末永くお鈍いもふしてあげます

 代依の得意先の商店。純夜が手を繋がれて連れていかれたのは小さい頃で、記憶がまるですっぽ抜けてた。けれども、迷いやすいポイントが丁寧に書きこまれた地図が添えてあり、彼が道に迷うことはなかった。
「ここか!」
 地図の通りにたどり着けて、純夜は感動を覚えつつも、記憶のなかにぼんやりと浮かびあがる店の外観に懐かしさを感じていた。
 首を伸ばしても伸ばしても、お店のてっぺんが見えないような気がして、おそろしかったのがいい思い出だ。
 ちっぽけだった僕ももうすぐ大人になるのか。
「いらっしゃいませ。あれ、純夜くん」
「兄のおつかいで来ました」
 「悪いねえ。疾風神速さんが全然捕まらなくて」と店主は紙袋をカウンターに出して、申し訳なさそうに縮こまって、頭を下げてくる。
「町会も今年はどうしたんだか、急にぬいぐるみの仕様を変えるって言い出してさ」
「そうですか。いつもなら余裕で間に合うのに、変だなって」
「こんなキラキラしたの、付けなくても、昔のままでいいのにねえ」
 「なんか、伝統は時代と共にアップデートしていかなきゃいけないとか、なんとか言ってさ」と店主は愚痴を並べ立てる。
「でも、子どもたち、キラキラしたの、きっとよろこびますね」
「まあ、そう思うと、断れないよねえ」
 兎神町の伝統工芸品であるぬいぐるみは、毎年、夏祭りで子どもたちに配られると決まっていた。
 足が遅い純夜は配り終える前に、なかなか取りに行けず、色んな町の人に手を引かれて夏祭りに参加してきて、何年も頑張ってようやく、手に入れることができて、今も、もふこみゅーると名付けて、それはそれは大切にしていた。
「子どもたちがその子を生涯、大切にしてくれたら、お願いばかり聞いてきた兎神さまも、よろこぶんだけどねえ」
「兎神さまって、願いを叶えてくれるんですか?」
「え、まあ、昔、町の……」
 「申し訳ないね。うっかり口にするところだったけど、これは町の負の遺産だから、話せないんだよ。悪いね」と店主は表情を曇らせ、困った顔をした。
「でもおじさんたちはね、君たちみたいな子どもたちが、元気で幸せそうでよかったよ」
 おじさんはなぜかとてもうれしそうに目を細め、見送ってくれた。
 見渡すかぎり、のどかで穏やかな町並みが広がっている。
 そんなこの町で昔、何が起こったのか、僕は知らない。
 何かあった痕跡すら見あたらず、大人が語りたがらないのなら、踏みこんではいけないのだろう。
 そう言えば。他に気になるものがあった。
「聞いておけばよかった」
 兎神さまのお住まいを。
 あともう一件、町唯一のショッピングモールに行って、兄から頼まれた用事を済ませ、ついでに食材も買って帰れば完ぺきなのに。
 ぜんぶ、本当に順調に無事に行くのか、不安が頭をもたげる。
 兎神さまにお願い、しようかな。
 でも、兎神さま、兎神さまとみんなは言うけれど、町で祀られている場所を見たことがなかった。
 あれ、そういえば、あの森で。つまずいて、平ぺったい厚みのある、固い石に手をつかなかったか?
 あの森に……あるんじゃないのか?
 今はまだ陽が高く、森も明るいはずだ。自分も成長した。もうただのちっぽけでも怖がりでもない。あの頃とは何もかもがちがう。
 思い立ったら純夜は居ても立ってもいられず、光輝を探して惑った、あの森へ向かっていった。
 意気込んで、走り出して、純夜は気づく。
 兎神町は森に囲まれている。あの時、どこから森に入ったかなんて、覚えてないんじゃないか?
「前に夢に出てきたような」
 夏祭りを抜けだして、光輝と二人で夜の森に行く夢。土手沿いを延々と歩いていたはず。
 夢に出てくるぐらいだから、たぶん、あの森だ。
 純夜は不確かな記憶と夢を結びつけ、土手沿いを駆けていく。
 ここで毎年夏祭りがあるんだなあ。
 夏祭り会場に、昼間に来たことはあまりなかった。本当にだだっ広くて、何もなく、風が通って見晴らしがいいところだ。
「ここだ」
 祭りの広場の爽快さとは裏腹に、じめっとした湿気を伴った空気、見通しの悪い密集した雑木林。しかし、森の入り口は道を作るように刈り込まれていた。
 手入れがなされている。ということは、それなりに人の出入りがある。この先に、何か管理すべきものがあるということを物語っているようで。
「道があるなら迷子にならないし!」
 二人の夏祭りが上手くいくということは、兄のぬいぐるみ制作も、そのあとの文化祭も、すべて成功を収めるに等しい。
 兎神さまにお願い、聞いてもらおう。
 リュックの肩紐を握りしめ、純夜は森へと踏みこんだ。