末永くお鈍いもふしてあげます

 昼食後、館内をひとしきり回り、レポートの資料を集め終わり、二人は休憩にティータイムを楽しんでいた。
「すご。きれい」
「これ、天使の聖水ソーダな」
 クリオネイメージの、イチゴシロップと寒天をソーダでさわやかに仕上げた一杯だ。
「僕は藻塩の緑茶ミントティーにしたんだ」
 「へえー! 緑茶にミントか、すげーじゃん」と光輝が目を輝かせた。
「塩味も苦味もおいしいよ。光輝もどうぞ」
「ありがと。俺のも飲めよ」
「いいの! やったぁ! ありがとう!」
 二人でグラスとカップを交換し合い、一口飲み合って、「うま〜」と口を揃えた。
「緑茶ミントティー、これ、いいな」
 「ハーブティーは考えてたんだが、やっぱ、もっとなじみの味にしたかったから、この組み合わせ、最高、名案!」と光輝が両方の親指を立てた。
「果物が入ってたら素敵じゃない? レモンみたいなの、入れたら香りが引き立って、どう?」
「レモングラスか。それ、採用、あと、あれだ、ドライフルーツとか塩漬けの花びらとか、すっごくいいな!」
 二人で話が弾みに弾み、水族館を出る頃には、陽が傾きかけていた。
「光輝って、すっごく、ハーブとかに詳しいんだね」
「え! あ、あぁ」
 純夜が光輝に笑いかければ、彼はマズったといった顔だ。
「えーっと、山菜採りが趣味で?」
「山菜採り! やってみたい!」
「一人で森や山に行くなよ」
「じゃあ、光輝が連れてって!」
 「え、えぇ?」と光輝はほおを指でかいた。
「だって、春は新芽を踏まないようにしないとだろ、夏は虫がすごいから止めとけだし、秋は落ち葉で滑るし、冬は土が硬くて歩き回るのが大変だし」
「それじゃ、年中行けないじゃん」
「うぅ、確かに……」
 繋いだ手が前後に揺れ、影が伸びたり縮んだり。無言のまま、二人の影が元来た道をなぞっていく。
「俺のお願い、聞いてくれたら、いつか」
「うん、聞く!」
 純夜はすぐに嬉々として返事をした。
 「じゃあ、いったん、家に帰って、夜ご飯、食べてこいよ。そしたら十九時頃にまた迎えに行くから」と家の前まで送ってもらい、純夜は一度、光輝とわかれかけた。
「ご飯、食べていかない?」
 純夜はふり返って、光輝を引き留めた。
「……いいの?」
「うん。この間の僕の看病のお礼、兄さんもしたいって言ってたし」
「でもあのあと、紅茶とかお菓子とかもらったけど」
「でもさ、また迎えに来るの、手間じゃない?」
「まあ、それも……そうか。じゃあ、お言葉に甘えて」
 「えへへ。やったー!」と光輝の手を引いて、純夜は玄関を開けた。
「ただいま、よい兄。光輝もご飯、一緒に食べるんだけど」
「すみくん、おかえり。(きらめき)くんもね。分かった!」
「これ、お土産」
「ウミヘビけんぴ?」
 代依は長い前髪を選りわけ、目を丸くして、パッケージを眺めている。
「白いお芋をウミヘビに見立てて、ごま塩を振った、芋けんぴなんだって」
「これ、試食させてもらったんですけど、かなりうまくて」
 光輝も太鼓判を押した。
 「二人とも、ありがとうね。あとでみんなで食べよう」とテーブルにお土産を置いて、代依は鍋をコンロにかける。
「もう作ってくれてたの?」
「今日から夏休みで、お疲れさまってことで……」
「もしかして、ビーフシチュー?」
「そう。すみくんの好きなやつ」
「純夜、ビーフシチュー、好きだったんだ」
 「うん。猫舌なんだけど、熱々が好きなんだよね」と純夜は光輝に笑いかければ、光輝の眉がピクリと動く。「光輝が火傷、心配するから言えなくて黙ってて」と純夜が苦笑すれば、「すみくんは昔っから、好奇心旺盛で怖いもの知らずだからねー」と兄の代依が鍋をかき回しながら、横槍を入れてきた。
「純夜、ほんと……」
 光輝は言いかけて、口を閉ざした。
 なんだろう。せっかく楽しい感じだったのに、またマズったかな。
 ごめん、と言いかけて、ちがう気がして、純夜は台所の引き出しから小袋を取り出して、話題を強引に変えた。
「で、これ。パセリを散らすのが定番なんだ」
「へー。しゃれてるな」
「ふふ。すみくん、小さい頃、キラキラのお粉ってよろこんでたんだよ」
 「あー! それは言わなくていいの!」と純夜は口を尖らせて兄に抗議のこぶしを突き上げる。
「ほんと、ガキじゃん」
「光輝だって、ピーマン食べたとき、この世の終わりみたいな顔してたじゃん! お子様舌!」
「はーい。できたよ、食べよう」
 代依が二人の言い合いを止め、「テーブルに持っていってね」とお皿を押しつけてくる。
 言い合いの続きをしながらも、光輝と純夜は席についた。
「あのね、クリオネのケープ、買ってきたんだ」
「純夜、クリオネをすっごい気に入ったみたいで」
「うんうん。クリオネ、かわいいよね」
 お土産話に花を咲かせ、夜が更けていく。
「純夜と少しだけ、外に出てきます」
 「分かった。あまり遅くならないでね」と玄関前で見送る代依に背を向け、二人は手を繋いで、夜の兎神町へと繰り出していった。