もふこみゅーるっていう、うさぎのぬいぐるみがいないと眠れなくて」
純夜は祠の前に座りこんで、話を続けた。
「幼なじみの光輝。煌光輝っていうんですけど、彼には本当にいつも助けられっぱなしで」
祠に向かって語りかけるようにして、純夜はほほえんだ。
「彼と毎年、夏祭りに行くのが楽しみなんです。屋台を回るのもワクワクするし、祭りの最後の方に打ち上げられる花火が本当にキレイで」
「そうだ、今度」と彼は手を叩いた。
「花火のおすそ分け、しますね!」
お昼の鐘が遠くで聞こえる。純夜は立ち上がった。
「あ、光輝と二人で夏祭り、楽しめますように」
慌てて手を合わせて、「兎神さま、お願いします!」と頭を下げ、来た道を戻る。
ショッピングモールに立ち寄り、手芸店で兄の用事を済ませる。
「そうだ、ついでに」
ビーズやパワーストーンが並ぶ棚を指が、空をなぞるように動いていく。
「これだ! 蓄光石」
蓄光石は色の種類があり、純夜は迷いに迷ったが、複数種を買って、小瓶に詰めたら素敵なんじゃないかと思いつき、ついでに気になったパワーストーンを手に取り、目的の物を手に入れ、会計を済ませた。
「あとは一階のスーパーで」
「なあ、あのトガミサマの話、知ってるか?」
「〝兎神さまは願ったものに」
兎神さまの話?
高校生らしき二人の会話に、純夜は耳を傾けたがよく聞き取れない。
それで、お願いするとどうなるって?
「……フコウを与える〟んだって」
「なにそれー、マジかよ」「お願いの意味、ある?」と笑い合いながら、二人は通り過ぎていった。
純夜は衝撃を受け、立ち尽くす。
僕。兎神さまに、お願い、しちゃった……。
じゃあ、不幸になるってこと!?
混乱しながらも、重い足をスーパーに向け、気もそぞろになりながら、食材をかごに放りこみ、あまりの放心状態っぷりに、レジの人に心配されながら、会計を終えて、彼はふらふらとショッピングモールをあとにした。
夏の真っ昼間はカンカン照りで、目が焼かれるほど日差しが強い。
「サングラス……」
絶望でがっくりと肩を落としながら、リュックを漁り、純夜はサングラスをかけて、帽子をかぶり直す。
道端でしゃがみ込み、暑さでしおれかけている草花の、花びらの数を彼は数え上げた。
一枚、二枚、三枚、四枚、五枚。
不幸、不幸、不幸、不幸、不幸。
いくら花びらを千切っても、幸運に行きつけない結果が目に見えている花占い。
「どうしよう」
兎神さまに願ってしまった事実はどうしても覆らない。よりによって彼が一番望む、光輝と二人の夏祭りの成功をお願いしてしまった。
このままではまずい。願った者に不幸が降りかかるということは連動して、光輝にもマズいことが起こるかもしれない。
せっかくの上手くいくはずだった思いつきが思わぬ悪い方へと転び、純夜は己の浅はかさを大いに呪った。
家に帰ってからも、純夜はひたすらうわの空で、熱中症じゃないかと兄に心配をかけてしまう。
お昼を済ませ、他にもできれば手伝って欲しいという兄について、純夜は幼少期以来の、兄の作業部屋に足を踏み入れた。
「わぁ……」
鬱々とした気分が浄化されるぐらい、癒しが空間に満ちていた。
清浄な空気、ホコリ一つ落ちていない床。大きな作業台は磨き上げられ、ぴかぴかの机の上には、作りかけのぬいぐるみたちがズラリと並べられていた。
「だいたいの子たちの布の切り出しは終わったんだけど」
「追加の子のがまだで、あとケープのパーツ分けとドレープ感を出す縫製が残ってる」と代依が順繰りに三本の指を立てる。
「分かった。まず、素材をぜんぶ切り分けるね」
「うん。お願い」
「よい兄が本縫製に集中できるように、サポートがんばるね」
「……すみくん、ありがとう」
代依が涙を拭い、鼻をすする。
「僕たち、家族だもんね。家族は何があっても助け合うものでしょう?」
純夜の純粋な思いが、代依の涙をさらに誘った。
純夜は伸びをして、空気を目いっぱい吸いこむ。
「空気がおいしい」
森の涼しげな空気と、入ってみたら美しい景色を眺めながらあっさりと、開けた場所へと、彼はたどり着いてしまう。
道の終わりには、小さな祠があった。祀られている神の名前は書かれていないが、高く囲む雑草などなく、キレイに掃除されていて、きっとそうにちがいなかった。
「こんな身近なところに」
兎神さまの祠があったなんて。
しかし、兎神町と名前に付くぐらいなのに。なんであんまり知られていないんだろう。
