上は果てのなく、瞬きのない暗闇。追っていたはずの、光を見失ってしまった。
そこかしこでカサカサと不気味な音が鳴る度に、震え上がる。
暗くて、怖くて、心細くて。
夜の森にいる。闇色の木々が異様に大きく、背高のっぽに見える。
木が果てしなく高く見えるほど、背の小さい幼い頃、森に行った。
どうしてだったか。
そうだ、光輝を探しに行って。
夜の森に一人で入ってしまったんだった。
なんで、よい兄と一緒じゃなかったんだろう。忘れてしまった。
とにかく一人で、光輝を探して、真っ暗な森をさまよっていた。
光輝、と呼ぶ声は、驚くほどか細く、周囲に響く前に力を失ってしまう。
何かを言葉を発するそばから森に食われていき、吸って吐く息の音が妙に大きく聞こえ、心臓が飛び出して、その高鳴りが聞こえてくるほど、怖くて仕方なかったけど。怖いと思うほどに恐怖が膨れあがる気がして、必死に震えを押しこんで。
それでも増幅する怖さで足はもつれ、暗闇で前後左右の感覚を失い、何度も倒れこむ。
どっちへ行けばいいのかも、来た道も分からない。光輝を見つけられても、もうお家に帰れないと本気で悲しくなった。
ついには泣きだし、泣きながら、森を歩く。
早く、光輝に会いたい。その一心で。
何も見えないから、嗅覚も鋭敏になっていく。いつもは気にならない草木の匂いが立ちのぼって、鼻をくすぐる。
においが、鼻を突いた。草木のものじゃない、ちがうニオイ。
よくよく鼻を鳴らして嗅ぐ。覚えのある匂いだった。
匂いをたどり、おそるおそる、けれど心は勇み立って、進んでいく。
「光輝……」
ガサリと大きな音を立てて茂みが動く。驚いてつまずいて、固い石みたいなところに手をついた。
「なんで」
見上げると薄ぼんやりと人間の顔が浮かんでいた。
彼はなんで見つかったのかと言わんばかりの驚きようで、呆気にとらわれている。
知らないものばかりですごく怖かった。
見知った匂いと温もり、実感に、感情がドッとあふれ、倒さんばかりの勢いで光輝に抱きつき、泣き声を上げて泣きじゃくった。
光輝は泣き止むまで、ずっと待っていてくれて。
二人で小さな手をしっかりと繋いで、森を歩いた。
「星の位置を見て森は歩くんだ」
「月はアテになんないからな」と光輝が指さす指を目を凝らして見つめる。
「俺の指じゃなくて、上。空の方だって」
「どこ?」
「ほら、あのピカピカしてるの」
そう言われても、頭上は真っ暗だ。光一つ、ない。
「じゃあ、あのおっきな月は?」
首を長くして探す。いくら背伸びしても、目を凝らしても、光輝の言う月も星も見つからなかった。
「わかんない。どれ?」
「純夜、もしかして、見えないのか?」
みえ、ない? 月と星が?
森を抜ける。空が開ける。夜空は。
途方もない暗黒。
「わ!」
純夜は布団を蹴飛ばした。枕元のぬいぐるみが跳ねる。
「ごめんね、もふこみゅーる」と位置を元に戻し、衣類が気持ち悪いことに気づき、張りついた服を引っ張って、パタパタと仰いだ。
汗びっしょりだ。
あまりにもリアルすぎる、過去の幻影。あのまま帰ってこれないかと錯覚するほど、生々しく、真に迫る感覚。
本当に怖い夢だった。
「なんだよ。僕、月、見えるし!」
「おどかしやがって」と足をジタバタと動かし、純夜は布団を蹴って夢に抗議した。
足を動かしすぎて息が苦しくなり、蹴った足を落ち着け、布団に大の字になる。
動悸がすごい。まだ震えが残っている。汗で冷えたせいではない。
誰かに話して、怖さを紛らわせたいけど。
当時、兄も相当、心配したはずだ。光輝にも、一人で夜の森に行くなと言われたことがあった。
話せば二人は手を差し伸べてくれるだろうけど、何でもかんでも頼ればいいって話じゃない。
せっかく兄も、不甲斐ないばかりの自分を頼ってきてくれたのだから。
「ハッ、よい兄から頼まれたおつかい!」
純夜はベッドから跳ね起きて、適当につかんだ服に着替え、急いで階下に下りた。
リビングに兄の姿はなく、テーブルに置き手紙とラップをかけられたおにぎりの皿があった。
おにぎりをほおばりながら、メモを読んで、最後の一文に、ふふと純夜の笑みがこぼれる。
「仕上げに使うものだから慌てないでね、か」
純夜が飛び起きて慌てて家を出て、店に向かう姿が、兄には容易に想像できたのだろう。
急いで飲みこもうとしていたおにぎりを噛みしめる。
少しだけ時間をかけて朝食を終え、皿の上の空にした純夜は、台所に皿を片付けてから炊飯器のフタを開けた。
よい兄は必ずご飯をリビングで摂るから。
兄のようにキレイな三角にはならなかったが、丸っこい不格好なおにぎりを三つ握り、ラップをかけてテーブルに置く。
メモをポケットに突っこみ、リュックを背負い、帽子をかぶって、靴を履く。
「行ってきます」