手を合わせようとして、純夜は止まった。
「あれ、神さまにお目通りするときの作法って……」
よく知らないや。
でも、神さまに失礼のないようにしなくちゃいけないから、えーっと。
「兎神さま、初めまして。金屯純夜です。高校三年生で、兄の代依とここ、兎神町で暮らしています」
これはただの自己紹介ではと疑問を頭に抱えつつも、考えうる限りの礼を尽くそうと、純夜は試みた。
「僕は何もかも遅くて、電化製品は壊すしで、家では兄に頼りきりで。あと、もふこみゅーるっていう、うさぎのぬいぐるみがいないと眠れなくて」
純夜は祠の前に座りこんで、話を続けた。
「幼なじみの光輝。煌光輝っていうんですけど、彼には本当にいつも助けられっぱなしで」
祠に向かって語りかけるようにして、純夜はほほえんだ。
「彼と毎年、夏祭りに行くのが楽しみなんです。屋台を回るのもワクワクするし、祭りの最後の方に打ち上げられる花火が本当にキレイで」
「そうだ、今度」と彼は手を叩いた。
「花火のおすそ分け、しますね!」
お昼の鐘が遠くで聞こえる。純夜は立ち上がった。
「あ、光輝と二人で夏祭り、楽しめますように」
慌てて手を合わせて、「兎神さま、お願いします!」と頭を下げ、来た道を戻る。
ショッピングモールに立ち寄り、手芸店で兄の用事を済ませる。
「そうだ、ついでに」
ビーズやパワーストーンが並ぶ棚を指が、空をなぞるように動いていく。
「これだ! 蓄光石」
蓄光石は色の種類があり、純夜は迷いに迷ったが、複数種を買って、小瓶に詰めたら素敵なんじゃないかと思いつき、ついでに気になったパワーストーンを手に取り、目的の物を手に入れ、会計を済ませた。
「あとは一階のスーパーで」
「なあ、あのトガミサマの話、知ってるか?」
「〝兎神さまは願ったものに」
兎神さまの話?
高校生らしき二人の会話に、純夜は耳を傾けたがよく聞き取れない。
それで、お願いするとどうなるって?
「……フコウを与える〟んだって」
「なにそれー、マジかよ」「お願いの意味、ある?」と笑い合いながら、二人は通り過ぎていった。
純夜は衝撃を受け、立ち尽くす。
僕。兎神さまに、お願い、しちゃった……。
じゃあ、不幸になるってこと!?
混乱しながらも、重い足をスーパーに向け、気もそぞろになりながら、食材をかごに放りこみ、あまりの放心状態っぷりに、レジの人に心配されながら、会計を終えて、彼はふらふらとショッピングモールをあとにした。
夏の真っ昼間はカンカン照りで、目が焼かれるほど日差しが強い。
「サングラス……」
絶望でがっくりと肩を落としながら、リュックを漁り、純夜はサングラスをかけて、帽子をかぶり直す。
道端でしゃがみ込み、暑さでしおれかけている草花の、花びらの数を彼は数え上げた。
一枚、二枚、三枚、四枚、五枚。
不幸、不幸、不幸、不幸、不幸。
いくら花びらを千切っても、幸運に行きつけない結果が目に見えている花占い。
「どうしよう」
兎神さまに願ってしまった事実はどうしても覆らない。よりによって彼が一番望む、光輝と二人の夏祭りの成功をお願いしてしまった。
このままではまずい。願った者に不幸が降りかかるということは連動して、光輝にもマズいことが起こるかもしれない。
せっかくの上手くいくはずだった思いつきが思わぬ悪い方へと転び、純夜は己の浅はかさを大いに呪った。
家に帰ってからも、純夜はひたすらうわの空で、熱中症じゃないかと兄に心配をかけてしまう。
お昼を済ませ、他にもできれば手伝って欲しいという兄について、純夜は幼少期以来の、兄の作業部屋に足を踏み入れた。
「わぁ……」
鬱々とした気分が浄化されるぐらい、癒しが空間に満ちていた。
清浄な空気、ホコリ一つ落ちていない床。大きな作業台は磨き上げられ、ぴかぴかの机の上には、作りかけのぬいぐるみたちがズラリと並べられていた。
「だいたいの子たちの布の切り出しは終わったんだけど」
「追加の子のがまだで、あとケープのパーツ分けとドレープ感を出す縫製が残ってる」と代依が順繰りに三本の指を立てる。
「分かった。まず、素材をぜんぶ切り分けるね」
「うん。お願い」
「よい兄が本縫製に集中できるように、サポートがんばるね」
「……すみくん、ありがとう」
代依が涙を拭い、鼻をすする。
「僕たち、家族だもんね。家族は何があっても助け合うものでしょう?」
純夜の純粋な思いが、代依の涙をさらに誘った。