玄関のドアを開ければ、途端に夏の陽気と騒々しさが、純夜を包みこんだ。
そこかしこでカサカサと不気味な音が鳴る度に、震え上がる。
暗くて、怖くて、心細くて。
夜の森にいる。闇色の木々が異様に大きく、背高のっぽに見える。
木が果てしなく高く見えるほど、背の小さい幼い頃、森に行った。
どうしてだったか。
そうだ、光輝を探しに行って。
夜の森に一人で入ってしまったんだった。
なんで、よい兄と一緒じゃなかったんだろう。忘れてしまった。
とにかく一人で、光輝を探して、真っ暗な森をさまよっていた。
光輝、と呼ぶ声は、驚くほどか細く、周囲に響く前に力を失ってしまう。
何かを言葉を発するそばから森に食われていき、吸って吐く息の音が妙に大きく聞こえ、心臓が飛び出して、その高鳴りが聞こえてくるほど、怖くて仕方なかったけど。怖いと思うほどに恐怖が膨れあがる気がして、必死に震えを押しこんで。
それでも増幅する怖さで足はもつれ、暗闇で前後左右の感覚を失い、何度も倒れこむ。
どっちへ行けばいいのかも、来た道も分からない。光輝を見つけられても、もうお家に帰れないと本気で悲しくなった。
ついには泣きだし、泣きながら、森を歩く。
早く、光輝に会いたい。その一心で。
何も見えないから、嗅覚も鋭敏になっていく。いつもは気にならない草木の匂いが立ちのぼって、鼻をくすぐる。
においが、鼻を突いた。草木のものじゃない、ちがうニオイ。
よくよく鼻を鳴らして嗅ぐ。覚えのある匂いだった。
匂いをたどり、おそるおそる、けれど心は勇み立って、進んでいく。
「光輝……」
ガサリと大きな音を立てて茂みが動く。驚いてつまずいて、固い石みたいなところに手をついた。
「なんで」
見上げると薄ぼんやりと人間の顔が浮かんでいた。
彼はなんで見つかったのかと言わんばかりの驚きようで、呆気にとらわれている。
知らないものばかりですごく怖かった。
見知った匂いと温もり、実感に、感情がドッとあふれ、倒さんばかりの勢いで光輝に抱きつき、泣き声を上げて泣きじゃくった。
光輝は泣き止むまで、ずっと待っていてくれて。
二人で小さな手をしっかりと繋いで、森を歩いた。
「星の位置を見て森は歩くんだ」
「月はアテになんないからな」と光輝が指さす指を目を凝らして見つめる。
「俺の指じゃなくて、上。空の方だって」
「どこ?」
「ほら、あのピカピカしてるの」
そう言われても、頭上は真っ暗だ。光一つ、ない。
「じゃあ、あのおっきな月は?」
首を長くして探す。いくら背伸びしても、目を凝らしても、光輝の言う月も星も見つからなかった。
「わかんない。どれ?」
「純夜、もしかして、見えないのか?」
みえ、ない? 月と星が?
森を抜ける。空が開ける。夜空は。
途方もない暗黒。
「わ!」
純夜は布団を蹴飛ばした。枕元のぬいぐるみが跳ねる。
「ごめんね、もふこみゅーる」と位置を元に戻し、衣類が気持ち悪いことに気づき、張りついた服を引っ張って、パタパタと仰いだ。
汗びっしょりだ。
あまりにもリアルすぎる、過去の幻影。あのまま帰ってこれないかと錯覚するほど、生々しく、真に迫る感覚。
本当に怖い夢だった。
「なんだよ。僕、月、見えるし!」
「おどかしやがって」と足をジタバタと動かし、純夜は布団を蹴って夢に抗議した。
足を動かしすぎて息が苦しくなり、蹴った足を落ち着け、布団に大の字になる。
動悸がすごい。まだ震えが残っている。汗で冷えたせいではない。
誰かに話して、怖さを紛らわせたいけど。
当時、兄も相当、心配したはずだ。光輝にも、一人で夜の森に行くなと言われたことがあった。
話せば二人は手を差し伸べてくれるだろうけど、何でもかんでも頼ればいいって話じゃない。
せっかく兄も、不甲斐ないばかりの自分を頼ってきてくれたのだから。
「ハッ、よい兄から頼まれたおつかい!」
純夜はベッドから跳ね起きて、適当につかんだ服に着替え、急いで階下に下りた。
リビングに兄の姿はなく、テーブルに置き手紙とラップをかけられたおにぎりの皿があった。
おにぎりをほおばりながら、メモを読んで、最後の一文に、ふふと純夜の笑みがこぼれる。
「仕上げに使うものだから慌てないでね、か」
純夜が飛び起きて慌てて家を出て、店に向かう姿が、兄には容易に想像できたのだろう。
急いで飲みこもうとしていたおにぎりを噛みしめる。
少しだけ時間をかけて朝食を終え、皿の上の空にした純夜は、台所に皿を片付けてから炊飯器のフタを開けた。
よい兄は必ずご飯をリビングで摂るから。
兄のようにキレイな三角にはならなかったが、丸っこい不格好なおにぎりを三つ握り、ラップをかけてテーブルに置く。
メモをポケットに突っこみ、リュックを背負い、帽子をかぶって、靴を履く。
「行ってきます」
玄関のドアを開ければ、途端に夏の陽気と騒々しさが、純夜を包みこんだ。
